第二十九話「アイリーンの新装備」
俺は早速アイリーンの装備を作り始めた。キングの装備よりも軽くし、敏捷性を上げるためのエンチャントを掛ける。頭の中で完成形を想像し、魔力によって形を作る。軽量化した槍と、メイル、ガントレット、グリーヴを作り上げた。アイリーンの装備には「神風」のエンチャントを掛けた。攻撃速度と回避速度を上昇させる効果がある。
「サシャ、新しい装備は最高なの。体が軽いの」
「良かった。これでアイリーンの機動力が更に上がったんだね」
「そうみたいなの」
アイリーンが装備を身に着け、一歩跳躍すると、一瞬で広い工房の端まで移動した。目視するのがやっとの速度だ。これもマジックアイテムの効果だろう。勿論、アイリーンは特別な装備が無くても俊敏な動きをするが、新装備は彼女の生まれ持った力を更に強化出来るみたいだ。
店主の説明によると、マジックアイテムの効果は魔力に比例するらしく、強い魔力の使い手が、アイテム製造時にエンチャントを掛ければ、アイテムの効果は際限なく上がるのだとか。エンチャントの効果を上げるためにも、やはり魔力を高める必要がありそうだ。
キングとアイリーンの装備は完成したから、今度はクーデルカのために何かプレゼントを作ろう。俺は白銀のインゴットから腕輪を作る事にした。インゴットを溶かし、砦で手に入れた大粒のルビー使って「神聖」の効果を持つ腕輪を作り上げた。
「クーデルカ、これは俺の気持ちだよ。受け取ってくれるかな」
「綺麗な腕輪ね。ありがとう。大切にするわ」
俺はクーデルカの柔らかくて細い手首に腕輪を嵌めた。クーデルカは嬉しそうに微笑むと、俺の頬に口づけをした。喜んで貰えて何よりだ。
これで騎士団の主要メンバーの装備は完成した。この際だから、過去に手に入れたアイテムも作り直しておこう。砦で手に入れた「処刑人の斧」を作り直すのはどうだろうか。鞄から巨大な斧を取り出すと、禍々しい魔力が辺りに流れた。この魔力を消すには、一度溶かしてから作り直せば良いと店主から説明を受けた。
斧を溶かし、液体状に溶かした白銀を混ぜた。この斧はミノタウロスに渡そう。俺は作り変えた斧の名前を、「騎士団の戦斧」と名付けた。これで全ての作業が完了した
「そろそろ宿に戻りましょうか」
「そうだね。魔力を使いすぎて疲れたよ。明日の朝にはワイバーンも召喚しなければならないのに」
「上手く召喚出来たら良いね。もし召喚に失敗したら、素材は消えて無くなるのでしょう?」
「そうみたいだね。まだ失敗した事がないから分からないけど、幻獣の素材は高価だから、絶対に失敗は出来ないな……」
「今日は魔力を回復させながら、ゆっくり休んでね」
「分かったよ、クーデルカ」
店主にお礼を言ってから、俺達は直ぐに宿に戻る事にした。
〈レイリス町・宿〉
部屋に戻ると、ルナがラドフォード姉妹と楽しそうに遊んでいた。
「ただいま帰ったの」
「疲れたわ。お風呂にでも入ろうかしら」
「サシャ! おかえり!」
「ただいま、ルナ」
ルナは俺を見るや否や、翼を開いて飛びついてきた。ルナが雛の頃は、頭や肩の上に乗っていたよな……と言っても、卵から生まれて直ぐに大人の体に成長してしまったが。何だかフィッツ町での生活が懐かしいな……。
「ボリンガー様、お帰りなさいませ!」
「ただいま。アリス、セシリア」
ラドフォード姉妹は元気に挨拶した。奴隷市に居た時は人生を諦めきった表情をしていたが、今ではすっかり明るさを取り戻している。これが本来のラドフォード姉妹なのだろう。これからも俺が彼女達を支えなければならないな。
「ボリンガー様! 今日の夕飯は何ですか?」
「アリスは何が食べたいんだい?」
「私は昨日のレストランでステーキが食べたいです!」
「そうか。それじゃ今日も宴をしよう!」
「やった! ボリンガー様、ありがとうございます!」
「どういたしまして」
「サシャ、食事の前に私の背中を流してくれないかしら……?」
部屋には幼い姉妹も居るのに、魔族は随分大胆なんだな。アリスとセシリアは恥ずかしそうにルナに抱きつくと、ルナは天使の様な笑みを浮かべて二人の頭を撫でた。やはりルナは誰よりも美しい。俺はルナが好きなんだ……。
クーデルカと共に浴室に入り、石鹸を付けたタオルで彼女の体を丁寧に洗う。クーデルカは俺の首に手を回し、俺の頬に何度も接吻をした。恥ずかしすぎて彼女の顔を見る事すら出来ない。
「サシャ。他の女ばかり見ていたらだめよ。サシャは私のものなんだから」
「クーデルカ……」
クーデルカは俺の顔を自分の胸に引き寄せると、俺の顔は彼女の豊かな谷間に埋まった。信じられない程柔らかくて暖かい。ずっとこうしていたいが、女性経験がない俺には恥ずかしすぎる。それからクーデルカの体を丁寧に洗い流すと、彼女は満足そうに俺の頭を撫でた。俺はルナの事も好きだが、クーデルカの事も好きなんだ。仲間として好きなのだろうか。それとも異性として好きなのだろうか……?
