第百九話「勇者と聖戦士の模擬戦」
俺は声の主を探してみると、兵士の中に紛れてゲルストナーとルナ立っていた。二人ともどうしてここに? 復興の手伝いをしていたのではなかったか?
「昼だからご飯を食べに来たら、面白い事をしてるって聞いたの。私もやるからね!」
俺はたまたま居合わせたルナとも手合わせをする事になってしまった。
「頑張れよ二人とも! この戦いはどっちが勝つか分からんな。もし俺がやり合ったら一瞬で負けちまうだろうがな……」
ゲルストナーですら勝敗は予測出来ないようだ。その前に俺は残りの四人と稽古をする事にした。二人目は剣士でなかなかの腕前だったが、特別な剣技を使う事も無く簡単に倒してしまった。三人目以降も特に手ごたえを感じる相手は居なかった。どうやら一人目の槍使いが一番の手練れだったらしい。最後はいよいよルナとの稽古だ。稽古というか勝負だろうか。
「聖戦士様と勇者様が勝負をするぞ!」
「皆! 勇者ボリンガー様と聖戦士のルナ様が戦うぞ!」
ルナと俺が勝負をする事になり、城中から兵士達が集まった。兵士の中には国王陛下と大臣の姿も見えた。二人とも楽しそうに俺達を見ている。陛下は俺と目が合うと、無邪気に片目を瞑って見せた。
ルナは壁に掛かっている武器の中から木製の剣を選んだ様だ。兵士相手には手加減をして戦ったが、流石にルナ相手では本気を出さなければならないだろう。本気で挑んでも勝てるかどうか分からない相手だからな。
「サシャ! スケルトンキングの魔法は使ったらだめだからね!」
「わかったよ」
「エンチャントもだめだからね! 私が勝ったら二人で美味しい物食べに行こうね!」
「エンチャントも使わないよ!」
果たして俺はヘルファイアとサンダーボルト、エンチャントを使わずにルナに勝てるのだろうか。稽古場にはかなりの人数が集まっている。流石に魔法の剣一本ではルナとまともに戦う事は出来ないだろう。俺は普段は右手に剣を持ち、左手で魔法を使うが、今回は二刀流をする事にした。
『マジックソード!』
俺は更に左手にもう一本の剣を作り上げた。エンチャントを掛ければ確実に相手の剣をへし折ってしまうから、今回はエンチャントも禁止という事になった。エンチャントなし、ヘルファイア、サンダーボルトなしでどこまで戦えるのだろう。
こんな事は今まで試した事も無かった。しかも相手はヘルフリートとまともに渡り合えるルナだ。普通に打ち合って勝てる確率は半々というところだろう。難しい戦いになりそうだ。ルナは俺に剣を向け、落ち着いた表情で俺を見ている。
「サシャ、行くよ!」
俺が戦略を考えていると、ルナは突然俺に襲い掛かってきた。
『ウィンドカッター!』
何を考えているんだ? 開始早々、ハーピーの固有魔法を撃つとは。殺す気満々じゃないか……。そっちがウィンドカッターなら俺はソニックブローだ。
『ソニックブロー!』
ルナの放ったウィンドカッターと俺のソニックブローは空中で激突し、辺りに強烈な魔力を散らして消滅した。威力は互角だったようだ。使いなれていない魔法の剣なら威力はこの程度か……。実際の剣でソニックブローを使用すれば、たちまち相手の命を奪って仕舞うからな。
ルナは遠距離から戦う事を選んだのだろう、俺と適度に距離を取りながら、目にも止まらぬ速度でウィンドカッターを飛ばしてくる。俺はどうにか魔法の剣でルナの攻撃を防いでいるが、このまま防御を続けていても勝ち目はない。
ルナの魔力が尽きるまで耐え切るのも良いかもしれないが、それはかなり卑怯な勝ち方だと思う。少なくともアルテミスの勇者が、陛下や大臣の前で使う戦法ではない。正々堂々戦ってルナを倒さなければならないな。剣にありったけの魔力を込めて振り下ろす……。
『ソニックブロー!』
俺は再びソニックブローを放った。ただし、先程のソニックブローよりもかなり威力を高めた状態で撃った。ルナは俺の攻撃の威力の高さを感じ取ったのか、攻撃を受けようとはせずに回避した。俺はルナの回避先に目がけて次の攻撃を仕掛けた。
『グランドクロス!』
俺は二本の剣を交差して十字を作り、目一杯の魔力を注ぎ、巨大な十字の魔力を放出した。
「おお! あれが魔王戦で使われたボリンガー様の秘技!」
俺のグランドクロスを見た兵士達は皆興奮している様子だ。俺がグランドクロスを放った先に、ルナが回避動作を終えて着地した。これで決まりだ。俺は勝利を確信した。直撃すれば俺の勝ちだ。
