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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
第三章 復興の火と故郷の歌
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話し合いの流儀

エンリエッタと相談した次の日に我が屋敷でトルエスさんやルクラを交えて収穫祭について相談をした。

ルクラも収穫祭については賛成の様で認めてくれた。彼は他の村の村長を束ねる役も兼ねているので他の村長には自分から伝えると言ってくれる。エンリエッタというよりも我が家が殆どの費用を出し、家畜を放出して収穫祭の宴は執り行われる。だが、麦などの穀物類は余裕がないのでオークザラムのヴァルゲンさんに手紙を出して、彼のお抱え商人から穀物やらを買うことになる。

そういった細々とした手配や畑作業のこともあるので祭りは霜が降りる直前、種まきが終わってからということになった。ついでに王都の討伐軍にも振る舞おうということになっている。


討伐軍の規模はおよそ250人。グラックの襲撃の規模からすると少ないが、我が領地に隣接した場所にも派遣するのでそれぐらいの規模になる。とは言え、訓練された王国軍だ。十分に活躍してくれるだろう。彼らが来たら、自衛団の面々を種まきに導入できるので作業が一気に捗る。

今回のもてなしもその賃金ぐらいに思えば損はない。


彼らはトスカ村に駐屯する。調査や巡回、街道沿いの討伐などで二ヶ月ほど駐屯し、もし大規模なグラックの集団が発見されたら本格的な討伐が行われる。今回は調査の面が強い。

俺はトックハイ村に一部駐屯して、村の防衛にも当たってほしかったがトルエスさんによってそれは止められた。ここは警備隊もいるので彼らに任せるという。

その理由は結構単純だ。

簡単に言ってしまえば討伐軍の風紀が悪いと言うこと。

軍は大きく分けて、国境や王都などの重要拠点を守る守護軍、都市や村の治安を守る警備軍、街道の安全を守る討伐軍に分けられる。守護軍や警備軍はその性質上、秩序を守ることが第一とされて、風紀がいい。だが、討伐軍は他の軍になじめない乱暴者や流れ者が多く占めるので簡単に村に入れると問題を起こす可能性が高いということだ。彼らは正規軍というよりも傭兵に近い。貴族などの上流階級の人間がほとんど士官にはならずに実力だけでのし上がった者達が上に立っているという。討伐軍の上位はもちろん貴族だが、結構くせ者揃いで扱いに困るというのが元軍人のトルエスさんの意見だった。


今回派遣されてくるのは第34討伐中隊。中隊長はフッザラー家勢力のベルトルド・リッツォーリ子爵の四男ジャン・リッツォーリ卿。彼は祝福持ちで戦闘凶と有名らしい。その中隊は困難な任務を好み、討伐における最も危険な深部調査を担当している。隊の損耗率と入れ替わりが激しく、補充されるのは犯罪者すれすれの無法者揃いで通称リッスパードジャン愚連隊。リッスパードとはアーベルン語で『切り裂く』と言う意味がある。切り裂きジャン部隊は彼の統率により部隊として優れている。反面、かなり風紀に問題があるらしい。

魔物の姿形は様々だ。狼型、熊型、爬虫類型などの様々な動物の型が存在し、そして人型がある。人型は知能も高いモノも存在し、能力的には人に似た性質を持つ者もいる。グラックも最弱の人型。心の優しい者は殺す者ためらわれる。だが、彼ら切り裂きジャン部隊は姿形関係なく悉くを切り裂く。それは心情的には人殺しに近いのかも知れない。任務とは言えそれこそ忌み嫌われても仕方がない。


しかし、俺は派遣されてくる討伐軍のジャン・リッツォーリ卿に会ってみたいと思った。

この世界では俺は恵まれている。俺の周りには理解ある人たちや心の優しい者達ばかりで、どうも俺を客観的に見てくれる人が少ないと思っていた。俺はそれを不安に思う。

上に立つものとして賛同だけを言う者を信じてはならない。それが祖父リオ・ラインフォルトの教えでもあったからだ。

時には批判や反発する者の意見を耳にして、自分を省みることが必要だ。賛同も批判もどちらか一方だけでは成り立たない。そのバランスを上手く調整して自分を見つめることが必要なんだ。


目まぐるしく過ぎていく日々の中で俺はそんなことを考えながら討伐軍を待っていた。

訓練、祭りの準備、各所への手紙、肉を確保するための狩り、各村への視察。

充実した日々はあっという間に過ぎた。


エンリエッタと相談してから二週間たったその日、村からトルエスさんの知らせを持ってきたベルクが昼食時の俺の屋敷を訪れた。

その日は各所への準備が終わって、比較的時間がとれたので何時もより森で訓練を行ってクタクタになって昼食を食べていた。



「ゼン様!王都から討伐軍が来ました!今トルエス様の屋敷に軍の人達がいます!」

ベルクは村から屋敷までの道を走ってきたのか呼吸を激しく乱しながら屋敷の庭先にいる俺に向かって叫んだ。額に汗を浮かべて、叫び終わると膝を曲げて、背中を丸くしながら膝を支えにして息をつく。

