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40歳からのライトノベル   作者: あむりだ
12/12

Story12 光をしっかりと、充てること







「…相変わらず全体的にちょっと雰囲気が暗いですねぇ。もうちょっと明るいテンポを出せませんかね?」

ピンクメガネは俺の原稿を観ながらそう言った。


──年明け初回のワークカラットの会議はピンクメガネと俺の2人だった。…タナベカスミは他の業務の都合で参加できなくなったらしい。「よろしくお伝えください」と言ってましたよ、とピンクメガネは伝えてくれた。


「…そうですね。すみません。もう少し、書き直してみます」


「ええ。お願いします。…あ、そうだ。牧瀬さんの物語世界観のラフイラストが届きましたよ」

そう言って、ピンクメガネは手元の資料からA4のイラスト画像をテーブルに置いた。


──都会の街の風景だ。まだ色は塗られていなかったが、細部まで線が細かく描かれていて、その線一つ一つが時間をかけて丁寧に引かれているような、重みのある画だった。

…そこには、東京都心部で良く見られるような大通りの街の風景が、通りの遥か先を見据えるような視点で広がっていた。──日常で目にする現実の風景と違うのは、その街並み…建物も道も、人の気配はなく、風化して荒廃しているということだ。ビルの窓の大半は割れていて、入り口のドアの多くは破壊されている。車道や歩道に敷かれたアスファルトにはひびが入っていて、その隙間からは雑草が生い茂っていた。道路のところどころ無人の自動車が心許なく配置されていた。夜の街を描いているらしく、それら建物や道路、自動車には濃い影が線で塗られていた。そして、明るく光が照らされている箇所はどこにも無かった。



──暗いな…

イラストを見て、そう思った。


救いのない暗さ。…でも、なぜかその暗さに一種の居心地の良さのような、落ち着きを感じる。──まるで、今の俺の生活のように。



「これ、田辺が描いたんですよ」

ピンクメガネが言った。


「…え?」

タナベカスミの、遠慮気味に俯いたた表情が頭をよぎる。


「彼女、イラストレーターだったんですか?」

「いや、彼女の役割はディレクターです。メインのグラフィッカーは別に居ますよ。…まあ、ビジュアルイメージの当たりを付けるところまでを、田辺がやってるって感じですかね」


「すごいですね。ディレクターの方がここまでイラスト描けるなんて」

…俺が今まで見てきたディレクターでは居なかったタイプだ。


「まあ、変わったやつですよ、あいつは。もう少しディレクター業務に専念すべきじゃないかとは、個人的に思ってますけどね。クリエイターが手作業に入ると、延々とやり続けちゃいますからね。…だから、ゲーム制作みたいに何人もクリエイターを抱える業務ではディレクターみたいな役割を持った人間が必要になるんです。…でも」

ピンクメガネは俺の目を覗き込むようにして、続けた。


「今回の案件については、田辺もいつもより熱を入れ方が違うようですね。前からもとてもまじめにコツコツやるタイプだったんですが、今回はなんというか…『何としてでも成功させよう』という意気込みがとても強い」

「…どうしてでしょう?」


「…さあ。このまえちょっと聞いてみたんですけどね。なんせああいうタイプだから、なかなか自分の本心を言ってこないんですよ。でもまあとにかく、牧瀬さんのシナリオを楽しみにしてるっていうのは少なからずあるでしょう。このイラストだって、彼女この前の連休中に自宅で描いてきたようですし」


「…そうだったんですか」


「…蒸し返すようで恐縮ですが、私からするとテーマは近未来物よりも、もっとファンタジーテイストにして欲しいところだったんですけどね。近未来物ってどうしてもユーザーを選びますから」


「…まあ、そうでしょうね」

…そう、結局俺は、前回提出してピンクメガネから沢山ダメ出しされたはずのプロットから大きな変更なく、ライトノベルストーリーを書くことに決めた。──理由は簡単だ。それ以外のプロットがどうしても思いつかなかったから。それは、俺自身の偏狭さと、不器用で柔軟な対応がいかに不得意かを物語っていた。「もしかしたら、契約解除されるかもしれない」という不安はもちろんあったが、なぜかピンクメガネはそこにあまり拘らず、こうやって会議の場を設けて進行を続けてくれている。


