あの日の意趣返し
「お久しぶりです、ヴァルゲンさん。来てくれて嬉しいんですけど・・・こう言うのって来る前に使者とか出すんじゃないんですか?」
俺は歓迎と言うよりも愚痴をこぼすようにため息交じりでそう言った。
ヴァルゲンさんは闊達と笑いながらよく通る声で話しだす。
「何を言っておる?お主とワシの間にそのような他人行儀なもんはいらん。それに書いておったではないか。手紙に来てくれとな」
「いや、全く逆の事を書いたんですけどね・・・」
俺が書いたのは『製糸の新しい方法を見つけたんです。だけど来ても秘密は言いませんからね』だ。
来ても秘密は言わないと言ったのに・・・。
「グハッハハハハ。あれはワシにとって来いと同じ事だ」
「来てしまったものはしょうがないですね。ちなみにそちらの方は?」
俺はヴァルゲンさんの笑いを流して、ヴァルゲンさんの隣まで来ていた初老の男性を見ながら言った。
歳はヴァルゲンさんぐらいで、白髪を綺麗に香油でなでつけて髪を後ろに流し、細長の人の良さそうな顔と口髭でどこかの気のいい商人のような顔。服は首元までぴったりと覆う細くて光沢のある糸のシャツと深い黒の薄手のジャケット、それと同じ半ズボンに足に張り付くような白い靴下と泥がついてはいるが品の良い革靴。
かなり身なりのいい紳士で上流市民のようだった。
ヴァルゲンさんは俺の目線をたどるようにその初老の紳士を見ると手を向ける仕草で彼を俺に紹介する。
「おお、そうであった。こちらはお主も名前は知っておろう。オークザラムの毛織職人組合長リザルールだ」
「初めましてゼン卿。ヘルムート卿からご紹介にあずかりましたリザルールでございます。去年はご丁寧なお手紙と質の良い商品をありがとうございます」
リザルールさんは優雅な一礼をしながら自己紹介をする。
「初めまして。こちらこそ良い取引をありがとうございました。私がリーンフェルト領の代理領主ゼン・リーンフェルトです」
俺も頭を下げつつ礼をして言った。
俺たちが互いに自己紹介し終わるとヴァルゲンさんが頷き、好奇心たっぷりに声を上げる。
「うむ。此度の手紙は衝撃的だったからな。あれだけ生産量を急激に上げる秘密をリザルールと共に知りに来たのだ」
俺はその好奇心に溢れた言葉を聞き流して、ヴァルゲンさんに向けて疑いの目を配りながら少し声を低くして聞く。
「ヴァルゲンさん。大変失礼なのですが、こちらのリザルールさんは信用できますか?」
俺の言葉にリザルールさんは少し驚いた顔で俺を見た。
ヴァルゲンさんは笑っていた顔をすぐさま真面目にして答える。
「お主の心配ももっともだな。安心しろ。リザルールは真面目と人の良さで組合長になったのだ。易々と口外はしないとワシが保障しよう」
「わかりました。尊敬する友であるヴァルゲンさんがそこまで言うのですから信じましょう。すみませんリザルールさん。今回のことは我が領地の利益に関わってきますのでお許しください」
俺はヴァルゲンさんに向けていた目をリザルールさんに運び頭を下げて謝った。
「いえいえ。とんでもございません。お手紙の内容からもしそれが可能ならばゼン卿のご心配は無理もありません。こちらこそ、ご承認も得ずに来てしまい申し訳ありません」
「だな。よし、これで心配事はなくなったな?」
頭を下げているリザルールさんの横でヴァルゲンさんは妙に納得したような顔をしてそう言った。
俺はそのヴァルゲンさんに向けて訝しげな目線を送りながら皮肉を言う。
「今一番の心配事は、ヴァルゲンさんなんですけどね。俺にとっては」
「グハハハハ、お主も言うようになったな!」
俺の皮肉を吹き飛ばして嬉しそうにヴァルゲンさんが豪快に笑う。
その横でリザルールさんは感心したような顔を俺に向けていた。
俺は彼に向かって首を傾げながら聞く。
「どうかしましたか?」
