第十話「騎士団」
〈冒険者の宿・早朝〉
どうやら生まれたばかりのハーピーを抱きしめて眠っていた様だ。艶のあるサラサラした髪を撫でると、ハーピーは俺の手を抱きしめた。このまま仲間が増え続ければ住む場所に困る事になるかもしれない。体の大きな召喚獣は宿に泊まれない訳だから、将来は召喚獣と共に暮らせるように、土地を購入して村を作るのも良いかもしれない。
目的地を決めずに旅に出たが、そろそろ次の都市に移動するべきなのかもしれない。スケルトン狩りにも飽きてきたところだ。だが、暫くはハーピーの育成に専念しなければならない。宿代や食費を稼ぐためにも、スケルトン達に活躍して貰わなければならない。ハーピーを宿に置いて狩りに行く訳にはいかないからな。
「キング、スケルトン達。生活費を稼ぐためにも、今日も廃坑で狩りをして欲しいんだけど、頼めるかな?」
「モチロン」
「ありがとう。キング、今日はヘルファイアの使用を許可するよ。他の冒険者が廃坑内に居ない場合のみ、最小の威力で魔法を使っても良い。スケルトン達はキングの指示に従いながら、キングをサポートしてくれるかな」
三体のスケルトンは嬉しそうに頷くと、キングと共に部屋を出た。頼りになる召喚獣達だ。さて、俺はハーピーを育てなければならない。まずはハーピーの育成のための知識を付けよう。ハーピーが眠っている間にゲルストナーから頂いた本を読む事にしよう。
・『卵の孵化と育成・強力な魔物を生み出す方法』
この本の著者はアルテミス王国で幻魔獣の召喚に成功した事のある人物らしい。十五人の召喚士と共に幻魔獣を召喚したのだとか。久しぶりに時間に余裕があるので、俺はベッドに寝そべりながら本を読み始めた。
1.『孵化した魔物を強靭に育てるためには、良質な栄養が不可欠である』
魔物を育てるには、人間よりも遥かに多い食事を与え、栄養を切らさない様に注意を払わなければならないのだとか。市場に出てハーピーのための食料を買おう。蛋白質やビタミンの多い食べ物を買い溜める必要がありそうだ。魔物は魔力が強ければ強い程、大量の食事を摂取し、爆発的に成長を始めるのだとか。
2.『魔物の性格は個体や種族によって異なるが、雛の時期に育った環境によって性格が決定される』
これは人間と同じだろう。育った環境によって性格が変わる。スケルトンに囲まれて育ったらどんな魔物になるのか楽しみだ。やはりハーピーを置いて狩りに行く事は出来ない。暫くはハーピーの育成に専念しなければならないな。
3.『幻魔獣や幻獣等の魔物は強力な固有魔法を持って生まれる』
キングのヘルファイアやサンダーボルトは固有魔法だろう。そう言えばハーピーのステータスを確認していなかった。ギルドカードでハーピーの項目を見てみよう。
『幻魔獣 LV0 ハーピー』
種族:幻魔獣・ハーピー
飼育者:幻魔獣の召喚士 サシャ・ボリンガー
魔法:ウィンドアロー ウィンドカッター
使用出来る魔法はウィンドアローとウィンドカッターか。風属性の攻撃魔法に違いないだろう。名前から察するに、風の矢を飛ばす魔法と、風の刃を飛ばす魔法。攻撃魔法に特化した魔物なのだろう。
4.『重要:卵から孵化した魔物は、必ずしも飼い主の命令を聞くとは限らない。魔物の忠誠度や性格は全て雛の段階で決まる』
ロンダルクさんが「自分よりも高レベルの魔物を召喚して殺された人が居る」と言っていたのはこの事だろうか。自分よりも低レベルの召喚獣は基本的に召喚士の命令に忠実なのだとか。しかし、卵から育てた場合は、性格や忠誠心は雛の段階で決定されるらしい。
暫く本を読んでいるとハーピーが目を覚ました。宝石の様に透き通る青い目がとても美しい。名前を考えなければならないな。この子の美しさを引き立てる名前……ルナという名前はどうだろうか。
