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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
第四章 王都までの道のり
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幕間 ルーン王国国王の執務室の話し合い

「その話誠であろうな?」

「はっ、ヘルムート少将から内密にということですが、強い推薦がありました」


ルーン王国にあるシャンボール城の国王の執務室で二人の人物が密談を交わしていた。

その執務室は眩しいほどの金が使われて、青い壁紙に無数の極細の金が様々な模様を描き、王の執務机の後ろと左右には巨大な肖像画と鏡が壁に掛けてある。高い天井からつり下げているシャンデリアには真っ白の蝋燭が置かれ、火を灯せば赤よりも金に光り輝きそうであった。床には磨き抜かれた最高級の木が幾何学模様を描きながら継ぎ目に段差もなく、青と金色の部屋をこげ茶色に映し出している。豪華絢爛。畏怖さえしそうな執務室である。

その場所に一人はこの国の国王であるグリゼリフ王が青に金で装飾された優雅な椅子に座って、机を挟んで目の前の人物と話をしている。

その人物は、カール・ハスクブル公爵。彼は王と同じように座っていた。他にその空間にいる者はいない。王と完全な二人きりで話すと言うことはどれほど王が彼を信用しているかの証明だった。

彼らは特上の香木茶に一口も口をつけずに話し合う。


「左様か・・・俄に信じられんが、ヘルムートの見識は一考する価値がある。彼は権能がなくとも人物を見抜く力はあるからな」

ゆっくりとハスクブル公の話を聞いていたグリゼリフはその突拍子もない婚約話に手を口に当てて考えながら言った。

恰幅の良い身体を深い青の長いジャケットに身を包みながら白髪の交じった顎髭を無意識に撫でている。

その様子を見ていたハスクブル公は王を注意深く見ながら言葉を続ける。


カールは金で薔薇の刺繍を入れた黒いジャケットとズボンに身を包み、その黄金の髪をオールバックにしている。彫りが深い顔には金の片目鏡を眼窩にはめ込んでいる理知的で真面目な紳士と言った風情である。

「私も陛下のお耳に入れるのが躊躇われましたが、この状況下ではあらゆる手段を考えねばなりません。助言の一つだとおもっていただければ」

「ヘルムートの推薦、女神の抱擁、それに村を襲ったグラックの集団を訓練もしていない領民だけではね除けた指揮。確かに一考の価値はある。お主の所のエリザベスにはロラスとの婚姻を考えておった。それは三公爵家の血筋を持った新たな時代の国王を生み出すため。だが、フッザラーが離反した場合、ロラスとエリザベスの婚姻はその力を失うばかりか、相手に付けいる隙を与える。民の象徴たる王の血筋に反旗を翻した血を入れるわけにはいかぬ。このひしめいておる領主や貴族の中で王家が強固な一枚岩でなければ、お主と掲げた理想には到達できぬ」

グリゼリフの言葉にカールは驚きと喜びを混ぜた表情で感慨深げに言う。

「陛下・・・。あの日の約束を守っていただいているのですか?」

グリゼリフは一瞬の黙祷をすると、カールを正面にとらえながら意志の籠もったハッキリした声で語りかける。

「ああ、余は覚えておる。我が友であり、我が師でもあるジョーミルが暗殺された日のことを未だにありありと覚えておる。真なる繁栄のため、民らが安心して暮らせる国を築くため、あらゆる内部の膿を絞り出し、強固なる団結を持って礎を築くと。故に余はマリアーヌとお主の婚姻を歓迎した。・・・それがどのような形であれ、国のためにしたことだ」


グリゼリフの言葉を真摯にカールは聞く。

カールは自らの美しく、儚い妻を思う。彼女と共にした時間は短い。王都での軍全てを任せられている大役のためでもあるが、それ以上に自らの妻が自分に目を向けてくれない徒労感が彼を妻の元から離す一番の原因だった。

