第六十一話「聖戦士」
甲板に出ると、ワイバーンが海で獲物を捕らえたのか、巨大な緑色の体をした魔物を美味しそうに頬張っていた。サハギンという魔獣クラスの魔物らしい。ワイバーンはサハギンの腕をもいで、「食べてみろ」と言わんばかりの表情で差し出した。どうも生々しくて食べる気にならなかったので、俺はワイバーンの申し出を丁重に断った。
ワイバーンは少し寂しそうに俺を見つめると、俺はサハギンの腕に弱い炎を放って焼き、適当に調味料を掛けてから一口齧ってみた。脂肪が少なく、パサパサとした鶏肉の様な食感だ。意外と美味しいのかも知れないが、見た目がどうも気持ち悪い。
「サハギンを捕まえてしまうとは! サシャのワイバーンは随分賢いんだな」
「サハギンってアルテミシアの海に生息しているんだね」
「ああ。見境なしに船を襲う悪質な魔物だ。知能は低いが、群れで行動する。力も強く、水中を高速で泳ぐ。捕獲が比較的難しい魔物だな。俺もサハギンの肉が好きなんだが、なかなか捕まえるのが難しいんだ」
エドガーがそう言うと、ワイバーンは嬉しそうに翼を広げ、空中に飛び上がった。暫く船の近くを旋回してから、一気に海の中に潜った。ワイバーンは二体のサハギンを足で掴んで飛び上がると、甲板の上に放り投げた。次々とサハギンを捕まえると、エドガーは満面の笑みを浮かべた。
エドガーが子分達を呼んでサハギンを解体すると、甲板で焼肉が始まった。俺達は魔王討伐のために移動しているのはなかったのだろうか。まるで呑気に旅でもしているかの様だ。しかし、海賊達もエドガーも深刻ではないからか、海賊船の雰囲気は良い。
甲板に大量の葡萄酒とエール酒が運び込まれると、百人以上のエドガーの子分が集まって宴が始まった。俺達も海賊達に混ざってサハギンの肉を食べると、ヘルフリートが隣の席に座った。
「サシャ! お前はアルテミシアでエドガーを軽々と倒したな。俺にも実力を示してくれないか? 魔王討伐は個人戦ではない。仲間との協力が不可欠だ。それにはお互いの実力を知らなければならない!」
「そうだね、ヘルフリート。俺も仲間の力が知りたい」
ヘルフリートは静かにヘルムを被ると、タワーシールドを左手で構え。右手にロングソードを持った。シールドを体に密着させ、右手に持ったロングソードを掲げた。全身が頑丈そうな鎧で覆われており、一体この男とどう戦えば良いのかも分からない。これが王国から国防を任されている最強の男の構えか。ゲルストナーとは違った威圧感を感じる構えだ。ゲルストナーは防御の構えだが、ヘルフリートは一撃で敵を倒す攻撃の構え。
「聖戦士様と幻魔獣の召喚士様が戦うぞ!」
「俺はボリンガー様の勝利に百ゴールド賭けるぞ!」
「俺もボリンガー様の勝利に賭ける! 十五歳でフィッツ町を配下に入れた天才召喚士だからな! 相手が聖戦士様でも勝てるだろう!」
どうやら賭けの対象になっているようだ。果たして俺はヘルフリートに勝てるのだろうか。最初から本気を出した方が良いだろう。手加減をして勝てる相手ではない。
デュラハンの大剣を右手で持ち、左手には土の魔力を溜めた。剣に対してサンダーボルトのエンチャントを掛けると、アルベルトさんが嬉しそうにはしゃいだ。
「ボリンガー様が魔法を使った! しかもあれはただのサンダーではない!」
左手を甲板に向けて、アースウォールを使える様に警戒しながら、右手に持った剣に爆発的な魔力を流し込む。空には雷雲が生まれ、剣に集まる雷の威力が増した。
「行くぞ! サシャ!」
俺の準備が整った瞬間、ヘルフリートは一直線に俺の方に飛び込んできた。動きが早すぎて残像が発生している。ヘルフリートが一瞬で俺の間合いに入ると、俺の手から剣が消えていた。何が起こったんだ? ヘルフリートは目にも留まらぬ速度で剣を弾き飛ばしたのだ。手には強い痺れ残っている。