「近未来の物語って、ユートピアに代表されるような明るい未来と、ディストピア系の暗い未来に分かれますけど、牧瀬さんのは間違いなく暗い未来、ですよね。勿論、暗い未来だからと言って、希望が無い訳じゃない。逆説的な話ですが、人は暗いところにいた方が明るいところを見出しやすくなります。真っ暗な世界に一か所光があったらそりゃ目立ちますからね」


…ピンクメガネはいつものように饒舌だ。でも、前回会ったとき同様、彼の表情には疲労が色濃く出ている。相変わらず、徹夜の続くような生活を続けているのだろうか。




「…光を。光をしっかり当ててください」




「…は?」

「…あなたの物語には、まだ強い光がない。だから、まだまだ重いんです。とっても。──きっと田辺はそれを見出したくて、ラフイラストを描いてきたのではないでしょうかね」


「…」

「私も、それを求めています。…そして、間違いなく、ユーザーも。──『ライトノベル』っていうのは、何も能天気に明るいものじゃなくてはいけない、なんてことはありません。でも、重いままじゃいけない。重いままだと、心の隙間に入ってこないんです、ユーザーの。…あ、前回もお話ししましたよね。こういうこと」


──俺が描いている世界は、まだまだユーザーが「ココロの隙間に入れ込みたい」と思えるものではない、ということか。…たしかに、そうかもしれない。


「…ま、作品は作者の鏡です。牧瀬さんの描く世界は確かに奥深いかもしれない。でも、人を惹きつける強い希望という光があまりにも欠けてるんですよね。──…もっと光を見出さなきゃいけないと思うんですよね、恐らく」


──彼は今、作品の話をしているんだろうか。それとも、俺自身のことを言っているんだろうか。もしくは、その両方…かもしれない。


「…ま、なんにせよ、会議はこれでそろそろ切り上げますか。…もう1時間経ってますからね。──次の原稿のデータ提出日は明後日でしたかね?楽しみにしてます」

そう言って、ピンクメガネは俺に笑顔を創った後、すぐに難しい顔に戻り書類を纏め(──その中には、タナベカスミの描いた都会のイラストも入っていた) 、会議室を発つ準備をしだした。





◇ ◇ ◇



────────────────────────

株式会社ワークカラット様

暁のフォーサイト・ドリーム 序章

             2017/1/13 牧瀬 尚樹

………………………………………………………………



今、僕らの眼前に広がるのは、荒廃した夜の都市。


この地域に人はいない。街灯の明かりもない。


──機械の支配する地域。




この世界では、機械はリジェクテッドと呼ばれている。




Rejectedリジェクテッド=排除する。却下する。



リジェクテッド(機械)は僕らを『排除』する。人工知能(AI)が高度に発展したコンピュータは、僕ら人間との共存を『却下』した。


そして僕ら人間は、リジェクテッド(機械)に制圧された都市部を囲むように、郊外に点在して生存している。リジェクテッド(機械)は今のところ、彼ら自身の活動圏をこれ以上拡大しようとはしていない。彼らが自分たちの社会を「存続」させるために、物質的な面積の大きさは必要としていないからだ。

だけど、彼らは定期的に人間を襲う。──リジェクテッド(機械)は、自分たちの存続のためには、人間を知ることが必要と考えている。…主に人間の脳(知識、記憶、感情)を識る為に。そして、リジェクテッド(機械)は、人のそれ(脳)を、採取する。



──この世界がなんでこうなったのかは、僕は知らない。…そういうことを考えたり話し合う間もなく、時間は飛ぶように過ぎていくから。それくらい、僕らのやることは本当にたくさんある。




………………Θ………………Θ………………



「…おい快斗かいと、今日はもう戻ろうぜ。…疲れた 」


僕と一緒に巡回パトロールに回る拓也たくやは僕の方に手をかけて、そう言った。…確かに拓也は疲労がかなり溜まっていそうだ。僕と違って拓也は総重量20kgくらいの荷電粒子砲を掲げながら歩いているから。──正直、僕も疲れてる。もう戻りたい。アジトに戻ってストーブにあたりながら、亜子あこの作ったシチューを飲んで温まりたい。そしてそのまま毛布にくるまって寝たい。…なんせ、今日は雪が降りそうなくらい寒い夜で、時刻はもう20時を過ぎていて、僕らはもう巡回に出て10時間以上経っていた。


