領主見習い① 領の会合
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禅の記憶を告白しても家族の態度は変わらなかった。
気にしてはいるのか、少しぎこちないが時間が経てばそれもなくなるだろう。
告白の翌日もいつもの時間に家族そろって朝食をとる。
父上が帰ってきているので朝食はいつものマッシュポテトとパンとスープに加えて、分厚いベーコンが少し豪華。
食事が終わり、エンリエッタがいれてくれた香木茶を飲んでると父上が俺に向けて話しだした。
「よしゼン、今日の村長との話し合いに参加しろ。その席では意見はいわずに、聞くだけだ」
「いいんですか?」
思わず聞き返していた。
打ち合わせとは、領主と代官、領主内の4つの村の村長達で行う報告会みたいなものだ。2日間かけて作物の様子、周囲の魔物の情報、交易商人の手配、領地での陳情などを領主に報告して、今後の領運営の意見が交わされる。
とはいえ、リーンフェルト領のような開墾したての領地ではそこまで議題が多くあるわけではない。半分は帰ってきた領主の挨拶みたいなもので、遠方の村から来ている者もいるので一泊するために2日間の話し合いとしているだけである。毎回、夜には宴会となるので村長たちのガス抜きに近い。早駆けの伝令のお陰で各村には父上が帰ってくる日は伝達済みで村長達は昨日には屋敷がある近くの村に到着している。
「ああ、領運営を学ぶいい機会だからな」
父上は何気なく香木茶を飲みながら答える。
昨夜のうちに俺が持つ知識をこの世界に照らし合わせて伝えてある。農業、経営、建築、狩り、工作といった幅広い知識があることは父上も把握しているので話し合いに出してもいいと判断したのだろう。
リオ爺さんからはなるべく機械を使わない方法を教えてもらっている。
まるでこういった事態を予想しているかのように。
そのことも含めて、禅としての俺の生まれが何かしらの意味があったのではないかと思ってしまう。
「分かりました。では、それまで剣術を教えてください」
「そのつもりだ」
父上は真面目な顔でうなずいた。
昨日の親子の真剣な打ち合いで懸念があるのか、俺の言葉に母上とエンリエッタの表情は父上に威圧を与えている。
それを悟ったのか父上は少し慌てる。
「アイリ、大丈夫だ。昨日のようなことはしない。今日は型を教えた後に軽く模擬戦をするだけだぞ」
「はい、あなた。信じてますけど一応、魔法薬の準備はしておきますね。お願いねエンリ」
「奥様、もう準備は整っております」
エンリエッタはどこまでも真剣にそう答えている。
流石に、部隊長をしている父上なんだから打ち合いの手加減は大丈夫だろう。
俺は呑気にそう思いつつ、香木茶をすする。
全然大丈夫じゃなかった。
貴重な中級魔法回復薬のお世話になってしまった。
イイ感じの一本が入って、左腕が骨折したのだ。
初めて使う魔法回復薬が父との打ち合いだったとは。
回復魔法薬の効果は劇的だった。30分ほどで骨折をしていた左腕がみるみる繋がっていく。
それはもう狐につままれたような気分だった。
どういった原理か・・・。
感覚としては復元というよりも代謝の促進に近いのかもしれない。骨折箇所が熱をもち、結構体力をもっていかれたような気がする。
あと、骨折で魔法回復薬を使用する場合は、添え木をしっかりしないと骨が正しく治らないらしい。
やはり代謝の促進か。
まあ、骨折なんて禅のときに何度もしたので別段焦りもしなかったが、母上は蒼白になって俺を介抱して、その後すごい剣幕で父上を叱っていた。途中から俺が父上を擁護してなんとかおさまった。止めなかったら一時間は軽くお説教されていただろう。
そして、剣術に関しては、禅の世界での西洋剣術と似ている。重い甲冑を着込むことを前提として組み立てられている。あとは俺の予想通り祝福で基礎身体能力の増加が影響しているのか、剣の動きは小手先の技術よりも力押しの印象が強い。
悪く言えば、大ざっぱなのだ。
今はその剣の動きに対処できるような技を組み立てている最中だ。他の人から見れば小手先の技術だけだと笑われるが、俺の勝率をあげるためには必要。
だが最大の問題は権能。
祝福によるより飛躍的な身体能力の向上や特殊能力、これを権能と呼ぶらしい。身体能力向上を見せてもらったが全体的に速度、筋力が2~3割上がっている。
これはかなり異常だ。
通常の人間の身体能力を2~3割増加なんて、聞くだけなら勝てる気がしない。
祝福もちの人間と普通の人間の戦闘とは禅の世界での大人と子供のそれになってしまう。