俺は彼に水を一杯飲ませてから彼をブーケファロスに乗せて、トルエスさんの屋敷に早駆けで向かう。


天気は晴れ上がって、霊峰アラフェト山脈が荘厳で美しい峰を白銀に輝かせている。

紅葉はもう終わり間際でよく熟れた果実のような濃い赤色の枯れ葉が道一杯に重なって、ブーケファロスが進む度にカサカサと音を立てる。

俺はジャケットの襟を立てながら、身を切る風を遮って走った。




トルエスさんの屋敷には見慣れない三頭の軍馬が繋がれていた。俺はブーケファロスをその横につなぎ止めて、ベルクに感謝を述べてから逸る気持ちを抑えつつ、深呼吸してトルエスさんの屋敷の扉をノックした。

扉の中からは豪快な笑い声が響いていたが、俺のノックとともにそれはピタリと止んで沈黙した。

しばしの間が空き、屋敷の扉が開けられて、代官服のトルエスさんが出てくる。

彼は俺をチラリと見て、俺の後ろに目を向ける。その後ろに誰もいないことを見ると、また視線を下げて俺を見た。

「ゼン、一人か?」

「はい」

俺は短く答えた。

「そうか・・・ベルグの奴慌てたな。エンリエッタ女史も呼ぶように言ったが聞いてなかったな」

「今から呼んできましょうか?」

俺はちょっと困った顔をしながら彼に聞く。

なんとなく分かる。きっと俺の年齢が問題なのだろう。どうみても子供の俺だけで彼らと会わせたくなかったのかもしれない。

「いや・・・この際かまわないだろう。最初は舐められるだろうが、いつも通りしたら大丈夫だ。さあ入ってくれ」

トルエスさんは扉を大きく開けて俺を招き入れる。俺はそれに従い中に入った。

トルエスさんは俺の前を歩いて、普段よりも丁寧な仕草で屋敷に案内する。何度も入って、案内されずとも食堂までいける。だが、そういった領主を立てることが彼の仕事なんだろう。


俺は直ぐにトルエスさんの屋敷の食堂に行く。

トルエスさんの屋敷の食堂は広い。いろんな人が会議や打ち合わせをできるように長いテーブルと椅子。それもヴァルゲンさんの屋敷でみたような黒くて頑丈なものだ。日常品が殆どなくて、会議室のようにも見える食堂には暖炉の上にルーン王国の国旗や役職を証明する書類や軍人時代の功績をたたえた賞状が額縁に入って飾られている。トルエスさんはこの食堂が嫌いで、ご飯を食べるのはもっぱら書斎だ。俺が料理をしたときぐらいにしか使わない。


部屋とか家というのはその家主の心情を表すと何かで読んだことがある。

トルエスさんにとってこの食堂は生活の糧を稼ぐ場所であり、彼の仕事の立場を誇示する場所。それが家の中でも大きく占めて、彼の本当の心はきっと書斎にあるんだろう。あの本だらけで狭くて雑然とした書斎だけが彼の心安らかな場所なんだ。とても複雑で色々な知識をため込んだ彼だけの部屋。


我が屋敷で食堂や居間は家族の憩いの場所だ。だけどトルエスさんはその場所を忌み嫌っている。彼はあの狭くて雑然とした部屋に一人きりで我が領地や王国、そしてリーンフェルト家を守っている。


この食堂を見て、改めて思う。

彼は何を求めているのだろう?一人きりで何を守っているのだろう?

俺はそれを聞くことが怖い。それを聞いてしまえばトルエスさんが遠くに離れて行ってしまいそうだと思ってしまう。

でもいつか聞けるかも知れない。そんな淡い期待が俺にはある。


そんな感傷に浸りながら俺は食堂を見渡してその場所にいる三人を見た。


食堂のテーブルは暖炉と平行して置かれている。その暖炉を背にした場所の上座、真ん中の椅子に細身だが引き締まった体を着崩したシャツの上から正規軍の胸当てなどだけで身を包み野卑な顔つきをした軍人が座っていた。

