第八話「卵の中身」
卵を抱えてキングと共にフィッツ町に戻った。体に多少の疲れを感じるが、廃坑で思ったよりも上手く戦えたので、俺の気持ちは高揚している。魔物を倒して日銭を稼ぎ、好きな仲間と共に暮らす。こんな生活を望んでいたんだ。小さな農村を出て冒険者を目指して正解だった。お陰でキングとも出会えたし、卵も手に入った。
しかし……卵を孵化させる方法が分からない。ただ温めていれば良いのだろうか。魔物の育成の心得も無い訳だから、突然孵化しても困る。まずは孵化させる方法を調べよう。きっと魔物の育成に関する本を読めば知識を習得出来るに違いない。
「キング、ロンダルクさんの店にアイテムを売りに行こうか」
「ワカッタ……」
返事はいつもカタコトだ。キングに言葉を教えるための本も揃える必要がありそうだ。今日も俺達はロンダルクさんの雑貨屋に着た。彼は退屈そうに紅茶を飲みながら本を読んでいたので、買い取りをお願いしてからカウンターにアイテムを並べた。
ヒールの魔導書とグラディウスは売らないでおくつもりだ。グラディウスは父が好んで使用していた武器だから。磨いて装備してみれば、生前の父の戦い方を学べるのではないかと思ったからだ。ロンダルクさんはカウンターの上の品物を鑑定し始めた。十分程待つと、彼はカウンターに代金を置いた。
「全部で175ゴールドだよ。随分沢山アイテムを集めたんだね」
「いつもありがとうございます! はい。廃坑内でスケルトンを狩ったんです」
「狩りは順調という訳かい?」
「そうですね。キングの助けもあるので、効率良く魔物を狩れていますよ」
「そいつは良かった。これからも冒険者として、地域を守るために魔物討伐を頑張るんだよ。冒険者が居るから、魔物と戦う力を持たない人間が安心して暮らせるんだからな」
「はい。お任せ下さい! これからも町を守るために、強くなるために魔物と戦い続けますよ」
ロンダルクさんから代金を受け取って店を出た。まずは卵の孵化の方法についての本を買う必要がある。卵に関することなら「幸運の卵ガチャ」の店で聞いても良いとは思うが、どうもあの店の主人は信用できない。腐敗が始まった卵を100ゴールドで販売している人だからな。魔法動物の飼育に関しては、中央広場にある「ゲルストナーの魔法動物店」の方が信用できるだろう。確か店主のレベルは39だ。飼育士としてはかなりのレベルだろう。
俺とキングはゲルストナーの魔法動物店を目指して歩き始めた。ゲルストナーの魔法動物店はロンダルクの店から三百メートルほど離れた場所にある。暫く町を進むと、目的の店に到着した。店内には魔法動物の標本や魔物の体の一部、爪や牙などが所狭しと並んでいる。きっと卵についての知識もあるに違いない。
店の奥から店主のゲルストナー・ブラックが出てきた。年齢は四十台ほどだろうか。灰色のローブに身を包み、木製の魔法の杖を持っている。肩まで伸びた金色の髪が特徴的だ。
「いらっしゃい。小さいお客さんがこのような店に何の用かな」
開口一番で皮肉を言われた。小さいお客さんか。もう成人しているというのに。大人になってから子供扱いされる事ほど腹の立つ事は無いだろう。確かに俺の見た目は若い。装備も特別高価な物は身に着けていない訳だし。
「卵について聞きたいんですが」
「卵か。連れのスケルトンをよく手懐けているんだな」
「スケルトンではありませんよ。こいつはスケルトンキングです」
「すると、お前さんが最近町で話題になっている幻魔獣の召喚士か? 確か名前は……」
「サシャ・ボリンガーです。俺の事が話題になっているんですか? それは知りませんでした」
「サシャは幻魔獣を連れて旅をしているのだろう? この町の情報通なら誰もが知っているぞ。俺はこの店の店主、ゲルストナー・ブラックだ。レベルは39、育成士だ。主に魔法動物の保護と育成を行っている」
ゲルストナーさんは俺に手を差し伸べた。俺はゲルストナーさんと握手をしながら自己紹介をした。
「サシャとは長い付き合いになりそうだ。なぜなら、どんなに優れた召喚士でも、召喚魔法の歴史に名を残した召喚士でも、幻魔獣の召喚に一人で成功した者はいない。それで、卵について聞きたいんだってな、卵を見せてみな」
「この卵なんですが」
「この魔力の強さ……並の魔物の卵ではあるまい。俺の予想では、これは幻魔獣の卵だ。鑑定の魔法を使ってみようか」
ゲルストナーさんは杖を卵に向けて魔法を唱えると、空中には光の文字が浮かんだ。
「こいつは幻魔獣のハーピーだ。一人の人間が二体もの幻魔獣を引き寄せるとは……やはりお前さんは只者では無いようだな」
「え? この卵の中身も幻魔獣なんですか? まさか……」
「鑑定の結果に間違いはない。だが、この卵はどこで手に入れたんだ? この町には幻魔獣の卵を扱っている店は無いぞ」
俺は路上販売をしている男性から卵を買い取った事をゲルストナーさんに伝えた。彼は憤慨した表情を浮かべ、長く伸びた髪を撫で付けながら、俺の顔を覗き込む様に見つめた。
「信じられない話だな……幻魔獣の卵は、あんな低俗な卵屋が扱えるような代物ではない」
「本当なんですよ! 昨日キングと一緒に選んだんです。百ゴールドで購入した卵なんですよ」