「いえ、本当にヘルムート卿と友誼を交わしたのですね。こんな風に笑う閣下は最近あまり見ないものでして・・・」
「成り行きで仕方なくです」
「何を言うか、ゼン。あの時の胸の高鳴りを忘れたのか?良い試合であった。明日の朝はあの日の稽古をするぞ!うむ、それがよい。決めたからなワシは!」
「胸の高鳴りなんて言葉は最近聞き飽きましたよ。分かりました。とりあえず待っててください。母上達に話してきますから」
俺は香油たっぷりにテカテカした茶色の髪で筋肉質の女性口調の職人を思い浮かべながらため息をついてそう言った。
「わかった。待っておるから早くせよ。おっと忘れるところだった。厩舎に馬を入れても良いか?」
「ええ使ってください。ですが、他の場所には入らないでくださいね」
「承知した」
俺は軽く言葉を交わして屋敷の中に戻る。
居間の方に行くとパイを切り終わって待っていた母上とエンリエッタがこちらを見て、母上がたずねてくる。
「お客様はもういいの?」
「あー、えっと・・・ヴァルゲン・ヘルムート卿が来たので屋敷に入れたいのですがいいですか?」
「・・・・っっっ!!!」
「あらあら。それは大変ね」
母上が呑気に口を当てて驚く後ろでエンリエッタが凄い表情をしていた。声も上げずにものすごく驚いて、次の瞬間に俺を射貫くような視線で声を上げる。
「ゼン様!ヘルムート卿がいらっしゃるのなら早く教えてください!このようなことは領地を上げて歓待しなければならないのに何も準備できておりません!」
怒ると言うよりも悲痛な叫びのような声が響く。ここまで声を荒らげるエンリエッタなんて襲撃以来だ。
俺は身を引いて、気まずい思いでエンリエッタに答える。
「あ・・・いや。俺も知らなかったんだ」
「知らなかったで済ますことができる問題ではございません!奥様とゼン様は直ぐにお召し物をお替えください。私はヘルムート卿に待っていただくよう謝って参りますので」
「いや・・・。ヴァルゲンさんなら服は気にしないと思うんだけど・・・」
「だからそのような問題ではございません。これは我が領地の体面の問題です。さあ早く!」
そう言ってエンリエッタは俺たちを放り出す勢いで言う。
「それとゼン様。ブーケファロスをお借りしてもよろしいですか?後ほど私が買い出しに使いますので」
「あ、うん。どうぞ」
「ああ、このようなときにバーバルさんかアンのどちらかでもいてくれたら良かったのですが・・・」
本当に珍しくエンリエッタが愚痴をこぼす。それほど切羽詰まっているのだろう。
アンは織物を手伝うためにラミグラスさんの弟子になって今せっせと学んでいるし、バーバルさんは領地の再建やら織物産業やらで警備隊の詰め所の家事をしていた農奴がいない穴を埋めるために村にいる。つまり不在なのだ。
俺は焦るエンリエッタの後ろ姿に心の中で声援を送りながら自分の部屋へと着替えに行った。
着替えは直ぐに終わった。薄手の黒くて長いジャケットに半ズボン、長い靴下と革靴。リザルールさんと同じような格好だ。
ラミグラスさんが作ってくれた服もあるのだが、彼が作ったものは喜劇の中の王子様のように派手でケバケバしいので選ぶことが出来ない。まだ一度も袖を通したことのない服があと五着ほどある。
俺が下に降りていくとヴァルゲンさん達は応接間で香木茶を飲んで待っていた。
部屋にはヴァルゲンさんとリザルールさんの二人しかいない。
俺の分の香木茶が置かれた書斎側の椅子に座って口を開く。
「お待たせしました」
「おお、着替えていたのか。着替えずともよかったのだがな」
「エンリエッタがどうしてもと言うので」
「そうか。お主は給仕長にも恵まれておるな。あの者は礼儀も言葉も優雅で実に有能だ。どこかの子女か?」
ヴァルゲンさんは感心したように言った。
俺もエンリエッタが褒められて嬉しい。
