第九話「ハーピー誕生」
ゲルストナーの鑑定により、卵の中身は幻魔獣のハーピーだという事が判明した。しかし、現状で新たな魔物の育てるにはお金が不足している。リーシャ村を出てから、俺は毎日お金の事で悩んでいた。宿に泊まるにもお金が掛かり、食事をするにもお金が掛かる。村で暮らしていた時は衣食住にお金を掛けた事が無かった。今になって母のありがたみを感じる。
仲間のためにも、自分自身のためにも更にお金を稼ぎ、豊かな生活を送れる様に努力しなければならない。俺の予想では卵は間もなく孵化する。キングの魔力を吸収してから、卵が放つ魔力は日に日に強くなっている。ハーピーの養育費も作らなければならない。早急にお金を稼ぎ、冒険者として名を上げる方法を考えた方が良さそうだ。
ゆっくり寝ている時間が惜しかったので、俺とキングは早朝に起床し、卵を持ってから一階の食堂に降りた。テーブルに卵を載せ、朝食が配膳されるのを待つ。暫く待っているとシンディさんが現れた。
「おはよう、サシャ」
「おはようございます。シンディさん!」
「サシャ。私、毎日冒険者ギルドであなたの事を待っていたのに、一度もクエストを受けに来ないわね。サシャの事、ずっと待っていたんだから……!」
「え、そうだったんですか? クエストですか……すっかり忘れていましたよ。最近色々忙しかったので」
「そう。今日はクエストを受けに来てくれるよね?」
「そうですね。一度冒険者ギルドでクエストを確認する事にします」
「それがいいわ。せっかく冒険者になったのだから、クエストを受けて大きく稼がないとね!」
シンディさんは楽しそうに尻尾を振りながら隣の席に座った。近況をシンディさんに報告していると、料理が運ばれてきた。今日の朝食は、クリームソースのスパゲッティとスノウウルフの唐揚げだ。唐揚げには濃厚な甘ダレが掛かっており、唐辛子を少々掛けて食べると、甘みの中に心地良い辛さを感じる。病みつきになる味だ。
「フィッツ町の冒険者ギルドでは、どんなクエストが受けられるんですか?」
「そうね。主に魔物の討伐クエスト。それからアイテムの納品や地域の防衛。魔物と戦闘を行わないクエストもあるから、これからクエストを確認しに行かない?」
「そうですね。食事をしたら冒険者ギルドに行きましょうか」
キングは卵を膝に乗せながら、唐揚げを頬張っている。俺達は朝の食事を堪能した後、冒険者ギルドに向かった。
〈冒険者ギルド〉
久しぶりに冒険者ギルドに戻ってきた。初日の冒険者登録以来だろう。シンディさんがギルド内の掲示板に案内してくれた。受注出来るクエストの一覧が表示されている。
・『赤子の子守』 一時間 2ゴールド
・『リーシャ村までの荷物の宅配』 30ゴールド
・『廃坑内のモンスターの討伐』 十体につき350ゴールド
・『フィッツ町の夜警』 六時間 100ゴールド
廃坑内でのクエストがあったのか。十体魔物を狩るだけで350ゴールドも頂けるとは効率が良い。今日も廃坑でスケルトンを狩る事にしていたので、廃坑内での魔物討伐のクエストを受ける事にした。
「ギルドカードをこの石版にかざしてくれるかな?」
「分かりました」
シンディさんの指示に従い、カウンターの上の石版にギルドカードをかざすと、クエストの項目が更新された。石版がギルドカードに対して魔力を放出し、魔力の文字を浮かび上がらせる仕組みになっている様だ。ギルドカードには討伐数と、クエストの内容が明記されている。
魔物を討伐すれば、ギルドカードが命を落とした魔物の魔力を感じ取り、自動的に討伐数としてカウントされる仕組みになっているらしい。クエストを受けた俺達は、今日も廃坑で狩りを行うために町を出た。
〈廃坑〉
廃坑の入り口にはスケルトンが四体も湧いており、入り口を守る様にメイスを握り締め、辺りを警戒している。連日、廃坑で狩りを行っているからだろうか。今日は魔物が警戒している様に感じる。
「キング、ヘルファイアを使ってくれるかな? 入り口に居るスケルトンが少し邪魔なんだ」
「ワカッタ……」
ハーピーの卵を抱えてキングの傍で待機する。キングはスケルトンの群れに左手を向けた。魔力を左手に集めると、辺りには爆発的な熱風が吹いた。キングは左手から巨大な炎の塊を放出させると、スケルトンの群れが粉々に吹き飛んだ。
強烈な炎の一撃は辺りを燃やし尽くし、スケルトンの武器すらも溶かした。何度見ても驚異的な威力だ。キングの魔力が卵に流れると、卵から暖かい魔力が流れ始めた。ハーピーがキングの魔力を糧に成長しているのだろう。強い魔物に育って貰うために、なるべく多くの魔力を与えよう。
それから俺とキングは昨日に引き続き廃坑内を探索した。昨日スケルトンを狩り尽くしたにも拘わらず、廃坑内はスケルトンで溢れかえっていた。周囲に生息するスケルトンがこの空間に集まるのは、廃坑の魔力を求めての事だろう。どんな場所にも魔力の場がある。自分自身の魔力と合う場所は、己の魔力を高め、精神を落ち着かせる。三時間ほど廃坑内に滞在すると、三十二体ものスケルトンを狩る事が出来た。狩りを終えてフィッツ町に戻る事にした。
