表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
第四章 王都までの道のり
92/218

20軸紡ぎ車

驚くというか、呆れてしまう。

懐剣ゼラークスは魔法の剣のように木を切断できる。本当なら木を切るのには切れ味が悪くても大きな斧のように重量と勢いがあるものでないと切れないのだが、懐剣ゼラークスは力を入れると木をすっぱりと切断してしまう。断面はレーザーカッターのごとく滑らかで綺麗だ。

これなら思った以上に早く作業が進む。電動ノコギリや切削盤、ハンドソーといった工作機械がなくともなんと削り出しは出来そうだ。

あと、ちょっと困ったことはものさしだ。ルーン王国ではリルという単位で長さを標準化しているためにどんな職人たちが来ても単位の違いに悩むことはない。だが、そのリル原器である鉄尺は貴重なもので折れたり曲がったりしたら困るために持ち出し禁止。もっぱら大工達は原器でお手製のものさしを作るわけだが…俺も例に漏れずに古い樽の乾燥した板を使い、水平かどうか怪しいものを作らざるおえなかった。間隔も紐を利用して等間隔で刻み、目盛りを作る。

ハッキリ言って正確な製図が無理な代物。誤差が含まれているので多少ずれたりしてしまう。

そんな小道具を使って精密な設計図が書けるはずもなく、俺は大まかな図を書いて製作に当たった。



最初はまず大きなはずみ車の製作を始める。

太いお箸のような棒状のパーツを大小何本も作り、それを組木できるように雌と雄を削り出す。中心部の軸に太い円柱を作って、それを観覧車のように組め、軸を支える木の板の柱を作ったらはずみ車の完成。

次は紡錘を回すためのローラーを作る。

これは結構悩んだが、はずみ車に平行して細長くて底面がない木の枠組みを組み立てて、両端に穴を開ける。4個ほど穴あを開けたらその中に軸を作る。これの軸は円柱の砂時計のような形だ。この軸とはずみ車の円の大きさの比率が回転率を決める。その辺は試作と言うことで適当な大きさにしてある。

軸は木の枠組から飛び出していて、先端が鋭くなっていくような針状にして、先端部分にフックを作る。

あとは強度を補強するために、4軸紡ぎ車の形を整えて、各軸の軸受けに油を塗り、各紡錘の軸を導き糸で連結させれば完成。


完成なのだが、失敗だった。

羊毛を連続四個撚ることはできるが、巻き取りが連続して行えないので結局、手が四本いる。


この部分に注目すれば、羊毛を紡錘につなげてから、羊毛を引っ張って糸状に細める工程、細い糸状のものを撚りをかける工程、引っ張るのを止めて撚り終わった糸を紡錘に巻き取る工程の3つが必要になってくる。俺が作った試作四軸紡ぎ車は、その最初と最後の工程が連続して行えないので一々一個ずつを引っ張るしかない。それに羊毛を持つには四個では限界を超えている。


この失敗から二つの工程を上手く処理する必要がある。

これは最初の工程、事前に羊毛をまず繊維の束から糸状細めること。

もう一つは手一本で何本も引っ張った状態、つまり最初の工程を片手で行うこと。


この二つの問題をクリアしなければ大量の紡ぎを行えない。

それは非常に難しい。


俺はラミグラスさんの工房に何度も足を運んで相談する。

ラミグラスさんはかなり応援してくれているみたいで仕事の手をとめてまで相談に乗ってくれた。


一週間ぐらい相談したときにいい話を聞いた。

それは梳毛の方法だ。梳毛は鉄製の歯が付いた機具で毛の長い羊毛の繊維を解きほぐして細い糸状の粗糸にする。これの考え方を使って毛の短い羊毛で粗糸を作る方法を考えればいい。

そこで俺は一週間ぐらい訓練以外の一日中羊毛と過ごした。叩いたり、引っ張ったり、針で突き刺したり、剣で切ったりとしていると面白いことが分かった。

針で突き刺して遊んでいたら梳毛までとは行かないが繊維がほぐれて小さくなる。今度はラミグラスさんの工房に行って、梳き具で何度も叩くと表面は起毛しているが板状の塊になる。それを広げてベルト状に細く切り分けて、切り取った羊毛のベルトを繋いで梳き具で叩くとそこの部分の繊維が絡んで太い糸状になる。限界まで細く切り分けてつなげると粗糸状になった。

何度も重い梳き具を振り下ろすのと切り分けるのはなかなかの重労働だけど結構簡単に粗糸になったのに俺は飛び上がって喜んだ。

今度はそれを木の棒に巻き付けて、試作の四軸紡ぎ車で紡ぐと、最初とは断然紡ぎやすい。最初の工程が必要ないので手間がかからない。引っ張りすぎると切れてしまうので少し慣れが必要だったが、一つ目の問題はこれで解消できるはずだ。


この試作品は四本同時に紡ぐことが出来るということでラミグラスさんを驚愕させて瞬く間に大量生産された。紡ぎの作業効率が四倍になった。確かに効率は上がるが、粗糸を作る工程が入ったのでそちらにも人手がいるために作業効率は二倍ぐらいでしかない。それでも二倍だし、四本同時に紡ぐため、扱いが難しくなって糸の品質が少し低下する。


次に来るのは片手で何本もの紡錘の巻き取りれるようになることだ。

粗糸が出来たので指の間に一本一本を挟めばなんとか五本までは紡ぐことは可能になったが、途中で絡まったりして作業が止まるのが少々効率悪い上に目標は一人で20本同時に紡ぐこと。改良を加えないとそれを達成することが出来ない。