「百ゴールドだって? サシャよ、お前さんは魔法動物に関する知識が無いのだろうが、幻魔獣の卵というのは百ゴールドで買うことは出来ない。幻魔獣の中でも最も価値が低い魔物だとしても、十万ゴールドはくだらない」
「幻魔獣の卵ってそんなに高価な物なんですか!」
「うむ。ところで少し気になる事があるのだが、卵を買ってから何か特別な事はしたか? 卵に魔力を注ぐ様な行為に心当たりはないか?」
卵に魔力を注ぐ? 俺とキングが交代で卵を持っていたが、ガントレットの魔力が卵に流れたのだろうか? そうだとして、それが卵とどう関係するのだろうか。俺は卵を手に入れてからの行動を全てゲルストナーさんに伝えた。
「廃坑の前でスケルトンキングが魔法を使用したのだな? 俺の予想では、キングの魔力が卵に流れ、卵の中身がより高位な幻魔獣に成長を遂げたと推測している。サシャは知らないだろうが、魔物の卵は通常、魔力を吸収して育つ。孵化するまでに注ぐ魔力が強ければ強い程、卵から生まれてくる魔物は強靭で高位な生物になる」
「魔力が卵の中身に影響した、という事ですね」
「そうだ。卵は魔力を糧に成長する。強すぎるスケルトンキングの魔法を吸収し、幻魔獣に生まれ変わったのだろう。生まれるまでに注いだ魔力の量が雛の強さを決める」
これで辻褄があった。偶然にも卵の近くで放たれたキングの爆発的な魔力を、近くに置いてあった卵が吸収した。卵を孵化させるには魔力を注げば良いのだ。これで孵化の方法が分かった。
「サシャよ。この卵を売れば莫大な金を手にする事が出来る。俺が買い取ってくれそうな相手を探してやっても良いぞ」
「キングが選んだ物なので、俺達の手で育てようと思います」
「ハーピーの卵なら二十万ゴールドはくだらないだろう。富よりも卵を選択するのか?」
「ウラナイ……」
キングが小さく呟くと、ゲルストナーさんはキングの頭を撫でた。柔和な笑みを浮かべながらキングを見つめている。確かに二十万ゴールドは大金だが、今はお金よりも自分自身が強くなる事。強いパーティーを作り、安全に狩りを行える様になる事の方が大切だ。冒険者として一流の人間になれば、富や名声は後で付いてくるだろう。今は金銭よりも仲間だ。幻魔獣のハーピーは、きっと俺達を支えてくれる強力な存在になるだろう。
「金よりも卵を選んだか。お前のキングは立派だな! よし気に入った。俺が育成についてのノウハウを教えてやろう!」
と言ってゲルストナーさんは魔物の育成について重要な事を簡単に教えてくれた。ゲルストナーさんの教え方は非常に理解しやすかった。だが一日では覚えきれないだろう。彼は店内から数冊の本を選ぶと、嬉しそうに俺に差し出した。どうやら俺にプレゼントしてくれるらしい。お金よりも卵を選んだ事が嬉しかったのだとか。
・『魔法動物の歴史と現代の魔法動物』
・『卵の孵化と育成・強力な魔物を生み出す方法』
・『幻魔獣と幻獣の育成法』
「この三冊の本を全て理解する頃には、サシャも立派な育成士になっているだろう。サシャは召喚士だろうが、魔物の育成の知識があれば、魔物をより強靭に育てる事が出来る。召喚学と魔法動物の育成学は共通している点も多い。毎日の勉強を怠らないように」
「ゲルストナーさん、色々教えて下さってありがとうございます!」
「なぁに、気にするな。それから俺の事はゲルストナーと呼んでくれ。サシャの方が遥かにレベルが高いのだからな。これからも頻繁に会う事になるだろう」
俺達はゲルストナーにお礼を言ってから店を出た。それから本屋に立ち寄って冒険に役立ちそうな本を探す事にした。様々な本の中からハーピーに関する本を見つけた。それからキングが言葉を覚えるための本を選んだ。
・『ハーピーとは』
・『幻魔獣・ハーピーの生息地と歴史』
・『図解で学ぶ・アルテミス大陸語(0才~5才用)』
本を三冊購入してから肉屋に向かう事にした。キングが乾燥肉を食べたがったからだ。店主に手頃な乾燥肉がないか尋ねてみると、一番安い乾燥肉は3ゴールドだと教えてくれた。乾燥肉を三つ購入して鞄に仕舞った。まだ金銭的には余裕があるので、俺達はシャーローンさんの店で装備を購入する事にした。
「サシャにキングか。いらっしゃい。今日は何を探しているんだい?」
「こんにちは、シャーローンさん! 実は俺とキングのためのグリーヴを探しているのですが……」
「グリーヴか! 直ぐに用意しよう!」
予算を伝えると、シャーローンさんはグリーヴを二つ持ってきてくれた。足から膝までを覆うタイプの防具だ。軽量化された金属製のグリーヴで、値段は45ゴールドだった。随分と値段が安いのは、駆け出しの冒険者向けにセールをしているからなのだとか。それからグリーヴと同じ素材のガントレットを持ってきて頂いた。グリーヴとガントレット、グラディウスを研くための砥石も購入した。
「色々ありがとうございます! 値段も安いので助かります!」
「セール中は俺の弟子が作ったアイテムを安く放出する事にしているんだ。通常の価格の半額以下だぞ! 暫くセールを続けるから、いつでも見に来てくれ」
「はい! それではまた来ますね」
「うむ。またな」
シャーローンさんと別れた俺達は、直ぐに宿に戻った。一階部で夕食を頂いてから部屋に戻り、ゲルストナーから頂いた本を読み始めた。早朝から狩りを行っていたからだろうか、猛烈な睡魔に襲われて、俺は本を読みながら眠りに落ちてしまった……。