燃えるような赤毛が風になびくような髪型、鋭くてナイフのような目つき、その鋭い顔はある種の魅力を感じさせる。研ぎ澄まされた刃物の魅力というのだろうか。


その両脇には巨大な身体に楔帷子を着込んだスキンヘッドの男と長髪で少し表情が読みにくい細身の男。

「そいつが剛剣の息子でここの領主か?随分と小せぇじゃねぇか」

最初に声を上げたのは上座に座った男だった。にやけた顔を隠そうともせずに小馬鹿にしたように俺を見てそう言った。

おそらくこの人がジャン・リッツォーリ卿なのだろう。にやけてはいるが威圧するような気迫がピリピリと肌に痛い。

話し合いなのにまるで戦場にいるような心地になる。それだけで俺の心の底にある何かが囁く。


―――コイツをどうやって倒す?隙を突くか?だが十分に準備をしなければ殺される。両脇の男達も十分に強い。

その囁き声でシミュレーションをしそうになるが耳を塞ぎ、貴族として彼に声をかける。


「領主ではありません。ですが今は嫡男として代理領主を勤めております。ゼン・リーンフェルトと申します。ジャン・リッツォーリ卿」

礼を取りつつ、彼に向かって俺はそう言っていた。

その俺の礼を見てジャン中隊長は眉をひそめて、不機嫌になり低い声を上げた。

「俺をその名で呼ぶんじゃねぇ。俺はただのジャンだ。くそっ!こんな僻地に来たって言うのに出迎えは、ただの役人に成り下がった奴とガキかよ」

ジャン中隊長は乱暴にそう吐き捨てるように言うと足でテーブルを叩くように伸ばした。

両脇の男達もその様子を楽しそうに笑いながら見ている。

「トルエス、話し合いはなしだ。これは命令だ。俺たちの部隊をこの村に入れろ。あんな焼けた村なんぞに置きやがって」

彼は睨み付けながら俺ではなくトルエスさんに向かって言葉を吐いた。

俺とトルエスさんは彼のその言葉に反応せずにゆっくりと椅子を引き、俺は彼の目の前に座る。彼はトルエスさんから視線を逸らしてその様子を睨んでいた。


「いえ、命令は受けません。話し合いをします。現状から申し上げますと貴殿の部隊をトックハイ村に駐屯させることはできません。その規模の場所がありません。それに警備なら警備隊がいます。貴殿の部隊はトスカ村を拠点に調査を行ってください」

俺は落ち着いて彼に向かって言う。

「ああ?なんだこの糞ガキは?ガキはガキらしくままごとでもしてろ」

その彼の言葉に横に居たスキンヘッドの男が堪えきれないように大声で笑い、細身の男は湿気た下卑なクックと小さく笑う。

俺は冷静に言葉を告げる。

「これはままごとではありません。人の命と生活がかかっています。それを守る代理領主として要求します。トスカ村で大人しくしていてください」

俺の一言で男達は色めき立った。


言葉には言葉で返す。馬鹿にされたら馬鹿に仕返してやる。

ここで舐められたら俺だけではない。ここ領民達全員が舐められて、何かしらを奪われてしまう。

ここは引き際ではない。攻め際だ。

熱した張ったりと誇張と虚言のごった煮の油で城壁を破ろうとしてくる者を追い返さなければならない。


ジャン中隊長は周りの男達を制止して、足を下ろし、こちらに身を乗り出すようにして俺を鋭く睨む。

彼は今日初めて俺と対峙した。その瞳が俺を正しく見据えている。


「言うじゃねぇか、糞ガキ。俺たちは別にお前の承諾を必要としてねぇんだよ。勝手にこの村に来てもいいんだぜ?泥臭ぇ女でも使えねぇことはねぇからな」

彼は脅すようにゆっくりと話した。

「そのときは、こちらもグラックの群れと同じ対応をさせていただきます。略奪しかしない統制のとれていない部隊はこの前のグラックよりも楽に相手ができるでしょう」

俺はそれに軽く答える。肩をすくめて、そのことがなんでもないように思わせながら。

「ガキ。んな張ったりが通用するとでも思ってるのかよ?英雄だがなんだか知らねぇが、舐めるなよ」

彼は目を細くして、射貫くように俺を見て言う。

「してもいないのによくそこまで言えますね?それにもしそんなことをすれば私は盗賊としてオークザラムのヴァルゲン・ヘルムート卿に討伐依頼を申請します。東部方面軍に追いかけられるのはさぞ楽しいでしょうね」