大量の戦利品を仕舞った鞄を抱えながら町に戻ると、今日もロンダルクさんの店で買い取りをお願いする事にした。今日の戦利品の中で価値がありそうなアイテムは、錆びついた指環が二つ、それから銀製の腕輪だ。装飾品は何個あっても困るものではない。腕輪はハーピーが生まれたらプレゼントする事にしよう。
〈ロンダルクの雑貨屋〉
「ロンダルクさん。今日も買い取りをお願いします。それから何か冒険で役に立ちそうなアイテムがあれば譲って頂けませんか?」
「冒険に役に立つアイテムと言ってもな……俺の店は雑貨屋だから召喚士のお前の役に立つような物は少ないぞ。そうだ、低級召喚書は持っているか? サシャは召喚士なんだから、既にキング以外の魔物も召喚してみたのだろう?」
「そういえば、まだキング以外の魔物を召喚した事はありませんでした」
自分自身が召喚士だという事を忘れていた。つい最近まで、俺は農業に携わる村人だったからな。俺が召喚士か……幻魔獣の召喚士などという仰々しい称号まで得てしまったが、俺自身に召喚の力があるのかも分からない。キングが俺の元に生まれたのは、石碑の付近で魔力を放出したからだ。キングはガントレットの強い魔力と、俺自身の魔力に惹かれて姿を現した。
今日の狩りでスケルトンの頭骨を大量に手に入れる事が出来たのだから、更にスケルトンを召喚して、狩りを効率化する事は出来ないだろうか。俺の代わりに廃坑で狩りを行う仲間が居てくれれば、自動的にお金を稼ぐ事も出来るだろう。
今日の戦利品をロンダルクさんに買い取って頂き、低級召喚書を三冊購入した。金銭的にも随分余裕があるので、新しく召喚するスケルトンのための武器と防具を用意する事にした。それから俺とキングは冒険者ギルドでクエストの報酬を頂き、シャーローンさんの店に向かった。
〈シャーローンの武器店〉
「サシャか。また来てくれて嬉しいよ」
「こんにちは。シャーローンさん。今日は剣と盾を探しているのですが」
「剣と盾か。誰が装備するんだね?」
「新しくスケルトンを三体召喚するので、武器と防具を揃えようと思いまして」
「そうか。剣が三本、盾が三つでいいかな?」
「はい。安くて使い勝手の良い物を選んで貰えますか?」
「任せておけ」
暫く待つとシャローンさんは剣と盾を抱えて戻ってきた。青銅鉱から作られた剣と盾だ。代金は今日のクエストの報酬から支払った。これでスケルトンの装備が揃った。あとは召喚を行えば良い。直ぐに宿に戻って仲間を召喚しよう。
急いで宿に戻ると、卵をベッドの上に起き、スケルトンを召喚するための召喚書を床に並べた。召喚書の上にスケルトンの頭骨を乗せると準備が完了した。スケルトンは魔獣クラスの魔物。この世界には魔獣、幻獣、幻魔獣の三種類の魔物が生息している。神獣という魔物も過去の時代には生息していたらしいが、現代では確認されていない。幻魔獣のキングが居るのだから、生まれてきた魔獣クラスのスケルトンは俺の命令を聞いてくれるだろう。
両手を床に並べた召喚書に向けて魔力を放出した。召喚書は魔力を吸収すると、強い光を放った。光が収まると、光の中からは三体のスケルトンが現れた。身長はキングよりも高く、柔和な表情を浮かべている。
「俺は幻魔獣の召喚士、サシャ・ボリンガー。今日から君達の主人だよ」
「……」
三体のスケルトンは頭を下げると、召喚された事が嬉しかったのか、俺の体をペタペタと触り、キングを抱きしめた。四体の骨の魔物が楽しそうにじゃれ合っている光景は異様だ。これからパーティーが増えるのなら、パーティーの名前を決めた方が良いだろうか。民を守る騎士の集団という事で、パーティー名をボリンガー騎士団に決めた。
仲間が増えたからか、随分部屋が狭く感じる。いつか広い屋敷でも買って、召喚獣達と共に暮らすのも良いかもしれないな。俺は鞄から乾燥肉を取り出し、キングに渡すと、キングは乾燥肉を小さくちぎってスケルトン達に配り始めた。
召喚魔法を使用したからだろうか、体内の魔力が消失している。一度に三体もの魔物を召喚したからだろう。狩りの疲れもあり、疲労が限界に達した俺は、ベッドに倒れ込むと、俺は卵を抱いた。
卵をよく見てみると、卵の表面に亀裂が入っている事に気がついた。まさか、今日卵が孵化するのだろうか。キング達を呼んで卵を見ていると、亀裂からは翼が飛び出した。これがハーピーの体なのだろうか。亀裂は徐々に広がり、ハーピーが翼を開くと、卵が完全に割れた。
卵から勢い良く飛び出したハーピーの雛は、まるで人間の様な容姿をしており、背中には純白の美しい翼が生えている。肌は雪のように白く、髪は金色。背中に翼さえ無ければ人間の少女の様だ。
ハーピーはキングを見つめると、翼を開いて飛び上がった。ハーピーがキングの頭の上に着地すると、キングは嬉しそうにハーピーを撫でた。良い仲間が生まれて何よりだ。スケルトン達も嬉しそうに微笑んでいる。
「サシャ……」
「やっと生まれたね。可愛らしい仲間が出来て嬉しいよ」
生まれたばかりのハーピーは俺の胸元に飛び込んでくると、嬉しそうに俺の体を抱きしめた。それからハーピーは幸せそうに目を瞑り、眠りに就いた……。