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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
第三章 復興の火と故郷の歌
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ナートス村での騒動(上)

「てめぇら!!いい加減にしろ!!」

鋭い怒声が響き渡り、村を覆った。

俺はその声に驚いてその方角を見る。


ちょうど先ほど村に着いて、焼けた門を眺めていた所だった。

その焼け跡はこの領地の傷跡、見るだけで悲しくなってしまう。それを見て、俺は先の戦いでなくなった人たちを思い出す。彼らは領地を守るために命を捧げた英雄だ。


門や柵は炭となって、村を囲っている。今は新しい杭を打ち込み、見窄らしい柵を立てているがこれだけでは安心してこの村に過ごせないだろう。家も焼けて、取り壊されて残骸が残っている。その壊れた家を片づけて、ナートス村に来ている領民達はテントを張って寝泊まりしている。村の倉庫は石造りで崩れ落ちてはいるが、それを修繕して収穫した麦の倉庫として再利用している。

荷車、積み上げられたままの麦、木製の脱穀機、それらの農具は村の道の脇に置いてある。


その声を同じように聞いたトルエスさんは俺を見て、

「ゼン、行こう。何かあったかもしれん。領主として腕の見せ所だぞ」

そんなことを言ってすました顔で、声のした方を顎でしゃくった。

「トルエスさん、支援お願いします」

「おう」

そんなやりとりをしつつ、俺はナートス村の中心部、村長がいる場所に向かった。



そこには、対峙する数人の領民達の集団がいた。その周りでは自衛団や他の領民達がその二つの集団を囲っている。

どちらの集団の服装も同じ、農村の仕事着だ。チェニックと麻のズボン、革で作られた簡易の靴に鍬や踏み鋤を担いでいた。

だが、俺にはわかる。左側はナートス村の農民達で右側は領主であるリーンフェルト農地を管理する農奴達だ。彼らは両者ともに怒りの形相でにらみ合い、農具を掲げて威嚇している。

一触即発の様相を呈していた。それを止めるためにナートス村の村長であるグルシュが両者の間に立ち、落ち着くように言っている。


俺はそれを見て、すぐさまその場にいる全員へ威圧的に声をかけた。

「止めろ!何が起こっている!?」

その声を聞いた領民達はびっくりしたようにこちらを振り返る。ちょうど時間は昼過ぎ、昼食のためか畑に出ている人たちはほとんど集まっているようだ。

「ゼン様!」

いち早く声をかけたのは村長であるグルシュだった。


彼はルクラよりも歳上で壮年に近い。日に焼けて少し丸みを帯びた顔に白髪が目立つ。その白髪は後退して、伸ばされた髭で精一杯の威厳を保とうとしている。服装は他の領民よりもいい。羊毛で編まれたチェニックにズボン。高い革靴を履いていた。


彼は遠く離れて馬に乗っている俺に目を向けて、一声叫ぶと少し顔を顰めた。

どうやらこの事態を見られたくなかったのかもしれない。こういった喧嘩は村長が治める。そうしなければ村長としての威厳がなくなってしまうのだ。

俺はそんなことは気にしない。

俺が進む度に道を空ける領民達を見下ろしながらゆっくりとグルシュの元まで馬を進ませた。

にらみ合っているその集団も俺を見て、気まずい視線を仲間同士に向けるが、怒りが収まらない様子で相手を睨み付けた。


「何があったんだ?グルシュ」

俺はそう聞きながら、馬を下りる。俺の後ろに着いてきたトルエスさんも無言で馬から降りる。

グルシュは言いにくそうに視線を漂わせたが、諦めたように俺を見据えて答える。

「ゼン様・・・お見苦しいところを見せて申し訳ありません。お手を煩わせることはありませんので、私に任せてください」

グルシュの言葉を聞いて、俺はため息をつきそうになった。


別にグルシュの資質を疑っているわけではない。ただ、俺が聞いて代理領主として言った方が問題解決には早い。子供とは言え、この領地の領主の息子で後ろには代官のトルエスさんがいる。発言力は村長のグルシュよりも強い。

俺はグルシュを睨みたい思いをするが、なんとか押しとどめる。

彼も村長という立場がある。それを考慮せずに頭ごなしで言えば、どんな素晴らしい解決策であろうともしこりを残すことになってしまう。

俺はなるべく落ち着いた声を出すように心がけた。

「すまないな、グルシュ。出過ぎた真似だが、折角ここに来たんだ。手伝いたい。教えてくれ」

俺の言葉にグルシュは黙り込むが、俺を追い返す言葉が見つからないのか口を開いた。

「そうですか・・・。この者達は畑の耕すやり方で揉めておりまして・・・領主様からお借りしている農奴達が少し・・・手を抜くと言いますか・・・」

グルシュが非常に言いにくそうに言葉を告げる。その言葉にリーンフェルト領主の農奴達が色めき立ち、グルシュを睨んで声を上げた。

「グルシュ様!それはあんまりな言い方じゃないですか!私たちはゼン様やトルイ様の農地を残して手伝いをしているというのに!!」

その声を上げたのはトックハイ村の壮年の農奴監察官のシルガさんだ。


農奴監察官とは領主や代官の農地を管理する農奴達の中で一番上の位である。農奴達をまとめて、賦役を担う農民達や農奴たちの仕事を監査し、犂耕隊を組織し、その時期などを決めたりする農村の重要な下級係官だ。トックハイ村の農奴監察官にはリーンフェルトの屋敷の修復や村で飼っている家畜の管理も任せられている。

