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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
第四章 王都までの道のり
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平穏な休日の霹靂

20軸紡ぎ車、改めてリーンフェルト紡績機の影響は絶大だった。

あれから俺は改良を加えて、3台作った。はずみ車を女性でも回せるように小さくして紡績機の大きさをベッドぐらいの大きさにする。それを作るだけでもだけでも二ヶ月かかる。

その間に父上が帰ってきて、まず真っ先に紡績機を見ると難しい顔をしながら説明を迫られた。これはあの知識の物か?と。

だが、母上達も俺が茹だるほど頭を抱えて考えていたのを知っているので擁護して、これは秘密にしますという確約をして不承不承という顔をしたが父上は納得してくれた。


その父上が訝しがる紡績機の働きはまさに画期的といってもいいほど効率的に作業が進む。むしろ進みすぎて、織物工程よりも後の工程が全部滞ってしまって、供給過多になっている。今度は織機が足りないのだ。

今は羊毛を刈り取る6月の時期で、トックハイ村に急ごしらえした羊厩舎に羊がわんさかいて、日ごとに毛を刈り取られた羊たちが毛がなくて不思議そうに首を傾げている。大量の羊毛はこの後で選別して洗浄され、粗糸になり4台の紡績機にかかって糸になる。


紡績機は屋敷の庭に作られた小屋の中に押し込まれて、ガラガラと五月蠅く朝から夕方まで回り続けている。

二台の紡績機に対して、一人の回し手と二人の紡錘に粗糸を繋ぐ作業員2二人が餅つきのように息を合わせて、一台を回し、もう一台の準備をしている。四台あるので人員は六人。他の者は羊毛の選別と洗浄で川に行き作業を行い。洗い終わって乾いた物を粗糸にしている。作業が膨大なのでトックハイ村のリーンフェルト直営農地を担当している農奴達も一緒になって作業を行っていた。六月を過ぎれば、冬麦の収穫なのでまだ手が空いているのだ。


俺はその作業を視察しつつ、村の広場でせっせと織機を作っていた。

まるで大工になった気分だ。毎日、木材を切り出して織機のパーツを作り、ラミグラスさんの指示の元で色々な形の織機を作っていく。この前にマリアーヌ公爵夫人から最新の織機がラミグラスさんの工房に納品されて、最近はラミグラスさんもご機嫌になって、低い声の女性口調で皮肉たっぷりの嫌みを聞かずに済んでいる。

織機は今のところ広場にあるトスカ村の人達の仮設住宅に置いてあるが、その内広場の奥に織物専用の工場を作ってもいいかと思っていた。


織機にも色々あり、『縦糸重り織機』は木の棒を垂直に立てて、間に巻き取り棒と呼ばれる円柱の棒を通す。その二本の垂直な柱にシェイド棒と呼ばれる下の方で地面と水平に固定した棒を作り、巻き取り棒から垂らしたたくさんの糸の偶数番目と奇数番目をこのシェイド棒の前後に分けて、全ての隣同士の偶数と奇数番目の糸を錘でピンと張る。張ったら、ヘドル棒という動かせる木の棒をシェイド棒と同じく偶数番目と奇数番目のを前後に分けて、その後ろの番目の糸を緩く結びつける。製作時にはシェイド棒で前後に分かれたどちかの縦糸全てに横糸を通して上に上げていき、ヘドル棒を手前に動かし隙間を作り、その後ろ側に横糸を通す。これを交互に繰り返して織っていく。

他にももっと簡易な『二本ビーム織機』は、『縦糸重り織機』と原理はほとんど一緒だが、木ではなく布や縄を使って天井から垂れ下げて座った状態でも作れるようになっている。座って作業が出来る分楽ではあるが、短所は『縦糸重り織機』よりも垂直方向の長さがないので短い布になってしまう。