「俺たちがそんなことで怯むとでも思ってるのか?あんな城の中で震えてる奴らよりも遙かに死の行軍を重ねた俺たちが」

俺はこちらを睨み付けながら語る一言一言に注意をしながら彼の目と呼吸を見て、テーブルに隠れた手を腰に回す。

紐を解きながら、彼に答える。

「笑わせますね!リッスパードジャン愚連隊と呼ばれた精強な部隊がただの盗賊で、その上―――!」

俺は声を大きく上げて注意を引きつける。

ジャン中隊長とその男達は俺を睨みながら髪を逆立たせて、怒りで鼻から息を吐く―――

その一拍前の瞬間に俺は左手に握っていたナイフを右側に振って、テーブルの下で木の鞘を吹き飛ばした。


俺は無音で素早く足を折りたたんで、椅子の上に両足を置くと、

カン!という硬質な音が食堂に鳴り響き、誰もがそちら側を向く。

注意がそれた瞬間に足をバネにして、飛び上がりテーブルの上に乗って、右足と右手に力を入れて身を低くし飛びかかる狼のようにジャン中隊長に肉迫する。

ナイフは既に閃き、彼の首元、白い喉へと制御して斬りかかる。


だが、小さい音とともに紫電のごとき素早さでそのナイフが防がれた。

彼の袖から幅広のペンのような仕込み暗器が掌に飛び出して俺のナイフを防いでいたのだ。彼はそのまま俺をはじき飛ばそうと力を込めるが、俺はその力を手首と肘関節を使い受け流した。しかし力に負けて彼の首元から大きく離れる。

彼の鋭い瞳が間近で俺を捕らえている。闘志が込められたほの暗い瞳。

両脇の男達は腰の剣に手を伸ばして、抜き放とうとするがそれをジャン中隊長は止める。

「随分、気持ちのいい言葉じゃねぇか」

鋭く睨み付けている彼の瞳から喜色がにじみ出ていた。

「気持ちのいい話し合いをしに来ましたからね。酒に酔ったジャン中隊長の寝床ならもっと上手く子守歌を歌えますよ」

俺はそう言いながら素早く退き、テーブルの上から自分の椅子へと座り直した。

彼はその様子を無言で見ながら、暗器を袖にしまい直す。


彼は俺が座った無言で見終わると、椅子を引き立ち上がった。

「お前ら、話し合いは終わりだ。行くぞ」

その言葉に男達は無言で立ち上がって、食堂を出て行こうとする彼に従う。

食堂を出る前に彼は俺を振り返って口を開く。

「酒だ。五日に一度は十分な量を持ってこい。それがなけりゃ、俺たち全員で直接取りに来る」

そう言い残して、彼は乱暴に扉を開くと出て行った。



彼らが出て行く間、俺とトルエスさんは無言で椅子に身体を預けて耳を立てる。

馬の嘶きと、蹄の音が離れていくのを確認して俺は盛大にため息をついた。

「あれで話し合いだと思ってるんですかね?ジャン中隊長殿は」

俺がぼやくように言うと隣に居たトルエスさんもため息をついて、頭をかく。

「知るか。俺はあんな脳みそが筋肉でできてる奴の気持ちがわからん。それにはお前も入っているぞ、ゼン」

「止めてください。俺は違いますよ」

俺の言葉にトルエスさんは首を横に振って否定する。

「俺の周りはあんな奴らばっかりだ。トルイ、ヘルムート卿、ゼン・・・。もっと話の通じる奴がいてもいいんじゃねぇか?主よ、どうか話の通じる者を使わしてください」

珍しくトルエスさんは聖印を切って、祈りを捧げながら愚痴を言っていた。トルエスさんが聖印を切るところなんて初めて見る。

「いない者はしょうがないですよ。それよりも酒って・・・二ヶ月間の250人分の酒って・・・どこから出しますか?」

「領地からは無理だぞ?ただでさえ苦しいんだ。それはお前の所から出してくれ」

「そうなりますよね・・・。どうしてこう問題が次から次へと・・・。祭りの酒をしばらく回しますが、別途追加で注文しないといけませんね・・・。この際、運ぶのはジャン中隊長の部隊にさせましょうか。250人分の酒って運ぶだけで二十人ぐらい必要ですし」

俺がブツブツと独り言を言いながら考えを整理していると、その様子をマジマジと見ていたトルエスさんが呟くように言う。

「お前って本当に図太いよな」

「そうですかね?必要なことをしているだけですけど」

俺はそう答える。


話し合いかどうかは謎だったが、ジャン中隊長はどこか俺を試していたように思える。

俺はその彼の意図に乗ってナイフを握った。

たぶん、彼の話し合いとはそういう気構えが前提なのかもしれない。腰抜けとは話さない、その立場を認めない。

それが彼の話し合いの流儀なのかも知れない。


俺はジャン中隊長が嫌いではない。むしろ、変な企みをしない分、気楽なものだ。

一度ぐらいは駐屯地に遊びに行ってもいいかなと思う。

祭りの食事を持って行く際にでも会いに行こうかな。討伐軍の差し入れは村の祭りとは別日に行うことになっている。

呑気に考えながら俺はトルエスさんと討伐軍のお酒のことや祭りのことを相談して午後を過ごした。


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