第八十話「決戦」
魔王が剣でヘルファイアを切り裂く事が出来る限り、ヘルファイアは単発で使っても効果が無い。しかし、ソニックブローは魔王の体に当たれば確実にダメージを与えられる事が分かった。
魔王を倒すなら今が最大のチャンスだ。魔王は片足を切り取られてから、さっきまでの落ち着きは無くなった。冷静な表情で平然を装っているが、自分の死を覚悟しているに違いない。俺は大陸を守る冒険者だ。魔王の様な民を殺める存在は俺が討つ……!
警戒しなければならないのは魔王の戦いのセンス。魔王は俺の必殺技とも言える、グランドクロスとソニックブローを一度受けている。それに、俺が雷と炎が得意だという事にも気がついているだろう。
ヘルフリートは以前、『俺は一度受けた攻撃は二度と喰らわない』と言っていた。ヘルフリート以上の剣の達人である魔王には、既にグランドクロスもソニックブローも通用しないだろう。
それなら、魔王がまだ見た事の無い技で止めを刺すしかない。アースランサーか? いや、この魔法では魔王は倒せないだろう。魔王を倒すには圧倒的に威力が足りない。メテオが使えるなら一番良いが、メテオは狭い地下の空間では使えない。
残る魔法はアイアンメイデン……。果たしてこの魔法が魔王に通用するだろうか。だが、一度使った技を何度も使うよりはマシだろう……。アイアンメイデンで勝負を賭けるしかない。俺のアイアンメイデンとシャーロットのヘルプリズンを同時に撃つ。魔法の性質が近い同じ魔法を重ねて撃てば、流石の魔王も全ての攻撃を防ぐ事は不可能だろう。
あとは、どうやって魔王にアイアンメイデンとヘルプリズンを当てるかだ。例え左足しかなくても、単発で魔法を撃てば確実に避けられるだろう。それなら、魔王が一度受けた事のある攻撃を使用し、強制的に防御をさせる。
魔王が防御した瞬間に、足元にアイアンメイデンを作り出して串刺しにする。その上からシャーロットがヘルプリズンを掛ける。これならきっと魔王は攻撃を防ぎ切れないだろう。念のため、クーデルカにも援護してもらおう。
「クーデルカ! 合図したら攻撃してくれ!」
俺は床に力なく座り込んでいるクーデルカに声を掛けた。俺が声を掛けると、紫色の透き通った目が光り輝いた。クーデルカはまだ諦めてはいないようだ。流石、絶望的な状況でも魂の姿のまま生き続けていた女性だ。それからシャーロットには俺のアイアンメイデンに合わせてヘルプリズンを撃ってもらわなければならない。
「シャーロット! 魔王には牢獄に入ってもらおうか」
「それが良さそうね……」
念のため魔法の名前は隠した。名前から技を想像されては困るからな。
「牢獄だと? たかが片足を切っただけで勝ったつもりか?」
たかが片足ではない。戦闘において、片足が有るか無いかで確実に生死を分ける。俺は魔王に向けて大剣を両手で構えた。ソニックブローの構えだ。魔王は俺がソニックブローで攻めてくると思っているだろう。
相手の心理の裏をかく。魔王はきっと自慢のロングソードで俺の攻撃を受け流すか、攻撃をかき消すに決まっている。魔王は自分が作り上げたロングソードなら俺の攻撃は防ぎ切れると勘違いしているはず。
魔王は必ず俺の攻撃を剣で受け止めるか、左手で防御するだろう。よし。これで決めてやる……。俺は両手で持った大剣に掛けたサンダーボルトのエンチャントの魔力を高めた。
『ソニックブロー!』
大剣を振り下ろすと、剣の先からは強力な雷を纏った魔法の刃が飛び出した。魔王は回避せずに受け流す事を選んだらしい。アイアンメイデンのタイミングは、魔王が攻撃を受ける瞬間だ。
俺は魔王に気づかれないように、右手に土の魔力を溜めた。久しぶりだな……アイアンメイデン。この魔法は何度も使ってきた。目を瞑っていても相手に当てられる自信がある。魔王は自分に飛んでくるソニックブローに対してスラッシュの構えを取った。
『スラッシュ!』
魔王の剣はいとも簡単に俺のソニックブローをかき消した。
「クーデルカ!」
俺が合図をすると、クーデルカは大広間の天井付近に作り上げていた冷気の中から、巨大な氷柱を降らせた。
『アイシクルレイン!』
クーデルカは俺の考えを読み取っていた様だ。俺のアイアンメイデンは地面から発生する魔法。魔王が頭上に気を取られている間に止めを刺す! これで決まりだ。デュラハン……ヘルフリート、力を貸してくれ!
『アイアンメイデン!』
魔王は頭上から降り注ぐ巨大な氷柱に気を取られ、一瞬の隙が出来た。魔王が隙を見せた瞬間、地面から飛び出した無数の土の槍が魔王の体を串刺しにした。魔王は左手に込めた魔力で、体に突き刺さる槍を一本ずつ振り落としている。俺がシャーロットの方を見ると、シャーロットは静かに魔法を唱えた。
『ヘルプリズン!』
これで決まりだ……。シャーロットが魔法を唱えると、魔王の足元から生えた土の槍を避けるようにして、無数の大鎌が地面から飛び出し、魔王の体を貫いた。アイアンメイデンとヘルプリズンを無防備な状態で受けた魔王の体からは、大量の血と魔力が流れ出した。抵抗する力も残っていない様だ。左手に溜めていた強力な魔力も弱弱しく消えかけている。
魔王は自分の死を予感したのだろうか。虚ろな目で俺を見ている。俺達の勝利だ……。だが、安心は出来ない。念には念を入れて、俺は魔王の体から魔力を吸収する事にした。全身から血を流す魔王の体は、もはや魔力を留めておける状態ではない。通常の魔王には通用しないだろうが、今の魔王に対してならマジックドレインは有効だ。
『マジックドレイン!』
右手を魔王に向けて魔法を唱えると、魔王の体から流れ出た魔力は俺の体に吸収された。串刺しになった状態の魔王は俺の顔を力なく見つめている。
「見事だった……」
意外にも魔王の口からは俺を称賛する言葉が発せられた。
「お前が新たな勇者という訳か……俺は何度生まれ変わっても勇者に殺される運命を持つ者……」
俺が勇者? そんな訳はない。俺は召喚士だ。
「お前の様な正しい心を持つ者に召喚されていれば、こんな人生にはならなかった……」
魔王は自分の行動を悔やんでいるのか。
「勇者よ……戦えて光栄だったぞ……」
「魔王……」
魔王は力なく涙を流しながら俺を見つめている。少し気の毒だな……。魔王は邪悪な心を持つ召喚士に召喚され、道具の様に使われていたのだろう。世界を征服するために……。もう二度と召喚されない様に、魔王の亡骸をヘルファイアで燃やさなければならない。魔王が息を引き取った後に……。
「俺の剣を使え……勇者よ。さらばだ……」
魔王は持っていた剣を力なく手にして剣を落とした。魔王は剣を手放した瞬間、大広間の床に倒れて死んだ。勝利だ……。