ラミグラスさんが使っているペダル式水平織機は、構造が少し複雑で作るには時間が掛かる。だが、結局のところ原理は同じで、ペダルを踏みヘドル棒とシェイド棒をつり上げて隙間を空けて、そこに横糸が巻かれた杼という物を通し、通し終われば筬と呼ばれる横糸を押し詰めて折り目を整える櫛のような機具をつけただけだ。ただ、ペダルを踏んでつり上げる機構とそれを支える木の枠組を作るのに少々時間が掛かる。


時間がないので垂直織機を30台ばかり作って広場に設置する。雨がかからないようにテントのような物も忘れてはならない。それだけで足りない場合は村の柵から紐を引っ張って『二本ビーム織機』皆座り込んで作業をしている光景もこの前に見かけた。

服一着だけでも布地がかなり必要だし、冬用になれば更に厚手となって織るのにも苦労する。

俺はひたすら糸ができあがった後の作業が円滑に出来るように織機を作る。朝訓練をして汗を流すと村に来て、木を削り組み立てたり、あるいは森に入って村の人達と一緒に木材を切る。切った木材は乾燥しないと使い物にならないので、在庫の木材を毎日確認しながら作業を進めた。


完全に領地の運営はトルエスさんに任せている。

俺が領地の運営に関わっているのはヴァルゲンさんやマリアーヌ公爵夫人、他領の代官との手紙のやり取りだろうか。

ヴァルゲンさんにはこの前、兵士の上着250着、ウールズボン250本が生産できそうだとの手紙を出しておいた。

どんな反応をするのか楽しみだ。

マリアーヌ公爵夫人には領地が順調だと言ってある。他領の代官には商品の納品がかなり早くなる旨を伝えた。というかもう出来ているのでいつでも取りに来てくださいと書いてある。春まで売れることを考えず紡績機の改良のために糸を生産しまくっているので少し在庫が出来てしまい困っている。

そろそろ他の領地に売り込みもありだが、ヴァルゲンさんのところの納品量によって変わってくるのでまだ言えない。それが少しじれったい。


一番嬉しかったことは、リアさん達から織物が届いたことだ。高価そうな木箱に五反の美しい織物が手紙ともに入っていて凄く嬉しかった。

リアさんは赤の布地と黄金に近い黄色で炎のような模様が入った織物、リーシャは水色に白い花の模様の織物、フェスティナさんは黒い生地に難易度の高そうな様々な色の水玉模様、キスラさんは深い紺色の生地、カイサさんはリアさんと同じ赤い生地の縁に黄色の糸で幾何学模様が線状になっている織物。

それに加えて手紙には5人が着たい服のデザインも入っていた。書き慣れたように細かい注文が入ったデザインは5人の性格が出て面白い。

そのデザインと手紙に俺以上喜んだのはラミグラスさんだ。手紙を大事そうに持って感涙さえしていた。全身全霊を込めて一織り一織り魂を込めて織ると豪語する。ご機嫌の一番の理由はこの手紙と織物があったからなのだ。


そんな忙しい毎日を過ごしているのでたまには休みをとろうと思い、ソファに寝そべって珍しく朝から居間でトルエスさんから借りた本を読んでいる。

エンリエッタはお茶を入れるために厨房に行っており、隣では母上が屋敷の裏の倉庫から持ってきた糸で編み物をしていた。母上が編み物をしている糸は色々な種類の糸を作るために敢えて何本もの糸を撚った太い編み物用の毛糸でセーターらしきものを編んでいる。

今なら俺はその毛糸の青い色を出すのにどれだけ苦労しているかがよく分かる。

染色剤は全部天然素材で、禅の世界のような鮮やかな色を出すのには苦労するのだ。

中でも白が不可能に近い。白は亜麻ぐらいでしか真っ白を表現できない。白を表現したらどうしてもくすんでいたりする。黄色とかもトローレスの染色剤を使うので高価になってしまう。


