見学会とその展望
「ゼン、お主あのようなことまで隠しておったのか?」
「何がですか?」
ヴァルゲンさんを連れて、羊を飼っている厩舎に案内している途中にヴァルゲンさんはお見通しだとでも言うように得意そうな顔で話しかけてきた。俺はその顔に疑問符を浮かべながら聞き返す。
「そうですよ。ゼン卿、まさに職人の栄誉ですぞっ」
ヴァルゲンさんと俺の一歩後ろに歩いていたリザルールさんは興奮した様子で身を乗り出すようにこちらに顔を覗かせて、そう言葉に表す。
俺の横に居たトルエスさんも不思議そうな顔だ。
「何か隠してましたっけ?」
俺はトルエスさんと顔を合わせながら確認する。
「いや、別にないと思うが?」
「しらばっくれおって。アフロ―ディア一座の服を作っておるのだろう?ラミグラスが自慢しておったぞ」
その言葉で納得してしまった。最近はそちらよりも紡績機の改良や糸の製糸にかかりっきりになって、リアさん達の衣装をついでのように感じていたのだ。ついでとは何と失礼な言葉だろう。正確に言うともはやリアさんの衣装は純粋なプレゼントのように思っていた。何だか紡績機の発明が印象深くて、最初の計画を既に忘れている。人は忘れやすいものだと思いながらも疑問が氷解したので納得しつつも答える。
「そうですね。俺の入学の時期とリアさん達が王都に巡業来る時期が偶々同じだったので贈ろうと思ってたんですよ」
俺がそんな風に言うとヴァルゲンさんが呆れたように声を上げる。
「まだ言うか。王都でアフロ―ディアがその衣装を着れば間違いなく風評が広がる。それにお主のトルイも着るのであろう?あの二人が着て王都を歩けば飛ぶように売れるの間違いはなかろう」
リザルールさんはヴァルゲンさんの言葉に何度も頷き同意する。
「まさに職人の名誉!アフロ―ディア一座の衣装はすべて吟遊詩人組合が王都の一流職人を使って用意します。その衣装は少なくとも金貨十枚の価値はあり、すぐさま流行を起こします。我らも一度は作ってみたいと思っておりましたよ!あのラミグラス氏が羨ましい」
心底悔しそうにリザルールさんは言った。
金貨十枚とは凄いな。つまりあのデザインを起こして、服を作ればそれが全て金貨十枚となるのか・・・。
え?一体幾ら儲かるんだろう?
あれは大量生産して金貨四枚ぐらいで売れれば御の字だぐらいのつもりだったんだけど・・・それ以前にそのことを何故トルエスさんは知らない?
俺は少し責めるような目でトルエスさんを見る。
「トルエスさん、金貨十枚の価値なんて知らなかったんですけど」
「いや、売れるのは知っていたが、値段までは知らん。というか平民の俺が上流貴族が着るような金貨十枚以上の服なんて買えるわけないだろうが」
トルエスさんは責められるのを迷惑だとばかりに不機嫌そうに言った。
俺たちの会話を聞いていたリザルールさんが我慢しきれなくなって急いた様子で尋ねる。
「やはりこの領地で衣装を作るのですかな?ちなみに・・・それはゼン卿が売るので?」
リザルールさんの言いたいことが、顔を見ずともよく分かった。目を閉じててもどんな顔をしているのか分かってしまう。
一枚噛ませろということですね?暗にこの領地の商人だけでは捌ききれませんよと言いたいのかな?