「…ああ、僕もそうしたいところだけどさ」

「だろ?…こんだけ探したんだからさ。もう居ないんだって、きっと。このあたりで目撃したってのもデマなんじゃないの」

「そうかもしれない」

「だろ?」

「…でも、そうじゃないかもしれない」

…さっきから何かを感じていた。…少しだけ、この付近に音の波紋を創りだしている、何か。


「…もし居たとしたら、きっと」

僕は声を潜めながら拓也に話し続ける。

「…近いうちに僕らの仲間が何人も、リジェクトされる(殺される) ことになるだろうね」

「──わかったよ。…でもあと1時間だ。…それ以上はムリ。もう限界ですからね、俺は」

「いや。あと30分だね。30分で帰れる」

僕は少し先にある、大通りから路地へと入る角のほうに目を凝らしながら言う。


「…居たのか?」


僕が拓也に会話を制するように素早くジェスチャーすると同時に、路地の角から巨大ゴキブリのような形をした黒い鉄の塊、捕食用ロボット(イーター) の頭部が見えた。


「…音が静かだね。それに、たぶん単独行動だ」

「あいつら、このあたりまで行動範囲広げてたのか…」


数年前から少しずつ、僕ら人間の居住エリアは都心部から郊外へと追いやられている。そして、それを追うような形で捕食用ロボット(イーター) は新たな採取元を求めて、ゆっくりと僕らのほうへと行動範囲を広げてくる。

捕食用ロボット(イーター)は、標的と定めた人間をその場で解体しながら、情報をインプットしていく。その様子は、本当に人間を食べているかのように。捕食用ロボット(イーター)が人間を食べるところを見た人たちは大抵、その残酷さに精神が壊れる。…そして、精神が壊れなかった、僕や拓也みたいなやや危篤な人間は、捕食用ロボット(イーター)を退治するための戦士になる。


「…っていうか、デカくないか?あれ」

「新型かもしれないな」


イーターの顔部は汚れていない。…まだ人を喰っていないということだろう。


「早めに片付けよう」

僕はそう言いながら、ベルトにかけていたレーザーブレードを取り出し、パワーを入れた。ヴォンという音がした後、ブレードが震え出す。…イーターはまだこちらに気付いていない。


「…ああ、頼むぜ」

拓也は荷電粒子砲を掲げてイーターに狙いを定める。赤外線の細い赤い糸が粒子砲と大型のゴキブリ機械を結んだとき、そいつは大きな音を軋ませた直後、その節足の機械を高速で稼働させ始めた。…こちらに気付いたのだ。

イーターは電動ドリルのような音を出しながら、急接近してくる。


「早!!…だ、大丈夫かよ、おい!!!」


「問題ない」

僕はそう言うと、イーターに向かって走り出す。(…距離はまだ30mくらいかな)と判断した直後には、もう僕とイーターの距離は2mまで縮まっていた。…確かに速い。


イーターの捕獲用の触手が僕を捉える。僕はその触手をレーザーブレードで薙ぎ払った。イーターに力勝負をしてはいけない。人間の力じゃ絶対に勝てないから。だから僕はイーターの次の動きを予測して、攻撃を躱す。…躱しながら、少しずつイーターにレーザーブレードの傷を創っていく。…傷は浅くても良い。でも、最低でも3~4か所は必要だ。…でないと、そのままでは彼らに荷電粒子砲が効かない。


僕はイーターが攻撃する動作が読める。なぜ僕にそんな能力があるのかは解らない。…感じることが出来るのだ。こうやって矢面に立って、イーターからの攻撃を避けながら彼らに逆に攻撃を重ねていくのは僕の役目だ。レーザーブレードはとても強力だけど電力消費がとても早いので、3分しか持たない。だから、こうして接近して攻撃してくるタイプのイーターは逆にありがたい。それだけ、3分の間でこちらからも攻撃できる機会が増えるからだ。


「…あと一か所」


僕はイーターの不気味な顔面に標準を定める。…次のイーターの攻撃を躱した後に、懐に潜りこまなければ。


予想通りイーターが僕を両側から挟むように触手を広げ勢いよく刈り取ってきたところを、すれすれのところで躱して僕はイーターの眼部まで飛び込んだ。



…漆黒の複眼が僕の目と鼻の先にある。僕はその目の一つに渾身の力を入れてレーザーブレードを突き刺し、すぐに抜き取った。…これで完了。あとは、拓也の粒子砲の巻き添えを食わないようにイーターから離れないといけない。…大丈夫、何度もやってきたことだ。今回だって出来る。問題ない。…僕は自分にそう言い聞かせながら、イーターから間合いを取り始める。…それから1m離れる間に、僕はイーターからの46回の攻撃を躱した。