俺が母上の編み物を横目で盗み見ていると気づいたのか、手を止めて少し笑いながら声をかける。

「どうしたの?私の編み物が気になるの?」

「はい、隣で編み物してたらなんだか気になって」

俺は本を下げつつそう言った。

「ゼンもしてみる?教えるわよ」

「流石に休みの日まで織物は嫌です」

「フフフ・・・それもそうね。ゼンは毎日このことを考えているものね。糸がたっっくさんあるから助かるわ」

母上は少し悪ふざけをしている子供のように笑って言った。

「あはは・・・。ちょっと作りすぎましたね」


倉庫一杯になるほど作ったからな・・・。それも商品になることを考えず使えるかどうかも分からない物まで。

錘の重さと回転力と速度によって糸が変わるのだ。それを調べるために木箱100個ぐらい作って、羊毛も足りない分は家のお金で買っている。染めの事を調べるために色も各種取りそろえていて、間違えて入った者は糸屋かと思ってしまうだろう。


「でも私は嬉しいのよ?だって服が作れるし、ゼンは身長も伸びてきて服が合わなくなっているから」

俺は母上の言葉で自分の頭を触る。最近は順調に背が伸びているので丈が合わなくなっている服もある。

少々丈が合わなくても気にしないけど、織物をしている領地の代理領主がお洒落に気を使わないのもどうかと思ったりもする。今は寝間着みたいにラフなチェニックとズボンをはいているだけだし。誰も貴族だとは思わないだろう。

折角仕立てまで全部出来るラミグラスさんがいるから見栄えがいい物を頼もうかな。

何も言わずともラミグラスさんが時たま俺の服を作ってはエンリエッタに渡している。あの服を売るだけでもかなりのお小遣いになるだろう。

「そうですね。そろそろ俺もお洒落しないといけないですか?」

「もちろんよ!ゼンは折角格好良く生まれてきたんですもの。お洒落しないともったいないわよ」

「んー。だったら手が空いた時にでもラミグラスさんに注文しますか」

「アミちゃんなら間違いないわね」

うんうんと嬉しそうに頷きながら母上は言った。


「お茶が入りました」

そこにエンリエッタがお盆にカップとティーポットをのせて居間に入ってくる。

香ばしいパイのいい匂いが鼻をくすぐった。エンリエッタが長く厨房に入っていたのはパイを焼いていたからか。

俺は今日のパイは何だろうとワクワクしながら立ち上がると、外から何頭か馬の足音が聞こえてきた。

その音で俺たちは首を傾げる。

「ゼンのお客様?」

母上が不思議そうに俺を見てたずねる。

「いえ、俺は今日休みですよ?誰も呼んでませんが・・・あ、エンリ俺が出るよ」

俺はエンリエッタがお茶とパイをのせたお盆をテーブルの上に置いて出迎えようとするのを止めた。

エンリエッタはちょっと首を振りながら

「いえ、私が出ます」

「折角美味しそうなパイを冷まさせるのは代理領主として許すことはできないね。どうせ荷物が届いただけだと思うからいいよ。準備をお願い」

そう言いながら俺は有無を言わさずに玄関に向かっていく。


俺は玄関を開けて、庭で馬から降りた人物を見て驚いた。


何故この人がここにいる?俺は何も聞いてないんだが・・・?


「ゼン!来たぞ!さあ、詳しく話せ」

嬉しそうにして大きな声でその人物がそう言った。

その人物は俺の友だ。とても年上で尊敬できて豪放磊落で、大工の親方みたいな人。

一年以上前に朝稽古をして友誼を交わした頼りがいのある武士。


ヴァルゲン・ヘルムート辺境伯が熊のような大きな身体を揺すらせて笑って言う。

「驚いたか!?お主から手紙を貰って思わず来てしまったわ!」

その言葉に俺は後悔で気が遠くなりそうになった。


ヴァルゲンさんが騎士数人と馬の上でへばっている初老の男性とともに我が屋敷にやって来た。

平穏な休日の霹靂のように。


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