第百四話「魔術師との出会い」
エイブラハムの店のすぐ近くにある魔法道具の専門店に来た。魔法に関する本や、エンチャントの素材、召喚の素材などが売っている店だ。店の入り口には責任者のステータスが表示されている。
〈ブレンダの魔法道具店〉
『魔術師 LV48 ブレンダ・ベイノン』
結構な高レベルだな。店の入り口には魔法陣が書かれている。何故こんな所に魔法陣を……? 入口の看板を見てみると、「魔法陣を通れた者だけに入店の権利が与えられる」と書かれている。一定の魔力以上の者だけを通す種類の魔法陣なのだろうか。魔法陣の上に乗ると、魔法陣からは強い光が放たれた。何だったんだ今のは……。俺達は無事に魔法陣を通過して店に入店した。
「いらっしゃい……」
店の入り口付近には魔法の杖を持った老婆が立っていた。
「人間が一人、それから召喚獣が二体。よく魔法陣を突破したね」
老婆は俺達に近づいてきて実力を試すような言葉を吐いた。しかし、一目見てシャーロットを召喚獣と見抜くとは。只者ではない。シルフは明らかに召喚獣だが、シャーロットは人間の女性にしか見えないからな。
「あの魔法陣は何ですか?」
「あれは魔力と性質を測る魔法陣だよ。悪質な魔力を持つ者、この店に相応しくない質の低い魔力を持つ者を弾く効果があるのさ」
なるほど……。随分合理的な魔法陣なんだな。自分に対して危害を加えるかもしれない、悪質な魔力を持つ者を予め判断できる効果があるのか。随分便利な魔法陣だな。
「ゆっくりしていきな。しかし、三人同時に入るとはね。あんたは名の知れた召喚士かい? いや……それにしては装備が随分物騒ね。魔法剣でも使うのかしら? あんたの魔力は複雑でありながら力強くて優しい感じがするよ」
ここで自分の身分を話したほうが良いのだろうか。一応自己紹介しておくか。
「私はアルテミシアの勇者、ボリンガー騎士団、団長のサシャ・ボリンガーです」
「勇者? と言うとあんたが町で噂になっている最強の召喚士とかいう男かい。城に勇者が滞在しているとは聞いていたけど、まさかあんたが……」
老婆はまだ俺を信用していないような顔をしている。ギルドカードを見せた方が信じて貰えるだろう。俺は懐からギルドカードを取り出して老婆に見せた。
「あらまぁ……本当に勇者様なのね。疑って悪かったわ。魔王を倒すほどの若者、ボリンガー騎士団の団長。あんたはこの町の希望だよ。そういや魔王軍が攻めてきた時、ゲルストナーっていう若者が私の店を必死に守ってくれていたっけね。ゲルストナーもあんたの仲間だろう?」
ゲルストナーが若者か。確かに老婆から見ればゲルストナーは若者だろう。ちなみに彼の性格な年齢はまだ教えてもらっていない。俺が年齢を訪ねてもいつも適当にはぐらかされてしまう。
「それで、今日はどんな要件だい? 私に出来る事なら何でも協力するよ。なんたって町を守ってくれたんだからね」
「実は……」
と言って俺はエミリアに魔法を教える事、それからガーディアンの召喚に関する本を探している事を相談した。
「そうかい、勇者様がエミリア様に魔法を教えるとはね。私の店を選んでくれて嬉しいよ。実は私は若い頃、魔術を教えていた事もあるんだよ。アルテミスの魔術師、ブレンダ・ベイノンとは私の事さ。若い頃は少しは名の知れた冒険者だったんだがね。今では店を構えてこの通り隠居生活さ」
ブレンダさんは店の中から本を何冊か選んで持ってきた。
「これだけあれば良いかね」
ブレンダさんから受け取った本の題名は、『初級魔術と魔術の歴史』『守護者の召喚と生成』『火と炎の魔術・初級』。
「勇者ボリンガー。魔術の教育で気になる事があったらいつでも訪ねてきなさい」
「ありがとうございます。今後も宜しくお願いします」
俺はブレンダさんに代金を払って店を出た。これで今日の買い物は終わりだ。俺達はユニコーンと共にアルテミス城に戻った。他の仲間は既に復興の手伝いに向かった様だ。中庭でユニコーンと別れてから、宮廷の料理人にシュルスクの実を渡した。
「これは質の良いシュルスクの果実ですね! 早速今日の夕食で使いますよ! 陛下はシュルスクを使ったパイが好物なんですよ。楽しみにしていて下さいね!」
「ありがとうございます。楽しみにしていますね」
シュルスクを受け取ったのは城で料理を担当している女性の料理長だった。年齢は二十代後半だろうか。まだ若いのに料理長を任されるとは、かなりの腕前に違いない。
俺達は部屋にシャーロットの荷物を置いてから、エミリアの杖を作るための素材を選ぶ事にした。部屋の中には魔王討伐の報酬として頂いた宝箱が積まれている。宝箱に無造作に詰められた高級そうな宝石達は、自分を使ってくれと言わんばかりにキラキラと光輝いている。どんな宝石が良いだろうか? 杖の先端には強力な魔力を持つ宝石を使った方がエミリアの潜在能力を引き出しやすくなるに違いない。
金属はミスリル使う事にした。エミリアに合う宝石か……。雷撃の盾には大粒のブルーサファイアを使ったから、今回もブルーサファイアが良いだろうか。俺は宝箱の中からなるべく大きいブルーサファイアを探し出した。
「サシャ! 綺麗だね!」
シルフは宝石を眺めて嬉しそうにしている。
「そうだね、好きな宝石があったらあげるよ」
「うん……私には大きすぎるかな」
シルフは体が小さいから、大きくて高価な宝石を仕込んだ武器や防具は使えない。俺はマジックバッグにしまってあった銀色のリボンを取り出した。さっきシルフのために買った物だ。
「シルフ、こっちにおいで」
「何? サシャ!」
俺がシルフを呼ぶと嬉しそうに俺の膝の上に乗った。
「これはプレゼントだよ」
俺はシルフの髪に、煌びやかな銀色のリボンを結んだ。シルフの緑色の髪によく似合う。
「シルフ! 似合うわよ!」
シャーロットがそう言うと膝の上に乗っていたシルフは恥ずかしそうに俺の胸に飛び込んできた。
「ありがとう……」
泣いてるのか……? 女性は時々、男が想像出来ないような些細な事で感動してくれる事がある。俺はまだまだ女性の事もシルフの事も分からないが、シルフは俺が選んだリボンを甚く気に入ったようだ。
「シルフが喜んでくれてよかったよ」
「うん……ありがとう。サシャ」
こんな小さな贈り物で涙を流すとは。やはりシルフは良い子だな。俺は杖作りのために選んだ素材を持って談話室に向かった。