収穫祭① 開催前の時間
朝早くから俺は何時もより仕立ての良い服に着替えて屋敷の外に出た。
父上が好む臙脂色の装飾された羊毛のジャケットを麻のシャツと黒のジレ、下には臙脂色の羊毛のズボン。靴は何時もの半長靴ではなく、踝までの仕立ての良い革靴。我がリーンフェルトの紋章が入った黒いマント、白い麻で作られた手袋をして、あまり嵩の高くない鵞鳥の羽毛のついた三角帽を被っている。
こんなフォーマルな服がよくあったなと思ってしまう。この服だけでかなりの金額がするだろうに。
昨日の晩に書斎から部屋に戻るとエンリエッタがこれを準備してベッドの上に置いてあった。俺の身体はスクスクと大きくなっているはずだからこの服もその内売られることになるだろう。
外は少し日が出てきて、薄ぼんやりと明るい。まだこの明るさだとちょっと見にくい。
だが、すでに外の避難民達はたき火を起こして、食事を終えていた。
いつもより二時間ばかり早い。
彼ら避難民達は全員で祭りの準備と売店をすることになっている。
食材はリーンフェルト家で手配し、市場価格にほんの少しばかり手数料を加えただけでそれを元に串焼きやミートパイのようなラスクート、小麦粉を水で溶かしクレープのようにして蜂蜜をつけて食べるお菓子などを作り売る。もちろんその利益が彼らの懐にはいる。
宴は夕方なのでそれまでの昼食やら間食を領民達にその売店でして貰い避難民の臨時収入になればと思っている。
流石に夕食以外までウチがもったら偉いことになるし。
彼らは荷車に小麦粉の入った大きな麻袋を一杯にしたり、炊事場にあった鍋やら調理器具を積み込んでいる最中だった。たくさんの活気ある声が朝の庭に木霊しながら、彼らの口元は少し白い息を吐いている。大人達は忙しく荷馬車の周りに集まって、その側にいる子供達は彼らの指示で井戸や炊事場を行ったり来たりしながら物を運ぶ。
その顔は誰もがこれから始まる祭りを楽しみして笑顔で、寒い中でも元気よく動き回る。
俺はその光景を見ながら収穫祭をして良かったなと早くも思っていた。
「ゼン様!おはようございます!」
その俺に気づいたグレンダが水の入った桶を持ちながらこちらに駆けつけて笑顔で挨拶をする。彼女は長い赤毛をうなじで一纏めにしている。その髪をまとめる布には花をあしらってある。服も以前見たときよりもほつれを直してあるのか、綺麗になっていた。
きっと祭りのため彼女達なりに精一杯のオシャレをしているのかもしれない。
俺はそのことに嬉しく思いながら彼女に声をかける。
「ああ、グレンダおはよう。手伝いをしているの?」
「はい。ゼン様のブーケファロスを洗っていました」
「寒いのに手がかじかんでしまうよ?ブーケファロスは大丈夫だからたき火にあたってきなよ」
暗くて分かりにくいが、彼女が桶を持つ手は赤いように思えた。
「いえ。へっちゃらですよ。それに折角のゼン様がしてくださるお祭りですもの。ゼン様には格好良くしてもらわないと」
そう言いながらグレンダはまだ見えない太陽のように笑う。
俺はそれを見て、頷きながら口を開く。
「皆のお祭りだよ。でも、そうだね。威張って皆を見下ろすためにもブーケファロスには綺麗でいてもらわないといけないね」
「はい」
彼女は笑いながら答える。
俺はグレンダと一緒に厩舎に行き、ブーケファロスの身繕いをして、彼女にお礼を言ってから屋敷を出た。
朝早くからすることがあるのだ。
その頃には日が東の方から昇ってきて、道の上や樹木の梢をキラキラと光らせた。最近は風も弱くて穏やかに晴れていたので朝露が降りていた。葉を落とした樹木がゆっくりとした下り坂の左右にはえている。蹄の音も静かに木霊して、葉の落ちた木を抜けて遠くまで響いていそうだ。ブーケファロスとともに息を白くしながら俺たちはトックハイ村に向かう。
まずはトルエスさんの所に寄ってからルクラ邸へ。
今回の祭りはルクラ邸が本部事務所となっている。祭り自体が村の中心部で行われる。
駆けていくと直ぐにトルエスさんの屋敷に到着して、少し眠そうなトルエスさんを引っ張り出してルクラ邸に行き、アルガスを除いたルクラ家族と村長達を伴って、教会に向かった。
