恋のお茶会と隠し事
秋の晴れた空の下でテーブルと椅子を出しての優雅なティータイム。
何時もより少しいい香木茶とラミグラスさんお手製の蜂蜜パイ。蜂蜜たっぷり入っていて、切ると蜜が滴り落ちるほどのパイは口に頬張るとロースィップの甘い匂いが鼻に抜け、サクサクとした小麦粉のいい香りがするパイ生地を噛むと、舌に蜂蜜の濃厚なとろける甘さが広がる。
まさしく絶品。
横に座っている巨漢の男の人の毛深い腕がちらつくが、思わず笑みを浮かべてしまう。
「いかがかしら?私お手製の蜂蜜パイは?蜂蜜にロースィップの香りをつけているのよ」
嬉しそうにニコニコとしたひげ面の男がウィンクしながらそうたずねてきた。
「すごく美味しいです」
「そうでしょ!うんうん、やっぱり美少年は何をしていててもそそるわね」
その一言に背筋に悪寒が走り、俺はパイへの手が止まってしまう。
「アミちゃんダメよ。ゼンはあげないわ」
その隣で俺を見ていた母上がラミグラスさんに向かって少し頬を膨らましながらそう言っていた。
ラミグラスさんは母上の方を見て、手を口に添えながら上品に笑う。
「わかってるわよ、アイリちゃん。ゼン様は私たちのアイドルですもんね」
「そうね。ふふ」
二人は顔を見合わせながら笑い合う。
ラミグラスさんと母上は非常に仲が良い。
母上はラミグラスさんを『アミちゃん』と呼び、ラミグラスさんは母上を『アイリちゃん』と呼び合うほどの仲だ。
こうして、ラミグラスさんは時たまお菓子を持って俺の屋敷を訪ねて母上達とお茶会をしている。母上も王都や花の都市クリューベの話ができるラミグラスさんと話すのが好きみたいだ。
俺もこうして、美味しいお菓子にありつけるのは嬉しいが、こうなんというか疎外感を感じてならない。
エンリエッタは静かに黙ったまま、側で控えている。特にこの光景に対しては思っていないのか無表情だ。王都でもこんな人がいて慣れているのかも知れないが、俺の対面に座っているアンは非常に怯えている。
「アミステリアさん、トスカ村の人達はどうですか?」
俺は再びパイに手を伸ばしながら彼にたずねた。
ラミグラスさんは母上から視線を外し、嬉しそうにこちらをみて言う。
「ええ、順調よ。ちょっと独創性はないけど、一年もしたらある程度のものが出来ると思うわ」
「いいですね。そのままお願いしますね」
「もちろんよ。任せて頂戴。私の可愛い天使の針子さんですもの」
彼は頷きながらウィンクをして答えた。
ラミグラスさんが来てから二ヶ月が経った。
どうやらラミグラスさんはトスカ村の人達、特に女性に絶大な人気があるようだ。
たぶん・・・女性の感性がある男性だからだろう。力仕事も率先して行ってくれて、教育にも熱心、話も歯に物を着せぬ言い方で面白い。仕事に関しては鬼のように厳しいが、お手製の料理を差し入れしたり、恋愛相談にも乗るそうで、彼女達から信頼されている。
このまま行けば順調に商品が出来そうだ。
俺とラミグラスさんの話を不満そうに聞いていた母上が、頬を膨らませながら言う。
「ゼン、またお仕事の話?最近そればっかりよ。もう、仕事以外は訓練だー、狩りだーとかばっかり。そろそろ恋の一つでもしたらどうなの?ほら、こんなに可愛いアンちゃんがいるんだし」
そう言いながら母上はアンに近寄って頬ずりをする。アンはその話を少し伏しながら聞いていたが、母上に頬ずりされて、照れた顔をしていた。
俺は母上の話を困ったような顔で聞いていると、隣にいたラミグラスさんが俺を見つめながらいう。
「そうね。ゼン様はいつも難しい顔をされているから恋をすればもっと素敵になると思うわ。ほら見て頂戴。私なんてお肌が艶々で笑顔が素敵でしょう?」
