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40歳からのライトノベル   作者: あむりだ
4/12

Story4 狂おしい渇きが、すべてを曖昧に、そして、かき消してしまう










◇ ◇ ◇



…いつ頃からだろうか。




人と会うのがそれ程「楽しい」と思えなくなった。





誰と会っても、なんだかそれは、仮の時間というか、本来の自分の身の置き所でないような気がしていて。

…それがたとえ、智也のような大切な友人であったとしても。



「楽しい」という気持ちより先に、緊張や気疲れがやってくる。


別れたときに独りに戻れたことにほっとする自分がいる。


「相手はこんな自分と会ってて楽しいのだろうか?」と不安になる自分がいる。




──昔は、そんなことはなかった。

俺の記憶の中では、もっと無邪気に、人と会うことを楽しみにして、そして、楽しい時間を過ごせていた俺がいた。



でもここ数年は、それが出来ないでいる。

誰と会っても、笑顔の表層一枚下には石の面のように感情を固くした俺がいる。


──歳を取って、疲れやすくなったからだろうか。

  それとも、ひとりでいることに慣れてしまったからだろうか。




孤独を感じているくせに、人と向き合う時間に対してあまりにも消極的でいて、…いや、違うな。








…オーケー、正直に言おう。



それはかなり希少なケースだが、そんな俺でも、会うのが「楽しみ」と感じる場合が2つ、ある。





ひとつは、対象が亜希子であった場合。




そしてもうひとつは(ひとつめより若干楽しみの度合が下がるが)、

──亜希子ほどでないにしても、対象が、美しく吸引力を持った女性、であった場合。






…こういう気持ちって、この歳では誰でもありえる傾向なんだろうか?それとも、俺が異常なのだろうか。





どちらにしても、


なんとなく世の中に対して興味関心が薄れつつあって、


一方では──好いた女、もしくはその代替になりえる女からの潤いを求め続けている、煩悩深き乾ききった中年男──


それが、俺だ。







◇ ◇ ◇


「…白髪、増えたねえ」…そう言って目の前の女性──麻紀は愛着ある笑顔を見せた。


小泉真紀。──32歳、女性。

俺と智也と、そして亜希子が同じ職場だった時に、良く皆で飲みに行った仲間の一人。俺と智也がそれぞれ転職した後も頻繁に顔を出してくれた、人付き合いの良い活発な女性。そして、俺が会うのを楽しみにできる、──かつ実現が可能な──貴重な存在。


「3年ぶりだもんね。…そうかー、マッキーももう40歳か…」

彼女は俺のことを『マッキー』と呼ぶ。麻紀という名前と被ってて使いづらそうな気もするんだが、本人は特に気にしていないようだ。


「いや、まだ39歳だよ」

「…あと半年の猶予でしょそれ?いいじゃん『俺40歳!』って胸張ってれば」

「胸張ることでもないだろ」

「だってね、背筋少し曲がってて少し老人ぽくなってた。…さっき遠くから見つけたとき」













「あ、ごめん。傷ついた?」

「いや、別に」

「いやいやいや、表情出てたから。すごくショックを受けた表情が」

麻紀はそう言うと、笑いながら「変わらないなあ、マッキーは」という表情をした。…表情がとても豊かなのだ、彼女は。




「…悪いな、急に呼び出して」

「いーよ。別に時間あったし。…で、どうしたの。なんかあった?」

「…ああ」


…亜希子とのランチを来週に控えた週末の夜、俺は麻紀を飲みに誘った。


──最近、俺は常に亜希子と智のことばかり考えていた。その他のこと──仕事、資金繰り、これからの生活…──それらすべてがおざなりに、俺の頭の中でぼやけつつあって、それは少なからず俺を落ち着かない気持ちにさせていた。あの夫婦に俺一人で向き合うより、もっと人が入った方が良いような気がして、それで俺は彼女──麻紀を協力者として呼んでみたのだ。