「君の名前は今日からルナだよ。いい名前だろう?」
「ルナ……?」
「そう。俺はサシャ、君はルナだ」
「サシャ……ルナ……!」
「もう名前を覚えたんだね。朝食を食べに行こうか」
ルナは嬉しそうに飛び上がると、俺の頭の上に着地した。俺の髪を握りながら、部屋を楽しそうに見渡している。穏やかな性格で良かった。卵から凶暴な魔物が生まれる可能性もあった訳だからな……。
〈冒険者の宿・食堂〉
今日のメニューはサラダとウィンナー、それからパンだ。スノウウルフの唐揚げが恋しい。席に着くとシンディさんが隣の席に座った。
「おはようございます、シンディさん!」
「おはよう、サシャ。今日も廃坑に狩りに行くの?」
「いいえ。新しくハーピーが生まれたので、暫くは狩りを控えようと思います」
「ハーピー?」
「そうです」
頭の上に乗っているルナを指差すと、シンディさんは目を輝かせてルナを見つめた。シンディさんがルナを撫でようとすると、ルナは俺の胸元に飛び込んだ。どうやら他人にはあまり懐かない様だ。シンディさんは寂しそうにモフモフした耳を垂らしながら俺を見つめている。何だか子犬の様でとても可愛らしい。
「幻魔獣のハーピーか。一人の冒険者が二体の幻魔獣を従えるなんて。本当に信じられない事だわ」
「ええ。運が良かったんですよ。こんなに可愛らしい仲間と出会えたのですから」
「運だけではないわ。幻魔獣はとても賢い生き物よ。自分が認めた人間じゃなければ、たちまちサシャを襲うでしょう。スケルトンキングだけでも、この町で噂になっているのに、まさかハーピーまで仲間にしてしまうとは」
「俺って魔物から好かれるんでしょうか。強い魔物を従えているだけではなく、俺自身が一流の冒険者になれる様に努力しなければなりませんね!」
「サシャの名が大陸中に轟くのは時間の問題でしょう。スケルトンキングにハーピーか……サシャは手の届かない人になってしまうのね」
「そんなに寂しそうにしないで下さいよ。朝食を頂きましょうか」
「そうね」
ルナに食事を与え、シンディさんと他愛のない会話をしながら朝の一時を過ごした。ルナは食欲旺盛で、自分の顔よりも大きなウィンナーを何本も平らげた。まだまだ栄養が足りないみたいだ。食事を終えるとシンディさんが紅茶を持ってきてくれたので、これからしなければならない事を羊皮紙に書き留める事にした。
・ルナの飼育。
・騎士団の新しい団員の召喚。各団員の装備の充実。
・召喚魔法に関する文献を読み、召喚獣に対する理解を深める。
・次の目的地の決定。
「シンディさん、俺達はこれから町に出る事にします。またお会いしましょう」
「ええ、いってらっしゃい」
シンディさんが手を振ると、ルナは恥ずかしそうに手を振った。まずは町に出てルナの食料を購入しよう。朝の露店街を見物しながらゆっくりと歩く。ルナは初めて見る露店に興味津々な様子だ。ルナの食料を探しながら歩いていると、保存食の専門店を見つけた。どうやら冒険者向けの食品を扱う店らしい。
大きな乾燥肉の塊を購入し、ナイフで小さく切ってルナに渡した。朝食を食べたばかりだと言うのに、彼女は自分の体よりも大きな乾燥肉と平らげた。やはりルナは人間ではなく、魔物なんだな。店に展示されている乾燥肉の中で、値段が安く、大きな物を選んでいくつも購入した。
「サシャ……サシャ」
「どうしたんだい? まだ食べ足りないのかな?」
ルナは小さく頷くと、俺はこぶし大の乾燥肉をルナに渡した。ルナは大きな乾燥肉を両手で持ち、美味しそうに齧り付いている。それから保存が利くタイプのパンを購入した。堅焼きパンという種類のパンで、通常のパンよりも日持ちするのだとか。ルナはパンと乾燥肉を交互に食べ、幸せそうに微笑んでいる。
