第一話「旅立ち」
「サシャ! 冒険者になるために旅に出るんでしょう? 早く起きて支度をしなさい」
「分かったよ、お母さん。サイモンおじさんの店に寄ってから村を出る事にするね」
今日は俺の十五歳の誕生日だ。俺が暮らすアルテミス大陸では十五歳で成人を迎え、親元を離れて暮らすのが一般的だ。俺は魔物討伐を生業とする冒険者になるために、冒険の旅に出るつもりだ。二歳の頃に魔物との戦闘で命を落とした、父のダリル・ボリンガーも十五歳の誕生日の日に冒険者になった。
母のマリア・ボリンガーは女手一つで俺を育ててくれ、村で芋や小麦を栽培して生計を立てている。母は俺が冒険者になる事に反対していたが、俺は父の様な冒険者になるという夢を何が何でも叶えるつもりだ。今日は冒険者としての旅が始める日だ。俺は冒険のための装備を揃えるために、知り合いの商人の店に向かった。
〈サイモンの商店〉
『商人 LV24 サイモン・レイ』
この大陸で商売をする時や家を建てる時は、入口にステータスを表示しなければならない。レベルは身分でもあり、冒険者としての強さを証明するものでもある。
「サイモンおじさん。今日出発する事にしたよ。装備を揃えに来たんだけど、俺でも使いこなせる武器や防具なんてあるかな?」
「おはよう、サシャ。確かダリルも十五歳で冒険の旅に出たんだよな……サシャもこの村を出て偉大な冒険者を目指すんだな」
「うん。俺は冒険者になるのが夢だったから。成人を迎えたから、すぐにでも出発したいんだ」
「そうか。武器を探しに俺の店に来てくれたんだな。実はサシャのために用意しておいた武器がある」
サイモンおじさんは店のカウンターからショートソードを出した。剣を受け取り、鞘から剣を引き抜く。美しく磨かれた刃が朝日を反射させ、辺りに心地良い魔力を放っている。しっかり手入れされた武器で、手に握るだけで暖かい魔力を感じる。まるで武器が俺に力を貸してくれているみたいだ……。
「その剣は俺が冒険者時代に使っていた剣だよ。サシャが出発する日に渡そうと思っていたんだ」
「ありがとう、サイモンおじさん。大切にするね。それじゃ、俺はこれから出発するよ。偉大な冒険者になったらまた戻ってくる」
「ああ。楽しみに待っているよ。くれぐれも体には気をつけてな」
別れの挨拶をしてから店を出た。それから俺は市場で旅の食料を買う事にした。旅の荷物は魔法の鞄に仕舞う。これはどんなアイテムでも際限なく仕舞う事が出来る特殊な魔法が掛かった鞄。父が冒険者時代に高難易度のクエストの報酬で手に入れたマジックアイテムだ。市場で保存が利きそうなパンを三つ、3ゴールドで購入した。
それから俺は薬屋を訪れた。薬屋では体力を回復させる薬を一つ3ゴールドで購入した。この薬の名前はヒールポーションと言うらしい。サイモンおじさんが旅にはポーションが必要だと教えてくれた。食料と武器を手に入れたので、俺は直ぐに家に戻り、母に出発の挨拶をする事にした。
〈ボリンガー家〉
「母さん。旅の支度が出来たから、これから出発するよ。サイモンおじさんから剣を譲って貰ったんだ」
「そう……サシャも随分立派になったのね。若い頃のお父さんを思い出すわ。そうだ、お父さんが昔使っていたガントレットが倉庫にあったの、持って行きなさい」
ガントレットを母さんから受け取り、両手に嵌める。サイズは丁度良く、サイモンおじさんのショートソードと相性が良いのか、強い魔力が体内に流れ始めた。父が昔使っていたガントレットか……大切に使うとしよう。
まずは隣町を目指して出発する。それからの旅のルートは決めていないが、まずは冒険者として行動を始める事が大切だと思う。隣町までの「北の街道」にはスケルトンやスライム等の低級の魔物が湧くと母が教えてくれた。
ついに別れの時が来た。母は静かにすすり泣くと、俺は母を強く抱きしめた。息子の旅立ちを祝う気持ちと、これから一人で暮らす事になる寂しさを実感しているのだろうか。だが、永遠の別れではない。冒険者として母が誇れる様な人間になった時、またこのリーシャ村に戻ってくるだろう……。
〈北の街道〉
隣町のフィッツ町はリーシャ村から徒歩で三日の距離に在る。この辺りで唯一、冒険者ギルドがある町だと言う説明を母から聞いた。冒険者ギルドはクエストを受けたり転職をするための施設だ。世の中にどの様な職業が存在するかも分からないが、俺は戦闘系の職業に就き、魔物と討伐する冒険者になるつもりだ。
母から聞いた話では、父のダリルはグラディエーターだったらしい。戦闘時には軽装を好み、グラディウスとバックラーを装備していたらしい。ガントレットは、闘技場で活躍した父に対して、闘技会の主催者が謝礼として贈った品なのだとか。いつか機会があれば闘技場を見に行く事にしよう。
春の心地良い風を体に受けながら北の街道を進む。北の街道は一本道で隣町のフィッツ町に繋がっている。街道の中間地点には墓地があり、スケルトンを中心とする低級な魔物が湧く。
魔物と戦う事は初めてだが、俺は幼い頃から母と共に農業に携わっていた。正直に告白するならば、剣の使い方は知らない。しかし、筋力的にはショートソードを使いこなせる筈だ。農業で鍛えた筋力と体力だけが財産だ。この体一つで俺は最高の冒険者を目指す。自分でも無謀だとは思うが、俺は父の様な冒険者になりたい。それだけが人生の目標であり、唯一の夢だ。
