第百十四話「炎とエミリアの決意」
エミリアが無事にマジックシールドを覚えたところで、俺は次の魔法を教える事にした。ファイアだ。小さな炎を手の中で起こす魔法。火属性の基本的な魔法。
「エミリア、マジックシールドは暇がある時に常に練習する事! 次に教える魔法は攻撃魔法だよ。火と炎の魔法の中でも最も簡単な魔法、ファイアを教える事にする」
俺は今回も口で説明するよりはまず実演する事にした。
『ファイア!』
俺が右手を出して魔法を唱えると、右手の上には小さな炎が発生した。
「これがファイアだよ。エミリア、君ならこの魔法をどう使う?」
エミリアは俺の作り出した炎を見て嬉しそうに目を輝かせている。
「炎を当てて攻撃かな? それとも炎で盾を作る!」
なかなか魔法に対して理解がある様だ。エミリアの回答はどちらも正解。
「エミリア、正解だよ。炎を盾にする事も出来るし、炎で攻撃する事も出来る。まずはやってみようか。杖を出してごらん」
エミリアは業火の杖をベルトから引き抜いて杖を構えた。
「その杖は炎の魔力を高める効果がある杖だよ。炎の魔法に特化した杖だから魔力を杖に込めるだけでも炎を作り出せるはずだよ」
俺がアドバイスをすると、エミリアは杖の先端に魔力を集中させた。
『ファイア!』
エミリアが自分の魔力を杖に込めると、杖の先端のブルーサファイアは小さな炎に包まれた。
「サシャ! 出来たよ! 炎が出た!」
杖の力を借りたと言っても、一発で炎を作り出すとは……。エミリアはかなり魔法のセンスが良い。いや、炎と相性が良いといった方が良いだろうか。
「更に魔力を込めてごらん」
だが、エミリアが作り出した炎は余りにも弱弱しく、敵に対して使えるような炎ではない。まずは炎の威力を強める感覚を身に着ける事が大切だ。エミリアの潜在能力なら簡単に炎を使うこなせるようになるだろう。
エミリアは右手で持った杖に更に魔力を込めた。すると、杖の先からは炎が激しく燃えた。一瞬だが強い炎を発した後、炎はすぐに燃え尽きた。
「今のはなかなかの威力だったね。何度も練習してごらん」
俺はしばらくエミリアに自由に練習をさせる事にした。俺自身も自分の魔法の開発や今後の事を考えたかったからだ。今考えなければならない事は、主に復興が終わった後の事だ。
まず本拠地を作るための建築士を探す必要がある。それから本拠地での産業等も考える必要がある。広い土地に家を建てて完成と言う訳にもいかない。せっかく土地が有るなら、観光客や冒険者が訪れるような町を作りたい。観光者や冒険者が訪れるとなると、何らかの店は必要だろう。やはりゲルストナーにもう一度店を開いてもらった方が良いだろうか?
