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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
第三章 復興の火と故郷の歌
59/218

幕間 テアントロー劇場の宴

ゼンがトルエスの屋敷をたずねた頃、

トランザニア王国、王都ダルガンの王立室内テアントロー劇場。


堅牢な石で建造された重厚な劇場。野外劇場が主流であり、テアントロー劇場よりも巨大な劇場は存在するが、冬に差し掛かったトランザニアでは降雪の不安もあるために常時劇を開催できる室内劇場はこの時期がもっとも慌ただしく過ぎていく。特に冬は穀物の流通も少なくなり、鉄の生産も炉の温度が上がりにくいためにその速度を落とす。人々は仕事の手をしばし止めて、興じる娯楽に思いを馳せる時期でもあった。


その劇場の作りは舞台の一段下にアーチ状の特等席を設けて、その特等席よりも人一人分高い場所にぐるりと囲むように階段状の座席が何段も続いている。収容人数のべ1800人。ルーン王国の室内劇場と比べると少ないが大陸でも有数の収容人数である。


そんな中である一座や劇場の職員、大道具や小道具を作る職人達が忙しく劇の準備をしている。


一人の女座長は舞台より少し離れて、臙脂色の毛皮のコートを羽織り、特等席の真ん中で仁王立ちしつつ腕を組で、鋭い目で舞台の設置準備を見ながら団員に声をかけた。

「フェスティナ!術式の敷設は終わった!?」

鋭い声が劇場の石壁に反響して響く。

劇場は石造りのため気温が低い。彼女――、リア・アフロ―ディアが声を発する度に白い息が鋭く走り、劇場に消えていゆく。

声をかけられたフェスティナは舞台の端で作業をしていた手を止めずにリアに振り返って間延びした呑気な声で答える。

「座長~!すみません、まだで~す!」

リアはフェスティナの答えに少し眉を寄せて、不満を言葉にのせる。

「ちょっと!早くしないと下稽古もできないじゃない!急いで!」

「は~い!」

フェスティナが返事をしてまた作業に戻ると、リアの横から一人の美女が言いにくそうに声をかけようとする。


その女性はアフロ―ディア一座の楽団員のリーダー、キスラ。理知的で鋭い目つき、顎の辺りで切りそろえられた黒髪に茶色の瞳、すらりと全身を包む服装は上流階級の男性のようだった。エキゾチックな男装の麗人という言葉が相応しい美女である。

キスラは座長が不機嫌であること、そして自分の案件がリアにとって一番嫌いなものだと知っているからこそ、普段は見せない不安な顔をしている。とは言え、トランザニアで公演するに当たって臨時の楽団員の雇用や各役所と各組合への橋渡しをする彼女は、その案件自体は慣れたものだった。案件を持ち込む度に胃が痛くなる思いをしていることは除いて。


キスラは覚悟を決めて、リアに声をかけた。

「座長、吟遊詩人組合から今回の演目の詳細を教えてほしいと言われてるんですが・・・」

中性的で落ち着いた丸みのある声が不安げに揺れる。

その言葉にリアは寄せていた眉間の皺をさらに深めて、声を低くして言う。

「また?初日に私が直接言ったじゃない」

「いえ・・・座長の説明はこう・・・抽象的と言いますか・・・できれば書類にしてほしいそうで・・・」

キスラは非常に言いにくそうに言葉を濁しながらトランザニアに着いた初日のことを思い出していた。


リアは感情的な女性だ。説明的な言葉を選ぶよりも人を感動させるような情熱的な言葉で話す。劇自体の素晴らしさは十分に伝わるが、講演内容の細部は抜けている場合が多い。隣でリアの話をかみ砕いて追加説明をしていたキスラでも一度聞いただけでは不十分だと思っていた。