不思議な事に、朝と比べてルナの体が若干大きくなっている様な気がする。幻魔獣の成長速度は驚異的だな。このまま食事を続ければ、すぐに大人になって仕舞うのではないだろうか。さて、食料も確保出来たから、騎士団の新たな団員を召喚するために、素材を探しに行こう。魔物の素材といえばゲルストナーの店だ。露店街を眺めながら、ルナが欲しがる食料を次々と購入して、ゲルストナーの店に向かった……。
〈ゲルストナーの魔法動物店〉
「サシャか! ついにハーピーが孵化したのだな!」
「はい! 名前はルナにしました。この子は随分食いしん坊みたいで、朝からずっと食べ続けているんですよ。肥満にならないか心配です」
「幻魔獣の様な強力な魔物は、大量の食事を摂る。そして直ぐに完全な体へと成長を遂げる」
「そうなんですか?」
「ああ。早ければ今日中。遅くても数日以内に成長を終えるだろう」
幻魔獣は生まれて直ぐに体の成長が始まり、数日から数週間掛けて完全な姿に成長を遂げる。ゲルストナーの説明によると、幻魔獣や魔獣等の高等な魔物は、成長を完全に終えると、体が老化する事はないのだとか。そのままの姿で寿命を全うするまで生き続ける様だ。
「それで、今日はどんな要件だ?」
「実は、召喚獣を増やそうと思っているんです。仲間を増やして冒険の旅に出るつもりです」
「召喚獣か。既に二体の幻魔獣を従えているというのに。まだ力を求めるか」
「そうですね。俺は一流の冒険者になると決意して田舎の村を飛び出しましたから、大陸で最高の冒険者になるまで、俺は旅を続けますよ。夢が叶ったら、魔物と人間が共存出来る村を作ろうと思います」
「素晴らしい目標だな。旅に役に立つ魔物と言えば……幻獣のユニコーンなんてどうだろうか? 移動手段としても回復役としても活躍出来る。力も強ければ知能も高く、基本的に人間を襲う事は無い。温厚な性格の持ち主だよ」
「でも、幻獣の素材って高いんじゃないですか?」
「ユニコーンの角は一万ゴールドだよ」
「一万ゴールドですか? そんな大金ありませんよ……」
「確かに、ユニコーンの角は高価だが、ユニコーンは強力な幻獣だ。旅の間は必ずやお前の助けになるだろう」
「実は一万ゴールドも持ってないんです……」
素直に自分の所持金を伝えると、ゲルストナーは柔和な笑みを浮かべて俺を見つめた。不思議な事に、ルナはゲルストナーに興味があるのか、ゲルストナーの長く伸びた髪を引っ張って遊んでいる。幻魔獣が気を許す育成士か……。
「ユニコーンの角をダタで譲ってもいい。だが条件がある。俺もサシャの騎士団に入れてはくれないだろうか?」
「え? なんですって?」
「俺もサシャと共に旅をしたいのだ。魔物と人間が共存出来る村か……そいつは最高の夢だ! 実はこの町にはもう飽きていた所だったんだ。代わり映えのしない毎日。強い冒険者が居る訳でもなく、店を訪ねる者も少ない。そんな時、町に幻魔獣の召喚士が現れた……サシャ、俺を仲間に入れてくれ! 人生で最後の冒険をしたいんだ」
「そうですか……分かりました! 幻魔獣の召喚士、サシャ・ボリンガーは育成士、ゲルストナー・ブラックの入団を許可します。騎士団の団員として、これから俺達に力を貸して下さいね」
「うむ。久々に剣を持つ時が来た様だ。いつでも旅に出られるように、これから直ぐに支度を始めるとするよ」
ゲルストナーはカウンターに魔物の素材をいくつも置くと、全て俺に差し出した。それから俺とゲルストナーは相談して旅の予定を立てた。二週間後に町を出て大陸を回る。目的の都市は未定だが、これから出発までに決める事にした。