というか、今のボリンガー騎士団はアルテミシアではかなりの知名度があるから、俺達が町を作ると言えば、出店したい者はいくらでも集まるのではないだろうか? 町の商業面ついては詳しく考える必要があるな。
それから、町での食料の栽培。基本的には自給自足。町で暮らす者の食料は町で作りたい。町で暮らす「者」と表現するのは、人間以外にも様々な種族に住んで欲しいからだ。獣人、魔族、召喚獣に野生の魔物。
もし、俺達の町に移住したい者がいるなら、自由に土地を与えて食料を栽培させるのもいいかもしれない。今回の魔王軍との戦いで家や仕事を失った人達を俺達の町で受け入れれば一石二鳥ではないだろうか。大臣か陛下に相談して、騎士団の本拠地に移住したい市民を募集しよう。資金なら十分すぎる程ある。お金の面で困る事は無いだろう。
それから町の施設だ。農作物の畑と店だけあっても本拠地とは言えない。騎士団を象徴とする建物が無ければならないだろう。実はこれには考えがある。「ボリンガー騎士団の冒険者ギルド」だ。通常の冒険者ギルドの強化版。
通常の冒険者ギルドではクエストは自由に冒険者達がこなす事が出来るが、「ボリンガー騎士団の冒険者ギルド」では、ボリンガー騎士団のメンバーに対してクエストを依頼する事が出来る。これなら俺達に仕事を頼みたい人達が町を訪れるに違いない。
俺達は今回の魔王討伐以来、かなりの知名度と地位を得た。きっと騎士団にクエストを依頼したい冒険者や国などが存在するに違いない。よし……。冒険者ギルドを作ろう。俺は今日考えた内容についてまとめる事にした。
『ボリンガー騎士団、本拠地について』
1.アルテミス王国市民の受け入れ。(魔王軍の襲撃で家を失くした者には無償で家を与える。新しい環境で生活したいと思う人も多いだろう)
2.市民が住む家を建てる。
3.農作物について考える。(特産品になるような物を探す)
4.有能な建築士を探す。(なるべくすぐに。王国の復興と平行して本拠地作りの計画をしたい)
5.ボリンガー騎士団の冒険者ギルドをはじめ、服や雑貨、武器屋、食料品店等、生活に必要な施設を建てる。
こんな所でいいだろう。今日俺がしなければならない事は、エミリアとの授業を終えてからエイブラハムからマントを受け取る事。それから本拠地作りについて行動を始める前に、事前に国王から貰った土地の確認をしたい。今日もやる事は多いな……。俺が考え事をしていると急にシャーロットの声が聞こえた。
『デスサイズ!』
敵か? 急いでシャーロット達を探すと、シルフとシャーロットは楽しそうにシュルスクの木から果実を採っていた。おいおい……。シュルスクを採るために大鎌を飛ばすなんて。エミリアは魔法で作り出した大鎌を自由自在に扱うシャーロットに尊敬の眼差しを向けている。
「サシャ! 沢山採れたよ!」
シルフとシャーロットは両手一杯に美味しそうなシュルスクを持っていた。そんなに採ってどうするのだろうか? エミリアの方を見てみると魔力を使いすぎたのか、少し疲れている様子だ。今日はここまでにしよう。
消費した魔力を回復させる事も覚えさせたい。もし、今が冒険中だとしたら魔力を使い切ってしまう事は命取りだからな。いつ魔力を使って、いつ回復させるか。戦闘において魔力の配分は重要だ。
「エミリア、今日はここまでにしようか」
「そうだね! ちょっと疲れちゃったし。サシャ! パイを食べましょう!」
そうだ、エミリアはパイと言う食べ物を持って来てくれていた。一体どんな食べ物なのだろうか……。
「これがパイよ。サクサクした生地で美味しいんだ。作り方は知らないんだけどね。中には昨日収穫したシュルスクが入っているんだよ」
パイは通常のパンとは生地が違う様だ。俺はエミリアからパイを受け取って食べてみると、中にはぎっしりとシュルスクが入っていた。口の中でシュルスクの甘味とみずみずしさが広がり、パイ特有のサクサクした触感の生地がとても美味しい。こんな食べ物が存在していたとは……。もしかしてこれはエミリアのような王族だけが食べられるような高級な食べ物なのではないだろうか?
「エミリア、パイって美味しいね。シュルスクの味もとても美味しいよ」
「そうでしょう? 料理長が作ってくれたの。今頃お父様もお昼のデザートとしてパイを食べているはずよ。サシャが持ってきてくれたシュルスクだって伝えておいたからね。お父様、美味しいパイには目が無いのよ」
パイがこんなに美味しいとは……。他の仲間にも食べさせてあげたい。シルフとシャーロットが収穫したシュルスクを持ち帰って料理長にもう一度パイを作ってもらおう。それからシュルスクの果実の中に入っている種は魔力を回復するポーションの原料としても使えるらしい。新しい本拠地にシュルスクを植えるのも良いかもしれない。シュルスクの木は新しい町のシンボルになるかもしれない。
俺達は美味しいパイを食べた後、皆でシュルスクを収穫した。この場所にはいくら採っても採り切れない程のシュルスクの果実が生っている。俺達はしばらく収穫を楽しむと、戻ってきたワイバーンに乗ってアルテミス王国に戻った。