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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
第三章 復興の火と故郷の歌
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領地運営の相談

「お前は本当に仕事熱心だなぁ。そんなんじゃ早死にしちまうぞ?」

嫌そうにトルエスさんは文句を言ってくる。


トルエスさんが遅すぎる朝食をとって、彼の書斎に入り溜まっていた領地の会計記録を取り終わった休憩の時間。

俺がいれた香木茶を二人で飲んでいるとトルエスさんは机に足を投げ出した状態でそんな風に言ってきた。


「俺が死んだら誰がトルエスさんのお墓にお酒をお供えするんですか?」

「お供え?まぁ天国に酒を持ってきてくれると言われたらゼンを先に死なせられないな」

トルエスさんはお供えというのがよく分からないのか不思議そうな顔をするが、軽口を言って笑う。


そっか、魂は神の元に行くから、この世界ではお供えという風習がないのか。体は魂をつなぎ止める物であって、ただの物だ。

最近は禅の記憶に引っ張られるから忘れてしまう。注意をしないと。


「そうだ、ここに来たのは相談したいことがあったからなんですよ」

俺はトルエスさんの意識をそらせるために話を変えた。

トルエスさんは先ほどの話を気にはしていないのか、意識を変えて聞いてくる。

「なんだよ?」

「村の畑のことや大工の手配はトルエスさんに任せますが、トスカ村の村民達のことです」

相談の内容が重いだけにトルエスさんは机にのせていた足を引っ込めて、真面目な顔をする。

「そうだな。あの村は再建したところで単純に村人を戻したとしても自立するのはしばらくかかる」


トスカ村は襲撃の際に半分以上の村民が亡くなっている。それも生き残ったのは女性や子供が多い。このまま村が再建したところで男手のない村が農業をしていくのは難しくなってしまう。

今はまだ屋敷で避難して、トックハイ村の人たちに助けられて生活できてはいるが、いつまでもそのままにしておく訳にはいかない。トックハイ村の人たちにも自分たちの生活がある。


「そこで都市からの移民を考えているんですが、どうでしょう?」

俺の提案にトルエスさんは渋い顔をする。それは俺の提案を快く思っていないようだった。

彼は真面目な顔で俺を諭すように言う。

「それは早いぞ。ゼン、移民は難しい。都市に住んでいるのは市民だ。都市部では大きく分けて市民権をもつ市民と権利を持たない非市民がいる。市民は都市で生まれて、自分の親の職業に就く。彼らは都市に保護されて、戦時下での徴兵と納税の義務を負うが、農村よりもその暮らしは豊かだ。彼らに向けて農村に移民するかと言っても誰も答えないだろう。答えるのは非市民、食い扶持がなくてはじき出された農村の移民や流れてきたあぶれ者だ。そんな奴らを村に招いてみろ。すぐさま問題を起こすぞ」


俺はトルエスさんの言葉にオークザラムで見た貧困街を思い出す。

ボロを着て、やせ細った人たち。彼らはその日の食い扶持を稼ぐために運が良ければ職人の徒弟になる。運に恵まれなかったら日雇いの仕事を貰い、なければ空腹のまま寝るか、犯罪を犯す。そんな人たちが流れてきたらどうなるかは想像するだけで分かる。

人は見かけではない、犯罪者ばかりだと言えないなどと、思うほど俺は純粋ではなかった。


俺が考えているとトルエスさんが続ける。

「それに他の農村もすぐには難しいかもな。各領地の規則は全く違う。領地の法に関しては、昔からのその土地の慣習と領主が独自に定めた法や税がある。だから、法や税は各領によって違う。王国は領主の権利やそういった慣習を認めていて、税の安定的な徴収のために領民の流出を防ぎ、厳しく領民を監視している領もある。そんな法が違う、生活の仕方が違う、まぜこぜの農民達が上手くやっていくには時間がかかる」

そんな風に提案を全否定されたら俺は意地になって反論したくなるが、どう考えてもトルエスさんの言葉の方が正しい。

俺は肩を落として、トルエスさんにたずねる。それは俺がお手上げということだ。

「どうすればいいんですか?82人で村をやっていくにも男手が少なすぎます」

俺がたずねるとトルエスさんは難しそうな顔で考えたが、真面目な顔を崩して、あまりいい提案がないのか破れかぶれで言う。

「俺にもわからん。ヘルムート卿に言って、彼の領地の農村から少しずつ移民がいいとは思うが・・・いっそのこと修道院でも誘致するか?」


最後の一言はいただけない。

修道院を誘致すれば、領地分割が行われる。それは修道院、つまりカソリエス教会に領地を差し出して、その領地の収入や権利を全部渡すようなものだ。

確かに、修道院を誘致すれば、修道士が入ってきて、教会を信仰している人たち、つまり犯罪を犯さない人たちが入ってくる。それは人口を増やすという意味では一番早くて、安全な最善かも知れないが、このリーンフェルトの領主からすれば絶対にしたくないことだろう。