村の中心部はまさにお祭りの用意で足の踏み場もないような状況だった。
中心部をぐるりと囲むようにテントのように木を柱とした簡素な売店やらこの日のために呼んだ商人達の店、あとはゴザが引かれている。
ゴザはフリーマーケットだ。トックハイ村の人達が自分たちが使わなくなった日常品を売る場所となっている。一世帯が売る物は限られているので日を三つに分けて、持ち回りで販売することになっている。
今回の祭りは、気晴らしの側面が強いが三つのことを盛り込んだ。
一つは、トスカ村の人達の臨時収入。これは彼らが売店をすることで少しでも稼げるようにと言う配慮のためでしている。彼らは今回の襲撃で最も被害を受けている。リーンフェルトが雇って少額ではあるが給料を払ってはいるが、それでも将来を考えるとお金はあればあるほどいい。
もう一つは、村の外部から外貨を稼ぐことだ。エポック村やナートス村には避難の時間があったからちょっとした家財道具や家で価値のある高価な物を運ぶ時間があった。それは意外と価値があったりする。でも領地に止まっている彼らはそれを売ることが難しい。村に来る交易商人はもちろん信用できる人達をトルエスさんが選んでいるが、彼ら個人で取引をする場合は足下を見られてしまう。それ自体が悪いわけではない。でも今はそれを許すことはできない。今回は外部の商人を招き、質屋として店を開いてもらう。商人達には税を取らない代わりに、適正価格での取引や他のことを確約して貰った。ここまでに来る資金の半分を支払い、宿代も免除している。そう言った好待遇もつけている。
最後の一つは、領民達内部で物を循環させること。もちろん外部の商人達にはたくさん古着を仕入れて貰って売ることになっている。だが、できる限り領地から外貨の流出を防ぐためにフリーマーケットで物を循環させる。その際の取引には税を取らない。
この三つのことを盛り込んだためにギリギリまでトルエスさんや村長達、商人達とのやりとりをしてなんとか、漕ぎ着けた。
ここまでに商人達とかなり難航していたので困っていたが、ヴァルゲンさんの鶴の一声で商人達は承諾してくれた。商人達も難航させてもっといい条件を引き出そうとしていたが、ヴァルゲンさんが『同じ王国民が困っておるのだ、協力してやろうとは思わんのか?』と言ったらしい。手紙でその辺のことを愚痴りながら書いていた。意外とあの人は筆まめで二週間に一度は状況やら世間話を書いてくる。あの大きな身体で小さな手紙に字を書くのを想像すると面白い。
彼は収穫祭の話をするとすぐさま食料を提供してくれた。凄まじい量になりそうだったから半分だけありがたく頂戴した。そのお陰で祭りの費用が低くなった上に白パンはたくさん作れる。白パンは村長を始め、誰もが喜んだ。白パンはお祭りごとには欠かせない。
食べ物や売店に関してはルクラや村長達に全て任してある。彼らはお祭りを行うことには慣れている。
俺はただ、商人達やヴァルゲンさんとの交渉とフリーマーケットとトスカ村の人達に売店をさせることを提案しただけだ。
祭りは領民全員で行うことになった。
各村にいた人達をトックハイ村に戻して、お祭りを行う。
トスカ村は離れているので昼過ぎぐらいに着くらしい。
すでにトックハイ村にはたくさんの人が準備をしている。この日から三日間は休みだが、誰も休もうとはしない。早く酒を飲みたい人達は準備を手伝い、それが終わってからお酒が配られるのだ。朗らかに笑い合いながら荷物を運んだり、水を運んだり、荷車を押している。村のパン焼き小屋は三日前からフル稼働している。昼夜問わずに小麦粉を練り成型して、パン焼き窯の火の温度を管理して、パンを焼く。先に平べったい板をつけた木の棒でパンを次々に入れていく。焼き上がったパンは大きな饅頭のような形で、湯気を立てながら十個以上を木の板に乗せて女性達がトルエスさんの屋敷やルクラ邸や教会の方へと歩いて行く。その列の中には丸いチーズの塊を乗せた女性も混じっていた。
