第百三十話「ささやかな願い」
俺はブラックドラゴンとレッドドラゴンを本拠地に返してから城に戻ると、既に他の仲間は先に戻っていた様だ。中庭ではユニコーンとヘルハウンドが主人の帰りを待っていた。俺が久しぶりにユニコーンにブラシを掛けると、毎日ブラシをかけろと言いたげな表情で俺を見た。
「ごめんよ。最近忙しくてあまり遊んでやれなかったね。今日はユニコーンのために良い物を持ってきたよ」
俺がそう伝えると、嬉しそうに鳴いた。俺はすぐにユニコーンに鞍を装備して、厨房で料理長にパイの作り方を教えて貰えないか聞いてみる事にした。厨房に着くと既に夕食の支度が終わったのか、料理人達は退屈そうに休憩していた。
「私は勇者、サシャ・ボリンガーですが、料理長を呼んでもらっても良いですか?」
俺は厨房で働いている女性に話しかけると、俺の事を知っていたのか、すぐに料理長を呼んできてくれた。料理長は二十歳前後で、種族は人間。金色の髪が長くて美しい料理長が厨房の奥から現れた。
「あら、ボリンガー様。先程夕食の準備が終わった所ですよ。私に何か御用ですか?」
「実は、シュルスクのパイの作り方を教えて欲しいのですが……」
「パイですか? 勿論良いですよ。個人的なお願いと受け取っても宜しいですか?」
「はい。勿論です」
「それなら……パイの作り方を教える代わりに何か装飾品を作って頂けないでしょうか? ボリンガー様が大広間でエミリア様のために盾を作ってから、城で働いている女性達は皆、ボリンガー様の作るアイテムが欲しいと言っているのですよ」
「え、そんな事で良いのですか? パイの作り方を教えて貰えるならすぐにでも作りますよ」
俺がそう言うと、料理長は顔を赤らめて喜んだ。
「それでしたら……首飾りを作って頂けませんか?」
首飾りなら上手に作れる自信がある。強力な杖や盾を作るより遥かに簡単だからな。
「分かりました! どんな宝石で作れば良いですか?」
「ガーネットでお願いできますか?」
「分かりました。それでかこれから作りますね」
俺はすぐに作ってしまう事にした。やらなければならない事が多い今の状況で、簡単に出来る事から優先的に片付けてしまいたかったからだ。俺は一度部屋に戻り、宝石が詰まっている宝箱の中から上等なガーネットを取り出した。仕事中でも邪魔にならない大きさで、チェーンは金で細目に作る事にした。
すぐに製作に取り掛かろう。俺は金のインゴットを宙に投げて液体状に梳かした。それからクラフトの魔法を唱えて金属を変形させ、中央にガーネットを嵌める。簡単な首飾りならすぐに作り上げる事が出来る。ガーネットの首飾りが完成した。俺は早速厨房に戻って首飾りを料理長に渡した。
「本当に作って下さったんですね! こんなに豪華な物を……ありがとうございます!」
調理長は早速首飾りを装備すると、首飾りからは優しい魔力が流れた。
「パイの作り方を教わるのは私ではなく、召喚獣のシルフとシャーロットなのですが、明日からパイの作り方を教えて貰っても良いですか?」
「えあ、勿論ですよ。いつでも厨房にいらして下さい!」
「ありがとうございます」
これでパイ作りは成功するも同然だ。エミリアの弁当や城の料理などを担当する有能な料理長から直接パイの作り方を教えて貰える。シルフとシャーロットならきっと上手くやるだろう。
俺達は料理長と別れると、大広間で食事を頂く事にした。大広間では既に他の仲間が夕食を食べていた。俺は食事の前に、フランシスとオーガの事を紹介する事にした。
「皆、聞いてくれ。彼はフランシス・アヴァロン。今日から俺の弟子になった。彼には剣術を教えながら、本拠地作りを手伝って貰う。そして、将来はクリスタルの従者になって貰おうと思う」
「クリスタルの従者? それってクリスタルが召喚獣と旅するっていう時のため?」
クーデルカは食事の手を止めて不思議そうな目で俺を見た。
「そうだよ。彼にはクリスタルの夢の実現のために従者として働いてもらう。良いね? クリスタル」
「勿論です! 師匠はそこまで考えて下さってフランシスを従者にしたんですね!」
「そうだよ。勿論、従者になるのは今すぐじゃないからね。クリスタルがいつの日か、召喚獣と共に旅に出る時までは俺がしっかり弟子として育てる」
「サシャは優しいの。あたしもサシャの弟子になりたいの……」
自称飼い猫は新しい弟子が出来た事を少しだけ嫉妬しているような目で俺を見た。
「俺は聖戦士に教えられるような事は何もないよ。皆、フランシスとは奇妙な出会い方をしたけれど、彼は最高の仲間になってくれると俺は思っているよ。フランシスの事をよろしく頼む」
俺はそう言ってフランシスと共に頭を下げた。
「俺は常にサシャの判断を信じているからな。団長のお前が頭を下げる事はない」
「そうなの。アタシは歓迎するの。サシャに喧嘩を売って生き延びた男だからフランシスはもっと強くなるの」
仲間達は快くフランシスを受け入れた。フランシスの方を見ると目を真っ赤にして俺の手を握って泣いている。
「アニキ……こんな俺を受け入れてくれてありがとうございます……俺、絶対アニキみたいに強くなります!」
「あぁ、強くなるのは良いけど力の使い方は間違えないようにな」
「分かりました!」
フランシスの目には一点の曇りも無かった。