第百二十話「ゲルストナーとクラウディア」
俺達は楽しい夕食を終えると、すぐに部屋に戻って仲間にマントを配った。マントを受け取った仲間は皆嬉しそうにしている。
「これが騎士団のマント……この紋章はワイバーンですね! 師匠! ありがとうございます!」
マントを受け取ったクリスタルは喜んで俺に抱きついた。それにしても……クリスタルが結婚? 俺がフランシスとの戦いに負ければ彼女はフランシスの妻になる。勿論、俺は負けるつもりもないし、たとえ寝込みを襲われたとして絶対に負けるような相手ではない。
騎士団の団長としても、勇者としても、駆け出しの冒険者に負けてはならないと思っている。無論、あの少年の実力ならどう頑張っても俺には勝てないだろう。まぁ、少年がいつか諦めるまで、怪我をさせないように手加減をしながら付き合ってやろう。面倒だがな……。
さて、今日はこれから少しゲルストナーと話をしなければならないな。クラウディアの事とこれからの事。俺は早速ゲルストナーと二人で話す事にした。
「ゲルストナー、ちょっと良いかな? 今後の事で話がしたいんだ」
「ああ、良いとも」
「談話室に行こうか」
俺は新しいマントを装備して嬉しそうにしている仲間達を部屋に置いて、ゲルストナーと二人で談話室を利用する事にした。俺はマジックバッグから葡萄酒とゴブレット、それに乾燥肉を取り出した。ゴブレットに葡萄酒を注いでゲルストナーに渡すと、一口飲んで俺の方を向いた。
「実はゲルストナー。今後の事なんだけど、ゲルストナーの旅の目的は、人間と魔物が共存できる町を作る事だったよね? 実は俺は既に本拠地作りのために行動しているんだけど、俺は町が完成しても冒険を続けたいと思っているんだ。ゲルストナーは町が完成したらどうしたい?」
「そうだな、まだ冒険したい気もするが……しばらく本拠地でゆっくりするのも良いかもしれない。新しい家を建てて農業でもしてみようか……俺はまぁ、この歳だからそろそろ落ち着くのも良いかもしれないな……」
「それで、今日クラウディアと酒場で偶然会ったんだけど……ゲルストナーはクラウディアの事をどう思っている? クラウディアはゲルストナーと一緒に居たいって言っていたけど」
「クラウディアがそんな事を?」
ゲルストナーは嬉しそうに驚いた。
「ああ。彼女はゲルストナーと共に人生を過ごしたい、なんて言っていたよ。ゲルストナーさえ良ければ、本拠地にクラウディアを招いてこれからも一緒に過ごしてもらうと思う。どうだろうか?」
「そうか。まぁ、クラウディアがそう言うなら、俺は本拠地に留まって落ち着いた生活するのも悪くないかもしれないな。俺もクラウディアの事は気になっていたしな」
なんだ……相思相愛だったのか? 俺が仲を取り持つ必要も無かったのではないだろうか。
「そうか……俺は本拠地作りが終わった後も冒険に出たり、世界を見て回りたいから、ゲルストナーが本拠地に居てくれれば俺も都合が良いんだよね。これからも俺と共に本拠地の管理を貰えないだろうか」
俺がゲルストナーに頼むと、当たり前だろうと言わんばかりの表情を浮かべた。
「水臭いぞサシャ。何を今更……俺は騎士団の副団長だからな。団長が不在の際に本拠地を守るのは俺の役目でもある。任せておけ。それに、サシャはまだまだ若い。世界を旅して自分の目で見るのも良いだろう。ダンジョンや迷宮を攻略するのも良いだろう……俺はお前に人生を託しているからな。お前のやりたい事は俺のやりたい事でもある」
俺はゲルストナーの言葉を聞いて泣きそうになった。俺は本当に良い仲間に恵まれた……。
「ありがとう。これからもよろしく頼むよ……」
「うむ。こちらこそ宜しく頼む。ところで……本拠地はどんな感じだ?」
俺はゲルストナーに地図を渡して本拠地の説明をした。それから、エイブラハムが本拠地で店を開く事、建築士として町作りをしてもらう事が決まった事を伝えた。
「エイブラハム・アルムガルド! 伝説の鍛冶職人。随分と頼りになる仲間を引き入れたな」
「ああ、最高の仲間が出来たよ! 知名度の高い職人が店を開いてくれれば町の知名度が上がるだろう。それに、俺は彼の作る装備が好きなんだ。俺の剣も全て彼が打ち直した物だしね」