そして一番はお酒だ。エールがたっぷり入った大きな樽を転がしながら男達が楽しそうに今日の祭りのことを話している。五百人ぐらいがたっぷり飲めるお酒の量は凄まじい。この領地の人達というかこの世界の人達は特にお酒をよく飲む。朝は控えているが、仕事をした昼の軽い食事のときや夕食にはエールを飲んでいる。領地のエールはできあがったものを持ち回りで、エールハウスという居酒屋に提供してお金を稼ぐ。レシピは各家で違うのでどこどこのエールができたぞ、という一声でエールハウスが満杯になることもあり、エール作りの上手い女性は人気者だ。エールハウスでは一律ジョッキ一杯1青銅貨つまり100円ぐらいで飲めてしまう。安すぎて皆が好むのも分かる。
エール自体はカロリーが高いので酔わなければ運動後にはいいかもしれないが、水分補給ではないのでほどほどにした方がいいと思う。
そういった準備をしている人達が俺たちを見て、笑顔で挨拶をする。
今日は楽しみですね、晴れていて良かったですねと口々にいいながら言葉を交わす。
そんな楽しい思いをしながら俺たちは教会の扉を開けて、その中にはいる。
教会は木とほこりっぽい臭いではなく、焼きたてのパンやチーズの香りで溢れていた。
木の教会は広くはない。40人も入れば一杯になるような大きさで、今は椅子を外に出して、壁のほうでパンやチーズが石と木で作られた棚に置かれている。
奥には祭壇の前に立っていたドルット神父と修道士達がこちらを振り返ったところだった。
ドルット神父は初老の爺さんだ。白髪と白く長い口髭、人の良さそうな瞳を皺の奥にしまい込んでいる。修道士のような地味な服ではなく白い巻頭衣に装飾された長い肩掛けのような物を垂らして、ツバのないぴったりとした司祭帽を被っている立派な神父様だ。修道士達は左右の壁際に控えている。
「皆様、おはようございます。良い朝ですな。主のお導きに感謝していたところですよ。主の恵み、愛、聖霊の交わりが皆さんとともに、さあこちらへ」
ドルット神父はそう笑うと静かに肩掛けから手を出して俺たちを招く。
俺たちは静かに胸で聖印を切ると頭を下げながら彼の元まで歩いていった。
リーンフェルト領では石造りの立派な教会を建てることができない。簡素な木と、祭壇に少し貴金属を使った像や祭具を置いてあるが、やはりどれも質が良くない。でも、ドルット神父はこの教会を長年守り、修道士一人とその見習二人と一緒に暮らしている。その三人はこの領地の孤児だ。両親を事故などで亡くし、教会に入ることを決意した者をこのリーンフェルトの教会で成人になるまで一緒に暮らす。そして、成人になれば彼らは少ない財産と交通費を持って修道院に行く。帰ってくる者もいるし、そのままどこかの地で暮らす者もいる。今は一人が修行から帰ってきて、ドルット神父の後を継ぐ者と二人はまだ成人になっていない
俺たちは静かに祭壇の前に行き、神父の後ろで膝をつき頭を垂れる。それを確認してドルット神父が前を向いて、祭壇に聖印を切って神書を朗読する。
「使徒エスルの言葉。『私は霊峰より下された生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。私が与えるパンとは、世を生かすための私の肉である。私の肉を食べ、私の血を飲む者はいつも私の内におり、私もまたいつもその人の内にいる』神書使徒エスル記6・51-58」
朗々と、威厳をもって朗読が終わり、神書に目を通していたドルット神父が本を閉じて、胸に抱き俺たちの方を振り返って見た。
「今、神国アースクラウンに主がおられます。グラックの襲撃という試練をお与えになり、我らを試す主はゼン様をお導き我らに今日という日を迎えてくださいました。この教会を満たす素晴らしいパンを主への感謝とともに戴き、また新たな信仰心で次の試しを乗り越えましょう」
そう短い説教をすると、壁際に控えていた修道士が歩みでて、白パンの欠片と葡萄酒が入った金の杯、金貨数枚が入った小さな革袋を乗せいている木の板を俺に渡した。それをそのまま神父に渡す。受け取った神父はそれを祭壇の上に置いて、祈りを上げて杯をかざすと、
「主にすべての誉れと栄光は世々に至るまで」