リーシャ村を出てから二時間が経過した。未だに魔物の気配はないが、この辺りで剣を使った戦い方を学んでおきたいところだ。初めて使う武器で魔物と戦う事になれば危険だからな。何度か素振りをして、ショートソードの使い勝手を確認して置いた方が良いだろう。
北の街道の森の中には魔物を祀った石碑がある。以前、サイモンおじさんから聞いた事がある。この石碑に祀られている魔物は、遥か昔、リーシャ村が魔物に奇襲された時に村を守ってくれた神聖な魔物だ。名前はスケルトンキングと言うらしい。
石碑の付近は森が開けており、心地の良い魔力を感じる。剣の練習をするにはうってつけの場所だ。暫くここでショートソードを使った戦い方の練習をしよう。俺は剣の練習の前に、魔物の石碑に頭を下げた。少しだけこの場所を貸して貰うのだから……。
それから直ぐに剣の練習を始めた。父の遺品であるガントレットから心地良い魔力を感じ、ショートソードの刃がガントレットと共鳴するように光り輝いている。武器と防具の相性が良いのだろう、体内に魔力が満ちる感覚を覚えた。どうやらガントレットは俺自身の魔力を大幅に強化してくれている様だ。
まずは剣を振る事にした。ショートソードを垂直に切り下ろすと、キラキラした銀色の魔力が刃から溢れた。武器に魔力が籠もっているのだろう。それから俺は暫く剣を振り続けた。垂直斬りや水平斬り、袈裟斬り等を練習すると、上半身の筋肉に心地良い疲労を感じた。すっかり日が暮れた夜の森には、野生動物の鳴き声が響き、時折、悍ましい魔物の呻き声が轟く。夜の森は恐ろしいが、これから冒険者になるんだ、魔物の呻き声に怯えているようではやっていけないだろう。
石碑の前で焚き火をし、体を温めた。疲れた体を休めるために横になり、市場で買ったパンを齧る。口の中には柔らかな甘味が広がった。弾力あるパンの触感を味わいながら、ゆっくりと飲み込む。少ない食料を切り詰めながら隣町を目指さなければならない。明らかに食事の量が足りないが、今はお金に余裕がない。直ぐに冒険者ギルドで登録をし、クエストを受けてお金を稼がなければならない。空腹を紛らわす様に母さんと過ごした村での思い出に浸っていると、俺はいつの間にか眠りに就いていた……。
動物達の鳴き声で目を覚ました。夜間に魔物に襲われなかったのは運が良かった。直ぐにフィッツ町に向かおう。ショートソードを腰に差し、ガントレットを嵌めて鞄を背負った。北の街道を北上し、深い森の中を進む。リーシャ村とフィッツ町の中間地点には、魔物が巣食う墓地があると聞いた事がある。
北の街道を道なりに進み、六時間が経過した。足腰には自信があったが、流石に歩き続けているからだろうか、下半身に疲労を感じる。そろそろ休んだ方が良いと思いながら、早く冒険者になりたいという、止められない気持ちに突き動かされ、ひたすら森を進む。
しばらく歩くと墓地に到着した。フィッツ町までの難所であり、墓地の付近にはアンデッド系の魔物が巣食っている。錆びついた金属製の柵の中には朽ち果てた墓石がいくつも建っており、白骨の魔物が虚ろな目で空を見上げていた。スケルトンか……。
目には赤い炎を灯し、右手にメイスを持っている。スケルトンは魔物に殺された冒険者や、不当に殺害された人間が蘇った姿。スケルトンは俺の姿を見るや否や、メイスを振り上げて襲い掛かってきた。突然の敵襲に狼狽しながらも、直ぐにショートソードを引き抜いた。
スケルトンがメイスを振り下ろした瞬間、俺は剣で敵の攻撃を受けた。スケルトンの体を右足で蹴り、距離を取ってから、ショートソードに魔力を込めて振り下ろす。俺の剣はスケルトンの胸部を捕らえ、剣は強い魔力を散らして、スケルトンの骨を砕いた。
スケルトンは力なく倒れると、俺は勝利を実感した。冒険者として、初めての戦闘に勝利したのだ。随分手応えが無かったが、スケルトンとはこれほど弱い魔物なのだろうか。地面に倒れるスケルトンに視線を落とすと、スケルトンはメイスを握り締め、俺の左足に振りかぶった。
メイスの一撃を喰らうと、俺の左足には人生で感じた事も無い程の激痛が走った。油断していた……スケルトンがこんなに弱い訳が無かったんだ。もしかしたら骨が折れているのかもしれない。逃げ出す事も出来ずに、俺は地面に倒れ込んだ。勝てなかった……俺はここで死ぬのだろう。俺は自分の死を予感した。
きっと次の一撃で俺は殺されるんだ……こんな事になるなら旅に出なければ良かった……誰か助けてくれ……! スケルトンは気味の悪い笑みを浮かべながら、ゆっくりと近づいてきた。スケルトンはメイスを振り上げると、最後の一撃を放った。
「助けてくれ……!」
大声で叫ぶと、ガントレットは強烈な光を放った。強い光はスケルトンを吹き飛ばすと、敵の体は粉々に砕け散った。これが魔法だろうか? 目を凝らして光を見つめると、光の中には一体の魔物が立っていた。
光が穏やかに消えると、その場には一体のスケルトンが立っていた。まさか、俺はスケルトンに助けられたのだろうか? しかし、彼の体からは清い魔力を感じる。神聖な魔物が放つ魔力だ。墓地に巣食っている悪質なスケルトンとは大きく異る魔力を持っている。
「キング……ヨロシク……」
「え……? キング?」
キングと名乗るスケルトンは、俺の頭を撫でると穏やかな表情を浮かべた……。