その原因を作り出したのは先ほど話した人物の父親トルイ・リーンフェルトの存在。


妻の中で最も強い思いを抱く人物を思い浮かべながら、彼女の父親であるグリゼリフ王に悲しみを少し漏らす。

「そのご意志を何よりも私は希望としております。陛下にこのような言葉は万死に値しますが・・・妻とは未だにわかり合えない。ですが、私は陛下がこの国のためにした決意に報いるために妻のみを愛すと誓いました。それがこの国を輝ける未来に導くと信じて」

少し自分の手元を見るようにカールは言葉を告げていたが、言葉の途中からグリゼリフに自らの言葉を期待と決意を込めてグリゼリフに言った。

その言葉にグリゼリフは頷くように首を傾げると声を上げる。

「ああ、お主の働きを余は心に刻んでおる。故に、余とお主は共に考えねばならぬ。この国の現状と未来を。トルイの息子ゼン・リーンフェルトがどのような子かを見定めぬ内は、このような重大なことを決められぬ。それには私情を挟んではならぬ」

「はい、仰せの通りです」


カールは自らの妻の思いを押し込めながら頷く。それは自らの役割という妻を思うよりも強い思いがそうさせた。

「すまぬな。お主にとっては複雑であろう。トルイは・・・」

「承知しております。ですが、クローヴィス家のタイルイが使徒となり、聖騎士団の組織を許された現状ですとそのような事は些末なことです」

カールは小さく、本当に小さく自分に対しての皮肉で笑った。それは自らの問題を王国の問題が包み隠していると自分自身で気づいている故に。その自らの浅はかさを笑ったのだ。


グリゼリフは目を少し細めてカールのその笑みを見ていた。だが彼は何も言わない。

グリゼリフはカールの心情を黙って変える為に現実に彼を戻そうと、今ある現実の問題を口にする。

「そうであるな。我らには大きな一つの問題がある。それは教会を盾にし、クローヴィスが反旗を翻したときの大義名分がない。教会は絶対である。その助力を得たクローヴィスは大義を得て、この国で内乱を起こすであろう。民らもそれに付き従う者も出てくる。領主や貴族もその声が大きくなれば我らにその矛先を向けるであろう。ゼン・リーンフェルトを貴族と平民の象徴として掲げても、教会と対峙するには弱い」

「教会と対立するだけの大義・・・。この王国が正義となり、神国を悪であると皆に納得できるだけの理由・・・。これは難しい。どのような手を尽くしたところで教会は絶対不可侵の領域。この国のどのような法も越えた存在です」

カールはグリゼリフの言葉を考えながら難しそうに顔を顰めつつも自分の考えを整理するために言った。


カールが考えているのをグリゼリフは僅かな沈黙をもって受け入れる。

だがそれを破るようにグリゼリフは口を開く。

「うむ。だが可能性がないわけではない」

カールは身を乗り出すようにグリゼリフを見た。

自分には考えもつかない方法を彼に求めたのだ。

「と言いますと?」

「教会内部が二つに分裂させる。我が国の教会には神国派と穏健派。つまり、神国聖職者と世俗聖職者・・・。これを分裂させる切っ掛けさえあれば、我らが秘密裏に介入して事を大きくすれば可能性はある。だが、それも油を含んだ藁が燃え上がる準備は出来てはいるが火花が飛び散っていない。その火花は我らでは無理なのだ。聖職者自身がその火花を走らせなければならぬ」

「金で雇うのはいかがでしょうか?」

「それも考えたが、火花を飛び散らせるのはそれ相応の高位聖職者でなければならぬ。例えば、フランシェス会オルベルト修道院の大修道院長が最も適役なのだがな。あの修道院は規範が厳しく、大修道院長ともなると厳格な人物だ。金や権力ではどうにもならぬ。逆にこちらを疑い、余計に話辛くなってしまう」

「では使者を出して大修道院長の考えを変えさせるのはいかがでしょうか?」

「彼と対等に話せるのは他の修道院長でも難しい。余も何度か謁見したが、かなりの切れ者だ。使者を看破する可能性もある」

問答が終わりグリゼリフは再び沈黙を作り出した。


カールは目を瞑り考え事をし始めた王に対して、自分の考えを述べていいのかを少し悩んでいる。

その考えは自分でも判断つかない事柄であり、そのような中途半端な考えを王に伝えてもいいものかと迷っていた。


しかし、彼は頷くき決心する。言うと決め、グリゼリフの思考を遮って言う。

「・・・最近神国から司祭が王都に来ております。彼の御仁は生まれが枢機卿の直系にあたり、歓迎も込めて私も面会したのですが、かなりの変わり者です。“歴史”を調べるために大図書館に籠もって昼夜問わずに読書をしております」