と結び、その合図とともに教会にいた全員が心を込めて、祈り歌う。
「主よ。霊峰より慈しみくださる我らの主よ。全天を司る我らの父よ。願わくばその御名を崇めさせたまえ。御心が神国になるがことく、この地にもなさせたまえ。我らの日ごとの糧を、今日も与えたまえ。我らに罪を犯す者を、我らを許すがごとく、我らの罪を許したまえ。我らをこころみにあわせず、魔神より救いいだしたまえ、国と力と栄えとは、限りなくなんじものなればなり、アイオーン」
『永劫に』という意味を最後に全員で口にする。
そして、俺たちは立ち上がり、神父の前に順番に並んで神父が手にしていた杯からパンを千切って渡される。それを感謝と祭りの成功を祈りながら口に運ぶ。
全員に行き渡るとまた祭壇に振り返って感謝とともに杯をその上に置いて、聖印を切って頭を下げる。
俺たちもそれに倣い、感謝を捧げる。
「感謝の祭儀を終わります。この素晴らしい収穫祭が平和に成功しますように」
と神父が宣言して、祭りの成功を祈るミサが終わる。
本来ならもっと時間をかけて、様々なことを行うが今日は忙しいので簡素に済ませた。
ミサが終わると厳粛に進めていたドルット神父が朗らかに笑って口を開く。
「皆様、今日は主に祝福された収穫祭を致しましょう。我が教会もこの日を楽しみにしておりました」
その言葉とともに集まった皆が思い思いに動き出した。雑談する者、教会から出て準備をしに行く者。
俺は神父に近寄って声をかける。
「ドルット神父様。ミサと教会を貸していただきありがとうございます」
俺が声をかけると神父は茶目っ気たっぷりに答える。
「何を仰いますか。このような日を設けてくださり、私どもも感謝しております。この教会にあるパンの匂いは悪魔の囁きですよ。お腹が減ってしかたがありません」
「ご安心ください。その囁きは十課の鐘で消えます。夕方にはお腹いっぱい食べられますよ」
「ハハハ。それは楽しみですね。お返しに私どもの香草酒と蜂蜜酒もお楽しみください。ゼン様はまだ召し上がれないのが残念ですが・・・」
ドルット神父は言葉の最後を申し訳なさそうに言う。
「お気になさらず。私にとって皆が楽しんでいるのが一番のご馳走ですから」
俺の言葉にドルット神父は朗らかな笑みを消して、ちょっと真面目な顔つきで口を開く。
「ゼン様、前々からお話ししていましたが、フランシェス会の修道院に入会しませんか?」
その言葉に俺はなんとも言えない表情をしていると思う。
ドルット神父から襲撃以来熱心に修道院に入会するよう勧められていた。そのせいで元々あまり意味を感じていなかったミサへ足が遠のいてしまっている。
どうやら、フランシェス会はミティス派の修道院みたいでルーン王国では最大の修道士を抱えている。他の修道会がほとんどアースクラウンにあるために必然的に最大となっていると言った方がいい。神国に住まない信者の会で、貴族や領主の次男以下は軍人か文官になるか、修道士になるかの選択を迫られる。修道院長になれば領主に近い権力をもつ。少なくない者達がそれを目標として入会している。
だが、ドルット神父はリーンフェルト家の嫡男である俺を推している。
神父が熱心に推薦する理由としては、目覚ましい出世をした聖職者を入会させた者は、同時に出世するということもあるが、彼は純粋に俺が教会のためになると思っているのだろう。
ちょっと営業トークをしすぎたかな?とも思ってしまう。
「お気持ちは嬉しいのですが、やはり私はリーンフェルト家の嫡男ですから」
俺は申し訳なさそうな顔をして答えた。
「そうですか・・・。私は襲撃のときのゼン様が頭から離れません。主が再びこの大地に降り立ったときに使わした使徒だとさえ思っております」
偶然だと思うが、俺が襲撃に備えていたときに主神トールデンが再び神国の教皇に祝福を授けたらしい。そのことを真面目に取ったドルット神父はよくそれを口にする。
だが、俺の禅としての記憶がこの世界に来たのは偶然ではないかも知れない。
禅は主神トールデンによってこの世界に来たのか?だったらそれは何の目的で?