俺はそう言って腰から提げている三本の剣を見下ろした。最近は剣を使う機会もないな……。今日だってフランシスとの決闘では剣を抜かなかった。抜く必要すらなかったからだ。
「明日から俺はエイブラハムと本拠地作りについて話し合おうと思う。ゲルストナーも彼との話し合いの席に居てほしい。復興の手伝いも大事かもしれないけど、俺達の町作りも同じくらい大事だからね……」
「そうか。わかったぞ。時間は何時頃が良いだろうか?」
時間はエミリアとの魔法授業が終わってすぐで良いだろう。もしくはエイブラハムの仕事が終わった後。
「俺がエミリアとの魔法授業が終わってからにしようか」
「分かった。サシャは最近随分忙しいみたいだな……エミリア様の授業に本拠地の設立。団長として大変な事も多いだろう。適度に休みながら頑張るのだぞ」
「うん、それじゃ明日、エミリアの魔法授業が終わったら迎えに行くよ」
「ああ、分かった。それじゃ俺は部屋に戻って久しぶりに武器の手入れでもするか……」
ゲルストナーは余った葡萄酒のビンを片手に楽しそうに談話室を出た。やっぱり、彼は安定した生活を望んでいた……。それにしても、クラウディアとゲルストナーが相思相愛か。騎士団のメンバーで一番最初に結婚するのはクリスタルではなくゲルストナーなのではないだろうか?兎に角、今日ゲルストナーと話が出来て良かった。俺が部屋に戻るとクーデルカが近づいてきた。
「サシャ。まさか私のカメオ、外そうと思っていないわよね……?」
クーデルカは少し寂しそうな目で俺を見た。
「勿論だとも。外さないよ。そんな事を心配していたのかい?」
「そんな事って……私にとっては重要なの! 私のサシャなんだからね!」
クーデルカは目に涙を浮かべている……。
「ごめん。実は俺、エミリアからカメオを受け取りたくなかったんだけど、どうしても拒否出来なくて……」
「しょうがないわよ。王女様だからね……」
「おいで……」
俺は泣きそうになっているクーデルカを抱き寄せてマントで包み込んだ……。クーデルカはエミリアに嫉妬しているのだろうか? あんな幼い少女にまで嫉妬するとは……これはサキュバスの特性なのだろうか?
俺は常にクーデルカから貰った魔族の武器を装備しているのに、彼女はそれだけでは満足できない様だ。まぁ……カメオは何個付けても邪魔になる物でもないし、二人から貰ったカメオはこれからもそのまま胸元に留ておこう。
俺は新しく胸元に付けたエミリアのカメオに目をやると、エミリアのカメオの方がクーデルカのカメオより少しだけ高い位置に付いている事に気が付いた。俺はすぐにエミリアのカメオをクーデルカのカメオと水平になるように調整して付け直した。
「それで良いわよ……我がまま言ってごめんなさい。私にはあなたしか居ないから……」
「良いんだよ……」
俺は久しぶりに長い間クーデルカを抱きしめていた。 しばらく抱きしめていると、ルナとアイリーンも一緒になって抱きついてきた。
「どうしたの? クーデルカ」
ルナがクーデルカに話しかけると彼女は笑顔を見せた。
「何でもないわよ……」
どうやらクーデルカは機嫌を直してくれた様だ。俺はそれから仲間と夜遅くまで遊んだ。最近はエミリアばかり構っているからだろうか、ルナやアイリーンは少し寂しそうにしている。シャーロットとシルフ以外の仲間も、今度本拠地に連れて行くことにしよう。
明日も朝からエミリアの魔法授業か……。彼女は物覚えが早い。魔法の才能も有る。きっと良い魔術師になるだろう。
気がかりなのはクリスタルを妻にすると言っていたフランシスだ。あの少年は少し頭が悪いのか、力づくで物事を解決しようとしている。だが、力では人の心は動かせない。ああいう輩が強大な力を手にしたら、力で相手をねじ伏せるような人間になるだろう 欲しい物は力づくで手に入れる。俺はそういう考え方が嫌いだ。俺があいつの考え方を直してやらなければ。まぁ、考えていても仕方がない。早めに寝よう……。
「お休みルナ……」
俺はルナと小さなシルフを抱いて眠りに就いた……。