第五十二話「本拠地作りのために」
「ボリンガー様! 是非私達に協力させて下さい!」
「本当ですか? アルベルトさん」
「はい。私達召喚士も、魔物達と共に暮らしていきたいと思っています。私も以前から、『人間と魔物が共存できる町』があれば良いのにと思っていました」
「実は新しく作る本拠地は、魔物だけではなく、迫害されている種族や、元奴隷の様な人間なども暮らしていける地域にしたいと思っているんです」
「元奴隷ですか? 奴隷を解放するという事ですか?」
「はい。騎士団の団員の中にも、不当に奴隷にされた人が居ます。将来的には、奴隷制度を崩壊させ、騎士団の本拠地で元奴隷の人達を招くのも良いかなと思っています」
「奴隷制度を崩壊させる……ですか。確かに、私も奴隷制度には反対ですが、崩壊させようと思った事はありませんでした」
正直に言えば、奴隷制度を崩壊させる手段は分からない。今はまず本拠地を作る事が先決だ。本拠地が完成してから、奴隷を開放するために動けば良い。
「素晴らしい考えですね! 是非、私にも協力させてください!」
召喚士の女性が嬉しそうに言った。年齢は二十代ほどだろうか、長く伸ばした栗色の髪を綺麗に巻いている。彼女はギルドの幹部なのだろう。体から強い魔力を感じる。
「本拠地を作るには、まずお金が必要なのですが、効率良くお金を稼げるクエスト等をご存知でしたら教えて頂きたいです」
「難易度が高く、報酬が多いクエストは冒険者ギルドで受けられますよ。召喚士ギルドでもクエストをご紹介する事は出来ますが、報酬は決して高くありません……」
「やはり冒険者ギルドですか」
「はい。クエストの種類も豊富ですし、幻獣討伐などの高難易度のクエストもあるみたいです。それから素材の件ですが、我々のギルドには目ぼしい素材は少ないかと思います。以前、ギルドの経営が厳しくなった時に、価値ある魔物の素材を全て売ってしまったのです」
「そうだったんですね……」
「一つだけ幻魔獣の素材があるのですが、魔物の性格と経歴に問題がありまして……幻魔獣・デスという魔物なのですが」
アルベルトさんは随分と怯えた表情をしている。一体、どれだけ凶悪な魔物なのだろう? しかし、幻魔獣の素材は魅力的だ。強い仲間は多ければ多い方が良いからな。
「問題のある性格と経歴というのは……?」
「文献によれば、幻魔獣・デスは魔王の手下として魔王城内で召喚されたようです。それから、デスは召喚されてすぐに召喚士達を殺してしまったらしいのです。召喚士達を殺してからは、魔王城に居た魔物や、魔王討伐のために城を訪れていた勇者等を全て一人で消し去ってしまったそうです。デスの見境の無い殺戮に、魔王は激怒してデスを拷問にかけて殺してしまったのだとか。どこまでが本当の話なのかは分かりませんが……」
魔王を手こずらせた幻魔獣、デス。魔王城で召喚されて、魔王以外の者を全て殺してしまったという事か。強力な力を持つ幻魔獣なのは間違い無いだろうか、見境の無い殺戮を行う残忍さ。きっと、デスを召喚した召喚士達の負の部分を糧に生まれたのだろう……。
召喚獣は召喚した者の魔力で作り出される。召喚士が日常的に殺戮を行う魔王の手下だったという事が、残忍な殺戮を行うデスを生み出したのだろう。デスを召喚するのは暫く待った方が良さそうだ。戦力的にパーティーが危なくなった時の最後の切り札として取っておこう。アルベルトさんはデスの頭骨が入った箱を持ってきた。
「さぁ、ボリンガー様。どうぞお持ちになって下さい」
「ありがとうございます。それでは頂戴します」
デスの頭骨は一見、スケルトンの頭骨と同じ様に見えるが、頭骨が発している魔力はルナやキングと同等、もしくはそれ以上だ。俺はデスの入った小箱をマジックバッグに仕舞った。幻魔獣の素材を頂いたからには、何かお礼をしなければならないだろう。
「アルベルトさん。是非、お礼をさせて頂きたいのですが、何か俺がお手伝い出来る事はありませんか?
「ボリンガー様が力を貸してくれるとは……」
「アルベルト、ボリンガー様にギルドの守り神を召喚して貰ったらどうかな?」
「幻獣・ヘルハウンドの素材があったか! ボリンガー様、幻獣のヘルハウンドはこのギルドの創設者のパートナーだったのですよ。創設者が亡くなってからも、ヘルハウンドはギルドのために一所懸命に働いてくれました。しかし、ヘルハウンドは三年前に寿命を迎えて死んでしまったのです」
アルベルトさんは悲しそうに言った。召喚士ギルドは、ヘルハウンドという幻獣に守られていたのか。ギルドメンバーでは寿命を迎えたヘルハウンドを召喚し直す力が無かったのだろう。
「アルベルトさん。俺がヘルハウンドを召喚しますよ。素材を持って来て下さい」
「本当ですか? それはありがとうございます! シャルロッテ、素材をボリンガー様に渡してくれるかな」
「ええ、分かったわ」
栗色の髪の女性はシャルロッテという名前なのか。シャルロッテさんはヘルハウンドの素材を倉庫から持ってくると、テーブルの上に置いた。素材は丁寧に保管されていたようだ。木箱の中に大きな犬が横たわっている。状態もかなり良い。ヘルハウンドの死体からは温かい魔力を感じる。きっと神聖な魔物なのだろう。
ヘルハウンドを新しく召喚しても、勿論生前の記憶はない。全く新しい性格を持って生まれて来るだろう。だが、俺が召喚すれば、民を守る魔物が生まれるに違いない。俺は自分に授けられた力を、他人を助けるために使うと心に決めているからだ。
召喚魔法で生まれる魔物の強さ、性格は基本的に召喚士の性質よって決まる。クーデルカの様に魂を用いて召喚すれば、生前の知識や記憶を持ったまま生まれる事が出来るが、召喚魔法は基本的に新たな生命を生む魔法である。
「それでは……これからヘルハウンドを召喚します」
と言って俺はヘルハウンドの亡骸に両手を向けた。召喚のイメージは、人を助ける守り神。召喚士ギルドの人達と共に、人間を守れる様な強さ、心の優しさを持つ幻獣。俺は魔力を使い果たすつもりで、全力で魔力を注いだ。
『ヘルハウンド・召喚!』
俺の魔力に反応したヘルハウンドの亡骸は、辺りに強い光を放った。穏やかな光の中からは、強い炎の魔力が流れ始めた。これがヘルハウンドの力か。暫くすると、光の中からヘルハウンドが姿を現した……。