第三十九話「出発」
今日から俺達はアレラ山脈を目指して旅を再開する。宿を出ると、騎士団の出発を祝福してくれる住人や冒険者などが集まっていた。集まってくれた人達にブラックドラゴン討伐を誓うと、町には熱狂的な歓声が沸き起こった。
ユニコーンの馬車に乗り込んで町を出た。レイリス町を出て森林地帯を進む。御者席には俺とクリスタルが座っている。クリスタルは移動の最中も魔法の練習をしているみたいだ。宙に魔法の盾を浮かべ、魔力を使い続けている。魔力は使えば使うほど強くなる。己を鍛えるには、まず魔力を鍛える事が重要だ。魔力が高ければ魔法の威力も剣の威力も上がる。魔力の高さが冒険者としての身分の証明だ。
「師匠、マジックシールドの魔法にもかなり慣れてきました!」
「いつも頑張っているね。俺も抜かされないように努力しなければならないね」
「私が師匠を抜くなんて不可能ですよ。まだ一度も魔物を召喚した事もないんですから……」
「魔物を召喚するのは、アルテミス王国に着いたらにしようか。ブラックドラゴンとの戦いに、生まればかりの魔物を参加させる訳にはいかないからね」
「しょうがないんですよね」
「ああ。魔物の召喚はもうしばらく待ってくれるかな」
クリスタルは毎日努力を続け、魔法の盾の防御力は日に日に強くなりつつある。いつか俺のアースウォールを超える防御魔法を編み出すのが目標なのだとか。俺も負けられないな……魔法の練習は順調だが、剣の技術はルナやアイリーンに劣る。一撃の攻撃力なら、俺とワイバーンの連携魔法、メテオがパーティーで最高の破壊力を持つが、俺が単体で強くなる必要がある。
常にワイバーンと協力して戦えるのなら良いが、メテオは室内では使用出来ない。開けた場所でのみ使用出来る魔法だ。使い道も限られている。俺自身が更に強くなるには、グラディウスとクリスを使った戦い方を自分の技術として定着させる必要がある。
それから土のエンチャントも練習しなければならない。剣に掛けた土の属性のエンチャントに、どれ程までの攻撃力があるか確かめておく必要もあるだろう。旅の間にキングと打ち合って練習する事にしよう。
今、騎士団のメンバーで一番剣術の実力が近いのはキングだ。アイリーンとルナは強すぎて俺の練習相手にはならない。実力はアイリーンよりもルナの方が若干上だろう。奇襲に関してはアイリーンの方が得意みたいだ。馬車での移動中に魔物が現れれば、アイリーンが瞬時に槍を投げて駆逐する。誰よりも魔物の襲撃に敏感で、攻撃の速度も抜群に早い。
今日も馬車での移動を終え、夜の訓練を行う事にした。クリスタルはゲルストナーと共に魔法の練習をしている。訓練の内容はクリスタルが作ったマジックシールドにゲルストナーが攻撃をする。クリスタルはゲルストナーの攻撃を防ぎつつ、反撃をするという内容だ。
俺とキングはひたすら剣で打ち合いをしている。キングが使うハックやスラッシュは基本的な剣技だが、なかなか鋭い攻撃だ。剣の速度は力と魔力の強さによって変わる。キングはメイスを使って俺に攻撃を放ち、俺は土のエンチャントを掛けた剣でキングの攻撃を防いでいる。グラディウスとクリスの二刀流にも慣れてきたが、やはりエンチャントを掛けたまま戦うのは、魔力の消費が多すぎる。自分自身の魔力不足を実感する。
暫く稽古を続けていると、ワイバーンが獲物を捕まえて戻ってきた。どうやら羊の群れを見つけたらしい、口に羊を咥えたまま地面に着地すると、ワイバーンは自慢げに羊を置いた。ワイバーンの頭を撫でて褒めると、彼は嬉しそうに俺の顔を舐めた。
さて、今日の訓練はこの辺りで終わるとしよう。適度に練習して、適度に休む。これが俺の旅のモットーだ。適度と言っても、個人の訓練は一日五時間以上行うようにしている。そもそも、戦の感覚は一日中練習していて掴める訳ではない。俺がアースランサーを作り出した時の様に、新しい魔法や新しい戦術は、一瞬の閃きによって創造される。
ゲルストナーとクリスタルは羊の解体に取り掛かった。ゲルストナーはあっと言う間に羊を解体し、料理を始めた。疲れた体を癒やすために、全身をくまなくマッサージすると、料理が完成した。今日の夕食は羊の肉と乾燥野菜を使ったスープ、それから焼きパンにチーズだ。筋肉を作るために大量の食事を摂取する。俺の筋肉は既に村を出た頃とは比較にならないほど成長している。これも毎日ゲルストナーが食事を用意してくれているからだろう。
「ゲルストナー、クリスタル。今日も美味しい料理もありがとう」
「なぁに、これもワイバーンのお陰だな。新鮮な肉がいつでも手に入るとは、最高の環境だな」
「そうですね! しばらくは乾燥肉を食べずに済みそうです」」
「サシャ、クリスタルのマジックシールドはなかなかの防御力だぞ。近いうちに俺の攻撃を完璧に防げるようになるだろう」
「そうなのかい? クリスタルは成長が早いんだね」
「ありがとうございます! これからも頑張ります」
アイリーンは俺の隣の席に座ると、彼女は葡萄酒の飲み始めた。モフモフした茶色の尻尾を揺らし、俺の肩に頭を乗せている。俺はアイリーンの頭を撫でると、彼女は嬉しそうに俺を見つめた。
「サシャ、山脈を越えたらどうするつもりなの? すぐに村を作るの?」
「そうだね……山脈を超えてアルテミス王国に着いたら、冒険者ギルドでクエストを受けよう。ある程度お金を貯めてから、自然が豊かな土地を買い取って村を作ろうと思う。村作りにはお金が必要だから、暫くはクエストを受け続ける事になると思うよ」
「村作りか……楽しみなの」
「ああ。俺も楽しみだよ」
兎に角、今はアルテミス王国の事よりも、アレラ山脈を越える事に集中しなければならない。山脈に辿り着く前になるべく多くの訓練を積んだ方が良いだろう。これからもますます忙しくなりそうだ……。
「サシャ。食べ終わったら本読んで!」
「うん、いいよ。どんな本が良い?」
「この本が良い!」
・『幻魔獣・ハーピーの生息地と歴史』
この本はハーピーの事を知るためにフィッツ町で手に入れた本だ。キングとルナは俺の朗読を聞くのが好きだ。言葉の勉強のために、ルナが生まれてすぐに何度も本を読み聞かせたからだろう、今でも本を読んだり聞いたりする事が好きらしい。
俺は夕食後、暫くルナとキングに読み聞かせをした。ゲルストナーは装備の手入れを、アイリーンとクリスタルは二人でゆっくりと語り合っている。クーデルカは俺の本の読み聞かせを聞きながら葡萄酒を飲んでいる。
夜の時間は仲間達とゆっくり過ごせるから好きだ。訓練をせずに、こうして毎日ゆっくり過ごせれば良いのだが、理想の未来のために努力を怠ってはいけない。それから俺はルナとクーデルカと共に風呂に入り、早めに眠りに就いた……。