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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
第三章 復興の火と故郷の歌
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ナートス村での騒動(下)

「集まったぞ」

トルエスさんが戻ってくるまで結構時間が掛かった。彼はテントに入らずに外から俺を呼ぶ。

外は重い雲が太陽を遮って、少し暗く感じた。


ここと先ほどの村の中心は少し離れているが、人の喋る声がさざ波のように聞こえてくる。

聞こえてくる話し声からすると彼らは俺がどのような判断をするかに注目しているようだった。襲撃では突然のことで領民達は俺の指示を鵜呑みにしていたが、今日は別だ。この村の諍いをどうまとめるか、それをじっくりと聞くつもりなのだろう。


俺はトルエスさんを待つ間に考えた。

どうやら俺は物事を固く考えすぎるようだ。

元軍人でたたき上げのトルエスさんと俺は物事の見方自体が違うようにも思える。

現場の人間を宥めたり、諫めたりして人間的な情でトルエスさんは村の人たちをまとめる。商人達の取引でも時にはこちらが損をしても、相手が困っていると少し金額に色をつけたり、割引したりしている。それは会計上では領地の損になる。でも、それがちゃんとその人物を見て判断すれば、その損は利益となって返ってくるのだ。もちろん返ってこない場合もあるだろう。

でもやっぱり、商売や領地運営とは生きている人間の営みで、それは複雑怪奇で巨大な機械みたいなものだ。そういった情のような潤滑液がないと営みは上手く回らない。潤滑液を注がないと機械は錆や不具合を起こしてしまう。


俺はグレモンドさん達やシルガさん達の問題をその立場や関係性だけを見て判断した。それは機械の歯車だけを見て、判断したに過ぎない。その歯車が重なり合い、その重なった部分で何が起きているのかを見てはいなかった。

重要なことはその営み全てを見つめることだ。大きな視点で、詳細に見つめる。

それはとても難しくて、大変なことだけど、この地で領主という立場で生きていくためには必要なことだ。


だからこそ、俺は正しく学んで、先ほどの失敗を糧にしなければならない。

その難しくて大変なことに目を向けていなかった俺の甘えを正さなければならない。


そんな風に考えながら俺はトルエスさんに返事をした。

「わかりました。今行きます」

俺は覚悟を決めて立ち上がり向かう。

今から行く所は俺の生きる場所であり、剣を使わない戦う場所だ。

これは宣戦布告だ。

それはトルエスさんや領民達に甘えていた俺への戦いであって、俺自身がこの地で暮らす人たちと本気で向き合うという宣戦布告。

その覚悟を背負い、肩で風を切って進む。

突撃あるのみだ!




トルエスさんの後ろについて俺が村の中心部に行くと、綺麗に並んだ領民達が静かに俺を見つめていた。

天気が悪くなっていく空の下、百人以上の領民達から一斉に顔を向けられて、好奇心の目で見られる。問題を起こしたグレレモンドさん達とシルガさん達はその領民達と一歩前に出て、並んでいた。


本当に宣戦布告する司令官のような場所で少し驚いた。

領民達を前にして俺が立つ場所には木の台が置いてあって、その左をグルシュが固めている。トルエスさんはキビキビとした歩き方で右脇まで行くとその場所に姿勢良く立ち止まった。

俺は今更何も言えずに真面目な顔をして無言でその台に上る。


ちょっとやりすぎなんじゃないですか?トルエスさん

これじゃ本当に宣戦布告みたいだ。


「ゼン様の言葉を聞け!一同傾注!」

軍の士官のようにトルエスさんはよく通る声でそう叫んだ。

なんだか、緑の代官服が軍服に見えてしまった。

トルエスさんの痺れるような号令で、静かにしていた領民達に一層の静寂が訪れる。好奇心から真面目な顔つきになってこちらの言動を期待するように見つめてくる。


内心その様子に焦って考えていた発言を忘れそうになる。

いやむしろ、忘れた方がいいのか?

グラックの襲撃を迎え撃つときに同じようなことがあったけど、そのときは何も考えずにいったらゼルに褒められたし。


そうだな、難しく考えるのはよそう。

今回も、どうにでもなれ、だ。


俺は大きくいきを吸って、領民達全てに届くよう声を上げる。


「皆のもの!皆の働き、嬉しく思う!グラックの襲撃でまだ我が領地は傷が癒えていない。復興もこれからだ!皆の誰もが悲しみ!傷を癒やさんと頑張ってくれている!だが、今日のような諍いは俺にとって悲しい!諍いがあった両者の気持ちもわかる。誰も悪くはない!村を焼き!平和な日常を取り戻せない俺の責任だからだ!」

俺はそこまで言って、一旦息をする。

領民達は俺の責任だということを聞いて、一斉に悲しい顔をした。


村を焼くという判断をしたのは俺だ。もっと上手い作戦を思いついて、村の被害を抑えられなかったのは俺の責任。あれが一番いい選択だっとしてもその事実はどうやっても変えられない。