俺はわざとらしく飛びっ切りの笑顔でリザルールさんとヴァルゲンさんに顔を向けて、ゆっくりと話す。なるべく笑顔以外が出ないように細心の注意をしつつ、相手の心を揺さぶるように間を小刻みに開けて、ちゃんと聞こえるように。
「ええ。ですが、もちろん先ほどの俺が言ったことが現実化すればお任せする可能性もありますよ。大量生産して、値段を下げればもっと売れそうですねぇ。まあウチだけでは無理でしょうけど」
「・・・」
リザルールさんは凄い真剣な顔でヴァルゲンさんを見つめる。珍しく若干ヴァルゲンさんが押されていた。
「ぐぉほん!ん・・・着いたのではないか?」
ヴァルゲンさんはそのリザルールさんの目線から逃れるためワザとらしく咳をしてそう言った。
羊の厩舎小屋は村の外にある。トックハイ村に元々あった厩舎の柵の後ろに五百匹入れる大きな厩舎だ。村の中の厩舎と羊の厩舎は繋がっており、木のドアを開ければ何かあったときでも羊を中に入れられるようになっていた。魔物や家畜を襲う獣対策のためだ。厩舎には毎晩一人は見張りとして立っているので出産や病気といった何かあったときにドアが便利なのだ。一々、村の門を回り込まなくていい。
ドアは動物臭い厩舎を通るので今回はヴァルゲンさんに配慮して、村の門を抜けて羊厩舎に来ている。
今は羊毛の刈り取りの時期なので厩舎から毛を刈り取る羊を出して、たくさんの人達が大きなハサミを使って羊の毛を刈り取る。一人が羊を抑えて、もう一人が素早くハサミをチョキチョキと入れて切り取り、終わるとペロッとバナナの皮のように毛が捲れて刈り取られる。熟練の人だともの凄い早い。トスカ村のテレサさんやグレンダ、メリスンさんも刈り取りにかり出されて手伝っていた。俺が手を上げると皆が作業を止めて挨拶をする。
500頭もいればその羊の声も非常に五月蠅くて、あまり会話にならない。あちこちでメェメェ言っている。
この羊の群れを見せたかったのはヴァルゲンさんではなくてリザルールさんだ。彼は毛織物職人組合長だけあって、その羊を見れば一瞬で糸の品質がわかる。今後の取引をする商品がどの程度の物になるかを伝えたかったのだ。
俺がヴァルゲンさんやトルエスさんと呑気に会話している場所から離れてリザルールさんが羊飼いの方へ行って羊の品種と成長や健康状態を確認して頷きながら会話をしていた。
俺達はそれをのんびり見ながら彼が納得するまで待った。
三十分ほど羊の厩舎にいて、次は縮絨と染色をしている川の方に行く。川は厩舎と反対なので行ったり来たりする形なのだが、ちょっと考えていることもあるのでヴァルゲンさんたちには旅で疲れているところ悪いが、頑張ってもらおう。
そのまま馬でも使おうかとも思ったが、天気もいいし折角領地に来てもらっているんだから景色でも楽しんでもらおうと散歩がてら毛織物の話やオークザラムの出来事といった会話で盛り上がりつつ、小麦がさわさわとさざ波のように波打ち風になびき、壮麗なアラフェト山脈が青い空に吸い込まれそうになっている光景を楽しみ、水車小屋を越えて村からちょっと離れた縮絨と染色場所に着いた。
縮絨は水をたくさん使うのと、その廃液が汚いので染色と交互に行われる。
今日は縮絨の日だ。まず縮絨は、綺麗な水を汲み、レンガで作った簡単なかまどで火を熾し、大鍋に織物を温めのお湯に浸す。油分や汚れが落ちて三十分ぐらい浸したら、今度は木灰の灰汁を入れて揉んでいると毛織物の表面が締まり、ふっくら起毛する。あとはそれを一日乾かせばできあがり、荷物を荷車に積み込んで村に帰り、次の日に染色作業をまたここで行う。染色作業は夏場はいいが、冬場は地獄だ。川の冷たい水に手を入れて脳髄がキーンと痛くなるほど冷える。そのときにレンガのかまどは暖をとるために役に立つ。
逆に縮絨作業は比較的楽だ。夏場は少し暑いが、冬は温かいお湯に手を入れてお喋りをしながら楽しく作業が出来る。まあ、揉むのがかなり重労働で一日中していると腕がパンパンに張ったりするのだが。今は、火を熾したりする人や揉んでいる人、桶に水を汲み運ぶ子供達がこちらに気づいて嬉しそうに挨拶をする。
まあ、この風景はヴァルゲンさんもリザルールさんも見慣れているだろうが、一つ違うのはその量が半端ではないことぐらいか。あちらこちらにレンガが積まれて、村中の大鍋を借りて縮絨をしている。たかだか400人規模の村では考えられない量の織物が縮絨している光景は実に楽しそうに見える。
ここではトックハイ村の革職人がリーダーをして仕切られているのでリザルールさんに彼を紹介して、二人は何やら話し出した。