──とは言っても、麻紀にはいきなり本題の話をするよりも、もう少し場を和ましてからの方が良いだろう。…なんせ、彼女と会うのは3年ぶりだから。


「…元気そうだな」

「そう?…マッキーはなんかちょっと、疲れてる?」


そう言って麻紀は俺の目を覗き込む。…麻紀の顔が近づいたとき、ほのかな甘い香りを感じた。


「いや、そんなことないよ…麻紀は仕事は順調?」

「うーーーん、どうだろ。大変だよ、やっぱり。慣れてはきたけどね」


麻紀は今、智也と同じ広告代理店に勤めている。


「ま、『慣れてきた』っていえるだけ大したもんだよ。…智也とは、たまに会ったりするの?」

「トモさん?…たまーに、エレベータや社内食堂でばったり会うくらい、かなあ。会社は一緒だけど、仕事は全然別だからね。

 そんなことより、マッキ―は最近どうなの?」


「俺は相変わらずだよ。なかなか日の目を浴びることが出来ず…って感じかな」

「そっか…頑張ってるんだね、相変わらず」


5年前に智也と亜希子が付き合いだして、それを境に、俺は彼らと皆で会う機会が減って、かわりに麻紀とふたりで会うことが多くなった。

…でもそれは半年くらいの期間で、その後しばらくすると俺は独立してフリーライターになって忙しくなり始め、麻紀は新しい彼氏ができたとかで、会う機会は段々と減っていった。


「彼氏とは順調?」

「ん?…あー、えーとね、別れた。結構前に」


「…じゃあ今はフリーってこと?」

「うん。もうここ1年以上ずっとね。…マッキーは?」


「俺もいないよ。彼女」

「いいねぇ!フリー同盟だ。

 共に自由気ままなライフを称えあい、エンジョイしようではないか」


「…なんだそれ。

っていうか、麻紀彼氏いないのか。人気ありそうだけどな」

「フフン、ありがと。…そりゃあ、たまに言い寄ってくる人がいない訳じゃないけどね、…なんか最近そんな気になれないっていうか」


「そうか。まあ、そういうのってタイミングだろうしな」

「まあね。今は今で、彼氏とかいなくても充実してるし。…っていうか、今日はマッキーのそっち系の報告だと思ってたよ」


「え?どういうことだ?」

「だから、『僕婚約しましたー』とか、『結婚式を海外で挙げますのでー』みたいな」


「…そんな事態は、少なく見積もってもこの先2~3年は発生しなそうだな。なんせ、こうやって人と夕飯食うこと自体滅多にないくらいだし」

俺は笑いながらそう応える。


「えー!なんか寂しい生活送ってるね。…あたしで良かったら、たまに付き合ったげようか?」


──「付き合ったげようか?」という麻紀の発言に合わせるように、近くのテーブルに座っていた男たちが揃って麻紀の方を視る。

男たちはさっきから麻紀のことが気になっていたみたいで、チラチラとこちらのテーブルを見ながら囁きあっている。…金曜の新宿の夜は、俺以外にも乾ききった中年男は沢山いるということだ。