他にも剣の切れ味をよくして鉄を切ったり、感覚が鋭敏化して100m先の矢の音が聞こえたり、壁を走ったりと様々な権能もあるそうで、それに対して戦術を構築するなんて絶望的。一応、それに対応するために祝福もちとの戦闘では一般兵10人~20人で包囲するのが軍の方針らしい。それでも易々と突破される場合もあるそうだ。
祝福もちが国に管理されている理由がよくわかる。禅の世界で考えると戦車や戦闘機と戦うようなものなのだから。
一点、弱点があるとすれば権能の使用は非常に体力を消耗するということ。
軍でも集団で囲み、波状攻撃で相手の体力切れを待つように厳命されているらしい。
とはいえ、不死身ではないので手段がないわけではない。
いまは、鍛錬をこなし。、一回でも多く祝福もちとの試合を経験する必要がある。
そんなことをうーんと呟きながら居間で悩んでいると、屋敷の扉をノックする音が聞こえてきた。
玄関では誰かが入ってくる。
「エンリエッタ女史、こんにちわ、今日も麗しいですねぇ」
「トルエス様、ようこそ、旦那様は今席を外しておりますが、どうぞ食堂にお越しください。昼食を準備しております」
「おお、いつも悪いですね」
非常に軽い飄々とした声がする。
その声の主はエンリエッタに連れられ、居間にやってきた。
「アイリ、ゼン、こんにちわ。アイリはいつみても綺麗ですね」
その声の主は、リーンフェルト領の重役である代官トルエスさんだった。
赤みがかった癖のある髪で、だらしない笑顔を俺と母上に向けている。身長は父上と同じぐらいの長身、線は細く本の虫のような印象を受けるが、そう言った趣向の淑女達からはなかなかの人気が出そうだ。実際に王都では浮き名をならしたらしい。
「トルエスさん、こんにちわ」
「はい、トル君、こんにちわ。綺麗だなんてお世辞でも嬉しいわ」
母上は笑顔をトルエスさんに向けている。
「いえ、本心ですから。トルイのヤツに愛想が尽きたらいつでも言ってくださいね」
息子の前で母上を口説かないでほしい。
ゼンのときは、意味がわからないかったが、高校生の禅の記憶があるのでトルエンさんの言葉は冗談としてもムッとしてしまう。
父上、母上とトルエスさんは幼馴染だ。軽い冗談が通じる相手なので母上も本気にはとらないが、トルエスさんは未だに独身で洒落にならない。
挨拶と歓談をしていると父上がすこし落ち込んだ顔で居間に顔を見せる
「トルエスか。お前の顔を見ると飯がまずくなる」
「おー、これはこれは期待の英雄、我が友トルイ様ではないですか。せっかくの友が来ているのに釣れないなぁ」
「そういう呼び方はやめろ。エンリ、未だに独り者の寂しい友のため一人分の昼食をお願いできるか」
父上は言葉ではトルエスさんにそういうが、表情は嬉しそうだ。
「すでに準備しております旦那様。配膳いたしますのでしばしお待ちを」
こういった話し合いの前にトルエスさんが来て、昼食を一緒にとるのはいつものことなのでエンリエッタも直ぐに昼食の準備は始める。
昼食はつつがなく終わる。
会話はトルエスさんが先導しているので仕事の話は触れない。彼はそういった話を食事のときにするのを嫌う。
「ときに、トルエス。今日はゼンも話し合いに参加させようと思う」
「ちょっと早すぎないか?」
「領主として育てようと思ってな。読み書きと算術もできているのでお前の仕事も少し手伝わせようかと思う」
その言葉にトルエスさんは少し驚く。
「一体ぜんたいどういう風の吹きまわしだ?お前が教育に口をはさむなんて。俺も歳だな。にしても、読み書きと算術ね・・・本当か?」
トルエスさんは父上から俺に目を向ける。言葉に出さずともその目はどうなんだ?と確認している。
「本当ですよ、トルエスさん。エンリに教えてもらいました」
「トルエス様、ゼン様は読み書きと算術は確かに習得してらっしゃいます」
急に話を振られてもエンリエッタは淀みなく即座にトルエスさんに言う。
「エンリエッタ女史が言うなら・・・間違いないだろうけど、それにしても5歳でそれができるのはすごいぞ」
腕を組んでトルエスさんは少し考えるような仕草をする。
「まぁ、書類整理ぐらいならできるか。わかった。明後日の昼食後に俺の屋敷に来てくれ」
「トルエス、すまないな、頼む。もし使い物にならなかったら追い出してくれていい」
その言葉に母上とエンリエッタがちょっと怖い目で父上をみている。
その様子を察したのか、トルエスさんはちょっと慌てる。
「いやいや、アイリとエンリエッタ女史の教育なら問題ないよ、きっと」