まさか、動きすら見えないとは。これが聖戦士の力なのか? あまりにも実力が違いすぎる。ルナと同等、もしくはそれ以上の攻撃速度だ。俺の大剣を軽々と弾き飛ばす攻撃の強さ。信じられない……。
「サシャ! 剣を拾え!」
まるで実力が違う。次はヘルフリートが動き出した瞬間に、グランドクロスを撃ち込む。再び大剣にエンチャントを掛けると、ヘルフリートが微笑んだ。
「行くぞ!」
ヘルフリートは直線的に踏み込んできた。きっと俺の目の前まで一瞬で移動するつもりだろう。同じ手を喰らってたまるか。俺は瞬時に後退し、ヘルフリートが着地するであろう場所にグランドクロスを撃つ事にした。
剣を振り下ろし、強烈な雷を纏う十字の光を放つと、ヘルフリートは防御が間に合わないと察したのか、直ぐに立ち止まり、左手に構えたタワーシールドに魔力を込めた。俺の勝利だ。スケルトンキングの固有魔法であるサンダーボルトと、魔族の戦士長、デュラハンの魔法、グランドクロスを融合させ、レベル90の冒険者である俺が最高の攻撃魔法へと作り変えたのだ。盾で防げる程の弱い攻撃ではない。
ヘルフリートは左手で構えたシールドでグランドクロスを殴ると、十字の光は軌道が反れて、遥か彼方まで飛んで行った。まさか、俺の攻撃を盾で飛ばすとは。正面から攻撃を防ぐのではなく、攻撃の軌道を反らして身を守ったのだ。
ヘルフリートは盾を投げ捨てると、両手でロングソードを構えて一直線に飛び込んできた。必殺技を使うか……。俺自身が編み出した攻撃魔法。瞬時に甲板に左手を付け、土の魔力を注いだ。
『アイアンメイデン!』
無数の土の槍が甲板から伸びると、生き物の様にヘルフリートに襲いかかった。ヘルフリートは全身から魔力を集めて剣に注ぐと、剣を甲板に突き立てた。
『ショックウェーブ!』
ヘルフリートが魔法を唱えると、半透明の魔力の衝撃波がヘルフリートを包む様に生まれ、無数の土の槍を吹き飛ばした。土の槍が一斉に砕けると、俺は自分の敗北を悟った。アイアンメイデンですら、剣を突き立てるだけで破壊してしまうのだ。あまりにも実力がかけ離れている。
ヘルフリートは甲板から剣を抜くと、剣を頭上高く掲げ、振り下ろした。剣の先端からは青白い魔力の刃が生まれた。ルナのウィンドカッターの様な魔法だ。この攻撃なら何度も見てきた。ルナの強烈な攻撃を何度も受けてきたんだ。簡単に負けてたまるか。
俺は全身から魔力を掻き集め、甲板に左手を付けて土の壁を作り出した。俺のアースウォールはルナのウィンドカッターでさえ防げるのだ。ヘルフリートの攻撃も確実に防げるだろう。まだ俺が勝てる可能性は残っている。
ヘルフリートが作り出した魔力の刃は、大きな爆発音を轟かせて消滅した。何とか攻撃を防げたようだ。しかし、俺はヘルフリートに一度もダメージを与えていない。強力な魔法を次から次へと使わされているのは俺の方だ。魔力も徐々に減ってきた。戦闘を長引かせれば、確実に俺の方が不利になる。次の一撃で決めるしかない。
俺は剣を鞘に仕舞うと、ガントレットに魔力を込めた。今日の魔力を全て使い果たす。両手をヘルフリートに向けて、巨大な炎の塊を作り上げた。
『ヘルファイア!』
魔法を唱えた瞬間、炎の塊はアースウォールを突き破り、ヘルフリートに襲いかかった。防御が間に合わなかったヘルフリートは、ロングソードで炎を叩き切ろうと試みたが、強烈な炎には剣は通用せず、ヘルフリートの体は瞬く間に炎で包まれた。
俺の勝利だ。俺は直ぐにヘルフリートに掛けた炎を解除すると、ヘルフリートは愕然とした表情で俺を見つめた。
「ボリンガー様の勝利だ! 聖戦士様を倒したぞ!」
「聖戦士様もありえない強さだったな。ボリンガー様の魔法を弾き飛ばすのだから」
こうして俺とヘルフリートの打ち合いは終わった。