「使者としては十分に血筋も良い。使えるかどうか裏を取る必要があるな。祭司といってもどのような役割をしていたか調べておるか?」

グリゼリフの言葉でカールは先ほどの決心が鈍りそうになる。

その不安が言葉に表れて、少し言いにくそうにしながら続きを言う。

「・・・それが信じられないのですが・・・」

王は言いにくそうにしているカールに対して背中を押すように言う。

「なんだ?不十分でもよい。動くのは裏がとれてからだ。言ってみよ」

「はっ。彼が言うには・・・祭司になる前は特一級の検書異端審問官と・・・」

その言葉でグリゼリフは目を見開いて驚き、声を上げる。

「馬鹿な!特一級の異端審問官は並みいる異端審問官の中でも最上級の処刑人。それが我が国に派遣されるなど・・・」


そのカールから伝えられた役職はグリゼリフを焦らせるのに十分だった。

異端審問官はこの国でも畏れられている。下級の審問官は小さな地方領主並の権限しかないが、特一級となればグリゼリフ並の権威をもつ存在であった。その任命は教皇が直接行い、その言葉と裁決は教皇の代理としてある。検書異端審問官は暗黒時代の書物や禁書を検閲を行う役で普通の異端審問官とは異なった存在だが、その権限は禁書を持つ者を死刑に処すことが可能で有り、もし王国側が禁書の保持を優先させることがあれば神国からの聖騎士団の派遣を要請することができる。派遣可能な異端審問官の斥候としての意味合いもある。


驚いているグリゼリフを見ながらカールは少し落ち着かせようと声を穏やかにして言う。

「私も信じられません。その派遣は一都市の滅亡も自由に裁決できることを意味します。もしや身分を偽る詐欺師かとも思いましたが・・・彼の紋章はホンモノです」

カールの言葉でもグリゼリフは落ち着くのにしばしかかった。自らを諫めつつ、僅かな時間をかけて考えをまとめるように言う。

「使徒の指名、特一級の異端審問官の派遣・・・。これはもはやあまり時間がない。しかし、お主ともあろう者がその異端審問官のことをなぜ早く言わなかった?」

グリゼリフは最後にカールを詰問するように言葉をキツくした。


その責めるような言葉にカールは頭を下げて謝罪する。

「申し訳ありません。ただ・・・そのなんと言いますか・・・彼を見ていれば分かるのですが・・・率直に申し上げると、ただの間抜けなのです」

カール自身も自分の言葉を不思議に感じながらも率直に自らの心象を述べる。カールが始めてその人物と対面したときのことを思い浮かべながら。

グリゼリフは呆気にとられながらもカールにたずねる。

「なんだと?間抜け・・・?特一級の異端審問官が?」

グリゼリフの問いにカールは頷きながら答える。

「はい、私も裏を取るために彼を今も監視しているのですが、道につまずくこと45回、馬車に轢かれそうになること10回、スリに遭うこと5回、財布を落とすこと4回、屋台で買った食べ物を落とすこと25回、迷子になること21回・・・まだまだありますがこれらのことでおわかりいただけますでしょうか?」

グリゼリフはカールの言葉が信じられないような顔をしつつも、内心では違う可能性を考慮して聞く。

「・・・それが見せかけの可能性は?」

「私もその生業の者達を同行させて監視させておりましたが、あまりにも自然でなおかつ全て不注意が原因とのこと。これだけの演技ができるものは異端審問官ではなく祝福された最高の暗殺者にしか無理だとの話です」

「・・・益々わからぬ・・・。異端審問官は信者の模範であり、神の裁決の代理人だ。そのような人物がなれるはずもない。虚偽の可能性と暗殺者あるいは間諜の可能性を考慮して、監視を続けよ。人間ならば必ず綻びがでる。それまでは気を抜てはならぬ。それが間抜けだとしても油断は禁物。使者として使えることがわかれば動くようにせよ」

