第五十三話「新たな仲間との宴」
強い光の中からは、全身が黒い毛で包まれた中型の犬が生まれた。目は青く澄んでおり、俺の事を主だと認識しているのか、嬉しそうに尻尾を振りながら俺の顔を舐め回した。一見普通の犬の様に見えるが、体からは強い炎の魔力を感じる。
「幻獣を一人で召喚してしまうとは……! ありがとうございます、ボリンガー様!」
「お役に立てたなら光栄です、アルベルトさん」
「まさか再びヘルハウンドに会えるなんて。夢のようです……」
アルベルトさんはヘルハウンドを見て涙を流した。ヘルハウンドは不思議そうにアルベルトさんを見上げると、彼はヘルハウンドを抱き上げた。召喚士ギルドにとって、今日はヘルハウンドが蘇った記念すべき日だ。せっかくだから宴を開こうか。今日は海賊ギルドのエドガーとも出会えたし、アルベルトさんや召喚士達とも出会えたんだ。更に親睦を深めるために、盛大に宴を開こう。
「皆さん、良かったら宴を開きませんか?」
「それは良い考えですね! ボリンガー様。是非私達のギルドで宴を開いて下さい。シャルロッテ、ボリンガー様の手伝いをしてくれるかな?」
「分かったわ、アルベルト」
シャルロッテさんは杖を引き抜き、テーブルに向けて魔法を唱えると、テーブルの上には食器が並び、室内には一瞬で飾り付けが施された。それからシャルロッテさんは外で待機していたガーゴイル達にお金を持たせると、彼等はすぐにギルドを出た。どうやら食料を買ってきてくれるみたいだ。
「アイリーン、悪いんだけどゲルストナー達を探してきてくれるかな?」
「わかったの」
アイリーンはユニコーンに飛び乗ると、ゲルストナー達の臭いを頼りに、ユニコーンを走らせた。獣人の嗅覚は人間を凌駕するのか、遥か遠くに居る獲物や仲間の位置を察知する事が出来る。
さて、せっかく宴を開くんだ、エドガーさんも呼んだ方が良いだろう。彼とはもっと仲良くなりたいし、それに『酒でも金でも何でも』と言っていたのだから、エドガーさんから宴のためのお酒を頂く事にしよう。
「クーデルカ、海賊ギルドからエドガーを呼んできてくれないかな? 宴を開くと言えばきっと来てくれると思うんだ。お酒が好きみたいだからね」
「分かったわ。呼んでくるわね」
「ありがとう」
クーデルカは嬉しそうにギルドを後にした。暫く待つと、ガーゴイル達が戻ってきたので、俺とルナは料理の盛り付けを手伝う事にした。ヘルハウンドは俺から離れようとせず、俺の足元で楽しそうに尻尾を振っている。
「サシャ、ヘルハウンド可愛いね!」
「うん。じっとしていたら普通の犬みたいだね」
「どうやらヘルハウンドは生前よりもかなり穏やかな性格のようです」
「そうなんですか?」
「はい。生前のヘルハウンドは獰猛でしたからね。しかし、ギルドメンバーに対しては優しかったのですよ。魔物との戦闘の際にも、常に前衛として仲間を守ってくれました」
俺は鞄から乾燥肉を取り出してヘルハウンドに渡すと、彼は嬉しそうに肉を頬張った。ワイバーンは今頃何をしているだろうか。きっと王国の周辺に巣食う魔物を狩っているのではないだろうか。ワイバーンは隠れている魔物を見つけ出し、捕食するのが得意だからな。
宴の準備をしていると、クーデルカがエドガーを連れて戻ってきた。エドガーは巨大な酒樽を抱えている。やはりドワーフという種族は力が強いのだろう。それに、人間と比べても寿命が長い様だ。クーデルカが生まれる前の時代の戦士長、デュラハンと共にパーティーを組んでいたのだからな。
「サシャ! 宴なんだってな。俺を呼んでくれてありがとうよ! 海賊に宴が嫌いな奴は居ない!」
「そうじゃないかと思ったんだよ。来てくれてありがとう」
「こいつは海で出会った海賊から奪い取った葡萄酒だ。皆で飲んでくれ」
「奪い取った葡萄酒か……」
「ああ! 今日の宴には肉が足りんようだな。昨日仕留めた獲物を持ってくるとしよう」
エドガーは再びギルドを出ると、アイリーンが戻ってきた。ゲルストナーとクリスタルはヘルハウンドを見て嬉しそうに喜んでいる。彼等は希少な魔物が大好きだからな。キングは召喚士達と協力してサラダを盛り付けている。意外と手先は器用で、楽しんで宴の準備をしている。
「師匠! 幻獣の召喚に成功したんですね! 凄いです!」
「ああ。なんとか召喚できたよ」
「流石私の師匠です!」
クリスタルは俺に抱きついてきた。しっかりと手入れされた美しい青色の髪を撫でる。ゲルストナーはヘルハウンドを抱き上げると、アルベルトさん顔負けの喜び方をした。
「これがヘルハウンドか! 一度見てみたいと思っていたんだ!」
「イヌ……カワイイ……」
「キング、こいつはただの犬じゃないぞ。強い炎を扱う幻獣だからな!」
アルベルトさんはキングの姿を見ると、キングの手を握って微笑んだ。どうやら彼はキングに会いたかったらしい。幻魔獣のスケルトンキングは普通に生きていて出会える魔物ではないからな。
「あなたがキング様ですか! ずっとお会いしたかったです!」
「ヨロシク……」
「こちらこそ宜しくお願いします!」