「それはできません。領地が小さくなるじゃないですか」

「だよなぁ。んことはできないな。俺の立場でも」

トルエスさんもそう言われてると分かっていたのか、肩をすくめて言った。


トルエスさんは代官だ。王国の役人で、リーンフェルト領の王国への税を徴収する立場にある。修道院を誘致すればその税が少なくなる。国王が教会から税を取ることができないからだ。

しばらく、俺たちは黙り込む。

そんなとき俺は昨日のテレサさんとの会話を思い出して、ちょっといい案が閃いた。

その提案をするために俺はまずトルエスさんに確認をする。

「トルエスさん、亡くなった農民達の土地って、相続のための手続きをしないといけなかったんですよね?」

俺の言葉に意外そうな顔をしてトルエスさんは答えた。

「ああ。遺言を残さないと保有地は妻か領主の物になる」

トルエスさんは俺の思ったとおりの答えを出してくれた。


保有地は元々領主の物であり、その権利を農民達に譲渡している。その権利は基本的には家長が受けて、遺書が残してあればその人物に、なければその妻に受け継がれる。そして妻もいなければ領主に返還される。その遺言は領地の第三者である王国の役人の代官がすべて預かっている。


俺は男手がなくなった女性達を思い浮かべる。彼女達は力仕事の多い農業をすべてするのは無理だろう。

ならば、その彼女達や領主に権利が渡った広い土地を使って、農業以外をすればいいのだ。

それは女性達や少ない男性達でできるような産業。毎日の生活で絶対に必要で、貿易として成り立つもの。

それは俺が今羽織っているジャケットに使われている素材。

つまり、毛糸だ。

「羊毛業をしましょう」

トルエスさんは考え込んだ。

彼は本当に重要な場面ではすぐさま答えを出さない。とてもよく考えて、現実にできるかをしっかりと検討してくれる。

彼が考え込む数分が長く感じた。

そして、トルエスさんがゆっくりと口を開く。


「それはいいな。確かに一村の広大な土地を使えば羊は数百頭飼える。糞を堆肥にして、放牧が終わった土地を少し耕して牧草をまけば新しく飼料になるな。少しずつ増やしていけば慣れて、その内に毛織物でも作ればそれも売れるな」

トルエスさんは自分が話す内容を頷きながら確認していく。

俺は得意気にその様子を見ていた。


そうなのだ。保有地に関しては権利が守られているので大規模な羊毛などの産業ができなかった。だが、これを利用すれば女性達が働く場所をつくることができる。毛織物産業は女性達の活躍の場だ。我が領地ではやはりどうしても男性が中心となる。彼女達は農業を手伝ったりするが、家にいる間はエールの酒造をしたり、少ない財産である羊や麻、亜麻を使って服や布製品を作って売ったりしていた。


「いい考えだ、ゼン!ちょっと待て、本格的に計画を立てよう。まずは規模だな。すぐさま手配するよりも最初は大きな畜舎を作って、トスカ村の人たちに羊飼いの仕方を教えないとな。羊を飼うのも難しいが彼らを信じよう。それに挑戦するのにしても畜舎を建てるだけなら安い。資金の捻出は任してくれ、トスカ村の者達には共同の畜舎と羊の貸与ということにすれば金利がとれる。羊は番で貸与すれば、増えて彼らの資産も増える。保有地を持たない者は農奴として雇えば羊毛業自体を領主の産業として大きく扱える。王国から減税されている間が勝負だな。それまでに軌道に乗せれば後は流れで上手くいくはずだ。二年ぐらいを目安にしよう。よし、ゼン。アーコラスを貸してくれ、トルイに打診してみる。許可が出たらトスカ村の人たちの意見を聞こう」