しかし、ルナはグランドクロスが体に触れる直前に、翼を広げて宙に飛び立った。しまった……。ルナは本気の時は翼を開くんだった。空を飛ばれてはこちらはかなり不利だ。直接攻撃を当てる事は出来ないから、どうにかして遠距離から仕留めるしかない。普通にソニックブローやグランドクロスを撃つだけではルナには当たらないだろう。
俺が考えている間にも、宙を舞うルナは次々とウィンドカッターを飛ばし続ける。強力な風の魔力から作られたウィンドカッターは、受けているだけでもかなりの体力と筋力を消耗する。早めに決着を付けなければならないな……。
ルナが上空から戦うなら俺にだって考えがある。今こそガーディアンを生み出して共に戦おう。一人では勝てなくてもガーディアンが居れば勝てるはずだ。召喚のイメージは完璧だ。俺は光の剣士を頭の中で強く想像した。
『ガーディアン召喚!』
魔法を叫ぶと、目の前の空間が激しく光り輝いた。光の中には、青白く光輝く人型のガーディアンが立っていた。手にはマジックソードとマジックシールドが握られている。これが俺のガーディアンか……。ガーディアンは俺を見ると、跪いて頭を垂れた。これは忠誠のポーズだろうか。
「ガーディアン! 俺と一緒にルナを倒すぞ!」
俺がガーディアンに命令すると、彼はすぐに立ち上がり、俺を守るようにシールドを構えた。
「サシャ! いつの間にそんな魔法覚えたの? 私が知らない魔法を使うなんてずるい!」
「ルナ、俺は召喚士だからね。新しく覚えた魔法を試させて貰うよ!」
「わかったわ! もう本気出すからね!」
ルナは今まで本気ではなかったのか。流石聖戦士だな……。だが、こちらにはガーディアンも居る。戦況は俺の方が有利だ。俺は召喚によって多少の魔力を消耗したが、まだまだ魔力には余裕がある。
「ガーディアン! ルナの後ろに回れ! 俺は正面だ!」
流石のルナも、前後から攻撃を受ければ防ぐ事は出来ないだろう。ガーディアンは一瞬でルナの背後に飛び上がり、ソニックブローを放った。動作の速さは俺と同等、もしくはそれ以上だ。ルナは間一髪のところでガーディアンの攻撃を防いだ。ルナが攻撃を防いだ瞬間、一瞬俺に背を向けた。俺はその隙を見逃さなかった。
『グランドクロス!』
俺はルナが背を向けた瞬間、威力を落として速度を最大限にまで高めたグランドクロスをルナの背中に叩き込んだ。グランドクロスは超速度でルナの背中に激突した。ルナは背後からの攻撃に狼狽すると、力なく地面に着地した。瞬間、ガーディアンはルナの肩の上に剣を置いた。勝利だ……。
「おお! ボリンガー様が勝ったぞ!」
「流石勇者様! 聖戦士様も凄かったな!」
何とか俺はルナとの戦いに勝つ事が出来た。咄嗟にガーディアンを作り出さなければ、今頃俺は冷たい石の床の上に倒れていただろう。
「サシャ……仲間を召喚するなんて……ずるい!」
何を言ってるんだか……。俺は召喚士だ。旅に出てから今まで俺は召喚獣と共に道を切り開いてきた。今更俺の召喚がずるいなんて事は無いだろう。召喚は俺に授けられた力。ルナの方こそ開始直後にハーピーの固有魔法を撃つなんて……。殺す気満々だったくせに……。
「ルナ。随分強くなったね!」
「サシャもね……ちょっと悔しいな」
俺はルナの手を取って立たせた。それから寂しそうに俯くルナの頭を撫でた。頭を撫でているとルナはすぐに気分が良くなる。これは小さい頃からの習慣だ。
「ルナ、今度一緒に美味しい物を食べに行こうか」
確か勝負で俺が負けたら二人で美味しい物を食べるという約束だったが、この際どうでもいい。
「うん! 動いたらまたお腹空いてきたな! 厨房に遊びに行こうかな!」
ルナはすっかり機嫌を良くして、厨房につまみ食いをしに向かった。
「サシャ、凄い戦いだったぞ! 旅の間に更に力を付けたのだな! 旅立つ前とは大違いだぞ!」
ゲルストナーは俺がヘルフリートの力を授かってからの戦い方を知らない。
「ルナが相手だったから俺も本気を出すしかなかったよ。ゲルストナー、これからまた復興の手伝いかい? 俺も手伝うよ」
「ああ、助かるよ。今日はギルド区を中心に建物を立て直しているんだ」
「そうだったんだ。それじゃあ早速ギルド区に向かおうか」
俺達はゲルストナーと共に城を出てギルド区に向かった。勿論俺達の後ろからはガーディアンが一緒に歩いてついてきている。頼もしい仲間が出来たな……。