第八十一話「魔王の正体」
俺達はついに魔王との戦いに勝利した。大広間の床には魔王が力なく倒れている。俺は魔王が落としたロングソードに目をやった。剣の柄には名前が彫られている。「勇者・レオンハルト」俺は名前を見た瞬間、自分の目を疑った。勇者だと? 魔王が勇者だというのか? それとも、勇者から奪った剣を使用していたのか? まさか、それはないだろう。魔王は自分がこの剣を作ったと言っていたのだか……。
「サシャ、勝ったのね……」
「何とか勝てたよ……皆のお陰だ」
「魔王の正体は勇者だったのかしら」
「その可能性もあるかもしれない……勇者・レオンハルトか……」
魔王が剣の持ち主だという事は間違いないだろう。強力な武器は使う人間を選ぶ。俺のデュラハンの大剣の様に、使用者が限られている武器に関しては、使用者以外は持つ事も触れる事も出来ない。魔王は勇者の剣に選ばれた人間だったのだ。魔王が勇者? どうなっているのだ……。
兎に角、魔王が勇者だったとしても、もう二度と魔王として召喚されないために、俺は彼の亡骸をこの世から消し去る事にした。魔王の亡骸にヘルファイアを唱えると、魔王の体は塵一つ残らず燃え去った。これで二度とこの世に生まれて来る事は無い……。
魔王に関しては多くの謎が残ったが、この城の中に彼の正体を知る手がかりがあるのではないだろうか。魔王の死に関しては手放しで喜んではいけないだろう。魔王だと思っていた相手が勇者だった。何故勇者だった者が魔王として生まれたのだろうか。目的を達成した筈なのに、何かを見落としている気がする。
「サシャ、考え事は後よ。城に残っている者を殺しましょう」
そうだ、俺はまだ城の地下しか探索していない。城の上部には他に敵が潜んでいる可能性もある。安心するのはまだ早いという訳だ。
「城内に潜む敵の殲滅は俺とシャーロットで行う。クーデルカはアルベルト達と合流して外で待っていてくれ」
「わかったわ」
俺はシルフとクーデルカ、それに意識を失っているルナとエドガーを先に城の外に出す事にした。俺は「勇者レオンハルトの剣」を拾い上げた。剣を手に取ると、ダリルのガントレットを初めて装備した時の様な感覚に陥った。勇者の剣が俺に力を与えている。魔王は死ぬ直前、俺にこの剣を託した。謎が多すぎる。余りにも多くの事を見落としているような気がする。
兎に角、考えるより先に俺はシャーロットと共に、城の上層階の探索を始める事にした。地下二階と地下一階は探索済みだ。クーデルカの話を聞くと、一階は探索済みらしい。俺達は城の二階の探索に向かった。
「シャーロット、城の探索を終えるまでは安心しないように。念のため、大鎌を出したまま俺に付いてきてくれ」
俺は「デュラハンの大剣」と「ヘルフリートのタワーシールド」をマジックバッグの中に仕舞った。右手には勇者レオンハルトの剣を持っている。この剣の魔力はデュラハンの大剣よりも強力だ。勇者レオンハルトが魔王になる前から使い続けていた武器に違いないだろう。
俺とシャーロットは手始めに魔王城の二階部の探索をした。城の二階は書斎と、召喚士が暮らしていたであろう居住スペースになっている。探索中に何度か敵から奇襲を受けたが、どの敵も魔獣クラスの魔物だった。
きっと魔王は侵入者を地下に転移させて殺めていた違いない。地下の一番深い場所に、スケルトンキングの様な高位な幻魔獣が配置されていた理由がやっと分かった。この城の上層階には幻魔獣や幻獣クラスの強力な魔物はもう配置されていないだろう。
俺は城の二階部の書斎を調べる事にした。書斎からは生前の魔王の魔力を微かに感じる。部屋は殺風景で本棚と机だけが置かれていた。机には一冊の本が置かれてあった。本の題名は「レオンハルトの生涯」。レオンハルト本人の手記だろうか。俺は本をマジックバッグの中に仕舞った。
今ここで本を読んでいる暇はない。アルテミシアではクリスタルが幻獣のサイクロプスを召喚したのだ。アルテミシア防衛パーティーは、未だに魔王軍と戦っているに違い無い。すぐにでもこの城内に潜む魔物や召喚士を倒し、アルテミシアに向かわなければならない。悠長に船で戻っている余裕はないだろう。騎士団のメンバーだけをワイバーンに乗せて、急いでアルテミシアに戻った方が良さそうだ。
俺達は書斎を調べた後、魔王城の三階と四階を探索した。三階と四階には二十人近い召喚士が潜んでいたが、敵は隠れているだけの戦力外の召喚士。俺とシャーロットは召喚士達を倒し、城の探索を終えた。
俺達が城の外に出ると、地下で出会った召喚師は既に外で待機していた。ルナとエドガーの意識が戻ったようだ。体力も魔力も完璧に回復しているみたいだ。俺の姿に気が付いたルナが、涙を流しながら俺に抱きついた。
「待たせたね、ルナ。魔王は俺達が仕留めたよ」
「サシャならきっと助けに来てくれると思った……」
「ああ。俺のルナなんだから、俺が守るよ。怖い思いをさせたね……」
ルナ達は俺よりも先に魔王と交戦し、命を落とさずに仲間を守ってくれた。少しでも合流が遅ければ、ルナとエドガー、それにクーデルカは確実に殺されていただろう……。
「サシャ! 魔王を倒したのだな!」
エドガーは俺の手を強く握った。
「ああ、なんとかね。今は勝利を喜んでいる場合じゃないんだ。説明は後でするから、急いで船を出してくれ!」
「うむ。すぐにアルテミシアに戻ろう」
俺はヘルフリートの遺体を回収してから、メテオストームで魔王城を粉砕した。魔王城を魔大陸に残しておけば、悪質な魔物の棲家になるかもしれないからな。
急いで王国に戻ろう。俺はシルフ、ルナ、クーデルカ、それにシャーロットに事情を説明してワイバーンに乗った。先に王国に戻るのは騎士団のメンバーだけで良いだろう。それに、ワイバーンは騎士団のメンバー以外は自分の背中に乗せない。ワイバーンなりの何らかの基準があるらしい。エドガーとアルベルトさん、それにシャルロッテさんは海賊船に乗って海路で戻って来てもらう事にした……。