収穫祭③ 故郷の歌
「我ら大地の子 種片手に捻れば
一つ二つ
芽が出る 茎が伸びる
だけど綺麗な子がいったてよそ見しちゃ行けないよ
我ら大地の子 鎌片手に持てば
三つ六つ
穂が実る パンが出る
だけどご馳走が出たってよそ見しちゃ行けないよ
我ら大地の子 片手に捻れば
一つ二つ
黄金が出る おまんま出る
我ら大地の子 黄金の子
俺たちゃ大酒飲みの大地の子 黄金の子
よそ見せず畑耕す大地の子」
陽気に歌う農民達と伴奏を俺は火にあたりながら聞いていた。
村の人達が好んで歌う曲だ。
自分たちが農民であることを讃え、その歌の中でよそ見をするなという教訓も込めている。
素朴な歌がなんだか今日は無性に心地よい。
火の前で演奏者に導かれて歌う歌い手、それを囲んで皆が同じように歌う。合唱が火の煙とともに満天の星空に消えていく。酒を飲みながら笑い、隣にいる人と肩を組み楽しくしている。
「ゼン様、ありがとうございます」
俺の隣でエール片手にして、静かに聞いていたルクラがしみじみとそう言った。
火にあてられて、そう静かに笑うルクラはどこか清々しいような顔をしている。俺はその声を気持ちよく聞いて、彼に答える。
「ルクラ、こちらこそありがとう。アルガスのことも、急に祭りをしたことも、全部俺の勝手だった。それに付き合ってくれてありがとう」
ルクラは俺の言葉を聞いて、微笑んだ。そして俺から目を離し、歌っている人達の方へと顔を向けながら口を開いた。
「いえ、ゼン様は私たちのために、私の息子のためにしてくれたことです。ゼン様はどこか人と違います。領主でも、村の者でもない。迷い込んだ別の世界の人のように考え方も何もかも違う。あなた様は私どもを同じ者として扱う。私たちの・・・自由を守ってくださっているように思います」
ルクラは静かに言う。
俺は彼の表情を黙って見ていた。その顔に俺のことをどこまで見抜いているのかを注意深く見てからルクラに言う。
「そうかもしれない。俺はなんて言うのかな、自由に生きたいんだ。農民だとか、神父だとか、領主だとかじゃなくてこうして皆で笑い合って生きていたい」
ルクラは俺の言葉を聞き、こちらに顔を向ける。
「ゼン様、その考え方はとても素晴らしいです。ですが、人は生まれながらに違います。その立場も、生き方も。私どもは農民です。あなた様とは違う。どんなに努力したところで、それは絶対に違います」
「わかっている。でも、人は自由だろ?立場や生まれも違うけど生きることは自由だ。生きるために色々なことがあって、制限される。だけどその中で生きようとする者は自由だ。生きること自体が自由なんだと俺は思う」
「それは死ぬのも自由ですか?」
ルクラの言葉に俺は一瞬迷う。だけど答えは決まっている。
「ああ、自由だ。だけど殺されるのは自由じゃない。それこそが一番の不自由だね。一番の敵だ」
「ゼン様はどこを目指されているのですか?」
ルクラは静かに聞く。
俺にはその答えを持っていない。
禅の時はそれを考えて迷い、この世界に来た。
ゼンとしてここにいて何をしたいのだろうか?
分からない。
グラックの襲撃のときは必死に生き残ることだけを考えた。
オークザラムでは突拍子もない将来のことを聞かされて不安になった。
そして今、リーンフェルトの人達とこの地のことを考えて俺は何を思うのだろうか?
ルクラから目線を外し俺は村の人達を見る。
楽しく歌う人達、飲み比べをして楽しんでいる人達。手を叩いて歌の拍子をとる母上やアン、その横に微笑んでいるエンリエッタ。トルエスさんはその母上達を静かに見て、お酒を飲んでいる。
この光景を見て、俺は何を感じるのだろうか?
ただ俺の立場で問題を解決したいためだけに執り行った祭り。
だけどそれはもう、解決だけのためにしている訳ではない。
俺はずっと見ていたいからここでこうして眺めている。
ルーン王国、俺たちの国は今揺れ動いている。水面下では何が起きているのか想像も出来ない。
ただ眺めているだけではこの光景を守れない。
彼らとともに自由に生きられない。
俺はもう一度ルクラを見た。
「ルクラ、俺にはまだ目指すところはない。だけどこの光景をいつまでも見ていたい。ずっといつまでも見ていたい」
俺の言葉を聞き、ルクラは少し黙ってから口を開く。その顔は心より嬉しそうだった。
「ゼン様、貴方はもう私たちの仲間です。我らの子です。どのような先があろうとも我らがいることを忘れないでください」
「ああ、ありがとう。絶対に忘れないよ」
俺はルクラに感謝をした。
俺はルクラの言葉に心より感謝をする。
自分はこの世界で初めて故郷を胸にした。
帰るべき家と帰るべき故郷。
我がリーンフェルト領を。
歌は流れる。
「我ら大地の子 黄金の子
俺たちゃ大酒飲みの大地の子 黄金の子
よそ見せず畑耕す大地の子」
この地に生きる子として、畑で麦を手にする者として。
この大地に生きる子として俺は今生きている。
いつまでも流れ続ける歌を耳にしながら俺はそう思った。
追加修正入る可能性があります。
特に食事の記述等について