それからゲルストナーは財布を俺に渡すと、これで旅の支度をしろと言った。ゲルストナーからお金を借りて、旅に必要なアイテムを揃える事にした。ゲルストナーから頂いた素材を鞄に仕舞う。
「幻獣・ユニコーンの角」「幻獣・ミノタウルスの頭骨」
「コボルドの頭骨」×3 「ガーゴイルの翼」×4
「ホワイトウルフの頭骨」×3
俺はゲルストナーに礼を言って店を出た。新たな団員と幻獣の素材まで手に入った。最高の一日だ。更に召喚の知識を付けるために本屋で召喚魔法に関する本を買う事にした。ルナを連れて町の本屋を探しながら歩くと、二階建ての木造の本屋を見つけた。
直ぐに店内に入り、目的の本を探し始めた。ルナは俺の肩から飛び上がると、一冊の本を持ってきた。『アルテミス王国の歴史』という本だった。アルテミス大陸で最も冒険者が多い都市、魔法教育に関する機関やギルドが密集する町だ。
次の目的地はアルテミス王国にしようか。ルナが選んだのだから、きっと何か意味があるのだろう。キングがルナの卵を選んだ様に。幻魔獣の選択を信じよう。それから俺はゆっくりと店内を見て回り、必要そうな本を購入した。
・『アルテミス王国の歴史』
・『召喚術の衰退について』
・『町の作り方・町の人口の増やし方』
・『召喚士と魔物の関係』
・『無から召喚する方法』
本を購入した俺達は、宿に戻る前にユニコーンを召喚する事にした。旅の直前に召喚するよりも、早い段階でユニコーンを召喚し、絆を深めておきたいからだ。宿の前に移動すると、俺は地面に召喚書とユニコーンの角を置いた。召喚の準備を始めると、辺りには人だかりが出来た。俺は既に幻魔獣の召喚士として面が割れているのだろう。
「あれって、スケルトンキングを召喚した冒険者ギルドのメンバーじゃないか?」
「また何か召喚するみたいだな。しかし、あんな子供が一人で幻魔獣を召喚したなんて信じられない。大人に手伝って貰ったんじゃないのか?」
「ああ、そうに違いない。王宮の召喚士だって束になって召喚するんだ。それに、幻魔獣が駆け出しの冒険者に従う訳が無い。きっと何か裏があるのだろう」
心無い声に俺の気持ちは沈んだが、他人が何を言おうと関係ない。俺の意思が重要なんだ。この場でユニコーンの召喚を成功させれば良いだけなんだ。絶対に失敗は出来ない。地面に置いた召喚書と素材に両手を向けた。体内から魔力を掻き集め、ガントレットから放出する。
『ユニコーン召喚!』
両手からは爆発的な魔力が流れ、召喚書からは強烈な光が放たれた。辺りに優しい魔力を放出しながら、光の中からは一体の美しいユニコーンが姿を現した。一見、普通の白馬の様に見えるが、体は随分大きく、頭部には白い角が生えている。召喚が成功すると、熱狂的な歓声が沸き起こった。
「幻魔獣の召喚士、サシャ・ボリンガーが幻獣の召喚に成功したぞ! しかも一人でだ!」
「こいつは凄い……たった一人で幻獣を召喚してしまうとは……!」
「肩の上に居る魔物はハーピーか? 二体の幻魔獣とユニコーンを従える最強の冒険者が俺達の町から生まれたぞ!」
ユニコーンが優しい眼差しで俺を見つめると、俺は彼の体を抱きしめた。清らかな魔力を感じる、近くにいるだけで体には気力が溢れ、優しい魔力に包まれた。これがユニコーンの力か。ギルドカードを取り出してユニコーンの項目を確認する事にした。
『幻獣 LV0 ユニコーン』
種族:幻獣・ユニコーン
召喚者:幻魔獣の召喚士 サシャ・ボリンガー
魔法:セイントヒール
固有魔法で回復魔法を使用出来るのはありがたい。これからは馬車を牽く馬として、仲間として騎士団で活躍して貰おう。町全体に響き渡るのでは無いかと思える程の熱狂的な拍手を浴びながら宿に戻った……。