第百二十一話「少年の想い」
〈翌朝〉
俺は今日もシルフとシャーロットを朝早く起こしてエミリアを迎えに行く事にした。勿論、出発の前にはルナを起こして挨拶をする。
「ルナ、行ってくるからね。仲間を頼んだよ」
「わかったよ。行ってらっしゃい……」
俺は眠たそうにするルナの髪を綺麗に梳かすと、ルナは嬉しそうに笑顔を浮かべた。ルナ達と別れて部屋を出ると、ゲルストナー達と一緒に寝ている筈のクリスタルが立っていた。
「師匠。おはようございます。朝から昨日の変な少年が師匠に勝負を挑むんじゃないかって思って……心配だから師匠が出発するまでは私も一緒に居ます」
確か今日も俺に勝負を挑むって言っていたな。どうしたらすぐに諦めてくれるだろうか。すぐにと言うか、今日中に諦めてほしい。大きな怪我を負わせれば諦めるとは思うが、勇者たる者、ひ弱な駆け出しの剣士を虐めるのは良くない。それに、力でねじ伏せる事は嫌いだ。暴力を振るわずにフランシスを改心させる方法はないだろうか。
「わかったよ。それじゃエミリアを迎えに行こうか」
俺はクリスタルと共にエミリアを迎えに行ってから城を出る事にした。エミリアには事前にフランシスの事を伝えておこう。俺は城を出る前にエミリアにフランシスの事を伝えた。すると、彼女からは意外な返事が返ってきた。
「面白そうね。強くなりたいのかな? サシャが鍛えてあげれば?」
「俺が鍛えるのかい? 何を言っても聞きそうに無い男なんだよ、それが」
「何度も剣を交えれば、サシャには敵わないと思って諦めるでしょう」
「それはそうだろうけど」
「まだ幼いから自分の無謀さに気がついていないだけだと思うわ。余程クリスタルの事が好きなのね」
俺が訓練を付ける事によって、男になってくれるならそれでも良いが……。
「それに、私はサシャが戦うところ見たい! その子に会うのが楽しみだわ!」
エミリアは全く緊張感もなく、ただフランシスの事を面白い少年だと思っているらしい。会うのが楽しみか。俺は全く楽しみではない。万が一、フランシスが血迷ってエミリアに危害を加える可能性も考慮して、俺は城を出る前にガーディアンを召喚した。
「ガーディアン。エミリアや俺の仲間に危害を加える者は、相手が誰であろうと殺しても良い。俺が魔王から守り抜いた仲間達を傷つけさせる訳にはいかないからね」
俺がガーディアンの肩に手を置いて命令すると、彼は右手を心臓の位置にあてて一礼した。
「殺しちゃうの……?」
クリスタルが少しだけ驚いたような顔で俺を見ている。
「もし、あの少年が仲間やエミリアに手を出すような人間なら、俺は生かしておくつもりはないよ」
少し冷酷かもしれないが、仲間に手を出す奴は殺さなければならない。俺だけに対して無謀な戦いを挑むだけならそのまま生かしておこう。俺が命を賭けて守り抜いた仲間を傷つける者は許さない。
「そうね。それが当たり前だと思うわ。サシャは仲間を守るために魔王を殺した勇者……サシャは仲間のためならなんでもするでしょうね」
エミリアは俺と同じ考えの様だ。俺達は話し合いを終えて城を出ると、城門の前にはワイバーンとフランシスが立っていた。彼の手には木の棒を切り出して作ったであろう、木製の剣が握られている。まさかその剣で俺に戦いを挑むつもりなのか。彼には俺が腰から提げている三本の剣が見えないのだろうか……。
「勇者よ! 俺と勝負しろ! 俺が勝ったらクリスタルは貰う!」
始まった……。
「あの少年がさっき話してたフランシスね?」
エミリアは楽しそうにフランシスを見つめている。エミリアの前には俺が作り出したガーディアンが既にマジックソードとマジックシールドを構えて立っている。フランシスとは違って優秀な剣士だ。かつてのヘルフリートの様な……。
「フランシス! 勝負の前にこちらからも条件を出そう! お前が勝てばクリスタルはお前の妻になる。だが、俺が勝ったら何をしてくれるんだ? お前からも同等の価値を提示せよ!」
俺がそう言うとフランシスは狼狽した。
「俺には……差し出せる物はない! 俺の家族は魔王軍に殺された! 家も壊された! 金だってない! 俺が差し出せる物は……俺の命だ! これで良いだろう!」
フランシスは目に涙を浮かべながら木の剣を握りしめた。頭のいかれた少年だと思っていたが、そんな過去があったとは。さしずめ、家族を殺されてすぐにクリスタルの優しさに触れ、クリスタルを新しい家族にしたいとでも思ったのだろう。だが、力づくで相手から何かを奪うような行為を許すつもりはない。そもそも俺にはクリスタルの人生を決める権利はない、クリスタルが勝手に俺を巻き込んだだけだ。
「良いだろう! 俺が勝ったらお前の命は俺が貰う!」
俺は久しぶりに剣を抜いた。圧倒的な力の差を見せつけてやろう。二度と俺に挑まないように。俺は右手で勇者の剣を抜いた。右手に持った勇者の剣にありったけの魔力を込めると、剣は雷を帯びて光輝いた。低級な魔物ならこの魔力の強さを感じただけで逃げ出すほどの魔力だ。
フランシスを改心させるにはまだ足りない。俺は左手でデュラハンのブロードソードを抜いた。デュラハンのブロードソードにキングの固有魔法、ヘルファイアを掛けると、俺の剣を見たフランシスは震え上がった。
「師匠! 殺さないで下さい!」
クリスタルは不安そうな目で俺を見つめた。一撃で決める……。
「掛かって来い! フランシス!」
俺が挑発すると、フランシスは勇敢にも、震える両手で木の剣を握りしめて俺に飛びかかってきた。あまりにも遅すぎる……。剣術の基礎すら出来ていない。村人の頃の俺でも勝てたのではないだろうか。フランシスは木の剣をがむしゃらに振り回した。俺は両手に剣を構えたまま全ての攻撃を避け切った。
「どうして当たらないんだ! 避けるな!」
一度も剣術の訓練をした事も無いようなフランシスの攻撃は、野生のスケルトンの攻撃よりも遥かに劣る。フランシスは涙を堪えながら俺に木の剣を振るう。そろそろ勝負を決めよう。フランシスが力の差を理解すればそれでいい。次のフランシスの一撃を回避したら最後だ……。フランシスは両手で剣を握りしめて、隙だらけの動作で俺の頭を狙って振り下ろした。
『グランドクロス!』
俺はフランシスを傷つけないように木の剣だけを狙ってグランドクロスを放った。サンダーボルトとヘルファイアのエンチャントが掛かった、最強とも言えるグランドクロスは、フランシスの木の剣を跡形も残さず消し去り、フランシスの顔面をかすめて遥か彼方へ飛んで行った。フランシスは俺の本気の攻撃の威力を肌で感じ取ったのか、愕然とした表情で膝を着いた。
「勝てなかった……俺の負けだ……好きにしてくれ……」
こうして俺とフランシスの戦いは幕を閉じた。