第百十六話「本拠地にシュルスクの木を」
ワイバーンに乗ってアルテミス王国を出発した俺達は、地図を見ながら拠点地となる場所を探した。方角はアレラ山脈とは反対側。土地には目印にアルテミス王国の紋章が書かれた旗が立っているらしい。ワイバーンに乗って上空から探すと、出発してすぐに俺達の土地が見つかった。ワイバーンの飛行速度なら王国から数十分と言うところか。俺達は王国の旗が立つ大地に降り立った。
土地は豊かな森林地帯だった。旗が立っている場所は平らな大地で、背の短い草が生えている。農業がしやすそうだな。この土地は上空から確認したが、小さな川も流れていて、緑が豊かだ。ここが俺達の町になるのか。今は建物も何もないただの土地だが、すぐに立派な町になるだろう。
「いい所ね。自然も豊かだし」
「ここは良い町になると思うよ。俺達の町が出来るのか……」
「楽しみだね! サシャ。明日からの授業もここでしよう!」
「そうしようか」
シルフは素敵な提案をしてくれた。それが良いだろう。もっとこの土地の事を知りたいし、この場所の方が魔法授業をしている場所よりも遥かに近い。自然も綺麗で魔物の気配も少ない。明日からは毎日ここに通おう……。
それから俺達は先ほど収穫したシュルスクを植える事にした。シュルスクの果実を剥いて中から種を取り出さなければならない。
「シルフ、シャーロット、手伝っておくれ」
俺はマジックバッグから適当な容器を取り出して、シュルスクの果実と種を分けて入れた。俺達が作業を始めると、ワイバーンは飛び上がって何処かへ行ってしまった。きっと魔物を狩りに行ったに違いない。ここでワイバーンが動いてくれれば、近くに潜む魔物などはすぐに逃げ出すだろう。
この土地を安全な場所にするためにもワイバーンには頑張ってもらおう。俺は作業をするためにアースウォールで椅子とテーブルを作った。時間もある事だ。ゆっくり二人と話をしながら作業をしよう。
「シルフ、エミリアの事どう思う?」
「良い子だと思うよ。だけど少し心が弱いかな……」
「確かにね、俺達がしっかり育ててあげなければならないよ。陛下からも頼まれているしね」
シルフは小さな手でシュルスクの果実を割っている。
「サシャはエミリアの事が好きなの……?」
シャーロットは銀色の綺麗な髪をかきあげて俺に聞いた。
「別に好きっていう事はないけど、妹みたいで可愛いよね。一緒に居て落ち着く子だよ、エミリアは」
「そうね……彼女からは優しい魔力を感じる」
シャーロットは魔力で作り出した小さな鎌を使って器用にシュルスクを切り裂いている。彼女の鎌の扱いは完璧だ。大きさも強度も自由自在に変えられる彼女のデスサイズは本当に便利な魔法だな。
「シャーロット、その鎌って俺にも作ってもらえるかな」
「勿論良いわ。サシャだからね……他の人なら絶対触らせないわ」
俺は一度シャーロットの鎌を持ってみたかった。大鎌は危ないから小さな鎌にしてもらった。
『デスサイズ』
シャーロットが魔法を唱えると、机の上には小さな鎌が現れた。これでシュルスクを剥いてみよう。俺は小さな鎌を持ってシュルスクに当てると、力を入れていないにも拘らず、赤い小さな果実が裂けた。切れ味は抜群だな。
俺達はしばらく会話を楽しみながらシュルスクを剥いた。果実は保存ができる容器に仕舞い、種は土の中に植える事にした。俺はなるべく早く丈夫に育ちますようにと、シュルスクの種に魔力を注いでから土の中に植えた。
さて、今日の用事は全て終わった。後はエイブラハムと酒を飲んで城に帰るだけだ。仲間は復興の手伝いをしているのに俺達だけで酒を飲むのは少し申し訳ない気がするが、これは人脈探しのためだ。
それに、エイブラハムとは更に親交を深めて本拠地での出店を頼みたい。これも俺達騎士団のため……。俺は上空で獲物を探しているワイバーンを呼ぶと、すぐにアルテミシアに戻った。今日二回目のエイブラハムの店に着いた。俺達が店の扉を開けると、中からエイブラハムが物凄い勢いで駆けつけてきた。
「サシャ! 遅いぞ! さぁ行こう!」
そんなに酒が楽しみなのか、エイブラハム……。俺はエイブラハムの巨大な手でがっちりと肩を掴まれて酒場まで連れて行かれた。酒場はエイブラハムの店から歩いてすぐの場所にあった。酒場の扉を開けると、中には冒険者の様な身なりをした者や、市民などで溢れ返っていた。まだ早い時間なのにこんなに沢山の人が居るとは。俺達が店の中に入ると、俺の姿を見つけた冒険者達は駆け寄ってきた。
「ボリンガー様だ! 勇者様が来たぞ!」
「勇者様! いつも復興を手伝ってくれてありがとう!」
大げさだな。俺はただ酒を飲みに来ただけなのに。だが、既に俺の顔が知られているという事は、新しい人脈を探すには好都合だ。
店の中を見渡してみると、ざっと四十人ほどの客が居た。皆早い時間から酒を飲んだり談笑している様だ。店の奥には大きなカウンターがあり、カウンターの席には見慣れた後ろ姿があった。クラウディア? 俺がクラウディアを見つけると、彼女はふり返って俺を見た。
一人で酒か……。なんとなく寂しそうな顔をしているように見える。何か悩み事でもあるのだろうか。普段ならこの時間はゲルストナー達と復興の手伝いをしているはず。
「おお、クラウディアか!」
エイブラハムは巨体を揺らしてクラウディアの元に向かった。二人は知り合いなのだろうか? 俺はクラウディアとはほとんど話した事もないから気安く話しかけるのはよそう。一人でじっくり酒を飲みたい日だってあるだろう。俺は適当に空いている席を見つけて、シャーロットを隣に座らせた。シルフはいつも通り俺の膝の上に座っている。
「クラウディア、どうしたのかしら?」
「さぁね……何かあったのかな?」
シャーロットはクラウディアを心配そうに見つめている。俺はクラウディアの事はほとんど知らないけど、魔王軍との戦いでは仲間を守りながら戦ってくれたらしい、仲間を守ってくれた恩がある女性だ。
エイブラハムはクラウディアの肩に手を乗せて何やら話しをしている様だ。しばらく待っているとクラウディアは席から立ちあがってエイブラハムと共に俺達が座るテーブルに来た……。