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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
第三章 復興の火と故郷の歌
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木陰の午睡

冬の時間は、日照時間の短さなど気にならないぐらいにのんびりと緩やかに進む。

種まきも終わり、農作業としては畑の土の管理ぐらいで来年の春までは特にすることも少ない。領民達は教会に行ったり、家で出来る作業を中心に行った。陶器や樽などの日用品を作ったり、布を織ったり、家の修繕をしたりといった具合だ。

家を失った者は、雪が降らないうちに共有林や一部開放したリーンフェルト家の森で薪をとったり、村の再建につかう木材を切り出したり、赤レンガ作りのために粘土を採取したりしてもらっている。


赤レンガや陶器の粘土に関しては、トック川の川原から採れる。豊富にある粘土を成型して、窯で焼き上げて作る。最初にできあがった赤レンガを使い屋敷の敷地内に大きな焼き窯を作って、そこで大量に焼き上げる。焼き上げている最中はその周りが温かいので、避難民たちはそこに集まって昼食を取ったり、おしゃべりをする交流の場となった。

リーンフェルト家の森から薪を直ぐに取ってこれるのでかなり便利だ。

ある程度レンガを生産できるなら再建のコストも下げられるし、その材料費を避難民の給料に出来るって訳だ。オークザラムの建築組合には悪いけどレンガ代の仲介料は諦めて貰うしかない。


とは言っても、職人でもない領民達が作るレンガだけで村の再建は不可能だ。

およそ600人、世帯は150世帯以上にも及ぶ。150軒の家を建てようと思うと資金も足りない。

そこで計画は、長屋のような5世帯程度が入れる大きさの民家を作り、仮設住宅にして、生活が安定してきたら領民達が時間をかけて家を作っていく。それなら30軒ぐらい作るだけでいい。まとめて作るのでコストも低くなる。

我が領地の民家は、まず木組みで大まかな家の形を作り、壁部分の木材同士の間に、何本もの細めの木を格子状に張り巡らせてそこを細い枝で埋めて切り藁や獣毛を混ぜた粘土を塗って作られる。材料は全部近場に揃っている。

レンガは穀物を貯蔵する倉庫や水車がある粉ひき小屋、火災の可能性が高い鍛冶屋などに限られる。

本当なら輸送する手間を考えて、焼けた村々でレンガを作りたいが、領地内で簡単に良質な粘土がとれるのはトック川だけなのである。あと安全面で焼けた村に領民を派遣するのも躊躇われるし。

ひと冬かけてここでレンガを作って、建築組合の大工達が来たら木材とともに運び出す。


着実に再建の準備をしながら、午後はトルエスさんの屋敷で会計。

王国の税を支払うために、今は穀物の収穫高の計算に忙しい。基本的にこういった会計は10月の始めぐらいから行う。春麦と秋麦の収穫を終えて、その収穫を元に計算するのだが、襲撃の件で収穫が12月に差し掛かったぐらいまでかかっているので税の計算が冬になってから行っている。


村長達が保有農者や農奴達から収穫した麦を回収して、枡で計り、書類にしてトルエスさんに渡し、トルエスさんはそれを元に正確な収穫高を計算し、各保有農者への税の支払いを請求する。

通常、保有農者には収穫の4割である王都への税を支払って貰い、農奴達が麦を収穫したリーンフェルト領の直営農地では収穫の税は領主が直接王国へ払う。

王国への税の内容は、街道の安全保障と国の防衛費に対する使用料みたいなもの。警備隊への給料も含まれている。

リーンフェルト家は父上が国防の重要人物であるために税は軽くて、リーンフェルト直営農地はそこまで払う必要はない。


来る日も来る日も単純計算の毎日で、虚偽も混じっていないかトルエスさんは抜き打ちの検査をしたり、聞き込みをしたりと大変そうだ。

正直、パソコンのエクセルもないし、書類は手書きだし苦痛を伴うが、戦いの痛みに比べれば何のことはない。

意外と細々としたことも好きなので性に合っていたりする。

領地の会計簿、収穫高の記録。請求書の発行や取り立ては王都の税の税率の話がまだなので終わらない。

会計にしてはのんびりとした午後を過ごしている。


そんなこんなで俺たちと領民達は冬を元気に過ごしている。

風邪や病気なども心配したのだが、ほとんど見かけられなかった。風邪気味だと分かった領民達は教会に行き、薬を貰っている。どうやらこの薬がよく効くようで、体調の悪そうな人も薬を飲んで二晩すると調子を取り戻す。

