第七十一話「復活を望む者」
薄暗い石造りの通路を進む。天井はアーチ状になっており、通路は広く、体の大きな魔物でも通れそうだ。魔王が放つ魔力がひしひしと伝わって来る。魔王の魔力が強すぎて、他に潜んでいるであろう敵の魔力が掻き消されている。いつ敵に襲われてもおかしくない状況だ。
タワーシールドを握り締め、剣を構えながら警戒して進む。部屋を出て暫く進むと、牢が並ぶ通路を見つけた。通路の左右には無数の牢が並んでおり、人間の腐敗臭が漂っている。牢を覗いてみると、人間の死体が横たわっていた。魔王に関係のある人物だろうか。何人もの人間が牢の中で息絶えている。
この者達は、何故魔大陸の牢の中にいるのだろうか。スケルトンキングを召喚した者だろうか? 想像しても正体は分からないが、体からは闇の魔力を放っている。まともな人間ではないだろう。魔力の波長で相手の性質が分かる。人を襲う様な人間からは気味の悪い魔力を感じ、ゲルストナーの様な他人を守る人間からは神聖な魔力を感じる。
牢が並ぶ通路を進むと、そこは天井の高い大広間になっていた。この空間は牢の中より遥かに悪質な魔力で満ちている。悪質というよりは、怨念の様な魔力を感じる。きっとこの場所で大勢の人間や魔物が殺されたのだろう。
広い空間を照らすために、壁に掛かっている松明に火を付けた。火が徐々に闇を晴らすと、室内には悍ましい器具が所狭しと並んでいた。ここは拷問部屋なのだろう。拷問に使う器具には、人間の血がこびり付いている。
「サシャ、あそこに人が倒れているよ」
シルフが指差す先には、高級そうなローブを着た人間が倒れていた。冒険者だろうか。装備だけで判断するなら魔術師の様に見える。一体何故この様な場所に居るのだろうか。シルフが倒れる人間にスピリットウィンドの魔法を掛けると、男は意識を取り戻した。
相手の正体が分からない訳だから、警戒しなければならない。俺はデュラハンの大剣を男に向けた。年齢は五十代ほどだろうか。どう見ても低レベルの冒険者ではない。高価な宝飾品を身に着け、手には金の杖を持っている。
「助けてくれたのか。ありがとう。俺はラルフだ」
男が俺に手を差し出すと、俺は剣に魔力を込めた。この男が敵である可能性は高い。まともな人間なら、魔大陸の様な悪質な魔力が蔓延する土地に足を踏み入れる訳はないからだ。
「疑われるのは当然だろう。俺は魔王の手下に召喚魔法を教えていた……」
「魔王の手下に召喚魔王を? それはどういう事ですか?」
「俺は相手が俺は魔王の手下と知らずに、強力な魔物を召喚する方法を教えてしまったんだ。俺が教えたのは、強力な魔力を持つ者が、複数人で魔力を注ぎ続ければ、どんな魔物でも召喚出来るという、召喚魔法の中でも基本的な事だ」
「魔王の手下ですか?」
「そうだ。魔王復活を望む者達、と表現した方が適切だろう。俺はその者達の目的も知らずに、召喚の方法を教えた。魔王復活を望む者達が、三ヶ月ほど魔王の骨に魔力を注ぎ続け、ついに魔王の召喚に成功したのだ」
三ヶ月間もの間、複数の人間が魔力を注ぎ続ければ、きっとどんな魔物でも召喚出来るだろう。しかし、魔王を召喚してしまうとは。魔王復活を望む者達は、己の魔力が枯渇するまで魔力を注ぎ、何度も交代しながら魔王の骨に魔力を注ぎ続けたのだとか。そうして生まれたのが新魔王だ。
「魔王を倒すためなら何でも協力する!」
ラルフさんは俺に協力を申し出た。ラルフさんの言葉を信じても良いのだろうか。これから先の戦いにおいて、ラルフさんが役に立つのかも分からない。安易に力を借りない方が良いだろう。
「ラルフさん。申し出は嬉しいのですが、必要以上に仲間を増やしたくないので、俺達が魔王を倒すまで、この部屋で隠れていて下さい」
「そうか……それもそうだな」
少し冷たいかもしれないが、彼は俺達と共に居ない方が生存率が上がる。まさか、召喚魔法を教えた相手が、魔王を召喚するとは思わなかったのだろう。後悔している様子だが、相手の持つ魔力を感じ取れば、相手が人間に危害を加えるような者か、正しい心で召喚魔法を学ぼうとする者か、簡単に判別する事が出来る。相手の魔力すら感じ取れない召喚士が、幻魔獣のスケルトンキングを従わせる魔王との戦いで活躍出来るとは思えない。
俺は丁重に申し出を断ると、ラルフさんのために水と食料を差し出した。随分長い間、食事すら出来ずに、この空間に閉じ込められていたのだとか。
俺達は拷問部屋を出て、魔王の魔力を辿りながら城内を歩き始めた……。