もしかして、今主神は俺を探しているのか?接触があるとして何が想定される?
それ以前に禅はこの世界にとって、招かれる客あるいは招かれざる客か?
招かれざる客であれば警戒しなければならない。できればこの地を離れて群衆に紛れ、身を隠さなければならない。教会に睨まれたらこの国では生きるのが難しい。異端審問にかけられたり王国から逮捕されても不思議ではない。その手が家族まで及ぶだろう。
ぐるぐると不安が輪を描き、俺の心の中で回る。
しかし、俺には分からないのだ。なら考えるだけ無駄だ。心に留めるだけでいい。
楽しい祭りの期待がその不安で霧散する。
俺は一瞬目を深く閉じて、再び神父を見る。
「使徒様だなんて恐れ多いですね。私は私です。トルイの息子です」
「申し訳ありません。歳を取るとしつこくなってしまっていけませんな」
そういって雰囲気を変えるように神父は笑った。
俺はドルット神父にお礼を言ってから教会を後にする。
教会は村の医療施設だ。薬草や神父の魔法によって怪我人を見るために教会に残り、祭りのために働く。
もちろん、今回の祭りのためにリーンフェルト家からは寄付をして、その賃金を払っている。
一体どれだけのお金がかっているのか・・・。
いやまあ全額知っているけど。金貨40枚、日本円で400万円。イベントとしては規模から禅の世界からすると安いと思う。リターンはほとんどない。
それぐらいなら父上の三ヶ月分ほどの給料だな。
父上には三ヶ月間ただ働きをしてもらうか。
俺は軽く村の周囲を見て、それからルクラ邸に戻った。
祭りは四課の鐘、10時頃から始まる。それまではルクラ邸の食堂でゆっくりとお茶を飲みながら、問題が起きれば対処することになっている。
こういったときにあまり領主がうろちょろしていて、準備している人達に気を使わせても悪い。
ルクラも奥方もトルエスさんも外で作業をしている。
俺はアンにお茶を入れて貰い、二人で飲むことになった。
「アン、ごめんね。お祭りの日にこんなことに付き合わせて」
俺は伝令役と俺の世話係のためにルクラがアンを俺の側に置いたことを謝った。
アンは椅子に座りながら首を振る。
彼女は毛糸でできた薄い赤色の袖の長いワンピースにケープのような肩掛けをして、刺繍がある亜麻のかぶり物をしている。首にはこの前渡した貝殻の首飾りをしてくれている。お土産を渡したとき彼女は大変喜んでくれたと思う。はにかみながらも感謝をしてくれた。
彼女は言う。
「いえ、お気になさらないでください。ゼン様と一緒にいれて、楽しいですよ」
「ならよかった・・・そうだ。読み書きを教えるよ。色々とあって最近はしてなかったし」
俺の提案にアンは驚く。
「いいんですか?」
「ああ、時間もあるし大丈夫だよ。今何読んでいるの?」
アンはちょっと考えながら答える。
「今はアーコラスの王子様を読んでいます。持ってくるので合っているかどうか聞いてもらえますか?」
「もちろん」
俺がそう言うとアンは自分の部屋から絵本を持って来る。
それは深い森に住む孤独な王女が恋をする物語だった。
彼女は丁寧に、そして綺麗な声で歌うように朗読する。
やはりアンは頭がいいと思う。俺が少し教えただけでもう一人で本を読めてしまう。
俺はアンが読んだ絵本を貸して貰い、彼女が合っているかどうかの確認をする。
絵本は木版印刷で彩色された絵の横に手書きで文字が書かれていた。
こうしてのんびりとアンと二人で過ごしながら収穫祭の開催を待った。




