第六十二話「聖戦士と宴」
〈ヘルフリート視点〉
エドガーを倒した時点で、サシャの底知れぬ力を感じていたが、まさか俺にショックウェーブまで使わせるとは。聖騎士だけが使用を許可される防御魔法。魔力の衝撃波を放出し、敵の攻撃を無効化させる最強の防御魔法。人間相手に使ったのは何年ぶりだろうか。最後にショックウェーブを使ったのは、幻獣のサイクロプスを倒した時だったな。
十五歳の冒険者相手に本気になり、しかも俺が負けるとは。王国から国防を任されている聖戦士の俺が。常識では考えられない防御魔法。土を硬質化させただけの魔法で、俺のソニックブローを防いでしまった。
ドラゴンさえも切り裂く魔力の刃を瞬時に防ぐ戦闘センス。次々と強力な魔法を使っても、魔力が枯渇する様子も無かった。それに、無数の土の槍を操る「アイアンメイデン」という魔法。あれ程までに複雑な魔法は見た事も無い。魔法は制御する数が増えれば増える程、難易度が高くなる。数え切れない程の土の槍を全て制御し、同時に攻撃を仕掛ける魔法能力。きっと死ぬ気で訓練をしてきたのだろう。一体どれだけの時間、密度で魔法の訓練を積んできたのだろうか。
戦い方は力任せではあるが、これから俺が鍛えれば、サシャは大陸で最強の冒険者になれる。魔法の技術は既に一流。剣の腕は未熟だが、余りある魔力を剣に込めた一撃は、死をも意識するほどの威力だった。幻魔獣の魔法だろうか、見た事も無い雷を剣に纏わせ、魔族が作り上げた伝説の魔法「グランドクロス」の完成度を高めた。二種類の高度な魔法を同時に制御し、新たに作り変えるとは。
これが召喚士の戦い方だって? 戦士、魔術師、召喚士。状況に応じて一人で三種類の戦い方を切り替える。間違い無い、サシャ・ボリンガーは戦いの天才だ。サシャの今後の成長が楽しみではあるが、俺は自分の力の無さを実感した。そろそろ世代交代だろうか。
〈サシャ視点〉
なんとかヘルフリートに勝つ事が出来た。しかし、ヘルファイアを使わなければ、彼に攻撃を当てる事すら出来なかっただろう。攻撃の速度や、魔法に対する反応速度もまるで違う。グランドクロスさえも盾で弾く戦闘センス。目視すら出来ない程の移動速度。これがアルテミス王国から国防を任されている最強の聖戦士の力か。世の中にはこんなに強い男が居るのだな……。
エンチャントを掛けた剣技やグランドクロスでは、ヘルフリートに傷一つ付ける事も出来ない。まるで幻魔獣が人間になった様な強さだ。実力は幻魔獣・ハーピーであるルナを上回る。これが経験の違いだろうか。攻撃の威力、防御力の高さなら、俺の方が勝っているとは思うが、彼の高速の剣を受ける事すら出来なかった。
ヘルフリートから戦い方を学ぼう。そうすれば俺は更に強くなれる。俺はヘルフリートと固い握手を交わした。
「サシャ・ボリンガー。間違いなく、将来この大陸で最強の冒険者になるだろう。聖戦士の俺が言うのだから間違いない。しかし、まだまだ戦い方が未熟だ」
「ヘルフリート。俺はあなたと剣を交えてみて、自分の力の無さを実感したよ。まさか俺のグランドクロスの軌道を変えるなんて……」
「攻撃の威力ならサシャの方が遥かに高い。グランドクロスを受けていたら、俺は一撃で命を落としていただろう。あの攻撃はもしかすると、幻魔獣でさえも葬れる力があるかもしれん。サシャ。俺がこれから戦い方を教えよう」
「よろしくお願いします……! ヘルフリート!」
「うむ。素直で良いな」
ヘルフリートは柔和な笑みを浮かべて俺の肩に手を置いた。俺は彼の様な人と出会いたかった。自分よりも遥かに強く、経験豊富な戦士。彼から学ばなければならない事は多いだろう。魔王城までのヘルフリートとの生活が楽しみで仕方がない。彼の技術を全て習得してみせる。