キングもアルベルトさんと知り合えて嬉しそうだ。宴の準備を進めていると、エドガーが巨大な魔物を担いで戻ってきた。この人のやる事は全てが大胆だ。白い毛に包まれた狼の様な魔物だ。
「誰かこいつを調理してくれないか? 皮が硬いから力が強い男じゃなきゃ無理だろうが」
「それなら俺がやろう。クリスタルも手伝ってくれるかな?」
「わかりました!」
ゲルストナーが調理役を買って出た。助手はクリスタルのようだ。ゲルストナーは調理用のナイフを取り出すと、威力を弱めたスラッシュを次々と放って肉を解体した。召喚士達はゲルストナーの強引すぎる料理を唖然として表情を浮かべて見つめている。
「サシャ、随分力の強い調理師が居るじゃないか!」
「彼は調理師じゃなくて、戦士のゲルストナー・ブラック。魔法動物の育成士でもあるんだ」
「戦士だったか。スラッシュで肉を切るとは、豪快な男なんだな! こいつは一度手合わせしてみたいものだ!」
「ところでエドガー、いつの間にボリンガー様と知り合っていたんだ?」
「ついさっき剣を交えたんだ。あの戦いを見ていなかったのか?」
「なんだって? ボリンガー様と剣を交えた? 君は信じられない男だな。それで、結果はどうだったんだ?」
「サシャの圧勝だよ。俺を軽々と吹き飛ばしてしまうんだからな」
「まぁ当たり前の結果だろうな。海賊では幻魔獣を操る召喚士には勝てないだろう」
「うむ。自分の力不足を感じたよ」
俺達が席に着いて雑談をしていると、ゲルストナーとクリスタルが料理を終えたようだ。各テーブルの中央にはステーキが乗せられた皿が運ばれた。
「それでは、ボリンガー騎士団との出会いと、ヘルハウンドの復活を祝って。乾杯!」
アルベルトさんが乾杯の音頭を取ると宴が始まった。俺のテーブルには騎士団のメンバーとエドガー、それに召喚士ギルドの主要メンバーが座った。何故か俺の椅子の隣にはヘルハウンドが座っている。
エドガーはゲルストナーの隣に座ると、二人で談笑しながら葡萄酒を競うように飲み始めた。ゲルストナーもかなりの酒豪だが、エドガーもゲルストナーに負けず劣らず、かなりの速度で葡萄酒を飲んでいる。
「ゲルストナー、俺はさっきサシャと喧嘩したんだぜ!」
「サシャと喧嘩? 馬鹿な……やはり海賊は命知らずなんだな。戦士の俺ですらサシャの攻撃を受け止められないというのに」
「俺は強い奴を見ると戦ってみたくなるんだ! エドガー、俺と手合わせしないか?」
「エドガー、俺は自分よりも体格の大きいドワーフを相手にするつもりは無いよ」
「まぁそう言うな。そうだ、腕相撲をしてみないか? ゲルストナーの力を確かめてやる」
エドガーがそう言うと、召喚士達は大いに盛り上がった。ゲルストナーは小さく首を振りながら鎧を脱いだ。ゲルストナーが腕をまくると、鍛え込まれた戦士の筋肉があらわになった。
「ボリンガー騎士団の戦士と海賊ギルドのマスターが腕相撲をするぞ!」
「俺はエドガーに三百ゴールド賭ける!」
召喚士達が賭けを始めると、ガーゴイル達はゲルストナーの勝利に賭けた。キングも無言でゲルストナーの勝利に賭けると、賭けは大いに盛り上がった。
エドガーが真剣な眼差しでゲルストナーを見つめると、ゲルストナーは全身から魔力を放出して場の空気を変えた。ブラックドラゴンの一撃を受けても立ち上げれる程のタフさを持つゲルストナーが、そう簡単にエドガーに負ける訳はない。多分、二人の実力は近いはずだ。
テーブルに肘を付けて手を握り合うと、エドガーが右手に風の魔力を集めた。室内に穏やかな風が流れ始めると、ゲルストナーは狼狽した。
「ゲルストナー。あなたは騎士団で戦士を任されているのだから、負けは許さないわよ。弱い男は嫌いなの」
「全く……クーデルカは厳しいな」
ゲルストナーは優しく微笑んだが、エドガーを見ると、体から爆発的な魔力を放出させ、真剣な表情を浮かべた。剣を構える時の表情と同じだ。
アルベルトさんが開始の合図を出すと、エドガーが手に風を纏わせ、力ずくでゲルストナーの腕を倒そうとした。ゲルストナーは何とかエドガーの力に耐えると、全身から魔力を掻き集め、右手に注いだ。
『スラッシュ……』
ゲルストナーが小さく呟くと、彼の右手からは強烈な魔力が発生し、エドガーの右手をテーブルに沈めた。テーブルは衝撃に耐えられず、粉々に砕けると、召喚士達は熱狂的な歓声を上げた。キングは満足気な笑みを浮かべ、ゲルストナーの肩に手を置いた。
「ちくしょう……人間に腕相撲で負けるとは!」
「筋力ではエドガーの方が勝っているが、俺は武器を使わなくてもスラッシュが撃てるんだ」
「ゲルストナー、スゴイ……」
「ありがとう、キング」
キングは儲けたお金をガーゴイル達に渡すと、彼等は追加で料理とお酒を買ってきた。それから俺達は夜遅くまで宴を楽しんでから宿に戻った。今日は愉快な一日だったな。やはりアルテミス王国に来て正解だった。エドガーやアルベルトさん、シャルロッテさんとも出会えたし、召喚士ギルドのメンバーとも随分親しくなれた。明日は本拠地について会議を行う。明日からも忙しくなりそうだ。
ルナとクーデルカと共に風呂に入り、寝る前にアイリーン共に葡萄酒を飲みながら、明日からの王国での生活について語り合った……。