そして、キスラ自身が講演内容を書類にしてもいいのだが、リアはその書類も独自のこだわりをもって修正する。その修正は書類を一度破り捨てて屑籠にいれるのにも等しい。その後の穏やかな笑みで叱責されるのも非常に胃に悪い。その経験もあって、キスラはリアに書類を書いてもらった後に、自分が書き加えたほうが精神的にも時間的にも都合がいいと理解していた。


「なによ、曲がりにも吟遊詩人組合の長が暗誦もできないんじゃダメよ」

そんなキスラの苦労を微塵にも知らずにリアは組合長に文句を言う。


リアは書類仕事が嫌いである。様々な言語にも精通しており、どこの首都の大学でも教鞭をとれるほどにもかかわらずそう言ったことが好きではないが、今回の演目は完全なオリジナルで、その内容は組合の大きな財産となる。アフロ―ディア一座は最高の演者であり、最高の作家でもある。その楽譜や脚本は全大陸の吟遊詩人組合が管理と版権を持つ。その代わりにあらゆる便宜を全力で組合が持つことになっている。

だからこそ、その重要性をリアは一番理解しているがために書類を書くことを断らない。しかし、その不満は目の前で不安そうにしているキスラに向けられてしまう。


「いえ・・・あれじゃあまりにもこう・・・抽象的というか、大雑把なので・・・」

女性にしては長身で背筋の通ったキスラが肩を少しすぼめて、前屈み気味に言う。最後の言葉は率直な感想だが、その声は聞き取りにくいほどに小さかった。

「わかったわよ。最終日までに適当に書類にしておくから」

申し訳なさそうにしているキスラを見ながらリアは、腕を組みながら小さくため息を付いて言った。

その言葉にキスラはすぐに明るくなって、背筋を伸ばす。

「はい!お願い―――」

キスラが返事をしている途中で様々な声がリアを呼んだ。

「座長!銀細工職人のマルコスさんが相談したことがあるって―――」

「座長~。敷設場所に切れ間があるのでできませ~ん。至急直してほしいです~!」

舞台の奥や端でリアを呼ぶ声が重なる。リアはその声にうんざりした様子で振り返って、苛立たし気によく通る声を上げた。

「ああもう!いっぺんに言わないで!」

そんなリアを尻目に特等席の一般客の出入り口から若い女性が焦った様子で、息を切らして飛び出してくる。


赤毛で少し背が低い十代後半の可愛らしい女性はメリアム、一座の優秀な魔物使い。数頭の猛獣型の魔物をまるで自分の手足のように使って演舞を披露し、二羽の鳥型の魔物は彼女の一声で優雅に空を踊る。まだアフロ―ディア一座の中では新入りで、演劇の訓練途中のために今は劇場の外で雑務をしていた。


彼女はリアの側まで走ってくると、小さな胸を大きく上下させながら彼女に矢継ぎ早に話しかけた。

「座長!座長!大変です!」

リアは目を閉じて額に手を当てて、一度深呼吸をする。少しでも自分を落ち着かせようと、頭の中の熱を排出するかのように白い息が流れ、その後にメリアムに聞く。

「もう・・今度は何?」

そのゆっくりとしたリアの様子がじれったいのか、メリアムは落ち着かずに足で床を小さく踏んで体を揺らしながら、リアをみて声を上げる。

「王子が来ました!」

その声が劇場に響き、作業をしていた人たちが手や話し声をとめ、静寂が訪れる。


一番驚いていたのはトランザニアの職員や職人だ。彼らは驚き、持っていた金槌が落ちる音が聞こえる。

ゴンという音が響いても誰も気にしてはいなかった。


リアはそんな周りも聞こえていないのか、一度考え込むが、答えが出ずにメリアムに聞き返す。

「王子?誰?」

「えっと・・・熊みたいに大きな人です。騎士様も連れて来てます」

メリアムはトランザニア人ではない。彼女はルーン王国の生まれだ。彼女がその人物を知っているはずもなかった。


彼女は無関係の人間に舞台裏を見られるのを非常に嫌う。リアは自分たちが夢を売る仕事をしており、そのことに誇りをもっている。一時の非日常を心ゆくまで楽しんで貰うために全身全霊をかけているのだ。その大切な観客のために裏方の仕事風景を他所に言うことを厳しく禁止していた。もし、その様子を言った職人がいれば、すぐさま特定し、二度とその職人に仕事を任せない。そして、職人達はアフロ―ディア一座の仕事を誇りにし、その仕事で名が売れる。

