家族会議
10/7 加筆修正しました
「では詳しく説明してくれ」
食堂の空気が重い。
2時間前なら幸せそのものの団らんだったが、今は目の前にいる父上や母上、エンリエッタも俺の話を真剣に聞こうと身構えている。
エンリエッタが入れてくれた香木茶、紅茶のようなお茶が湯気を揺らめかせて置いてある。
俺は父上から目線を外し香木茶に向ける。
ゼンの世界では、祝福は非常に重要な意味を持っている。
その祝福は人生を大きく決定するものだからだ。禅の世界では職業などは自分の努力で自由に選択可能だった。しかし、この世界では職業については祝福があるだけで決まってしまう。いくら努力しても神という超常の存在が許した能力は、影響力が大きいからだ。
神は様々に存在する。
騎士、魔法使い、研究者、為政者、商人、裁判官、神父、盗賊、鍛冶師など、これらだけでも人間の生活に奥深く存在していることがわかる。祝福をもつ人間がいないと文明が回らない可能性もある。ただ、救いとしては祝福をもたない人間が半数以上なので神の祝福が無くなったとしても生き残ることはできそうだが。
それぐらい重要な意味がある祝福持ちは、国から厳密に管理される。12歳以降に王都で3年間の教育が義務とされ、騎士系や武人の神ならば軍属、他にも職業系なら王国専門職人となる。
また、婚姻も制限される。祝福は血統によって受け継がれると信じられているからだ。実際に貴族から多くの武人の祝福もちを輩出している。したがって、俺の祝福が武人の神であれば、貴族との婚姻が義務化する。職人の神であれば、比較的自由な婚姻がみとめられているが。
俺はどう答えたものかと、悩みながらも香木茶に向けていた視線を父上に戻し答える。
「それが知識と武術の経験だけで、他には何もなかったんです」
「それは・・・真名をお伺いしていないのか?」
視界の端で父上は眉をひそめる。
真名とは祝福を授けた神の名前のことだ。
神は自らの真名を明かし、授けた人間にその能力を与えるのが一般的である。真名を与えられないということは神の能力を十全に使えない半端者かもしれない。
父上は武神ダルギースト様の祝福を受けているので血統的には武人の可能性はあるが、禅という異世界の知識がある時点でその枠組みで考えるのは難しい。
「はい、知識と武術を与えるとの御言葉だけで真名は・・・」
目線を上げて父上を見る。父上はやはり考え込んでいた。
母上は黙っているが、不安そうに俺と父上を見ており、エンリエッタはいつも冷静な無表情で父上を眺めている。とはいえ、エンリエッタも緊張しているのか、その瞳は不安げだ。
「ちなみに知識というのはどういうものだ?」
ここで答えにくい質問が来た。
知識で一番有名なのは知神オールデスト様。だが、知識を与えるのではなく閃きや思考速度、記憶能力、集中力を高めるだけであり、神の知識を得ることはないはずだ。
まあ、この祝福の理解は禅の記憶を得る前のゼンが絵本やドルット神父から聞いていただけなのでどこまで本当なのかは分からないが。
ここは慎重に答えなければならない。
異世界の記憶などと答えることはできない。
そして今俺が告げようとするのはこの世界では忌み嫌われるものの可能性がある。
それだけで裁判にかけられる可能性が。
本当にこのやり方でいいのかと疑問に思う。
だが、俺のこの異世界の知識と技術をなるべくこの世界から隠すにはこれ以上の答え方を俺は思いつかない。
俺は小さく息を吸って、吐き答える。
「魔法を使わずに生活を豊かにする技術です」
その言葉に父上は戸惑っている。
ゼンの世界では魔法は否定してはいけない。魔法を否定することは祝福をもたらしてくれた神々を否定することになるからだ。
したがって、俺の答えはある意味、神の存在を不用とするかのように聞こえるだろう。ゼン一家は敬虔な主神トールデンの信者だ。すでに存在しているのに信者とは違和感あるが。
「魔法をつかわない・・・?」