村の命令系統としては村を統治する村長と次に村長を補佐する領主の農地や屋敷を守る農奴監察官。

普段彼らは視察のときに父上やトルエスさんと相談してリーンフェルト家の農地を守って貰っているから、俺との接点はトックハイ村のシルガさんが屋敷の様子を伺いにくるときだけだ。


現在、焼かれた村の畑の対策として、農奴監察官がリーンフェルト家や他の農奴達をまとめて、各村の畑作業、麦の輸送や村の跡地のテントなどの設営といった細々としたことを行っている。トックハイ村の農奴達の多くを他の三村に派遣して復興準備やら畑作業を行っているのだ。


俺がシルガさんを見ていると彼の言葉に反応した者が叫ぶように声を上げた。

「何が手伝いしに来てやってるだ!おめぇらが人の土地だからってサボりやがったのは事実だろうが!」


あーえっと。今声を上げた人が誰なのか思い出せないが、確かナートス村でも大きな土地を持つ人だった気がする。


「なんだと!?お前はこの領地のことが何も分かっちゃいない!おまえ達の言うとおりにしていたらいっこも作業が進まねぇじゃねぇか!」

唾を飛ばしてシルガさんは相手を睨んで叫んだ。

俺はこの場所で、こんな調子では落ち着いて話し合いもできないのでグルシュやにらみ合っている人たちに提案することにした。

「わかりました。とりあえず、別の場所で代表者とグルシュ、トルエス様と一緒に話し合いましょう。結論がでるまで他の人たちは休憩しててください」

俺はにらみ合う人たちに向かって言った。


どうやらすでに恋しくなってきた屋敷に戻るのは時間がかかりそうだ。






一時間ばかり話をしてグルシュとシルガさん、そしてナートス村で結構裕福な保有農者のグレモンドさんを外して、トルエスさんと二人っきりになった。

シルガさんとグレモンドさんは互いに目も合わせるのが嫌なのか始終そっぽを向き合って自分たちの意見を俺に向かって主張した。グルシュは焦りながらもなんとか間を取り持とうと頑張っていた。

今俺がいるのは人払いをしたグルシュのテントの中だ。書類なども書くことがあるのでしっかりとしたテーブルと椅子があって助かった。


どうやら彼らは畑作業のやり方で揉めていた。

自分たちの所有している農地を少しでも丁寧に耕そうとするグレモンドさんと、手伝いに来たのに一々口を出してくるグレモンドさんの指示に腹が立ったシルガさんが諍いを起こしたということだった。


グレモンドさんは、シルガさん達が自分の担当農地ではないからといって手を抜いて作業するという。

それに対して、シルガさん達は領地の危機だから手伝っていることであって、グレモンドさんの農奴として働いているのではないという。

簡単に言えばこんな所だ。


俺はうーん、と唸りながら考える。

どちらも間違ってはいない。


グレモンドさんは自分たちの農地をきちんと耕し、来年の小麦を収穫したいのだ。彼らの気持ちを考えると当然だと思う。彼らはそれを食べて生活している。保有農者は農奴と違って、経営者だ。自分の所有する土地を運営し、作物を収穫して税を払ったり、生活をする。それに今グレモンドさん達、エポック村やナートス村の地主は家などの財産を失った。目の色を変えて自分の土地を耕そうとするの無理もないだろう。


一方でシルガさん達、農奴は労働者だ。グレモンドさん達といった保有農地をもつ地主やリーンフェルト家といった経営者の元で働く。確かに彼らは経営者の指示を聞いてその通りにして、その対価として生活の糧を得ている。そして、今は領地の危機でグレモンドさんが雇用する農奴だけでは作業が終わらない。畑を耕すのは重労働で村総出で耕したり、収穫したりする。それに輸送や警備といったことで人手が足りていないのだ。それをシルガさん達が手伝っているのだが、今彼らの雇用主はリーンフェルト家になる。リーンフェルト家は支払い能力の低くなったグレモンドさん達の代わりに農奴達にしばらくの間、運営資金を支払うことになる。彼らはリーンフェルト家のために、この領地のために早く作業を進めたいのだ。