「はい。エスカータル男爵の三女です。王宮にも勤めていたことがあるとか」
「そうか・・・エスカータル男爵か・・・。それはきっと苦労したのだろうな」
「エスカータル男爵はあまりいい噂がないのですか?」
「・・・もはやエスカータル男爵ではない。あの家の者は爵位を剥奪されておる」
俺はその言葉に驚いた。
もう男爵位がないというのは何かの犯罪をしたということだ。それも爵位をとりあげられるほどの。
そんなことはエンリエッタから聞いていない。
「詳しくは・・・いえ、エンリエッタが言ってくれる日を待ちます」
「その方が良かろう」
ヴァルゲンさんは神妙に頷いた。
「早速本題ですが、生産量の秘密については言えません」
俺は話を切り替えて、すかさずそう言い切った。
その言葉をヴァルゲンさんは何処吹く風と気にした素振りもせずに口を開く。
「ほぅ。言わぬと申すか・・・。理由を聞いてもよいか?」
ピリリと空気が緊張感を帯びて張り詰める。
やはり、こういった話し合いでは流石に貫禄あるなヴァルゲンさん。
言葉に力があって、圧迫感で言ってしまいたくなる。
俺は腹に力を入れて気合いを入れ直して口を開いた。
「理由は二つあります。一つはこの方法が我が領地の利益に直結するからです。その秘密が漏れれば生産力と資金力のある他の領地に仕事を奪われて大打撃を受けます。もう一つは、これに―――」
俺は言葉を言いながらリザルールさんの方を見て続ける。
「これによって毛織物組合で暴動が起きる可能性があるからです」
それにリザルールさんが驚いて目を見開て聞く。
「どうゆういうことですかな?ゼン卿」
ゆっくりとヴァルゲンさんとリザルールさんを交互に見て言う。
「俺が発見した方法は、紡ぎ手の仕事を奪い、そして大量生産によって織物の値崩れを起こすからです」
「ほう。それほどの自信があるのか?」
ヴァルゲンさんはじっと腰を据えて俺を見つめて言った。
「俺が今から言うことも口外しないと誓ってくれますか?」
俺は確認のために彼らに尋ねると二人とも頷いて口々に言う。
「誓おう」
「誓います」
手を少し上げて誓いの言葉を聞く。俺は少し安心しながら紡績機の性能を伝えることにした。
「まず。作業員六人で80個の糸の束を同時に紡ぐことが出来ます」
「馬鹿な!」
立ち上がって声を上げたのはリザルールさんだった。
「落ち着け、リザルール。話を最後まで聞こう」
ヴァルゲンさんは腕を組みながらリザルールさんを見ずに俺を見つめたまま言った。
信じられないという顔しているリザルールさんが座り直すのを確認して俺は続ける。
「前処理に人員を割くので実質的には20人~30人ぐらいですが・・・それでも効率は四倍近いです。作業をもっと効率化すればさらに増えるはずです」
「信じられん・・・」
呟くようにリザルールさんが声を漏らす。
「それが本当なら確かに驚異的だな。お主が秘密にしたい気持ちがよく分かる。そんなことが漏れれば一大事になろう。だが、その秘密を抱えたままこの男爵領でどうするのだ?人員も足りない、秘密を守るための警備もできないこの地でずっとやっていくつもりか?」
ヴァルゲンさんは低い声でこちらの不安を煽るように言う。
ヴァルゲンさんはこちらの問題点を正確に指摘してくる。
この辺境の男爵領でこの秘密を守り通せることが難しい上に、人員が足りないからと言って他所からの人員を入れるとさらに秘密が漏れ出る可能性が高くなってしまう。今の小さな規模で出来る限界でやっていくつもりだが、規模を大きくしたり、長い時間をかけてする場合は様々な問題が今後俺の領地に降りかかってくるだろう。
警備力も、人手も足りない。さらに男爵という職位は秘密を守りぬくための絶対に必要な権力がない。
ヴァルゲンさんが男爵領という言葉を使ったのはそれを俺に突き刺すためだ。
