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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
第三章 復興の火と故郷の歌
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散々な訓練

降神祭も滞りなく終わり、雪が降り始める前に俺はある場所に来ていた。



「ハハハハッ!いいぜ、かかってきな。舞え、魔飛鏢(フェイシュトール)

その声と共にあり得ない光景がそこに広がっていた。

ジャン中隊長が無手で構えもせずに言葉を告げると、三本の鏢が浮かんでいる。

ひょうとは禅の世界では中国の暗器だ。懐に隠して投擲する。その形状は様々で、菱形や矢じり形などがあり、投擲の軌道を安定させるために後ろに鏢衣という布をつけている場合もある。今ジャン中隊長が使っているのは、細長い棒状の物。

訓練と言うことで刃がついてない鏢を使ってはいるが、それは鉄製で当たり所と速度が悪ければ死に繋がる。


俺は剣を構えつつその光景を分析しながら口を開く。

「それは魔法ですか?」

「おいおい。戦場で呑気におしゃべりか?まあいい。そうだ。俺の魔法であり、我が神の力だ。いいからとりあえず黙ってボコられろ」

その瞬間、凄まじい速度で鏢が俺を襲う。

前、左右から空気を切り裂き、鏢が迫る。俺はその右側の一本を剣でたたき落として、右に身体を反らせる。

直線的な軌道の鏢はそのまま俺には当たらずに後方へと流れていく。


投擲武器の鏢は素直に直進する。

ならばその軌道を見切り、避ければいい。まだ三本なら躱せる。

剣術を教えてくれた禅の祖父なら5mという間近にいる暗殺者二人から同時に投擲武器を投げられてもたやすく躱せる。

ジャン中隊長は12mは離れている。そこから投げられたら俺でもたやすく躱せる。


問題は後方に行った鏢がどのような動きをするか分からない。

俺は身体をジャン中隊長と直角にして、後方を左側に彼を右側の視界におさめ、剣を正眼に構える。

「甘ぇよ」

彼の呟きとともに、右脇腹に衝撃と苦痛が火花のように飛び散る。

俺はあまりの衝撃に前に身体を吹き飛ばされて、倒れ込んだ。


「甘ぇ、甘ぇな。一つ言っておく。お前らのような普通の人間が祝福持ちと戦うなんざ考えるな。見かけたら即座に逃げろ」

俺はその言葉を聞きながら右脇腹を左手で押さえて立ち上がる。

「そうしたいですね。そうしたいんですが、逃げられないときもあります」

「ご大層なことだな。俺の魔飛鏢(フェイシュトール)はたたき落としただけじゃ無駄だぜ」

彼はそう言いながら鏢を戻らせて、自分の周りに浮かばせる。

「もう一度おねがいします」

「ほらよ」


彼はそう言いつつ、先ほどと同じように鏢を走らせる。

俺は先ほどと同じように剣でたたき落とすと見せかけて左手でつかみ取った。そして、同じように躱し、彼に向かって走る。

「それも甘ぇ」

その瞬間、引っ張られる様な感覚とともに俺の身体が浮く。体勢を崩して、前に足を向けて転ばないように踏ん張るが、その間に集まってきた二本の鏢が鈍い音とともに俺の背中を叩いた。

「ぐっ」

苦しさで息が詰まる。

俺は振り向かずに背中にある鏢を剣で打ち払う。その鏢が地に落ちている間だけでも距離を詰めようと走るが――

「だれが三本だけと言った?」

俺の目の前には5本の鏢が浮かんでいた。

その光景に愕然としてしまう。一体何本の鏢を操れるのか?

