第九十四話「魔王と勇者」
城に戻ると、大広間では兵士達が整列していた。
「エミリア様、勇者様、お戻りですか。これから聖戦士の任命式が行われます。是非ご参加下さい」
「はい。かしこまりました」
今回、陛下から聖戦士を任命されたのは、ゲルストナー、アイリーン、ルナだった。現在、アルテミス王国の聖戦士はクラウディアを合わせても四人にしか居ない。聖戦士は国で五名まで指名出来る。指名を受けた者は断る事も出来るが、聖戦士の称号が有れば優先的にクエストを受けられたり、国が経営する宿に無料で宿泊出来たりと、数多くの特典があるらしい。その他に、毎月国から多額の給料を貰えるらしいが、以前ヘルフリートに金額を聞いた時は適当にはぐらかされてしまった。
「残りの一名の聖戦士は、海賊ギルドのマスターのエドガー様に決まったらしいですよ」
大臣が近づいてきて俺に耳打ちした。エドガーの実力なら聖戦士としても十分に通用するだろう。俺は勇者としても式に参加するようにと大臣から頼まれたので、任命式に出席する事にした。部屋に戻ってデュラハンの魔装を纏い、勇者レオンハルトの剣を腰に差した。流石に普段着のままでは勇者として、騎士団の団長として恰好がつかないからな。
大広間では任命式が始まったようだ。ルナとゲルストナー、それからアイリーンが聖戦士として任命された。式が終わると、兵士達はすぐに王国の復興のために町に向かった。任命式を終えた陛下は俺に手招きをし、二人だけで話がしたいと言った。俺は陛下と共に応接室に入った。
「勇者殿、エミリアと散歩に行ってくれてありがとう。今は王としてではなく、父親として感謝している。エミリアは他人にはなかなか心を許さない子なんだ。勇者殿、父親として頼みたい、これからも時間がある時は、あの子の傍に居てくれないだろうか」
「陛下、私もエミリアから友達になって欲しいと頼まれましたよ。勿論、私はエミリアの良い友達になるつもりです」
「エミリアがそんな事を言うとは……勇者殿は余程エミリアに好かれているようですな」
「陛下、一つ質問があるのですが」
「質問か……何でも聞いてくれ」
「陛下がエミリアに魔法を禁止する理由を教えてくれませんか」
俺が陛下に質問をすると、少し驚いたような表情をして顎鬚を触った。
「実は……エミリアは生まれつき強力な魔力を持っている。力というのは上手く使えば民を守る事も出来るが、魔王の様に間違った使い方をすれば、国を、大陸を滅ぼす事も出来る。故に、エミリアには善悪の区別がつくまで魔法の使用を禁じているのだ」
魔王の様にか……。俺は魔王が勇者レオンハルトだという事を陛下に伝えた。
「勇者殿、実は私も知っていたのだよ。王国に伝わる文献で読んだのだが、魔王は遥か昔、アルテミスの勇者だった。かつては勇者として民を守っていたのだが、魔王に妻を殺されてからは、己の持つ力を民のためにではなく、復讐のために使うようになった」
「陛下もご存知でしたか……」
「うむ。それから勇者は狂ったように力を求めた。そして勇者の願いは達成された。魔王を倒したのだ。だが、魔王を倒した後も、人が変わったように魔物を殺し続け、悪質な人間を殺し続けた。殺戮を繰り返すうちに、勇者は人間を遥かに超える力を身に着けてしまったのだ」
陛下は思いつめた様な表情で俺の顔を見た。
「ある日、魔王の復活を心から願う悪質な連中が勇者を殺害したのだ。魔王の復活を願う者は、強い力を持つ勇者を魔王として再びこの地に召喚したのだ。邪悪な心を持つ者に召喚された勇者レオンハルトの心には、既に勇者としての心は微塵もなく、彼の心は魔王になっていた……」
「邪悪な心を持つ者に召喚されれば、召喚獣も邪悪な心を持った状態で生まれる。召喚学の基礎ですね……」
「そうだ。かつては勇者だった者が魔王として召喚され、魔王レオンハルトは殺戮を繰り返した。彼自身も、もしかするとそれを望んでいたのかもしれない」
「実は陛下、私は魔王から剣を授かりました」
俺は腰に差していた勇者レオンハルトの剣を陛下に渡した。
「これが勇者の剣か。文献でも見たことがある。魔王がこの剣を勇者殿に渡した時、どんな事を想っていたのだろうか……」
「陛下、魔王は『お前が新しい勇者なのか』と言っていました。最期は寂しそうに私に剣を授けました。まるで殺される事を望んでいるかのように……」
俺は魔王とのやり取りを全て陛下に伝えた。魔王は死の瞬間、確かに自分の行為を公開しながら息を引き取った。だから俺は、魔王がもう二度と召喚されないように、魔王の体を骨まで焼き尽くしてこの世から消した。
「これは勇者殿が持つにふさわしい剣だ。しかし、武器の名称は変えなければならないな。現代の勇者が魔王の剣を使っていると知られては不便だろう」
国王は剣を受け取り、王室の鍛冶職人に剣の作り直しを依頼した。名前の部分を作り直すのだろうか。剣にはレオンハルトと刻まれているからな……。勇者が魔王の剣を持っている事を部外者に知られると厄介だからな。
「それで、エミリアの魔法の件だが、こういうのはどうかな。勇者殿が責任を持ってエミリアに魔法を教えるなら、教えた魔法に限り使用を許可するというのは」
その条件なら良いだろう。魔法を教えるのは嫌いではない。俺が使える魔法は少ないが、それでも今まで仲間を守りながら生きてきた。
「ありがとうございます。私が責任を持ってエミリア王女に魔法の指南をします」
「勇者殿、暇な時に教えて下されば良いのですぞ。勇者殿は本拠地作りもしなければならないのだろう? 無理はしなさるなよ……」
「はい! ありがとうございます。早速エミリアに伝えてきます!」
俺は国王に一礼して、エミリアを探しに出た。