イーターとの距離が2mになったタイミングで、突如イーターに大きな衝撃が当たり、──僕の視界から消えた。



「…いつもながら、冷や冷やするよ、ったく」


砲撃した後に出る、淡い電流の光の残滓をまとった粒子砲を降ろしながら、拓也はそう僕に話しかけた。──拓也の放ったt粒子砲を、モロに受けたイーターは僕らの背後5m先で、凄まじい臭気──電流の乾いた匂いと鉄と回路と薬液が焼け焦げた匂いが混ざった、あまりにも非生物的で、数秒と嗅いでいられないような臭いをまき散らしながら、動きを止めていた。…外観には僕がレーザーブレードで付けた傷以外に大きな損傷は見られないが、この匂いだったら、間違いなく内部はぐちゃぐちゃに破壊されてる。


「お疲れ、任務完了だな」

「…一刻も早く帰ろう。もう限界だ。疲れも、この匂いも」

拓也はちょっと不機嫌そうに言う。




………………Θ………………Θ………………



「…これでしばらくは、平穏な日が続くと良いんだけど」

亜子あこは僕の髪を優しくなでながら、そう言った。




──アジト本部に戻った僕と拓也は、仲間たちにイーターを発見し撃破した経緯を説明した。何人かは僕らの功績を称えてくれて、何人かはイーターの侵攻やリジェクテッドの存在を脅威に感じ、すぐにでも対策を打つべきだと興奮気味に主張した。「…とにかく、明日また話そうよ。今日はもう疲れたから、俺ら」拓也がそう言うと、仲間たちも確かにそうだと同意してくれて、僕らは、早々に本部の集会所を出ることができた。


 亜子の待つ居住スペースに戻って、ストーヴにあたりながら亜子の薄味だけど美味しいシチューを飲みながらしばらく寛いでいたとき、「俺、1時間ほど散歩してくるわ」と言って拓也は外に出ていった。…拓也は最近、いつも夕食を食べた後そう言って外に出る。そして、その間、僕は亜子の膝枕に頭を載せながら、ゆっくりと今日あったことを話すのが、日課になっている。




「…どうだろうな。最近は2~3日に一遍は、イーターの目撃情報が来るからね」

「ねえ。本当に無理しないで。…なにも、快斗たちだけが危険な目に合う必要はないんだし」


…亜子は少しだけ、不満そうな声を出す。


「僕らはこれしか出来ることないからさ。その分、他のことでは皆に助けられてる」

「…助けられてる、って例えば?」


「…例えば、こうやって、美味しいシチューにありつけたり、柔らかい膝枕で横になれたり」

…僕は、亜子の頬に手を伸ばした。

亜子はその手を両手で握り返し、握ったまま、そっと僕の胸元に手を返す。


「…明日は、どんな予定?」

亜子は優しく訊いてくる。


「…明日は…そうだな、やることはいっぱい…」

暫らくは、巡回パトロールを強化しないといけないし、他にも頼まれている仕事はたくさんある。



「たまには、ゆっくり休んで、やりたいことをやればいいのに」

…僕のやりたいことって?…眠さでぼやけてくる頭に意識を集中しようと、僕は考える。





「ねえ…快斗は、どうしたいの?…」



亜子の吐息が、僕の前髪に掛かった。



…亜子。僕は、眠りたくないんだ。



このまま眠らずに、亜子ともっと話をしていたい。




…でも、もう時間が来たみたいだ。




…大丈夫。少ししたら、またこうやって、一緒に…







………………Φ………………Φ ………………



そして、現代の僕は、目を醒ます。



────────────────────────





◇ ◇ ◇


「…すみませんでした。今日会議に参加できず」



──夕方、タナベカスミから電話が掛かってきた。



「いや、大丈夫だよ。わざわざそのために電話してくれたの?」


「…ええ。あと…」


…しばらく電話口が無言になった。


「…もしもし?」

不安になって俺は問いかける。


「あ…ごめんなさい。聴こえています。…あの、良かったら、次の土曜日、近所の喫茶店でミーティングしませんか?…牧瀬さんと、私で」







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