俺が圧倒されるほど興奮したトルエスさんは語り終わると鋭い目で俺を見て言った。

俺はそんなトルエスさんが頼もしく思える。

というか、もう全部任せてもいいんじゃないかとすら思えてきた。


俺は彼を見ながら答える。

「手紙を預けてくれればいつでも出せますよ」

「わかった。明日までに書いておく。トルイのことだから全部俺とゼン任せになるだろうけどな」

トルエスさんはそう言って少し笑った。

そんなトルエスさんなら頷いてくれるだろうと思って、俺はさらに提案する。

「それと明日はナートス村まで遠出しませんか?畑のことも気になりますし」

俺の一言に途端にトルエスさんは嫌そうな顔をする。

「嫌だ。お前、昨日帰ってきたばかりだぞ?めんどくさい」

「さっきまでの格好いいトルエスさんはどこいったんですか!?」

俺は呆れながらも声を上げた。

トルエスさんはまた机の上に足を投げ出して、椅子を少し浮かせて答える。

「お前に格好いいと言われてもやる気が出ない。どこかの美女に言われたら別だがな」

俺は身近にいる飛びっ切りの美女二人を思い浮かべながらトルエスさんに言う。

「きっとエンリエッタや母上も格好いいトルエスさんが見たいと言ってくれますよ」

俺の一言にトルエスさんは黙り込んだ。

その目つきは何かを探るように、射貫くような視線だ。

ちょっと怖い。何か拙いことを言ったかな?

俺が不安に思っているとトルエスさんはため息をついて言う。

「わかったよ。明日の四時課の鐘にしよう。ナートス村までは遠いから畑仕事を手伝うなんて言うなよ」

トルエスさんは俺が言いそうなことに釘を刺して言った。

畑仕事なんて手伝ってしまえば、日帰りではすまなくなってしまう。一泊ぐらいしてエポック村まで行きたいがそれはまた改めてだな。

俺は頷いて、遠出に了承してくれたトルエスさんお礼を言う。

「ありがとうございます。お弁当は俺が用意しますんで」

「肉だ。肉が食べたい。あー、オークザラムの飯が恋しくなってきた」

トルエスさんの言いたいことも分かる。俺もオークザラムのご飯が食べたい。柔らかい白パンにベーコンや新鮮な魚。思い出すだけでお腹が減る。

その想像を引っ込めて俺は今朝思ったことを聞く。

「そういえば、王都から派遣される軍はいつぐらいに到着するんですか?」

「商人の話では二週間ぐらい後になるな」

「そうですか。じゃあまだしばらくはこのままですね。あと、トルエスさんって軍事関係の本持ってたりしますか?」

俺がたずねたことにトルエスさんはまた嫌そうな顔をする。

「お前は本当に仕事熱心だなぁ。その可愛い面から軍事の本が欲しいなんて気持ち悪いぞ。まあ、あるな。高いからジョーミル侯爵の『軍事概論』一巻と、兵站関連の記載がある六巻しかもってない。それも質の悪い下級写本学生のやつだ」

下級写本学生?なんだろう?

「それでいいので貸してください。ところで下級写本学生ってなんですか?」

トルエスさんは椅子を浮かせながら答えた。

「ああ、下級写本学生ってのは写本職人の分類だよ。写本業界では写本職人、上級写本学生、下級写本学生ってのがあって、写本職人は装飾本も作れたり、誤字脱字が非常に少ない一流の写本師、上級は学校に入って教養がある写本師、下級は読み書きなどを一年間教える代わりに契約期間の三年間を低賃金で写本する労働者だ。下級は飛びっ切り価格が安くなるが、質が極端に悪い。たまに意味の分からない文章があって読みにくいんだよ。ゼンがもってるのも下級が多いぞ。まあ、農村地に入ってくる書籍なんざ下級ばっかりだからなぁ」


なるほど。そう言った仕組みなのか。

でも、家にある本は誤字脱字があるけど全く読めないということでもないから別に気にならない。

それにしても興味深い。本はページごとに筆跡が変わるので飽きないでいたが、どうやらかなりの規模の人間が携わっているのか。


「面白いですね。作っている所見てみたいですね」

「お前もすると思うぞ?王都の学生で一番稼げるのが写本だからな。学生の写本では教科書作りと見なされて、税がかからないから書けば書くほど稼ぎになる」

王都のラライラ学校に行けばそういったこともできるのか。禅には働いた経験はあるが、バイトの経験はない。自分の働きが金銭になったことがないのだ。

それはちょっと楽しみだな。

「それは楽しみにしてます。じゃあ、本貸してください。借りたら帰ります」

「わかったよ。ちょっと待ってろ」

そう言いながら、トルエスさんは立ち上がって、腰を伸ばした。

俺はそれを見ながら今日相談したかったことや聞きたかったことが全部できて満足する。


さて、そろそろ夕方なのでブーケファロスで帰ろう。

母上達にカヴァスを紹介しなくては。

俺はトルエスさんが本棚の方に行くので、それにあわせて俺も立ち上がり、帰る準備をした。


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