と、フォローのつもりで言っているのがバレバレだ。
そんな会話をしていると、屋敷の外から馬の蹄の音が聞こえてくる。
そろそろ人が集まり、話し合いが始まる。
名残惜しみつつ、俺はエンリエッタの美味しい香木茶を飲んでいた。
あれから話し合いは順調に進んだ。
報告会というながれで始まったが、最初に父上がもたらした隣国の情勢が非常に喜ばしことだったので話し合いの雰囲気は非常によいものだった。
隣国トランザニア、この人が住む大陸には5つの国が存在するが、もっとも好戦的で我がルーン王国との戦争が絶えずにとても厄介な相手だ。戦力もルーン王国と同等で、こう着状態が続いている。
その国がいま次期国王の継承問題で戦争どころではないらしい。
国境のトランザニア軍は活動を控えて、しばらくの間は攻めてくることがないようだ。
このことにトルエス様をはじめ、各村長は大変喜び、積極的に開墾の計画を立てている。
現状としてはこのまま作物の備蓄をためて、閑散期にその備蓄で開墾をする方針だ。今後の3年間を視野にいれて、議論をかれこれ数時間している。意見が言えずに聞いているだけなのは苦痛だ。
時折、トルエスさんが話し合っている内容を噛み砕いて教えてくれる。軽そうな人だが、実は面倒見がよく、仕事に関しては真面目に取り組んでいるので王都では部下からの信用も厚かったらしい。エンリエッタ談なので間違いはないだろう。
そうして晩餐とまではいかないが、普段にしては豪華な料理が並べられて、立食式の宴会となる。
こうした宴会のときには父上も陽気に村長たちやトルエスさんと話している。とくに村長たちは、父上が街、隣領の辺境都市オークザラムで買ってきた土産物を楽しみにしている。普段飲めない様な酒や食材、各村長たちにねぎらいの言葉と共に反物や銀細工の小物を渡している。あとは、辺境にしては滅多にいないぐらいの美人で通っている母上からの御酌も楽しんでいるのかもしれない。
「ゼン様は、今年で6歳になるのですか?」
ふと気付けば顔を赤らめた村長の一人、ルクラがワイン片手に俺の側に来ていた。
ルクラはリーンフェルトの屋敷がある村の村長だ。このリーンフェルト領で一番大きな村といってもいい。歳は父上より10歳ほど上なので33歳になるのだろうか。
「はい。今年の夏に6歳になります」
「そうですか。なら私の長女が丁度同い歳です。今度一緒に遊んであげてください、娘も喜びます」
さて、どう答えたものか。
ゼンは昔から母上にべったりで、屋敷からあまり出たことがない。同い年の子と遊んだことはなく、そのことは他の村長も知っているかもしれない。
しかし、いつまでも屋敷に籠りっぱなしだと今後の鍛錬に関わってくる。
俺はこれ幸いにと話に乗ることにする。
「ええ是非お願いします。屋敷の外に出たことがあまりなく、ご迷惑をおかけするかもしれませんが」
「これはこれは驚きました。ゼン様は聡明でらっしゃいますな」
ルクラは感心したようにそう言って笑う。
ちょっと子供ら知らぬ言葉だったのかもしれない。
とはいえ、ちょっと聡い子供ぐらいに思ってもらったほうが都合がいいのでそのままでもいいかと、内心思う。
「いえ、まだまだです。屋敷の外のことは何も知りません。よかったらルクラの村で色々と学ばせてください」
「私どもが貴族様に教えるなんてとんでもない」
ルクラは笑いながら、そう答えるとワインを一口飲む。
そこに他の席で喋っていた父上が、会話を止めてこちらにやってくる。
「いや、ちょうどいい、ルクラ。ゼンを来週の視察につれていこうかと思ってる」
先ほどのルクラとの会話を聞いていたのか、父上はルクラに向かってそう言った。
「それはいいですな。畏まりました。我が家にはそう伝えておきましょう。トルイ様、ゼン様、トルエス様の三名様ですな」
「頼む。他の村長にもそう伝えてくれ」
「畏まりました」
父上とルクラは俺を置いて話を進めた。
視察とは、トルイが任務から戻ると領主として各村を周り、畑や村人の様子を見ることだ。各村には村長の家に一泊二日し、その間に村との交流を深めたり、村人から直接陳情をうけたりする。
いつもなら父上とトルエスさんだけで行っているが、今回から俺も参加することになった。
おそらく今後の顔繋ぎだろう。
「ルクラ、楽しみにしてますね」
俺は、初めての外の世界にワクワクしながら自然とそう答えていた。
今回は必要なのか?と思うほど大した内容入っていません。
次回のヒロイン候補の女の子登場のための伏線です。とはいえ、期待しないでください・・・。