第百二十四話「少年の覚悟と勇者の想い」
〈クリスタル視点〉
師匠がフランシスとの勝負に勝って一安心かしら。師匠はフランシスを自分の弟子にすると決めたみたい。家族も家も魔王軍に奪われたフランシスを養うつもりなのかな?
私も家族が居ないから、フランシスの気持ちは分からない訳でもないわ……。私だって師匠に頼み込んで半ば無理やり弟子になったし。師匠は素性も分からない私が弟子になりたいと頼んだ時、しばらく私の目を見つめた後、すぐに弟子にする事を決めた。師匠なりの判断基準があるに違いないわ。
フランシスは師匠程ではないけれど顔も結構良いし、従者をしてくれるなら少し嬉しいかも……。それに、師匠から卒業した私は本来の目的でもある、召喚獣と一緒に旅をする事を実現させたい。フランシスが有能な従者に育ってくれるなら心強いわ。いいえ、師匠が育てるんだからきっと凄い剣士になるに違いないわ。
兎に角、フランシスは師匠に認められた。師匠から剣術や召喚魔法を学びたい人は数多く居ると思う。召喚士ギルドのマスターのアルベルトさんだって師匠の召喚魔法を研究しているくらいだし。
私は常に師匠の判断を信じている。師匠の判断が間違いだった事は今まで一度も無かった。師匠は盗賊達を皆殺しにして囚われていた村娘達を救出したり、奴隷を買い取って開放してしまうような、見ず知らずの人に対しても最大限の情けを掛ける人。
仲間や王国のために命を懸けて魔王を倒したりする師匠の事だから、きっとフランシスの事も考えがあるに違いない。この先、フランシスがどうなるのか楽しみね……。
「行くわよ、ガーゴイル! サイクロプス!」
今日も私はガーゴイルとサイクロプスと共に、他の仲間より早く復興の手伝いに出かけた。
〈フランシス視点〉
俺はとてつも無い相手に喧嘩を売ってしまった……。殺されなくて良かった。家族を魔王軍に殺された時、俺は死んでしまいたいと思った。家族を魔物に殺されて、家も壊された。食べていく手段もない。王国には俺の様な人間がいくらでもいる。俺は自分の力の無さを実感した。力が欲しい……。いざという時に自分や大切な人を守る力が欲しい。
勇者様は俺に無い物を全て持っている。仲間、力、地位。だけど勇者様だって最初から全てを持っていた訳ではないだろう。俺は魔王軍が撤退した後、酒場で勇者様の武勇伝を聞いた。勇者様は魔王との戦いで大切な仲間を殺されたらしい。勇者様も俺と同じなのか……。
俺だけが悲しい想いをしている訳ではなかった。俺は家族を殺された事に嘆き、魔王軍に対して怒りを抱く事しか出来なかった。だが、勇者様は自ら命を懸けて魔王を倒した。俺は勇者様が居なければ今頃死んでいただろう。俺だけではない、アルテミシアに住む市民は全て勇者様のパーティーに命を助けられた。勇者様は俺が決闘を挑んでも、俺に対して怒る事すらなく、決闘に負けた俺の事を自分の弟子にしてくれた。
一生勇者様について行こう……。クリスタル様を守る盾になろう。俺はもう二度と大切な人を失いたくない。今日から強くなるために勇者様から剣術を習うんだ。俺は変わってやる。やってやるぞ……。
俺は勇者様から土の家の中で諭された後、エミリア様の魔法授業を見学した。勇者様が使った、メテオと言う魔法は大地をも揺るがす威力を持っていた。あれ程までに強力な魔法を使えながら、俺との決闘では俺に傷一つ負わせる事は無かった。どう考えても俺の完敗だ。勇者様から全てを学んで強い男になろう……。
〈サシャ視点〉
「エミリア! ファイアも完璧だね! 驚いたよ。まさか一日でファイアを使いこなせるようになるんだからね。次に教える魔法はファイアショットと言う魔法だよ。一度やってみるからね」