ラミグラスさんはテカテカしている顔の口をぎゅぃっと引きつらせて、恐ろしげな笑みを浮かべる。
俺は少しおしりをずらして、距離をとり、引きつりながらなんとか作り上げた笑顔で答える。
「そ、そうですね。でもほらアンも俺もそんな歳じゃ―――」
「わ、私はアイリ様とゼン様達のお世話をするだけで嬉しいです」
俺の言葉を途中で遮って、アンが小さな声で決然と言う。
俺も母上も、ラミグラスさんも声を上げたアンを見つめた。
その視線でまた顔を伏せながらアンが言う。
「す、すみません。ゼン様の話の最中に・・・」
アンがちょっとシュンとして自信なさげにそう言った。
それを見たラミグラスさんは感無量といった顔で声を上げる。その手がアンの手に覆い被せて。
「アンちゃん!なんて可愛いのかしら!ああ!まるで熟れる前の青い果実のように清らかで瑞々しい!そして、その果実のなんて甘酸っぱいことかしら!ちょっとまって!来た来た来た!降りてきたわよ!」
そう言い終わるとラミグラスさんはアンから手を離して猛然と、椅子の下に置いてあった鞄から羽ペンとインク瓶、紙の束を取り出してテーブルで何かを書き始めた。
アンは呆気にとられながらそのラミグラスさんの様子を見ている。
彼が書いているのは服のデザインだ。ビックリするぐらい精密なアンの人物像を書き、その服をデザインする。猛然と書き込まれるイメージ画はアッという間にその服の詳細な柄まで書き込み、あらゆる角度からのその服を描き出す。
この場面だけ見れば、一流のデザイナーだと頷けて頼りがいがあるのだけど、いかんせん性格が濃すぎる。
「そうねぇ。恋といえば、エンリちゃんもそろそろ見つけたらどうかしら?トル君なんていいと思うんだけど?」
ラミグラスさんのデザインを見ながら母上がぽつりと呟くように言った。
その言葉にぴくりと眉を顰めてエンリエッタが母上に向かって言う。
「奥様。ご冗談が過ぎます。私は子がなせない身。トルエス様もそんな女には興味がないと思います」
「そうかしら?とてもいい組み合わせだと思うわ。子供なら養子を貰えばいいのだし」
母上はエンリエッタに向かって言う。
その案は大賛成である。
薄々俺も思っていたがそうすればリーンフェルト家の団結は強固になり、安泰だ。
俺は笑みを浮かべて母上に同意する。
「いいですね、母上。トルエスさんだってそろそろ身を固めて我が領地で暮らして貰わないと」
俺の擁護が気にくわないのか、エンリエッタは眉間に皺を寄せながら俺を軽く睨んでくる。
「ゼン様も何を仰っているのですか・・・」
エンリエッタは少し諦めたのか、ため息をつきながらそう言った。
そこに書き終わったのかラミグラスさんが顔をぐいっと寄せて声を上げる。
「アイリちゃん、トルエス様とエンリエッタ様が結婚したらいいと思うの?」
ラミグラスさんがとても興味深そうな目をして母上にたずねる。
それを見た母上はラミグラスさんに笑顔を向けて答える。
「ええ、そうすれば私も嬉しい」
その母上の言葉にラミグラスさんは自分の両手で身体を抱きしめながら身体をくねらせて言う。
「なんてことかしら!得られない愛!秘めたる恋心の行方!ああ、この苦しくて切ない恋の官能が私の下半身を刺激するわ!ダメよ、アミステリア!考えてはダメ!来ちゃうわ!来ちゃう!あぁぁ・・・う゛っ!」
ガタンとテーブルが揺れて、香木茶の入ったカップが音を鳴らす。ラミグラスさんが低くて太いくぐもった声を漏らし、身を屈めてテーブルを打ったのだ。
母上以外の俺たちはその様子に唖然としてしまってラミグラスさんを見る。
「アミちゃん、お手洗いは屋敷の奥よ」