その規律を守るためならリアは王国にだって喧嘩を売ってもいいさえ思っていた。


そのこともあってリアは弟子をたしなめる親方のように声を荒らげて言う。

「例え!王子だろうが国王だろうが神だろうが、こんな舞台裏を見られるのはアフロ―ディア一座の恥よ!追い出して!」

鋭い言葉にメリアムは体を縮こまらせて、失敗した弟子がよくするように肩を落とし、泣きそうな顔をする。

「ああ・・・すみませ―――」

彼女のその言葉を遮るように劇場を打ち砕かんとするような笑い声が響き渡った。


「グアハハハ!うむ!いつ見ても美しいな、リア・アフロ―ディア嬢!我が后とならんか?その内、この大陸全土がお主の王宮になるぞ?」

その人物は数人の騎士を連れた大男だった。


獅子のたて髪の金髪に、厳めしい巌のような顔、熊のような巨躯、トランザニア王国王位継承権第二位の王子グレイガノフ・トランザンク。およそ王子という浪漫の欠片もないようなグレイガノフはリアに満面の笑みを向けて大仰に手を広げ言う。

その言葉だけで演説の一幕のようだった。彼の言葉を聞いたトランザニア人である職員や職人は慌てて、その場でひれ伏した。


ひれ伏した人、呆気にとられる団員達の中、リアだけはグレイガノフをみると大きくため息をついて、嫌そうに言葉をかける。

「・・・あら、グレイガノフ王子ではないですか。いつもいつもうるさい人ね」

「良い!良いぞ!それでこそ我が后だ!」

辛辣なリアの言葉を歯牙にもかけずに、むしろ嬉しそうにしてグレイガノフは何度も頷いた。

「残念ね。今の貴方なら・・・もう少し早ければ考えてもよかったけどもう遅いわ。私には決めた人がいるの」

「なに!?どこのどいつだ?そのような果報者は!」

リアの言葉にグレイガノフは目をむいて、驚きの声を上げた。それは悲痛な声だ。

そのグレイガノフの様子に微塵も関心を寄せないリアは、グレイガノフから体を舞台に向けて、両手を腰に当てて声をあげる。

「とりあえず、フェスティナの敷設準備優先で!すぐさま大工を手配して!ほら、王子も王都一番の大工を呼んできて。あと、マルコスさんは後で行くから待ってもらって!」

フェスティナ達に声をかけている途中で話をグレイガノフに向け、リアは手でグレイガノフを振り払うようにした。

「う・・うむ。よし!では我が国一番の大工を呼ぼう!この劇場もすべて一新させようぞ!」

王子であるのにもかかわらずグレイガノフはリアの言葉を素直に受けて、舞台の方へと大声を上げた。

そのグレイガノフの言葉にリアは嫌そうな顔をして、彼に言葉を投げる。

「ちょっと、いまから改装したらどれだけ時間かかるのよ?変なこと言わずに大工呼んできて頂戴」

「そ、そうか。すまぬな、壊すことは得意だが作ることは苦手でな。よし、早く呼んで参れ!」

リアにたしなめられると、大きな体を前屈みにして、謝るとグレイガノフは騎士達に体を振り返って指示を出す。

その指示に一人の騎士が、敬礼をして足早に劇場を後にする。


リアとグレイガノフ、そして劇場の人たちがその様子を眺めた。

そして、その騎士の姿が見えなくなった後でリアが少し微笑みグレイガノフに感謝を述べる。だが、その目つきは笑っていなかった。

「感謝するわ、王子。で、もういいから出て行って。こんなところを見られるのはとても不愉快なの。水浴びをしているところを覗かれるの同じなのよ?別に裸を見られるの何も思わないけど、そう言ったことをするのは非常識だと思うわ」