俺は今回も何も説明をせずに魔法を見せる事にした。百聞は一見に如かず。説明をするより一度魔法を見てから自分自身で使い道を考えて欲しい。俺はファイアショットを当てるための対象を作る事にした。アースウォールで良いだろうか。土の壁に当てて練習して貰うとしよう。
『アースウォール!』
豊かな大地に右手を付いて土を操ると、目の前には厚くて頑丈な土の壁が現れた。この魔法は何度使ったから分からないな……。俺は自分で作った土の壁にファイアショットを撃つ事にした。
『ァイアショット!』
右手の上に小さな炎の球を作り出して土の壁に向けて放つと、炎の球は高速で土の壁に激突した。炎の球が土の壁に激突すると、小さな爆発音が鳴り響いた。
威力を弱めた状態のファイアショットでは、土の壁の表面に傷を付ける事も出来ない。俺の魔法を見ていたエミリアとフランシスは嬉しそうに目を輝かせている。フランシスは魔法にも興味あるのかもしれないな。いつかエンチャントの魔法を教えてあげよう。剣術とエンチャントは相性が良い。まずはその前に体作りと剣術の稽古、それから精神面で大人になって貰う事が先だが……。
「エミリア、今のがファイアショットだよ。どんな魔法だと思う?」
俺が質問するとエミリアはすぐに答えた。
「ファイアを球状にして飛ばす魔法? 飛ばす速度と魔力の強さによって威力が変わる魔法なんじゃないかな?」
本当に賢いな。流石王女様だ。優秀な生徒は教えやすくて良い。
「正解だよ。ちなみにファイアショットの次にはファイアボールという魔法を教えるよ。一応今日見せておくけど、俺が許可するまではファイアショットを練習する事」
俺はそう言ってファイアボールを見せる事にした。色々な魔法を見て学んで欲しかったからだ。俺は先ほどのファイアショットよりも遥かに大きい炎の球を作り出した。ファイアショットは小さい炎の球で、速度自体は早いが威力は低い。ファイアボールはファイアショットよりも速度は遅いが威力は桁違いに高い。炎の球を大きくすればする程威力が増す。
『ファイアボール!』
俺は右手に溜めた巨大な炎の塊を土の壁に向けて放った。土の壁の表面が少しだけ焼け焦げたが、損壊は無いようだ。
「エミリア、今のがファイアボールだよ。この魔法はファイアショットよりも速度が遅い反面、炎の球を大きくすればする程威力が増すよ」
「凄い魔法ね! 私も早く使えるようになりたいわ!」
「早速、ファイアショットから練習してみようか!」
俺がそう言うと、エミリアはすぐに練習に取り掛かった。エミリアはファイアを球状にする事に手間取ったが、炎の球を作り出せるようになると、すぐに魔力で球を制御して土の壁に当てられるようになった。森で火災が起きないように、エミリアが放ったファイアショットで土の壁から外れた物はガーディアンに切り落として貰った。
俺がエミリアに魔法を教えていると、フランシスが木の棒を削って剣を作っている事に気が付いた。よし、彼にも剣術を教えるとしよう。フランシスは俺が諭してからは改心したのか、彼の体からは悪意の欠片もない綺麗な魔力を感じる。きっと良い剣士になるだろう。俺が道を外さないように傍に居てあげよう。
フランシスの無鉄砲な行動は、幼くして家族を魔物に殺されて、少し正常に物事を考えられなかったからだろう。きっと根は心の優しい少年に違いない。俺も幼い頃に父親を魔物に殺されたからフランシスの気持ちは理解できる。
クリスタルを守る従者、ヘルフリートの様に民を守る剣士になって貰おう。クリスタルは以前『召喚獣と共に世界を旅したい』と言っていた気がする。俺がしっかりフランシスを育てれば、きっと将来クリスタルを守る剣士になる。間違いない……。俺はフランシスを、自分の力を大切な人のために使える男に育てると決心した……。




