第六十六話「魔法の罠」
〈サシャ視点・魔大陸〉
俺達はついに魔大陸に到着した。魔王城が建つ魔大陸は、大陸から異様な魔力を周囲に放っている。海賊船から大陸に降りた時点で、強烈な魔力が体を刺す様に流れてきた。これが魔王の魔力だろうか。
俺達を挑発する様な禍々しい魔力が蔓延している。低レベルの冒険者や、低級の魔物では、この魔大陸に近づく事すら出来ないだろう。魔王の強烈な魔力を肌に受け、たちまち命を落とす筈だ。
「こんなに強烈な魔力は始めてだ。幻魔獣をも凌駕する魔力。これが魔王の力か……」
「うむ。皆、気を抜くなよ。魔王は既に俺達の到着に気が付いている様だ」
「分かったよ、エドガー」
一体魔王はどれ程までの力を蓄えているのだろう。幻獣のブラックドラゴンや、ブラックライカン等、比較にならない程の魔力を感じる。まるで幻獣が赤子の様だ。俺はこんな敵を倒さなければならないのか? 魔大陸に居るだけで気分が悪くなりそうだ。
エドガーの子分の海賊を残し、俺達は陣形を組んで進み始めた。前衛が俺とエドガー、ヘルフリート。中衛はアルベルトさんとシャルロッテさん。それから彼女が作り上げたガーディアン。ルナとクーデルカは最後尾でワイバーンと共に周囲を警戒している。シルフは俺の肩の上に乗っており、いつでも防御魔法を展開出来る様に準備をしている。
魔大陸に上陸してから三時間ほど経過しただろうか。辺りは深い闇に包まれており、魔王の魔力を辿りながら、小さな炎で道を照らしている。背の高い木々が立ち並ぶ森林地帯には、魔物の唸り声が轟いており、殺意を含む複数の視線が俺達パーティーに注がれている。
どうやら俺達を尾行する存在が居るみたいだ。ワイバーンは頻繁に背後を確認しているが、敵の姿を確認出来ていないみたいだ。深い闇の中では、数メートル先の道すらも見えない。強い闇の魔力が蔓延している証拠だ。
「サシャ。何者かが俺達を尾行しているな。このまま魔王城に進めば、背後を取られたまま入城する事になるな……」
「そうだね。それは避けた方が良さそうだ。俺とヘルフリートで尾行している敵を仕留めようか」
「サシャ、ヘルフリート。気をつけるのだぞ。敵は最低でも幻魔獣以上の力を持っているだろう」
「うむ。案ずるな、エドガー。俺とサシャなら大丈夫だ」
俺達はエドガーに前衛を任せ、森の闇に身を潜めた。パーティーには移動を続行して貰い、尾行している者が俺達を追い抜かすまでこの場で待つ。シルフは怯えた表情で俺を見つめている。今にも泣き出してしまいそうだ。
シルフの小さな頭を撫で、頬に口づけしてから、静かに剣を構えて待つ。敵は俺達の存在に気が付かなかったのか、そのままパーティーの尾行を続けた。俺達は敵の背後に飛び出し、剣を向けた。
そこには黒いローブに身を包んだ魔物が居た。フードを被っており、顔は見えないが、幻魔獣と同等の魔力を感じる。きっと人間ではないだろう。敵は俺達の姿を見るや否や、静かに笑い声を上げて地面に右手を付いた。
『ゲート!』
敵が魔法を唱えた瞬間、俺達の足元には魔法陣が発生した。この魔法はなんだ? 急いで飛び出そうとしたが、体が動かない。まるで金縛りにでも遭っているかの様だ。力ずくで抵抗しようとした瞬間、俺は意識を失ってしまった……。
体に刺すような魔力と、敵の息遣いを感じて起き上がった。ここはどこだ? 俺の手には石が触れている。室内だろうか。急いで鞄から松明を取り出して火を付ける。
「サシャ、まずい事になった。どうやら俺達は魔王城に飛ばされたみたいだ」
「魔王城か……」
「このまま魔王を討伐するぞ」
「わかったよ」
松明で室内を照らすと、石造りの空間が広がっていた。窓は無く、日が入らない事から、ここが地下だと予想出来る。天井も床も石で出来ているとは。敵の中に石の魔法に精通した者が居るのだろうか。
松明をゆっくりと動かし、部屋の隅々まで照らすと、部屋の扉を守る様に、一体の魔物が立っていた。背の高い骨の体の魔物。スケルトンキングだ。信じられないな……。キング以外にもスケルトンキングが存在するとは。
「やっとお目覚めか……」
人間の言葉を完璧に理解している様だ。キングの様な穏やかな雰囲気は無く、目には黒い炎を灯している。同じスケルトンキングでも、随分敵意に満ちた魔力を感じる。魔力の強さはキングをも上回るだろう。
魔王はこれ程までに悪質な魔物も配下に入れているのだろうか。俺達はとんでもない相手に喧嘩を売りに来たのかもしれないな。しかし、俺は大陸を守る冒険者だ。こんな所で負ける訳にはいかない。
スケルトンキングは静かに右手を俺達に向けると、小声で魔法を呟いた。
『ヘルファイア……』
瞬間、爆発的な炎が発生し、俺達に襲い掛かってきた。この攻撃を喰らえば間違いなく一撃で命を落とす。俺は瞬時に左手から炎を放出し、体の前に炎を壁を作り上げた……。