「ボリンガー様! 攻撃魔法や防御魔法も自在に使えるとは……。ボリンガー様は偉大な魔術師であり、召喚士です!」
「ありがとうございます。アルベルトさん!」
「サシャは本当に強いんですね! さっきの魔法は幻魔獣・スケルトンキングの固有魔法ですか? 書物でしか見た事がない雷でした」
「よく分かりましたね、シャルロッテさん。スケルトンキングのサンダーボルトをエンチャントした剣で戦う様にしているんです」
俺とルナは、明日からヘルフリートの指導を受ける事にした。ヘルフリートがルナにも剣を教えたいと言ったからだ。アイリーンも居ればヘルフリートから戦い方を学べたのだが。
魔王討伐に参加するメンバーは、明日からパーティー全員で訓練を行う。エドガーの提案により、今日は親睦を深めるための宴を開く事になった。酒場に戻ると、エドガーの子分の海賊達が料理を運んできた。ゆっくり食事をしながら休むとしよう。ヘルフリートとの戦いですっかり疲れてしまった。
「サシャ、聖戦士さえも倒してしまうとは。どうりで俺では敵わない訳だ。仲間が強いというのは心強いぞ。ゲルストナーも居れば尚良かったがな」
「ゲルストナーにはアルテミシアの防衛を任せているんだ。魔王が手下にアルテミシアを襲わせるかもしれないからね」
「うむ。その可能性は十分にあるだろう。大陸で最も栄えている都市を最初に狙うかもしれん。魔王自身はまだ動き出していないが、最近、海の魔物の動きが活発になっているんだ。海にも魔王の手下の魔物が潜んでいるのだろう」
「魔王か。一体何故人間を襲おうとするのだろうか」
「今の世の中は人間が支配していると言っても過言ではない。人間と共存出来ない魔物を配下に入れ、人間が支配する世界を終わらせようとする。人間以外の種族が生きづらい世の中なんだよ。魔王は人間とは異なる種族の魔物や獣人を従え、人間から世界を取り戻そうとしているのかもしれん」
確かに、どの地域も人間が管理しており。人間が管理する土地に魔物が湧けば、たちまち冒険者を派遣して魔物を駆除する。魔物にも生きる権利はあると思うが、人間を襲う魔物を狩らなければ、人間は安全な暮らしを送れない。魔物は決して放置しておける存在ではないのだ。
魔王に力を貸す魔物や人間以外の種族は、自分の生きる場所を作るために、大陸を支配しようとしているのかもしれない。どちらが悪なのか、分からなくなりそうだが、俺は人間として生まれた以上、同じ種族でもある人間を守るつもりだ。それに、全ての魔物が悪である訳ではない。ユニコーンの様に、古くから人間と共存する魔物も居る。冒険者として、人間と敵対する魔物を狩る。深く考える必要はない。俺は民を守るために自分の力を使えば良い。
それから俺達は深夜まで語り合い、親睦を深めた。エドガーの冒険の話や、ヘルフリートの国防の話など、お互いのこれまでの人生をゆっくりと語り合い、葡萄酒を飲みながら、海賊の料理に舌鼓を打った。
ヘルフリートの説明によると、魔物討伐の功績が王国に認められれば、冒険者は聖戦士になれるのだとか。ショックウェーブは聖戦士になった者に授けられる魔法。国王は五人の聖戦士を選出し、最強の防御魔法である、ショックウェーブの使用を許可する。
聖戦士になると、国を脅かす魔物との戦闘に参加しなければならないのだとか。魔物を討伐する対価として、聖戦士としての地位があれば国王に立候補が出来るらしい。身分も貴族と同等。王国から土地を与えられ、聖戦士を退いたとしても、自分自身が管理する土地で民を守りながら生きていく事も出来るのだとか。
深夜まで語り合うと、俺達は銘々の部屋に戻り、明日からの訓練に備えて休む事にした。