この世界の医術がどうなっているのかを知りたくて、教会のドルッド神父に製法をたずねると、教会の秘術に当たるそうで、修道士ではない人には教えられないそうだ。『ゼン様も修道士になるというのでしたらお教えしますが?いかがしましょう』とか入会を誘われたので何時ものようにやんわりと断っておいた。


そうして、春を迎えた。

禅の意識がこの世界に来て、そろそろ一年。

色々悩んだが、俺はすでにこの世界の住人、いや、リーンフェルト領の領主の息子として生活に馴染んでいる。

俺にとってこの世界は馴染みやすい。

禅のように強さや雰囲気だけで周りから孤立していたが、この世界ではそれらは頼もしさと期待に変わる。

このまま一生をリーンフェルト領で過ごせるならそれもアリだとさえ思ってしまう。日本に帰る未練も、思いも俺は余り感じない。

あの世界の人への思いがないわけではないが、それ以上にこの場所に生きている人達の思い出が強すぎる。戦い、一緒に宴をして、悩んで過ごした時間は濃密で、俺にとっては成長できる場所だ。

血も涙もない奴だと思われるかも知れない。でもそれが俺の本心でもある。

一年であっさり気持ちが変わるのなんて人間にはよくあることだ。


春が来て、領民達はまた畑仕事をし始める。種を撒き、実りを祈る。

土が掘り返されて、癖のある春の土の匂いがする。いろんな生物が動き始め、土が生まれ変わる匂い。そんな匂いが屋敷や道、村一杯に広がっている。

そんなときに、王都の討伐軍本隊がやってきた。


討伐軍本隊はジャン中隊を含み、四中隊、計1000人規模の大隊を引き連れてトスカ村に到着する。その大隊長が俺の屋敷に挨拶に来て、作戦の説明を受ける。大隊が到着するまでに使者が来ていたので、俺はすぐさまドルグさんに伝えて、農奴達19人を引き連れて森番として派遣した。森林官の内情を伝えると大隊長は少し顔をしかめたが、領地の状況から納得してくれたのか何も言わずに頷いただけだった。

これから長くて一ヶ月、早くて2週間で作戦は終了するらしい。


大隊の戦力は、祝福持ちが4人。この中に大隊長は含まれていない。弓兵が300、歩兵600、騎兵100。森の中での戦闘なので騎兵が少なく弓兵が多い。弓兵が多いのはグラックが遠距離武器を持たずに徒手に近いからだ。歩兵で狩り場に引き寄せ、弓兵で止めを刺す。あるいは弓兵と歩兵が奇襲をかける。それの繰り返しで相手を疲弊させて、殲滅する。

指導者らしきグラックパリオンを倒したのでグラックの集団は統率力がない。一万という大軍勢だが、大隊規模でも対処できるとの見立てだが、できれば予備兵力が500でもあればいいと思ってしまう。


その辺は俺の口を出す場所ではないので黙って大隊長の話を聞くだけだった。

およそ一ヶ月間の討伐期間を経て、オークザラムから建築組合の人達が来る予定となっている。

討伐軍が働いている間に、建築組合の人達の受け入れ準備と畑作業をする。トスカ村に駐屯基地があるので各村は安全に作業が出来て、俺があれこれ考える必要はなくなった。

流れに任せて、俺は訓練や畑仕事を視察したり、鍛冶屋で作業を手伝ったり、ドルグさんが森番している場所にカヴァスと一緒に差し入れを持って行ったりして過ごす。


二週間後に、てグラックの群れを討伐したとの知らせが来て領民達と一緒になって喜んだ。

大隊の損傷率は一割を切っていたそうだが、見舞金ということで薬や酒、食料などのお礼をする。

大隊長は作戦の終了を知らせに来て、それらを渡して礼をすると帰って行った。

念のためということで少しの間ジャン中隊を逗留を願うと、また嫌そうな顔をして断られた。だが、三日間なら良いとのことだったので、俺はすかさず母上達の許可を取ってからトスカ村にいく。


