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40歳からのライトノベル   作者: あむりだ
9/12

Story9 突然の別れ







◇ ◇ ◇



──もう8年ほど昔だ。





亜希子と一度だけ、デートに行ったことがある。



智也が亜希子に告白して付き合いだして1か月くらいのころ。なぜか智也はそのことを俺に話してくれず、俺は後輩たちからその事実を聴いた。


──そして俺は、二人が付き合っていることを知らない体で亜希子をドライブに誘った。「知らなかった」で済ませば、それは裏切りにはならないと思ったから。



…そして、それが亜希子を誘うラストチャンスだと思ったから。



智也が亜希子に並みならぬ好意を持っていたのは元から知っていた。だから俺は、自分の気持ちに対して蓋をして見守ってきたはずだった。


だけど、いざ2人が付き合うと知ったとき、迸るように後悔の念が、とめどなく自分の感情の奥底から出てくるのを止めることが出来なかった。


…こんなに辛い思いになるとわかっていたら、果たして自分は身を引いていただろうか。何百回と同じ問いを自分にして、その解が変わることは無かった。





『うん。いいですよ』


少しだけ間をおいて、亜希子は誘いを承諾してくれた。


1月の寒い季節だった。


その当日、俺たちが行った河口湖のドライブで、俺たちは、終始ほぼ無言だった。


親友を裏切ってまで画策したにもかかわらず、俺は亜希子を楽しませるような話題を、ほとんど提供できなかった。


でも、だからといって、楽しくなかったのかというと、──そんなことはなかった。むしろ、その逆だった。


亜希子は、冬の河口湖の風景を、そのキラキラする瞳で眺めて、ずっと、表情を輝かせていた。そして、たまに俺の方を向いて、あれは何だ、あれが綺麗だと思わないか、ということを聴いてきた。…俺は、そんな一言二言の会話を交わすだけで、心の奥底がボーっと暖かくなるのを感じていた。


俺たちはそんな感じで、河口湖の周りをゆっくりと、無言で歩いて行った。



帰り、新宿西口のロータリーで亜希子を降ろしたとき、


『とても、楽しかったです』


と彼女は言った。

…結局、この日、亜希子自身も智也とのことは口に出さなかった。そして、そのときの、別れ際の彼女の表情は、とても、優しげだった。




次の日、智也から直接「亜希子と付き合うことになった」と報告を受けた。


「昨日の夜さ、亜希子から、ちゃんと牧瀬にも報告した方が良い、って言われてさ。


悪い、隠していたわけじゃないんだ。…ただ、俺自身もあんまり実感なくてさ…なんていうか、もう少し現実味を帯びてから、言おうと思って」


少し照れながら、智也はそう言った。



…結局、完全な独り相撲だった訳だ。


亜希子はきっと、俺への配慮と、そして今はまだ隠れて顕在されていない危険を取り除くために、智也にそう話したのだろう。



彼女の行動は、きっと正しい。



でもなぜ、それなら最初から俺のデートの誘いを断らなかったのだろうか?


──その疑問は、今日に至るまでずっと答えを出せないでいる。そして、ふとしたときにそのことが頭をよぎり、それは俺をしばらくの間、とても不安定な気持ちにさせた。




◇ ◇ ◇


…時は現代に戻って、新宿駅西口地下の喫茶店──1か月前にも二人が逢った場所──に、亜希子は居た。


少し薄手に見える焦げ茶色のコートに、とても脚が細く見える白のパンツを履いていて、放っておくと野生動物のように軽い足取りで遠くまで行ってしまいそうなその様相と、俺に見せかける、少しはにかんだような笑顔が、8年前のその、河口湖のデートを、思い出させた。