グリゼリフは慎重にカールに命令を下した。例えどのような人物だろうと異端審問官に油断をしてはならないと自らを戒めつつ。


その命をカールは手を胸に当てて、栄えある大貴族の礼をして受け、次の情報を俎上に乗せる。

「御意に。あと、もう一つお耳に入れたいことが」

「申せ」

「はっ、ガーラン・フッザラーですが、やはり裏で動いております」

カールの情報にグリゼリフは顔をしかめつつ声を上げる。

「やはりか。彼奴がただ職に就いているだけのはずがない。具体的には?」

「フッザラー家勢力の貴族を取り込んでおります。どうやらガーランは王都でかなりの費用を投じて娼館を行い、そこが会合の場所かと。他にも子飼いの者達が娼館街や王都の犯罪組織に抗争をしかけて、被害が出ております。古くから根付いていた犯罪組織の3組織とフッザラー家の新興組織が覇権を争い、王都に被害が出ております。警備隊は現状その治安維持のために目下警戒態勢をとっております」

「ガーランは悪事にかけては切れ者だからな・・・。少なくない被害を予想はしていたが・・・どこまでの被害が出ておる?」

「娼館5件の全損、王都民への被害は百人規模かと」

「内情は?」

「裏では互いに百人以上の構成員達が死亡あるいは怪我を負っております。ガーランは風評を気にせず自らの構成員が彼の名を堂々と言っている始末で、他の3組織もフッザラー家の介入を警戒して、本格的な攻勢に出ておりません」

カールからそこまでの話を聞いたグリゼリフは顎髭を撫でながら目を細くしてたずねる。

「・・・ガーランは他の三組織が我らの息がかかっていることを?」

「漏れてはいないと思いますが、おそらく気づいている可能性が」

「こちらがわの組織での離反と内通者の存在をあぶり出すのがよかろう。他の組織に関しては追加で資金を投じてもよい。結束を固めて、ガーランの組織と拮抗状態を作り出せ。撲滅はガーランの資金力から言って難しい。それにガーランにはこちらから直接圧力をかけづらい。今フッザラー家を敵に回すようなことはしたくないのでな。おそらく彼奴はそれも計算しておるのであろう」

グリゼリフの言葉でカールは唇を少し噛みつつも、自らの思いを言葉に乗せる。それはグリゼリフ王の采配に疑問を漏らす言葉だ。

「やはり、ガーランを招いたことは間違いでは?」


グリゼリフは臣下の苦言を気にしたそぶりなく、真面目にとらえつつも考えながら答える。

「・・・分からぬ。だが、あの男は間違いなくフッザラー家の切り札だ。父親は日和見だが、彼奴はこの内乱でフッザラー勢力を強引に率いてくる可能性がある。それをこちら側に入れて、もし何かがあれば剣候と近衛騎士団長に討伐を命じれば良い。目の前でガーランを討伐すればフッザラー勢力もこちら側になびく可能性が高い」

「あの二人であれば可能でしょう。それならば、ガーランを逃さぬように引き続き監視を行います」

カールはグリゼリフの言葉を頷きと共に肯定する。

「うむ。それでしばらくは様子をみよう」

「畏まりました。それでは私はこの決定をもって指揮に当たります」

「頼むぞ。信頼しておる」

その言葉でカールは立ち上がり、王に向かって臣下の礼をして言う。

「ありがたきお言葉。光栄に存じます。それでは」


カールの規則正しい足を音が聞こえなくなるまでグリゼリフはその場で微塵も動かなかった。

広い豪奢な執務室でただ一人きりグリゼリフは思索にふける。


「おそらく、此度のことは余が操作できる規模を越えつつある。この国は混沌へと向かい始めた。もはや余の力も及ばないところまで行ってしまう日が近いのかも知れぬ」

ため息を漏らしながらグリゼリフは呟いた。


何時も読んでいただき誠にありがとうございます。

活動日記も更新しております。裏話等もございますので読んでいただければ嬉しいです。

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