母上は笑顔を向けたままラミグラスさんにそう呟くと、ラミグラスさんも今までのことがなかったかのように平然と笑顔を向けて返す。
「アイリちゃんありがとう。そうね、ちょっとお花を摘んでくるわね」
ラミグラスさんはそう笑顔で言うと、非常に洗練された仕草でハンカチで口を拭くと、椅子から立ち上がって屋敷の方へと向かっていった。
その動きは何故か股を締めて、変な歩き方になっている。
俺たちはその様子を眺めて、ラミグラスさんが屋敷に入ると再び視線を交わした。
「母上って凄いですね」
俺は思わずそう呟いていた。
その言葉に母上は小さく笑いながら答える。
「そう?面白いじゃない」
俺はその母上をある種の尊敬の目線で見ながら香木茶を一口飲んだ。
その俺の様子を見ながら母上は少し、こちらの顔を伺うように聞いていた。
「それよりもゼン。貴方、今朝手紙を貰っていたわね。ちらっと差出人が見えちゃったんだけど?」
「えっ?」
俺は驚いて思わずちょっと素っ頓狂な声が出てしまった。
まずい。
あの手紙の差出人を母上に見られたのか。
もっと後になると思って油断していた。
母上はこちらの様子をうかがいながら、刑事の事情聴取のような面持ちで更に聞いてくる。
「あの手紙・・・あれはハスクブル公爵家の家紋が入っていたんだけど?ヘルムート卿ともよく手紙のやり取りしているみたいだし、何かしていると思っていたけど・・・隠し事かしら?」
俺は言葉を詰まらせて、背中に冷や汗が出る思いだった。
今朝届いたのはあのマリアーヌ公爵夫人からの手紙。
そして、俺はまだハスクブル公爵家との婚姻の話を母上達にしていなかった。ヴァルゲンさんとのやり取りの中で、公爵と手紙のやり取りをしている段階だとのことはしっていたが、まだ進展していないと勝手に決めつけていたのだ。話が進展するのは早くても俺が学校に入るときぐらいかなと呑気に構えていた。
その矢先に森の訓練から戻るとマリアーヌ公爵夫人から速達で手紙が来ていた。エンリエッタが受け取ったので母上には知らされていないと思ったのだが・・・。もちろん、手紙が来たら母上にちゃんと話をしよとも思っていた。
「あ・・・えっと・・・その話は後ほどちゃんとしますから」
「そうね。ええ、隠し事は良くないわ。ちゃんとお話をしてね、ゼン」
母上はニコリと笑っているが、その目は笑っていない。
「ごめんあそばせ。ちょっと私も興奮しすぎたわ。乙女として恥ずかしいけどよくあるの」
俺と母上がそんなやり取りをしているとラミグラスさんは、テーブルまで来て恥ずかしげに顔を赤らめて言う。
ラミグラスさんは俺たちの様子を見て、少し不思議そうな顔をして聞く。
「あら?私がいない間にどうかしたの?」
ラミグラスさんの言葉に母上が反応する。
「アミちゃん。男の人の隠し事はよくないわよね?」
「そうね。隠し事は乙女がするものよ。あ、でも恋を秘めた男の人の隠し事はとっても素敵。ダメ。また来ちゃいそうだからこのお話はここまでにしましょう。さあ、楽しいお茶会を再開しましょう。私もお茶を入れるのを手伝うわ、エンリエッタ様」
ラミグラスさんはそう言うと、エンリエッタの側に寄って給仕の手伝いをしようとする。
その事に少し抵抗があるのか、エンリエッタが
「いえ、お客様の手を煩わせる訳にはいけません。ラミグラス様はお座りください」
「あん。もぅ、エンリエッタ様は意地悪ね!私はアミステリアよ!」
その言葉でラミグラスさんは身体をくねらせながらエンリエッタに言った。
一旦、危機は過ぎたけどラミグラスさんが帰ったら大変なことになりそうだ。
俺は熱々で入れ立ての香木茶を持ちながら、そんなため息をついていた。
秋空の爽やかな風が俺を労るように撫でていく。