「ごめんね。急に呼び出しちゃって」


「いや、いいんだよ」


──時計を見ると、19時15分になっていた。智也との待ち合わせは20時と言っていた。移動時間を考えると、ここには30分後には出た方が良いだろう。


「どうしたんだ?…急に」


「ん…ちょっとね」

「ちょっと…なんだよ」


「ちょっと…お別れを、言いに来たの」


そう、亜希子は言った。





◇ ◇ ◇



「お別れ…って?」


「…あ、そう言っても、そんなしょっちゅう会ってた訳じゃないけどね、私たち…っていうか、そういう…」


…最後の方は、小さい声になってよく聞き取れなかった。


「…どっか、行くのか?」


「うん」


「…そうか。どこ、行くんだ?」


「福岡のほうのね、親戚の家に」


「…旅行?」


「ううん。ちがう」


…智也の長期出張…だろうか?──俺がそう聴こうとしたとき、亜希子の方から先に応えた。




「あのね、別居するんだ。私たち」








◇ ◇ ◇



「…別居?」


「…今日ね、智也とは最後の晩餐をするつもりだったの。…ほら、すぐ近くのパークハイアットで」


「…なんで」


…うまく言葉が出てこない。


「でも、なんだかね…お互い気持ちよく話し合える感じでもないなって思ったらね…ディナーデートなんて気分じゃなくなってきて。…だから、直前で断っちゃった」


…智也は今日、仕事の飲みじゃなくて、亜希子とのディナーだったのか。──いや、それよりも、別居って──


「ねえ」


亜希子が言う。


「…少し、歩かない?…中央公園の方まで。

 ほら、イルミネーションとか、綺麗じゃない?この時期」






◇ ◇ ◇


年末の冬空、俺と亜希子は夜の新宿の街並みを歩く。


「福岡にね、仲が良かった従妹がいてね」


──亜希子は、歩きながらポツリポツリと話し出す。


「半年くらいなら居候させてくれるって。

 で、その間に職を探して、一人暮らしするつもりなんだ」


「…ずいぶん急だし、よく解らないな」




「うん、そうだよね」

…しばらく亜希子は無言になる。





「ずっとうまく行ってなくて。…私とトモ」


──初耳だった。


「…離婚しようとしてるのか」


「…わからない。そうなるかもしれないし、そうならないかもしれない」


「……理由は、なんだ?」


「…出来たら、それはトモから聴いてあげて。その方が、フェアだと思うから」


「…悪いけど、全然納得できないな」

俺は立ち止まって亜希子にそう言った。


──亜希子もつられて立ち止まる。


「…フェアってなんだ?俺は亜希子に聴いているんだ。…それになんだか、突拍子な行動にしか見えないよ。…本当にそれが今、一番の行動なのか?


 ただ、逃げてるだけじゃないのか?」




「ねえ」

亜希子は俺の質問に答えず、聞き返してきた。


「…ずっとね、気になってたことがあったんだけど。


 なんで、牧瀬くんは、あのとき私を、河口湖まで誘ったの?」



「…は?」

──8年前のことを言っているのは分かっていた。…にしても、なんで今それを聴いてくるんだ?

亜希子は、真っすぐ俺を見つめている。


「…なんで、そんなことを今聞くんだ?」


「そのあとだって、これまで何度も…なんで、私を誘ったりしてきたの?


…それが、牧瀬くんにとって、一番と言える行動だったの? 」




「…迷惑だったか?」

…かろうじて、俺はそう答えた。──亜希子はそれには応えず、しばらく、俺をじっと見ていた。


…いつの間にか、亜希子は、悲しそうな顔をしていた。





◇ ◇ ◇


「うん。…迷惑、だったかも。…ちょっとだけ」


「…そうか」






「…あと、関係ないけど、牧瀬くんの書くシナリオに、よく私が登場するってホント?」


「…誰が言ったんだ。そんなこと」


「トモがね、良く言ってた。『これ…絶対亜希子だよ』って。…亜子とか、アキとか、毎回名前はちょっと違ってるけど、言動が本当に私なんだって」


「それは違うよ…亜希子じゃない。もしかしたら、イメージは少し借用させてもらったときはあるかもしれないけど」


…嘘だった。俺はいつも、シナリオを考えるときに、ヒロインもしくは重要な役割のイメージに、よく亜希子を借用させてもらっていた。


「そっか…じゃあまあ、それはそういうことで。


…ごめんね。牧瀬くんがあんまり怖い顔で追及してくるものだから」


──亜希子は普段の表情に戻っていた。…いつもする、笑顔の表情に。


「思わず、『そう来るんだったら、じゃああたしだって!』って思って対抗しちゃった。ごめんね」


「…いいよ別に。それより──」


「これ、クリスマスプレゼント」


亜希子は俺の言葉を遮って、小さい紙袋を渡してきた。

紙袋の両端に、彼女の細い指が添えられている。


…俺は、その指に触れたくなる。


「──兼、餞別の品」


亜希子は、そんな俺の想いを読み取ったかのように、俺が差し出した手に紙袋を押しつけ、手を放して距離を取った。


「…餞別は、ふつう、見送る側から渡すものだろ」


「アハハハ、そっか。…まあいいじゃない、別に。家帰ったら開けて」


「…亜希子」


「…これで、用事はお仕舞い。


 私は、ここからタクシーで帰るから。───そろそろ、時間でしょ?」


そう言われて、俺は時計を見る。


時計は、20:30になろうとしていた。



「少し早いけど、メリークリスマス。


 そして、本当にいつも、ありがとう」



俺が時計を見ている隙に、亜希子は俺から更に、距離を取っていた。


「──おい」


俺が呼び止めようとしたとき、亜希子はまた離れながら口を動かした。──声を出さずに。


その口の動きを、最近俺は目にしていた。──彼女との、夢の中で。











◇ ◇ ◇


亜希子と別れた後、智也との待ち合わせ場所に着いたときは、もう22時近くになっていた。…すぐに智也のところに行く気になれず、俺は夜の新宿中央公園をぐるっと1周分歩いて、ようやくパークハイアットに向かった。



バーラウンジに着き、俺は案内人に智也の待つテーブルに案内された。──智也はすでに俺に気付いて、少しだけ苦笑いをしながら、ここに居るという風に軽く手を挙げた。


「…随分と、遅い到着だな」


そう言って迎え入れた智也の顔は、怒ってはいなかったが、今まで見た中で一番、憔悴しきっていた。…長期入院中の老人の顔のように、精気が抜けて見えてた。


「…ホント悪い。ここは俺が出すよ」


「いいよ、別に。


 …それより、なんかあったか?いつもに増して、ひどい顔してるぜ」



「…お前もだよ」

──俺は、そう智也に言い返した。











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