「切り裂け」

死刑執行人のように無慈悲な声が上がると、鏢の群れに打ち据えられ、身体中を貪られるように殴打された。

何度も何度も打ち据えられて、身体が麻痺する。自分が肉袋になって叩かれる。その音が脳髄に響く、内出血であらゆる場所に苦痛が伴う。身じろぎすることも出来ない。ただ顔を両手守り、その群れが喰い飽きるのを待つしかない。

「あ・・・ぐぅ・・・あ・・・・」

俺が完全に地面に倒れるとその群れは引いた。


「おい?聞こえてるか?だから言ったじゃねぇか、無駄だと」

「魔法・・・薬を・・・それでもう一度です・・・」

地面に触れる頬が冷たい。打ち据えられすぎて全身が発熱している。


俺は苦しさを紛らわせるために声を上げてそう言った。

本当はもうしたくない。

無駄だと改めて分かった。だが、諦めたくない。

言葉にすれば少しは諦められなくなる。



「・・・いいぜ。おい!誰かコイツが持ってきた魔法薬を飲ませてやれ」

ジャン中隊長の言葉をきいた兵士がやってきて無理矢理俺の口に魔法薬を注ぎ込む。

たちどころに痛みが引いていく。腫れが引く。少し感覚の鈍くなった重い身体を上げて俺は構える。


「もう一度です」

俺は自分の気持ちを奮い立たせて、彼に言う。

彼はそれを聞いて、にやりと人の悪い笑みを浮かべた。

「いいぜ、限界までやって見ろ。舞え、魔飛鏢(フェイシュトール)

そこには二十本余りの鏢が浮かび上がる。

絶望しそうになる気持ちを抑えて、闘志を奮い立たせ、俺は彼に向かって走る。

なるべく当たらないように、当たっても転びにくいように重心を下に、体勢を低くして駆けた。




少し分かった。


全身打撲で、血は滲んではいないが痣だらけになっている。もはや中級魔法薬でも治らなかったというか、それ以上飲むと致死量になってしまうとのことで今の打撲は治せないでいた。

俺はトスカ村で駐屯しているジャンリッスパード愚連隊のテントの前でたき火に当たりながら考えていた。


ジャン中隊長の鏢は何か伸縮性のゴムのような物で操られていると考えた方がいいかもしれない。

直進や逆進は凄まじい速度が出るが、軌道を変えるのは遅い。遅いとは言え、普通に軌道を変えてくるので厄介だが。

彼を中心とした直進と逆進を巧みに使い彼は鏢を放ってくる。

魔法と言っていたが、魔力をゴムの特性に変えているのかもしれない。

それは変幻自在で、考えがつかないほどに多彩な攻撃をする。敵の前面に配置して、注意を惹きつけながら背後に鏢を回して奇襲したり、全ての鏢を前面に押し出して放ち、突破口を開いたり、無数の鏢を敵の周りに置いて包囲したりと。


切り裂きジャン。その能力はまさに切り裂くことだ。今回は訓練のために棒状のものだが、細い菱形にして刃を研げば、瞬く間に切り裂かれて血だるまになるだろう。

そして、自分の周りに配置すればそれだけで防御となる。

攻守のバランスが良すぎる。

操れるのは20本だけではないだろう。自分の手の内を晒すようなことをあの人がするはずもない。それが100本、200本となれば彼にかなう者などいるのだろうか?

一応、攻め方としては鏢の届かない遠距離からの攻撃。それぐらいしか思いつかない。


「糞ガキ、どうした?ボコられすぎて頭が飛んでるのか?」

たき火の向こう側にいたジャン中隊長が声をかけてくる。

「いえ、ジャン中隊長の攻略法を考えていました」

その俺の発言で火を囲っていた兵達が笑い出す。

その中で俺を見ていたジャン中隊長は呆れたように声を上げた。

「ハッ!懲りない奴だな。マジもんの馬鹿だな、お前は」

「馬鹿でも貴方を倒せればなんでもいいです」

兵達がにやついて笑っている中、彼だけは真剣に俺を見て、そして火に目を向ける。

「そうだな。その気持ちだけは立派だ。俺がお前ぐらいの年齢で、んなこと考えたこともなかった。そのときはオヤジを殺すことだけを考えていた。そんなおめぇの気持ちがわからねぇ。だがな、諦めんな。血反吐吐いてでもな」