関係ないことだが、馬鹿にならない出費なんだよなぁ実は・・・。

国やヴァルゲンさんの援助もあるが、我が家の家計は火の車だ。

仕方ないことではあるのだが。


「はぁ・・・」

俺が思わず大きなため息をついてしまう。

隣にいてのんびりお茶を飲んでいるトルエスさんが俺のため息を聞いて声をかけてきた。

「どうだ?なんか解決策は見つかったか?」

その言葉に俺はムッとする。

「今のため息を聞いてそう思えたのならトルエスさんは天才ですね」

「おいおい、俺に突っかかってくるなよ。俺は良かったと思うぞ。まだこの程度で済んでる」

「全然よくありません。大問題じゃないですか。この危機に領民達がバラバラなのは困ります」

「少なくともまだ誰も死んじゃいないし、怪我もしてないからなぁ・・・まあいいからどうせあるんだろ?解決策。俺が判断してやろう」

そんなことを言いながらトルエスさんは偉そうに腕を組んで、俺の話を聞く体勢に入る。


まだちゃんと考え切れていないが、あることはある。

俺はそれをトルエスさんに提案する。

「まず、この問題はグレモンドさん達に保障することですね。税の軽減や家の再建費の負担を保障して、彼らの生活が安定するまで援助を約束します。そして、保障の代わりにグレモンドさん達に農地の作業を早める様に説得します。シルガさん達にはグレモンドさん達と相談して作業速度の妥協点を探して貰うって感じですかね」

トルエスさんは口を挟まずに俺の話を目を閉じて腕を組んで聞いた。彼は俺の提案を丁寧に考え、終わると目を開けて言った。

「ダメだな。一つが保障の期間と内容だ。生活の安定ってどこまでだ?以前の生活に戻すまで一体何年かかると思ってるんだ?数世帯ぐらいならなんとかなるが、彼らは裕福だ。それが数十世帯以上の面倒を見るとなれば金額がでかすぎる。現実的ではない。それにあんな状態の奴らが落ち着いて相談できるわけないだろう」

俺はトルエスさんのダメだしに凹む。胃が痛くなる。

そりゃあ、保障期間はまだ決めてなかったし、考える時間が少なすぎたのが悪い。

俺は唸りながらさらに言葉を出す。それにはちょっと勇気がいったけど。

「保障期間は自立できるぐらいまですかね?家ができて、また村に住めるようになるまで。つまり、再建された村で収穫ができて、食べるのに困らなくなるまでです。相談は俺たちがいればちょっとは落ち着いて話し合えるはずです。取り持ちましょう」

俺の再提案をトルエスさんは首を振って否定する。

そして、急に真面目な顔をして俺を見て口を開く。

「ゼンは上に立つ者としては状況判断と問題点の認識はできている。提案も具体的でわかりやすい。だがな、現場の人間。お前の下で働く者達の感情といったものには少し鈍感だな。こういったことはな・・・」

トルエスさんは途中で言葉を切り、そしてにやりと笑って続きを話した。

「適当でいいんだよ。具体的に言っちまえば、お前の首を絞めることになる。俺たちはオークザラムで再建できるように交渉したんだろ?だったら彼らに向かって希望を言えばいい。村が再建されて生活がちゃんとできるぞ、って希望を言ってそして・・・これだ」

トルエスさんはグラスを握るような手をすると、そのグラスの中身を美味そうに飲む仕草をする。


なんていう人だ。俺が真剣に考えていたのに、さらりと解決策を冗談交じりに言ってしまうなんて。それも俺の悩みを解すように。

ナートス村の道中やこの村のこと。俺は彼を尊敬する。


俺はその仕草を見て、クスクスと笑いながらトルエスさんに言う。

「よくわかりました。お酒ですね。それとご馳走。それも我が家が準備しろって事ですね」

「おう!ここはどーんと領主様の懐のでかさを見せてやれ。金じゃないから大丈夫だろ?この際、家畜を二十頭ぐらい潰して、領地の人たちを労ってやれ。そして彼らのわだかまりも酔わせて、吐かせろ」

トルエスさんは宴が嬉しみなのか楽しそうに笑って言った。


よく言ってくれるよ。お金じゃないから家畜を潰すのはできるが、その家畜も我が家の財産であることを彼はワザと忘れた振りをしているな。

まあいいか、これで領民達が一時でも傷を忘れて、また働く気になってくれるなら。それが領地のためでもある。

やっぱり活気ある領地にしていきたいしね。


俺はそう心に思ってトルエスさんに指示を出す。

「では、先ほどの人たちをさっきの場所に集めてください。俺が彼らにそれを言います」

「そうだな、それが領主様の仕事だからな。わかった。俺が集めてこよう。集まったら呼びに来る」

トルエスさんは立ち上がって、そう言った。

もうその顔つきは代官の顔だ。

俺はその背中を頼もしく見送った。



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