俺はため息をついて、肩をすくめる。
「本当にヴァルゲンさんは怖いですね。この前オークザラムに行ったときも感じてましたが、思い出しましたよ。その通りです。この領地では秘密を守れるだけの力がない」
ヴァルゲンさんは俺の言葉と仕草を見て、少し怖い顔を緩めて口を開く。
「ちゃんと分かっておるのなら安心だ。聡いお主のことだ。何か案はないのか?」
「ありますけど・・・言っときますけど急に来たヴァルゲンさん達が悪いんですからね。これは父上にもトルエスさんにも言ってないことなんで俺の独り言だとでも思ってください。友とその友が信頼する人だから言うんです」
俺は椅子に体重をかけて座り、少し投げやりに言った。
「わかっておる。ワシが悪かった。手伝えることがあるなら手伝う。言ってみろ」
「分かりました。じゃあですね。オークザラムの毛織物産業の人達をください」
「なんだと?」
ヴァルゲンさんは吃驚した様子で聞き返した。
突然来訪してきたヴァルゲンさんの驚く顔が見られて少し気が紛れる。やり返すことが出来た。
俺は少し悪い笑みを浮かべながら続ける。
「驚かせてちょっと満足できました。えっとですね。俺は糸紡ぎの機械を他の場所に移動させたくありません。これは俺たちが作った機械です。だから俺たちに権利があります。でも移動させないんだったらヴァルゲンさんのオークザラムから織物産業の人達を全員トスカ村に移住させるんです。今トスカ村は壊滅的な被害を受けて住んでいるのは農業を守るための最低限の人達です。たくさん土地が余っているんでそこに織物工場を作りましょう。それならヘルムート卿の完全な庇護下に入ったと見なされますし」
俺の言葉で呆れたようにヴァルゲンさんが口を開く。
「お主、ワシがそれを承諾すると思っておるのか?都市の住人をそっくり移住させる領主なんぞいるものか。税収入が減って、そのうえ都市の経済が落ちるではないか」
「そう言うと思ってました。でも考えてみてください。俺は織物を作ると言ったんです。作った後は何処に行きますか?貿易のために商人の手元に行きますよね?だったらオークザラムにこの領地で作った織物全てが流れるんです。その規模が大きくなればなるほどオークザラムには関税収入と貿易商人達が様々なところからやって来ます。ここではなくオークザラムに。俺はリーンフェルトで生産をして、貿易をオークザラムですればいいと思っているんです」
俺の言葉にヴァルゲンさんは真剣に考え直す。
それに追い打ちをかけるように俺は話す。
「貿易が成長すればそれを目当てに色々な人が集まって、住み始めます。それに調べてあるんですよ。オークザラムは毛織物の従事者が少ないんですよね?軍事都市なんで産業は軍人と武器商人、鍛冶屋、それに飲食業、防壁の修繕をする建築職人達が多くて、毛織物に関してはかなり比率が低いですよね?ほとんどを輸入に頼っているとか」
俺は織物業をする前にかなり調べた。トルエスさんの情報網を駆使して、オークザラムやボルス、ハスクブルと言った大都市や小さな都市や農村に至るまで。得られた情報から近隣はすべて農産業が中心。ハスクブルが流石に王都の横にあるだけあって毛織物業が盛んだが、ここからだいぶ離れているために値段が高い。
商圏がそこまで被らないのだ。
リザルールさんの手紙でも依頼する業者が少ないと書いてあったのは初めから分かっていた。それでも営業のためにあんなことを書いた。
それにオークザラムにはドゥナ川がある。あそこを使えば船で広範囲に貿易ができる。
商機があるんだ。
これは全部事前に下調べをしてトルエスさんとも何度も話し合った。
無知なのに知ったかぶりして失敗なんて二度とするか。
グググと小さくヴァルゲンさんがうめく。
「ゼン・・・お主いい性格をしておるな。ワシを丸め込もうとしておるのか?だんだん腹が立ってきたゾ」