だけど嬉しいことに領民達はそれを俺に一切言わない。今も俺を見つめている表情は俺のことを責めているのではなく、俺がそう思っているのが悲しいと言っているようだった。

そんな彼らだからこそ、俺は愛しく思い続きを語る。


「だから、今日はそれを償うためにいい知らせを持ってきていたのだ!この領地の復興の目処が立った!辺境都市オークザラムのヘルムート卿が支援すると言ってくれたのだ!まだこれからも復興は続く!皆にも辛い思いをさせる!だが今は我慢してほしい!また皆が愛する村に住めるまで!そして!」

また俺は言葉を切る。だけど今度は真面目な顔つきではない。

精一杯の笑顔で彼らを見る。


一人一人が不思議そうにこちらを見ていた。

俺の表情を見て、何を言うのか期待している。土で汚れたり、畑仕事の帽子を被っていたり、汗ふき用のボロを肩にかけていたりとそれぞれ違っていて面白い。

戦いで命を落とすこともない、村を焼く必要もない。

こんな風な宣戦布告なら大歓迎だ。


俺はそんな思いをしながら話す。

「そして!皆の労を労うため!収穫祭を行う!食べて飲んで、これからの復興の英気を養ってくれ!もちろん!全て我がリーンフェル家が支払いを持つぞ!収穫祭の日取りは各村の村長達と相談して決める。決まったらすぐに知らせるのでしばらく互いに協力し、畑仕事をして待っていてほしい!」


「「「「おおお!」」」」

その言葉が終わるか終わらないかの内に領民達は声を上げて、喜び合う。互いに隣の者と肩を叩きあって、その知らせを喜んだ。

その喜び合う領民達を目の端に留めながら、俺は台から下りて今度は前にいたグレモンドさんやシルガさん達に近づいて俺は声をかける。


彼らは俺が近づいてくると喜んでいいのかを考えるように不安そうな顔で俺を見ていた。

「グレモンドさん、シルガさん。今回の一件の原因は俺のせいでもあります。申し訳ありません。だから俺にできるのはお願いすることです。二人が協力して、この領地のために働いてくれることを。わだかりまりを消せとは言いません。ただ、この村や領地、俺のためにお願いを聞いていただけませんか?」

俺はそう言いながら二人に頭を下げた。


頭の上からシルガさんの焦る声が聞こえてきた。

「ゼン様!頭を上げてください!ゼン様はいっこも悪くはありません。私こそ・・・すみません」

シルガさんに続いてグレモンドさんも焦ったように話す。

「俺もすみません。俺は自分の土地ばっかり考えてました。ゼン様が皆のことを考えてくださったのに・・・」

俺はほっとして、頭を上げて二人を見る。

彼らは肩をすくめて申し訳なさそうに俺を見ていた。

俺は安心して、彼らに声をかける。

「なら、私のお願いを聞いていただけますね。喧嘩もするなとは言いません。ただ、最後には話し合って皆で協力していきましょう」


「もちろんです!」

「おう!」

グレモンドさんとシルガさんは二人でそう声を上げて、お互いを見た。


「グレモンド様、手を抜いて申し訳ありません」

「いや、俺こそ色々言っちまってすまなかった」

そうお互いが謝り合う。


これで手を取り合って、肩を組めば大団円だが、まあ立場の違いもあるので軽く頭を下げ合う程度だ。

でもこれで一応解決と言うことでいいのかな?


「上出来だったぞ」

すぐ側で見守っていたトルエスさんがそう言いながら笑う。

「ええ、なんとかできました」

「だな。まあ、後はお前の所の問題だし任せるわ。一応後で俺も説明しに行くけどな」

俺はそのトルエスさんの言葉で安心していた気分が一気に覚め上がる。


そうなのだ。

つい、収穫祭の宣言してしまったが、我が家の財務大臣に話を通していない。

カヴァスのこともあって財務大臣に収穫祭の話を通すのが大変気が重い。


ある意味我が家の大黒柱で財務大臣、エンリエッタ・エスカータル様を説得しないといけないのだ。


そんな沈痛な思いをしているとポツリポツリと水滴が空から落ちてきた。その水滴は少しずつ勢いを増していく。

雨が降ってきた。

黒々とした雲が空を覆い、寒々とした雨が降る。


ああ、これがこれから起こる凶兆でなければいいのだが。

エンリエッタの雷落ちないよね?

俺は努めてその暗い考えを振り払う。


今はちょっと帰りたくないが、そろそろ帰らないと遅くなるし雨も降ってきた。

俺は重くなりそうな口をトルエスさんに向ける。

「トルエスさん、とりあえず帰りましょうか」

「そうだな。帰るか」


そうしてナートス村から俺たちは家へと戻るのであった。

エンリエッタに会いたくないなと初めて思いながら。



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