静かに告げる彼の言葉で周りの兵達も沈黙している。

俺は彼に聞き返す。

「ジャン中隊長は父親を殺したのですか?」

彼は火に向けていた目を俺の方へと戻す。

そこにはギラついた殺意が宿っている。炎よりも暗くて燃え上がる闇が宿っていた。

「まだだ。アイツはまだ生きてやがる。まだ殺せる。それだけが俺の希望だ」

俺はその言葉と迫力に息を飲んだ。そこまでの復讐心が宿る理由はわからない。だけど生々しく彼は歯を見せて喜んでいる。

自分が父親を殺すことだけが希望だと言いながら彼は笑う。

どれだけの恨みがそこにあるのか、俺には想像もつかなかった。


その顔を見て、俺は悲しいと思い率直に彼に言う。

「悲しいですね・・・」

その言葉を聞いた彼は鬼のような表情をして、俺の元まで来て、俺の襟首を掴み自分の顔に寄せた。

憤怒の顔つき、阿修羅のごとき顔、見据えるその目が真っ赤に血走っているように感じた。俺の顔を叩く、彼の吐息は白いが熱を帯びて、獣の匂いを思い出させる。

「てめぇ!人を見下してんじゃねぇ!これは俺の感情だ!俺の希望だ!他人の貴様がとやかく言ってんじゃねぇよ!!!」

怒号が耳に痛い。鼓膜が割れて、脳髄に彼の憤怒が響く。

彼はそう叫ぶと俺を投げ捨てた。冷たい地面に打ち据えられて、苦しく咳をしてしまう。

その俺が見上げるの、見下ろしながら彼は続ける。

「二度とお前が、お前ごときが俺を評価すんじゃねぇ。次言ってみろ。切り裂くぞ」

彼はそう吐き捨てると身を翻して、自分のテントの方へと向かっていた。

彼の周りにいた兵達も俺に冷たい一瞥を向けると無言で彼に従い、離れていく。


俺は彼らがいなくなった後で地面に寝っ転がり、星空を無言で眺めた。


散々な日だ。

祝福持ちの戦闘力の高さに絶望して、そしてジャン中隊長の逆鱗に触れてしまった。

俺はまた失敗した。

人をちゃんと見ていなかったから、それ見ようとして、人の心の奥底に不用心に踏み込みすぎた。


あのとき悲しいなどと言うべきではなかった。

確かにあれは彼にとって見下しているのと変わらないかもしれない。

彼の気持ちなんて考えずに、俺が自分の価値観で言ってしまった。

彼にとっては、大いに問題はあるが何よりも大事な希望。それを他人である俺が易々と口にして良い物ではない。

彼の周りにいた兵達もそれを分かっている。触れられたくない過去や感情もある。だから、それを一番よく知っているジャン中隊長に付き従う。彼がもつ黒い激情が、彼らにとっては心地いいのだ。


人は何かしらの傷を抱えている。

ジャン中隊長の部隊はその傷が深い者達が多いのかも知れない。

彼らはその傷が信頼の証。その傷こそが彼らの結束。

死と隣り合わせの任務で、倒れていく仲間は誰もがその傷を見て、そして死んだものの傷を自分に刻みつける。

それが彼の部隊の強さなのかもしれない。


ジャンリッスパード愚連隊。

切り裂きジャンは敵に数々の傷をつけるが、彼の心にはそれ以上の傷が刻み込まれている。

俺はそれを尊敬する。

血に濡れながら、藻掻きながらも生きて、任務につく彼らが強いと思った。


俺はそんな傷を受けて、果たして生きようと思うのか?

復讐心を抱き、それを果たすために死に直面しながらも必死にあがき続けられるだろうか?


誰も答えてくれない星空を見つめながら、俺は考えながら夢想する。

果たしてそんな日がくるのだろうか?


ドクンと心臓が鼓動する。

地面を震わせて俺の鼓動が響いてくる。

冷たい地面は何故か温かく俺を包んでいた。


ふと思い返し焦る。

明日も稽古あるんだけど、すごい気まずいな、と。

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