難しい顔をして悔しそうにヴァルゲンさんが言った。
「この前はこちらがやられましたからね。少しは恩返ししないとこちらの気持ちが収まりませんよ。それにいい話だと思いますよ?父上達には話通してないですけどね」
俺たちの会話に息を飲みながらリザルールさんはせわしげに俺たちを見ていた。かなり彼を置いてけぼりにしている感じはするけどここは我慢して貰おう。
ヴァルゲンさんは俺の皮肉を受けて憎らしくこちらを見ながらも諦めたように口を開く。
「具体的な数字が出ていない内は断言出来ん。ただそれは魅力的だ」
「だと思います。俺がヴァルゲンさんなら直ぐに頷いてますよ。ゆっくり考えてください」
「食えない奴だな。お主は商人か?ここまで追い打ちをかける奴はこれまでにいなかった。わかった。少なくとも警備や材料確保の援助は今後さらにしよう。お主はどう思う?リザルール」
急に話をふられたリザルールさんは少し慌てながら声を上げる。
「はいっ。ええ、我らオークザラムの毛織物組合としては大口の仕入れ先が出来て嬉しい限りです。ヘルムート卿の合意が得られるのであれば協力は惜しみません。ただ・・・ただですね。私はまだゼン卿が作ったという機械を信じられないのですよ」
「それもそうですね。きちんと秘密を守って協力してくれるならお見せしてもいいです」
ヴァルゲンさんが俺の言葉を聞いて嬉しそうな顔をする。
「おお!なら見せてくれるのか?」
「もう一度言いますが、守ってくださいよ!」
本当に分かっているんだかいないんだか分からないヴァルゲンさんにため息をついて俺はそう言っていた。
「ここがそうか。来たときから音がしていたので気にはなっていたが」
「この音は間違いなく紡錘とはずみ車が回る音です。ですが、音がずっと鳴っているのは変ですね」
ヴァルゲンさんとリザルールさんは見窄らしい馬小屋のような建物の前で突っ立って話していた。
俺は屋敷の庭にある紡績機小屋に二人を案内している。
紡績小屋は馬小屋のように細長いがちゃんと薄い板の壁を設けて周りから見えないようになっている。時間が出来たら壁をもっと厚くしたい。そうしないと80個の紡錘と弾み車が大音量でガラガラと一日中五月蠅い。この騒音塊みたいな小屋の中に一日中いると寝るときも頭の中でガラガラと音が鳴る。
職業病というやつだろうか?
「音がずっと鳴っているのは見たら分かりますよ」
俺はそう言いつつ扉を開けて二人を中へと招き入れる。
俺はまず最初に作業している人達に気にしなくてもいいよと合図を送ると皆は口々に挨拶をして頭を下げる。
「おお、これは壮観だな」
「・・・・・・・」
そんな挨拶に注意が行かないのかヴァルゲンさんは4台の紡績機とそこで働いている作業員達を見ながら感心したように言った。リザルールさんは顎が外れるようなほど口をあんぐり開けてその光景に見入っている。
一番手前に最初に作った巨大なはずみ車の紡績機がでーんと置かれて、その横に三台の紡績機が並んでいる。後期になっていくほどはずみ車が小さくなって、周りの紡錘もコンパクトになっていた。一番最初に作ったものははずみ車が大きすぎて重い上に紡錘の回転が早く操作が難しい。後期モデルになっていくとそれが解消されて女性でも回せるようになっていた。
「どうですか?信じていただけました?」
「・・・・」
リザルールさんは俺の方を向いて言葉が出ないのか頷いて返事をする。
感心したように見ていたヴァルゲンさんが俺に声をかける。
「ゼン。これはどのようになっているのだ?説明してくれ」
楽しそうに見ながらヴァルゲンさんはそう言った。
「いいですよ。じゃあまずこのはずみ車から説明しましょう」
俺は胸を張って説明を始めた。
