第二十五話「闘技会での幸運」
闘技会が始まると、長身の男はグラディウスを貧弱な男に振り降ろした。貧弱な男はギリギリの所で回避すると、長身の男が一気に距離を詰めた。男は魔力を込めた突きを放つと、貧弱な男は敵の攻撃を受け流し、腹部に蹴りを放った。
長身の男は反撃された事が気に触ったのだろうか、鬼のような形相で素早い連撃を放った。貧弱な男は武器を落とし、何度も体を切られた。そろそろ勝負を仕掛けるか。俺はクーデルカに目配せをすると、彼女は小声で魔法を唱えた。
瞬間、長身の男の動きが鈍った。魔力が枯渇する瞬間は、まるで貧血を起こした時の様な感じだ。狭い檻の中で動きを止める事は相手に大きなチャンスを与える事になる。貧弱な男は一瞬の隙きを見逃さなかった。地面に落としたグラディウスを拾うと、一気に距離を詰め、魔力を込めた水平斬りを男の首に放った。
グラディウスが男の首を一撃で飛ばすと、会場は静まり返った。観客は大半の者が長身の男の勝利にお金を賭けていた。観客の中の一人が石を拾い、貧弱な男に投げつけると。観客は次々と檻の中にゴミを投げ込んだ。俺は耐えられない程の怒りを覚えた。剣を抜き、爆発的な魔力を放出させて檻の鍵を破壊した。
「闘技会の参会者ではない外野が、奴隷を傷つけるとはどういう事ですか? これ以上の暴挙は許しませんよ」
「黙ってろ! マグレで賭けに勝ったガキが!」
「そうだ! こんなのは詐欺だ! どけ! 俺が相手になってやる!」
観客の中から一人の男が飛び出すと、腰に差していた剣を抜いた。瞬間、クーデルカは杖を頭上高く掲げ、上空に爆発的な冷気を放出させた。杖を男に向けて振り下ろすと、冷気の中からは氷柱が落ち、氷柱は男の手を貫いた。観客が武器を抜き始めると、俺は自体を収集させるためにギルドカードを懐から取り出した。
『幻魔獣の召喚士 LV85 サシャ・ボリンガー』
「これ以上暴れる様でしたら、俺が相手しますよ。一人ずつ掛かって来て下さい」
「レベル85?」
「幻魔獣の召喚士……? 敵う訳が無い……幻魔獣一体で国一つを滅ぼす事も出来るんだよな……こんな小さな町なら魔法一発で破壊されるぞ!」
「おい、逃げろ! レベル85の冒険者に敵うわけがない!」
「相手が高レベルだと知れば逃げ出す。相手が奴隷なら石を投げて傷付ける。俺はあなた達の行いを忘れませんよ。いつか奴隷制度を崩壊させてみせます」
ついさっきまで暴れていた人間は瞬く間に逃げ出した。俺のレベルと称号を知るや否や逃げ出すのか。奴隷相手には石を投げる癖に。許せない奴等だ。クーデルカはヒール魔法で貧弱な奴隷を回復させた。体に出来ていた傷が一瞬で塞がると、俺はクーデルカの頭を撫でた。
「助かったよ、クーデルカ」
「サシャの役に立てたなら嬉しいわ」
「今度必ずお礼をするからね」
「ありがとう。それじゃ私に似合う宝飾品でも買って貰おうかしら」
「何でも買ってあげるよ。俺の大切な仲間だからね」
「そう、私はあなたのもの……サシャが私を蘇らせてくれたんだから」
「俺のものではないけどね。さて、儲けたお金で奴隷を買おうか」
「奴隷を買ったら直ぐに開放するのよね?」
「勿論だよ」
俺達は賭けで儲けた五万ゴールドで貧弱な奴隷を買う事にした。このお金は彼の活躍によって得たお金でもある。それに、もう一度闘技会が開かれれば、次こそは命を落とすと思ったからだ。救える命は救いたいからな……。
奴隷商達は俺の身分を知るや否や、次々と奴隷を連れてきて紹介を始めた。まずは貧弱な奴隷を買い取り、それから姉妹の奴隷を購入する事にした。三人の奴隷を開放し、騎士団の拠点で働いて貰おう。勿論、彼等がそれを望むならだが。奴隷から開放されたとしても、元奴隷ならまともに生きていく事は難しいだろう。それなら俺の騎士団の団員となり、拠点で暮らした方が安全という訳だ。
どうやら貧弱な奴隷はアラスター・リグリーと言う名前らしい。代金を支払い、奴隷の身分を証明する契約書を受け取った。アラスターさんの値段は二千ゴールドだった。こんなに安い値段で命を買えるなんて……やはり奴隷制度は間違っている。いつか俺が一流の冒険者になったら、この世界から全ての奴隷を無くす。
奴隷契約を破棄し、奴隷を開放するには、契約書を燃やせば良いのだとか。それから俺は姉妹の奴隷を購入した。三人の奴隷達は不安げな表情で俺を見つめているが、俺は直ぐに彼等を開放するつもりだ。
姉妹の名前はアリス・ラドフォード、セシリア・ラドフォードと言うらしい。三人の奴隷を連れて奴隷市の露店を見て回った。葡萄酒を取り扱う店があったので、店で最も上等な葡萄酒を三本購入した。仲間達が待つ宿に戻ろう。三人の奴隷を連れて、俺達は直ぐに宿に戻った……。