「麻紀」

「なに?」


「…店、変えないか?」

「え…」


「もう少し、静かに話せるところのほうが良いかもしれない。ここは俺が払うからさ」

「う…うん。別にいいけど」





◇ ◇ ◇


一軒目の店を出てから、俺と麻紀はタクシーで1メーター先にあるショットバーに入った。


「あ、この曲…『Calling』…だっけ?」

麻紀が店内の音楽に耳を傾けて、そのメロディを囁き声で口ずさむ。…古い映画の、ノスタルジック感のある優し気な曲だ。


さっきの店とうって変わって、客は俺たち以外には誰もいなかった。バーテンダーが一人、小さく頷いてカウンターの端の席を促した。




…一杯目のドリンクが来て、軽く乾杯した後、俺はこれまでの智也と亜希子のやりとりを、麻紀に話しだした。




◇ ◇ ◇



「…で、つまりさ、マッキーはあたしにどうしてほしい訳?」

「具体的にどう、っていうのは、まだ考えられていないんだ。…ただ、協力してくれるとありがたいかな、って」


「協力?」

「ああ、例えばさ、智也と亜希子と俺たちとで4人で会ったり」


「…まあ、そういうのは別に構わないけど…あのさ」


麻紀は姿勢をこちらにむけ、俺をまっすぐから見てくる。

──つい最近、こうやって直視されたことがあったような気がした──そうだ、亜希子だ。



「…単純にさ、亜希子が普通に外出が出来るようになって、元に戻れたとしたら、それで『めでたしめでたし』だけど」


…少し間を置いて、麻紀は話し続ける。


「…もし、そうじゃない結末が待ってたとしたら…こういうこと、話してて自分がとても嫌になるんだけど…、そのとき、あたし達はどう責任とれば良いの?」



「…責任?」

「うん」


「…責任ってどんな?」

「わかんない。そんなことあたしに聴かないでよ」


「…少し、重たく考えすぎなんじゃないか?」

「マッキ―が軽く考えすぎなんだよ」


…麻紀の口調がさっきよりも更にきつくなる。

どこかで会話の選択を間違えたのかもしれない。

最初逢った時に麻紀から感じた、快活さあふれる雰囲気は完全に影を潜めていた。




「ねえ、マッキーは、なんで亜希子は家から出れなくなってると思う?」

「…わからない。だから、それは本人から聴いてみないと」


「あたしはね、聴くべきじゃないと思うんだ。そういうの」

「…本人から聴くな、ってこと?」


「違う。誰からでも。

 …知ろうとしちゃいけないと思うの」


「…どうして、そう思うんだ?」

「夫婦のことだから。…夫婦のことってさ、外からじゃ絶対わからないと思う」


…麻紀の言いたいことは良く分かった。だからこそ俺は、麻紀に相談したのだろうし。


「そうかもしれないけど、だからってなにも動かないっていうのは…」

「変に動いて、当事者たち…亜希子とトモさんに変な影響与えたりとかだってありえるでしょ?…マッキーだって…」

「…俺が、なんだ?」

「…なんでもない。ただ、あたしはあんまり賛成できない。今回のことに対して──特に、マッキーが関与することについて」

「なんで俺が関与するのはダメなんだ?」


…しばらく無音になった。

麻紀はその間、手元のグラスワインをずっと眺めていて、俺はその、彼女の長い睫毛を眺めていた。


「…色んな人の想いが、色んな人の方向に、色々と引っ張られそうだから 」

ふと、麻紀はそう呟いた。


「…もう少し分かりやすく言ってくれ」

「…」




麻紀は深くため息をついて、俺の方を観て言った。──今日会った中で、一番強く、はっきりした口調で。



「マッキ―さ、亜希子のこと好きだったでしょ?…で、きっと、…今も」






◇ ◇ ◇



「…なんでそう思ったんだ?」



「視てれば判るよ…

 一時期、しょっちゅうあたし達一緒にいたじゃん。

 …今日話してて、また感じたよ。

 マッキーは、いまだに亜希子のこと好きなんだって」



「何言っているんだ、全然違うよ」という風に言えばよかったのかもしれない。でも、その言葉はいつまで経っても俺の口からは出てこなかった。…口に出すことが出来なかった。


「…あのさ、トモさんとの先週の電話で、亜希子とランチの約束をしたことを話したら、トモさんの様子が少しおかしくなったって言ったよね。さっき」

「ああ」


「それ、トモさんが最近になってようやく感づいたからだと思うんだよね。マッキーが亜希子のこと好きなんじゃないかって」


「…そんなわけないだろう、いくらなんでも、それはないよ」

「なんでそう思えるの?…あたしは逆に、いつも思っていた。『なんでトモさんはマッキ―の亜希子への気持ち、ずっと気付かないんだろう?』って。…だから、マッキーからそのトモさんとの電話の話を聴いて、『ああ、トモさん、気付いたんだな』って思った」


「…」

──何も言えなかった。まさか…いや…


「トモさんが何で気付いたのかは判らない。…いや、もしかしたらまだ気付いていないかもしれない。でも、そうだとしても、このまま行けば、絶対気付かれるよ」


──麻紀から言われなくても、本当は分かっていたんじゃないか?

…ふと、そんな自問が心の奥底から湧いてくる。



「…今回の件は…私たちがあまり入るべきじゃないと思う。トモさんと、亜希子が──、夫婦ふたりが、2人の力で解決しなきゃいけないんだよ。きっと」


──そのことも正論だと思ったし、…分かっていたのかもしれない。…でも、そうなってほしくないという考えが、俺の中にあったんじゃないのか?



「ねえ、マッキーは、何がしたいの?…ふたりがもっと幸せな夫婦になれるようにしたいの?…それとも──」


──それとも…なんだ?俺は、何をしようとしてた?亜希子を、助けて…それが智也からの依頼でもあって──



「──あたし達さ、…4人でよく遊んでたよね?…何のあてもなく集まっては、色々話し合ったよね?くだらないことも、大事なことも──

 

 ──あたしは、あの時の記憶は、とても大切なものだと思っている。

 だから、あたしは、その記憶を一緒に作ってくれた皆が今困っているんだったら、どんな協力だってしたいと思ってる。…でも──

 マッキーは、どう思ってるの?」


俺は───





◇ ◇ ◇



…気付いたときに、麻紀の切なげな表情が、目の前にあった。


ショットバーのカウンターの端に並んで座ったままの状態で、 麻紀は俺の目の奥から何かを探るかのように、必死になって、じっと見つめていた。



麻紀は、俺の返事を待っていた。俺は、それに応えなくてはいけなかった。



「……マッキー?」


──だけど俺は、返答の代わりに、潤いを見出してしまった。



  麻紀の瞳から、それを見つけてしまった。





それは、とても──抗いがたい程、魅惑的で──






だから、

俺は、


麻紀に、口づけをした。







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