大隊が帰還準備をしているところに入っていって、俺はまたジャン中隊長としばらく稽古をつけて貰って彼らを見送った。

ジャン中隊長は最後に『王都に来るんだったら俺をたずねろ。酒を奢らせてやる』と俺にたかる一言を言うと帰って行った。

明らかに俺の方が年下なのに奢られても彼は恥ずかしくないのだろうか?まあ、彼なりの照れ隠しだと思いたい。


それからしばらくして、父上が帰ってきて、建築組合の人達が馬車の列をなしてやってきた。

大工や鍛冶屋、他の職人、荷運びや出稼ぎの労働者合わせて100人。馬車や荷物を合わせるとすごい列だ。

彼らは三ヶ月かけて、村々を再建する。冬の間に貯め込んだ木材やらレンガが非常に役に立つと喜ばれて、彼らはすぐさまナートス村から再建を始める。100人いればあっという間に家が建つ。トックハイ村から木材などを運び出す方が時間がかかり、滞ることもしばしばあった。

もちろん、その間に喧嘩や、言い合い、食料が盗まれたりと問題はひっきりなしにあって、トルエスさんと父上は泊まり込みで再建の監督役になってくれている。俺もそれを手伝うために時たま彼らと一緒になって、問題を解決したりと忙しかった。

でもその甲斐あって、村は人がまた住めるようになった。

柵を丈夫にして、この際だから水車やそのほかの重要な施設に資金を投入して、よくしてもらった。


彼らの宣言通り三ヶ月で再建が終わることにはすでに小麦の収穫の時期に差し迫ろうとしていた。

初夏の訪れ、農村が慌ただしくなる時期。実りを収穫する季節の始まりだ。

太陽が高く昇り、まだ温かく爽やか風が小麦の穂をさざ波のように揺らす。その音と風を肌で感じて、俺は穏やかな気持ちになる。昼食が終わった昼下がりに、畑の横にある木陰で昼寝をしたり、ちょっと気取って本を読んだりする。遠くに目を向ければ、俺と同じように木陰で休んで談笑している領民達が見える。のどかな、ほんとうにのどかで平和なこの光景を時々目に止めながら、ゆっくりと過ごす。

温かい草の上に寝っ転がって目を閉じると、何もかもがどうでも良くなって睡魔が襲う。眩しい太陽が目蓋の裏を刺すが、そんなのは気にならない。初夏の草木の匂い、草の触り心地、風が前髪を撫でて過ぎ去っていく音、あらゆるものが調和して、俺を溶けさせる。


禅は平和という物に飽きていた。

俺は今分かる。何故飽きていたのかを。

彼はただ与えられる平和に飽きていたのだ。この世界で平和を得るためには、自らがつかみ取らなければならない。グラックの襲撃を経て、村を再建し、一時の平和が訪れる。実りの穂を揺らし、希望を得る。それが自由を得て、生きる実感となっている。

だが、俺は少し思う。

禅がいた世界もまた、誰かが掴み取った平和だったのだ。誰かが汗と血を流して掴み取った平和。それを与えられているだけと思い込んでいた。だけど違う。自分もまたその平和を掴む一人であることに変わりはない。その掴み取っている人達に紛れて、実感がないだけだった。

穏やかな時間、平和というもは簡単には手に入らない。それがよく分かる。

禅は、もちろん俺でもあるのだが、その実感を自覚しなければならない。その掴み取る人々の一人であると。そうすれば今度はもう少し違った形であの世界を過ごせていたのかも知れない。


感傷が過ぎるかもしれない。

それはきっと俺がこの世界を自分の世界だと受け入れ始めたんだと思う。

禅がいた世界、それが遠のく。

禅の十数年間、その思い出が一つずつ俺の中で溶け込んで、ゆっくりと一体化する。それはもう思い出すことが出来ずに、だけど俺という存在となる。

ゼンの記憶もそうだ。溶けて、俺という存在になる。

二つの記憶が混じり合い、溶け合って俺という存在になりつつある。

それでいい。禅も祖父の教えを発揮できる場所で生きて満足だし、ゼンも母上達や領民達を守ることが出来て満足だ。

今までもしてきたことだが、改めて俺は俺として生きる。

この世界のゼン・リーンフェルトとして。


俺はそう思って、上半身を勢いよく上げた。

さて、これからトルエスさんとトスカ村の羊毛について相談しないといけない。

大きな畜舎が出来ていつでも羊をいれることができる。トスカ村の人達はまだ屋敷にいて、戻るには少し時間がかかるがそろそろ計画を煮詰めなければ。

俺は背中に着いた草を払って、立ち上がる。


さあ、今日も我が領地のために働きますか。


明けましておめでとうございます。

気づいたら新年でした。新年そうそう0時5分のアクセス数は15PV。私の小説を読んで新年を迎えた人がいるかも知れない可能性に少し驚いております。

いつも読んでいただきありがとうございます。

2016年が皆様にとって良い年でありますように。

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