それからまた俺は屋敷に籠もってアイディアのスケッチをしたり、気晴らしに村に行って色々歩き回って考えを練る。

そんなときに閃くようにアイディアが降ってきたのは屋敷で粗糸で遊んでいるときだった。

書斎の机の上で粗糸に錘をつけ、振り子のように遊んでいてこれだと思った。

今までは紡ぐときに手で挟んでいたが、粗糸ができたので引っ張るのを止めて巻き取らなくてもいい。一定のテンションをかけ続けながら連続的に巻き取ればいいのだ。そのテンションは重力が錘を引っ張る力で代用する。

アイディアは凄くいいが、結びつけずに錘をかける方法が思いつかない。


これまた二週間ぐらいは悩み続けた。

それを打開させてくれたのはアンの組糸だった。

お湯で身体を洗いながら色あせてきた手首に巻いている組糸を見ていて、もう二年目かと感慨にふけってい触りながら最初は気になったけど軽いしもうなんだか身体の一部だなって考えているとこのリング状の組糸みたいな錘があればテンションがかかると思いつき、思わず全裸で書斎に行きそうになった。


そこから着想を得て、俺は陶器で輪っか作り、製作していた四軸紡ぎ車の紡錘の軸を使って、粗糸が回転できるように回転軸を作り出して、紡錘と粗糸の間にリングの錘を通してみた。地面につくとテンションがかからないので紡錘と粗糸の距離を離して、粗糸の回転軸を手で押さえてリングの錘が浮くようにする。

紡ぎ車を回転させると、テンションがかかり、粗糸から撚り糸ができた。

絶叫しそうになった。

嬉しくて屋敷の庭で飛び跳ねているとエンリエッタが吃驚して、屋敷から飛び出してきて注意された。

でも俺はエンリエッタの注意を全く聞けなかった。

すでにアイディアは溢れて、一刻も早くメモしたくてウズウズする。エンリエッタは俺の様子を見て諦めたのか、ため息をつきながら終わりですと言った瞬間に俺は書斎に駆け戻り図面を書き上げる。その日は夜遅くまで書き続けた。書いてないと嬉しさがあふれ出して大声を上げたくなってしまうからだ。


その日から一ヶ月。村の大工や手伝いを借りて、巨大な紡ぎ車を作り上げた。

人の背ぐらいもあるはずみ車、十本もある導き糸とそれに連結した二十個の紡錘、紡錘は木の枠から飛び出している両端に作ってある。10本の導き糸で二十個の紡錘ができるのだ。そして輪投げの的のように地面から細い円柱が飛び出している錘の落下防止装置、紡錘と同じ数の粗糸の回転軸。途中で導き糸がずれるのを防止するために溝を作ったり、紡錘の回転軸に溝を作って摩擦力を高めて回転力を向上させたり、最適な錘をつくるために何個も重さをかえて錘を作ったりと無数の工夫と失敗をしながら20軸紡ぎ車が完成した。


大きさは小さな部屋ぐらいの大きさで、雨に濡れないように屋敷の一角に厩舎のような小屋を作ったりと大変だったがなんとかできた。


回すとガラガラと二十個の紡錘、粗糸の回転軸、はずみ車の音がさざ波のように大きな音を立てて鳴り響き、一斉に糸が紡がれていく。その光景に俺は歓声を上げて喜んだ。集まっていた領民達、糸紡ぎや織物をしているトスカの村の人達、ラミグラスさん、トルエスさんや母上達が驚きの声を上げてその光景を見た。ガラガラと回り、糸が紡ぎ終わるとカランと錘が木の棒に当たって音を鳴らして終了の合図をあちらこちらで奏でる。


「凄いわ・・・これは凄いことよ・・・。ゼン様貴方一体何者なの?相談してから三ヶ月よ?たった三ヶ月で本当に二十個同時にしてしまうなんて・・・」

茫然とラミグラスさんが呟くように言った。

「ゼン、お前。どえらいことしたな。これじゃ紡ぎ手がいらねぇじゃねぇか。これが都市に広まれば暴動が起きるぞ・・・」

トルエスさんはごくりと唾を飲み込みながら真剣な表情で言った。


あ・・・。もしかして俺が作ったこの20軸紡ぎ車があれば紡ぎ手の仕事を奪って暴動になるということか?

やばい、そんなこと全く考えずに思いつくがままに作ってしまった。


俺はトルエスさんの方を困った表情で見て言う。

「え・・・。それは絶対にできないですね・・・」

トルエスさんは目を閉じて一瞬何かを考える表情をしてから俺の方に近付いて耳打ちをする。

「そうだ。だからこれは誰にも言うな。ここだけの秘密にしろ。領民達にも口外するなと命令してな」

俺はその耳打ちに何度も頷きながら答える。

「はい。分かりました。漏れないようにこの機械はここだけにしましょう」

「ああ、それがいい」

トルエスさんと顔を見合わせながら合意する。


「ゼン、凄いわねぇ~。これがあれば楽できるわ」

その横で母上が呑気に笑いながらそう言った。


そりゃあ、楽でしょう。これを水車で動かせばもっと楽ですよ、とは先ほどのトルエスさんの注意があったので言えなかったが。


そうして、俺の20軸紡ぎ車は完成した。情報漏洩というちょっとした不安もあるが一応の成功だろう。これを増やして糸を大量生産し、人手を織物に回せばこれまでの比ではないぐらいに生産力が向上する。それを見込んで、トルエスさんと資金の投資額を決定すれば本格的に領地の経済は回復しそうだ。


季節はもうすぐ春。6月になれば飼育していた羊500匹の羊毛が手に入る。領地ブランドの織物がスタートする。

冬の寒さが少しマシになってきた空の下でそんなことを考えながら俺は皆と完成を喜んだ。

読んでいただきいつもありがとうございます。

このことに関しての話題を活動日記に書こうかと思います。

もしよろしければ是非。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