毛皮などの革製品には裏地に羊毛を使うので縮絨や染色といった作業がある。彼はそれを家業にしているのでこの村で一番詳しい。任せればいいのだ。
作業をしている人達がかまどで入れてくれた香木茶をヴァルゲンさん達と飲みながらリザルールさんの話が終わるのを待つ。これも三十分ほどで彼が戻る。
さあ、最後の場所に向かおう。そろそろ夕方になった。
太陽が西に落ちてきてから橙色に変わり、その西の果てでは薄い雲が伸びている。何処までも広がる広大な丘陵とアラフェト山脈、川幅はそこまでないがそこそこ流れの速い川のせせらぎが静かに耳を打ち、風が髪をかき分けて通り過ぎていく。通り過ぎた後ろでは小麦が重そうに稲穂を垂らして揺れ、穏やかな音を奏でている。
俺はヴァルゲンさん達と最後の場所に着くと、ここですとその場所を示す。その示した先をヴァルゲンさんとリザルールさんが見て首を傾げる。不思議そうにそれを見てはいるが、こちらに顔を向けると俺が何を言うのか少し楽しそうにしている。
「ただの粉ひき水車小屋のようだが?」
ヴァルゲンさんはワクワクとした表情で、好奇心旺盛な子供のように聞いてくる。
ガコンガコンと音を立てる小さな水車小屋は使い古されて土壁には隙間が開き、その周りには雑草が生えている。どこにでもある村の見窄らしい水車小屋だった。
俺はその様子にちょっと笑いながらも答えを言う。
「はい、ただの水車小屋です。ですが、この領地を発展させる可能性が秘められています」
「ほう。あの機械を作ったお主がそういうのだからそれは間違いないのだろうな。で?どのようにするのだ?」
そんなヴァルゲンさんの信頼を心地よく感じ、俺は水車小屋に身体を向けて、自分が考えている考えを彼に伝える。
「まだ考えの段階ですが、俺は今日ご覧に入れた糸紡ぎの機械を人ではなく、あの水車に任せようと思います」
「・・・それは更に凄いですな」
俺の考えを聞いたリザルールさんが息を飲みながらそう感嘆の声を漏らす。俺はその声でヴァルゲンさん達の方を向く。
ヴァルゲンさんは腕を組んで考えていて、俺が振り向いたのを見ると顎をしゃくって続きを促した。
「それだけじゃないです。縮城工程と粗糸作りの工程にも全部水車を使います。水力縮絨機はすでに王都やクリューベにはあります。粗糸の工程では水力ハンマーの原理を応用すれば可能です。全て水車の動力を使って自動化します。この川がこれからの織物産業を変えます。ここに砂金が眠っているんです。俺はこれからその砂金を掘り起こします。護岸工事をして、川の流れを水門で管理し、その水門の上げ下げで流れを調節すれば安定した水力を生み出す事が可能となります。安定した水力糸紡ぎ機は均質な糸の大量生産が可能です。大量の糸と自動化された作業は織物の品質を高め、大量の織物は世界中のあらゆる場所を巡り、それを手にした誰もが俺たちの家名を知ります。世界中にリーンフェルトの家名が轟きます。ほらとっても魅力的な砂金でしょう?でも・・・残念ながら俺一人ではその砂金を掘り起こす力が足りません。誰か信用できる人の手が借りたいんです」
俺は長い言葉をゆっくりと、嬉しそうにしたり悲しそうな演技をして感情を込めて彼らに伝える。
その話をヴァルゲンさんもリザルールさんも、そしてトルエスさんも真剣に聞いている。難しい顔をしている。
俺はそのちょっと困ってしまう雰囲気を取り繕うように言葉をひねり出す。
「まあこれは俺だけの妄想ですし、ゆっくりと―――」
「いや、ワシも手伝おう。我が領地と友のため、ワシは全力でそれを・・・いや違うな。そんな楽しそうなことを一人でするなどずるいわ!ワシも混ぜろ」
ガキ大将のようなことを言ってヴァルゲンさんがニカリと歯を見せて笑う。
リザルールさんも頷いて口を開く。
「我が組合も混ぜていただきたい。そのような夢のある話をこの歳で聞かされる身にもなってください。これでは気になって死ぬに死にきれませんぞ」
リザルールさんも清々しい笑みで笑った。
隣のトルエスさんは一人ため息をついて口を開く。
「はぁ・・・。まだ領主様に相談もしてないんだがな。まっ、ここはその内ゼンの物になる。好きにしたらいいんじゃないか?トルイの説得は俺がするから気の済むまでしてみろ」
「皆様ありがとうございます!」
俺は深く頭を下げて三人に感謝をする。
一日でえらく話が進んだような気もするが、人生ってそんなもんだろう。
こうして初めての見学会は成功を納めて、俺たちは村に足を向けて歩き出す。
その後ろでは川のせせらぎとともに、いつまでも水車がガコンガコンと音を立てて静かに俺たちを見送りながら回っていた。