「はい、でも魔法を否定してるわけではなく、魔法を使えない民が豊かに暮らす知識です」
おそらく父上は俺の言葉を聞いていないのだろう。
それもそのはずだ。
魔法をつかわない技術や知識、これはつまりこの世界の人間が最もおそれる時代を思い出させたからに違いないだろう。
「まさか・・・暗黒時代の知識ではないよな・・・?」
父上は自分の言葉に信じられないといった表情だ。
暗黒時代。
約5000年前の300年間に神の祝福がほとんどなかったと言われている。神々が人を見放したとも。
ドルット神父はよくその暗黒時代を引き合いに説法をする。
曰く、文明は退化し、人々は獣ののようになり、あらゆる善が悪へとなり果てた忌まわしき時代。それを教訓に人は神への感謝を忘れず、祈りを捧げよと。
その時代の書物や建造物あらゆる遺跡は破壊され、その技術も伝承してはならないと定められている。
故に、暗黒時代の人間がどのように生活をしていたかは誰も知れない。しかし、魔法を使わない高い技術があったことは、遺跡を破壊した人間たちによって伝えられている。
「わかりません、知識だけですから」
「・・・。武術は何が使える?」
「剣、槍、斧、棒、弓、格闘の一通りが使えます。得意なのは剣です」
「魔法は?」
「使えません」
その最後の答えに父上は目を閉じる。
そして、しばし黙りこむ。
目を開けた時父上は鋭く俺を見る。
「わかった。ゼン、真名がわかるまで一切の祝福された知識の使用を禁ずる。また、今後はこの領地の領主となるために育てる」
「ありがとうございます、父上」
俺は感謝していた。
暗黒時代の知識をもった人間は即座に異端者として、抹殺あるいは存在だけで国家反逆罪に処刑される可能性がある。これは神教国家アースクラウンが主導した国同士の取り決めだ。その知識を持つ可能性がある俺を守るために父上がそう判断した。危険な知識が発覚しないように、そして領主として育て、神官や神父がいる王都に近づかないように。
本来なら軍属の父上ならば、息子であろうと神官に付き出し、神教裁判を行う必要がある。
「あ、あなた・・・」
母上ははらはらと泣きながら父上に抱きついた。
暗黒時代というのはこの世界の人間にとってそれだけ罪となる。敬虔な信者の母上は父上の決定がどんなものであるか、正しく理解している。
「アイリ・・・。すまない、俺はお前やエンリに罪をかぶせてしまう。ゼンのことは口外してはならない。エンリエッタ、ゼンの父としてお願いする」
父上はエンリエッタに深く頭を下げた。
「旦那様、頭を上げてください。恐れ多くも私もゼン様を自分の息子のように感じております。例え罪になろうとも私は一切口外いたしません。主神トールデンに誓って」
エンリエッタは強い意志を感じさせる瞳でそう言って、胸元で聖印をきる。
そのエンリエッタの言葉に安心したのか、父上は大きく息を吐いて、なるべく笑顔を見せて言う。
「さあ、難しい話はここまでだ。せっかくの集まったのだから、食事にしよう」
俺はこの家族に果てしない感謝をしつつ、はい、と言って答える。
罪を被せてしまったこと、それでも俺を守ってくれると言ってくれたこと。
だが、本当にこれでいいのか?
俺は彼らが愛するゼンとは別物。愛らしく無邪気なゼン・リーンフェルトではない。
裁判にかけられるような罪をこの三人に被せて、俺は本当にいいのか?
こんな卑怯で、冷静なやり方を思いつく禅の知識がいらだつ。
理解している。これが最善の方法。
禅の記憶をもつゼンの挙動が不審に気づく家族への対処はこれ以上はない。領民達は外に出ない俺のことを、ゼンのことをほとんど知らない。外で動いてもゼンがおかしくなったとは気づかれないだろう。だから家族を抑えておく。
罪を被せて共犯にし、秘密を秘匿する。
そして、禅として望むことができる環境。
手に入れたい状況は揃ったが、そんな方法をとった自分自身に苛立ちを覚える。
罪の意識の描写を書き加えました