「私はあたなのもの。サシャの好きにしていいのよ」
クーデルカは俺の手を握ると、自分の胸に押し当てた。手に余る程の豊かな触れると、俺は恥ずかしさのあまり、手を振りほどいてしまった。女性から体を許してくれているのに、相手の体に触れないのは失礼になるのではないだろうか。一度も女性と交際した事も無い俺には、こういう時にどうすれば良いのかわからない。
「クーデルカ……俺は先に出ているからね」
「馬鹿……」
逃げるように浴室から出ると、ルナは俺の胸に飛び込んできた。ルナと遊ぶ時間も作った方が良さそうだな。彼女はまだ生まれたばかりなんだし、魔物討伐をするだけではなく、この世界の事や常識を教える時間も必要だ。それに、ルナは魔物と戦うために生まれて来た訳ではない。もっと仲間を大切にしなければ……。
暫くしてクーデルカが浴室から出てくると、俺達は早速宴の会場に移動した。アルテミス大陸料理の店に入ると、既にゲルストナーとアラスターさんがお酒を飲んでいた。すっかり打ち解けたのだろう。
大量の肉料理を頼んでから、俺も葡萄酒を飲む事にした。今日はアイリーンとキングが隣の席に座っている。アイリーンは俺のゴブレットに葡萄酒を注ぐと、次々と料理を盛ってくれた。ルナやクーデルカとは俺に対する接し方が少し違うんだな。
「ありがとう、アイリーン」
「どういたしましてなの」
「ボリンガー様、頂きます」
「沢山食べるんだよ」
「はい!」
今日も楽しい宴が始まった。ルナはクーデルカの腕輪を見つめると、不思議そうな表情を浮かべた。それから仲間達の新装備を見て、自分の事の様に喜んだ。キングはルナに新しいメイスを渡すと、ルナは立ち上がってメイスを振り下ろした。爆発的な風が店内に吹くと、店員は腰を抜かした。
「これがキングの新しいメイスなんだ!」
「ソウ……」
「ルナ。私、サシャに腕輪を作って貰ったのよ」
「この腕輪はサシャが作ったの? いいな……だけど、私はサシャと同じ首飾りをしているもん」
「嘘……知らなかった……だけど、ルナ。サシャは胸元に私のカメオを付けているでしょう? 気が付かなかった?」
俺の胸元にはクーデルカの横顔が彫られたカメオが留まっている。ルナが俺の胸元のカメオを覗き込むと、ルナは目に涙を浮かべた。俺は直ぐにルナを抱きしめると、クーデルカは申し訳なさそうにルナに謝った。
「全く。泣き出してしまうなんて、ルナは本当に子供なんだから」
「だって……サシャの服にクーデルカの顔がついているんだもん……」
「サシャは確かにあなたを育てているかもしれないけど、私を召喚してくれたんだから、私の主でもあるの。主が私のカメオを付けるのは当然でしょう?」
「サシャは私のだもん!」
ルナが俺の体を引き寄せると、クーデルカも対抗して俺の腕を引いた。
「サシャはわたしのものよ」
「サシャ……タイヘン……」
「ああ、キング……助けてくれ」
キングが二人をなだめると、俺はすっかり疲れて仕舞って椅子に座り込んだ。朝の訓練だけでも体力の限界を迎えているのに、二人に振り回されては体が持たない。更に訓練を積んで体力を付けなければならないな。
「サシャは良い仲間に恵まれたな! 流石、俺が人生を賭けた男だ!」
「ゲルストナー。俺は最高の仲間と出会えて幸せだよ」
「うむ。店を畳んで正解だったようだ。こんなに充実した毎日を送れるのはサシャと皆のお陰だ、ありがとう」
ゲルストナーが頭を下げると、俺は暫く彼と二人で語り合いながら葡萄酒を飲んだ。酔いが回ったきた頃、猛烈な眠気を感じたので、俺はルナを連れて一足先に休む事にした……。