俺が説明し始めると食いつくように聞いていたリザルールさんがヴァルゲンさんにお構いなく色々なこと尋ねてくる。
「紡毛と聞きましたがこの糸は撚る前の糸ですかな?処理はどのように?」
「なるほど・・・この錘が引っ張る力となっているのですか・・・。この錘と糸の種類の関係はどのように決めているのですかな?」
「梳毛の場合はこの機械でもできますか?その場合作業は変わらないのですか?」
「これは絹や麻といった素材でも可能ですか?」
と言った内容だ。それを全て答えたら直ぐに作れてしまうので一部を隠したり、言ってもいいようなものは答えたりした。
「ゼン、話がある」
一通り説明し終わるとヴァルゲンさんが最初の顔つきからだいぶ変わっていて真面目な顔でそう言った。
俺は不思議に思いながらも答える。
「大丈夫ですよ」
「いや、ここでは言えぬ。二人で外に出よう。リザルール、少しゼンを借りていく」
「どうぞ。私はまだここで見ています」
声をかけられたリザルールさんは夢心地の顔してそう言った。
俺は何だろうと思いながらもヴァルゲンさんと外に出て屋敷の片隅に行く。
木陰の側までくるとヴァルゲンさんが立ち止まり、なんだか言いにくそうにしながらも固い表情で口を開いた。
「ゼン。あそこの機械は全てお前が考えて作ったようだな」
「考えたのはそうですけど、作るときは手伝って貰いましたよ。もちろん」
「そうか・・・」
「どうかしたんですか?」
考えるように目線を外していたヴァルゲンさんは俺の目を真っ直ぐ見ながら尋ねる。
「あの剣技といい、その商才、そしてこの発明・・・お主は祝福を授かっているのだな?」
「え?」
やはり、見せたのは拙かったか。ヴァルゲンさんならいいかとも思っているのでそう聞かれてもあまり戸惑わなかった。
むしろ、祝福のお陰だと思って貰った方が俺の秘密はバレにくい。
どう答えたものかと迷っているとヴァルゲンさんが再び口を開く。
「いや、別に言う必要はない。ワシも経験がある。我が神は人から忌み嫌われる。それが嫌でワシも二年間ほどは周囲に黙っておった。お主が本当に打ち明けてもいいと思うまでは言わなくても良い。しかしお主からは魔力の力を感じない。それが不思議だ」
「・・・ヴァルゲンさん。俺は自分が祝福されているのか分からないんです」
俺の言葉にヴァルゲンさんは考え込んで言う。
「・・・それは奇異なことだな。祝福は神の名を聞くことだ。もしかして、まだその神が目覚めてはおらぬのかも知れぬな」
「神が目覚めてない?」
「そうだ。言い伝えだが、神はあるとき目覚めて人を祝福するという。祝福を授けた者の目からこの世界を見守り、その祝福を授けた者に神の願いを叶えさせるという。お主の神はまだ目覚めておらぬかも知れぬ。目覚めている途中でお主を祝福しているのかもな。神の寿命は永遠だ。故にその時間は人の時間とはかけ離れている。そのためお主にはまだ真名を伝えられないのかと」
俺は黙り込んで考える。
この世界に禅の記憶を導いた神は覚醒せずに、その余波みたいなもので禅が巻き込まれたのかも知れない。
それが本当なら俺が死ぬまでに祝福は未覚醒の可能性もある。
考慮しておこう。魔法や権能が使えないと。
俺はそう心に留めて、ヴァルゲンさんに感謝の言葉を口にする。
「教えてくれてありがとうございます。もしかしたらその内目覚めるかも知れませんね。そのときは力の使いかたを教えてください」
俺の言葉に満足したのか、ヴァルゲンさんは表情を明るくして嬉しそうにその大きな口を開けて声を上げる。
「それは楽しみだ!徹底的に鍛えてやるから覚悟せよ!」
「はい」
俺も笑顔を向けて頷いた。
さて、紡績機の説明は終わったから次は村にでも行って織物の様子を見学して貰おうかな。
俺は大口の投資相手に営業する中小企業の社長のような気分で次の予定を頭の中で組み立てていった。