その言葉にグレイガノフは慌てる。

「まぁ待て。三年ぶりだというのに連れないではないか。最高の大工と各種職人を貸しだそう。もちろん費用は我が国がもつぞ」

「いらないわ。そんなことをして貸しを作るのも恥なのよ我が一座にとっては。旅芸人は自由を信条としてる。これからはそういったことはお節介だと思って」


リアは国の干渉を受けることにとても慎重だ。一座が大陸を渡り歩く上で、特定の国から支援を受けてしまえば他の国との関係が崩れてしまうことを理解していた。あまりにも支援を受けてしまえば、自分たちが間者と見なされてしまうと。


リアの注意にグレイガノフはリアが言いたいことを即座に理解し、申し訳なさそうに後頭部に手を当てながら、少し傾けて謝罪する。

「う・・・それはすまぬ。我もその辺は疎いのでな」

素直に謝るグレイガノフを見ながらリアは、今度は心から微笑んだ。


彼女はグレイガノフを好ましく思っている。それこそゼンがいなければ、グレイガノフの申し出を受けても良いとさえ思っていた。

グレイガノフは王として気取ったところがない。自然体であり、その人柄は愛嬌があり、国民から愛されている。厳めしい顔つきなのに子供からも人気な理由は彼がとても素直で心根が優しいことだ。


そんな風に感じながらリアは小悪魔的な微笑みをする。

「まあいいわ。少しだけよ?そうでもしないと帰ってくれなさそうだし」

ただし、彼女は今仕事中だ。彼女の矜恃は彼がこの場に止まることを良しとしない。

「グアハハハ!うむ!実に優しいな!」

そのリアの微笑みを見てグレイガノフは笑った。

その二人の様子を見ながら、舞台の上であぐらをかいて座っていたフェスティナが呟く。

「うわぁ・・・この王子様本当にそう思ってそうだからすごいよねぇ~」

「フェスティナさんっ!声が大きいよ!」

舞台の下でハラハラとリアとグレイガノフ、そして騎士達を気にしていたメリアムがフェスティナの呟きを注意する。

そんなことはお構いなしに、先ほど驚かされたリアの発言を思い出したグレイガノフがたずねた。

「にして、リア・アフロ―ディア嬢が認めた男とはどのような男なのだ?武人か?」

彼はリアの抱擁を受けた人物のことが知りたくてうずうずしている。歯を見せて笑い、嬉しそうにする。

「どうなのかしら?頭は切れそうだし、そのうち強くなりそうな気もする」

「ほほう。それはいいな!どこの国の者だ?」

強くなるというリアの言葉にグレイガノフの関心が高まる。


彼は強い武人が好きだ。トランザニア人の気質を最も正しく継いだグレイガノフは戦いの中でこそ自分が生きる場所だと思っている。それが強い武人との戦いなれば、命を散らしても挑みたい、その栄誉を享受したいと感じていた。彼はただその人物に会いたいと思った。リアを奪われたと感じるよりも彼の脳裏をよぎるのはそんな願いだった。

それにその内大陸全土を席巻するのだ、どの国であろうともいずれ会えるだろうとグレイガノフは考えて、その人物の国をたずねたのだ。


だが、ゼンの居場所を彼に伝えることは拙いと団員たちは顔を青ざめさせる。

リーンフェルト領はトランザニア王国に最も近い。ゼンの居場所を教えて、戦争でもなればゼンのことを好いていた団員達も二度と彼に会えないと思った。


しかし、リアは平然と答える。

「ルーン王国よ。ここからだととても近いわね彼の領地まで」

リアの発言に団員たちも一斉に慌てる。グレイガノフの問いに素直に答えるなどと団員達も考えていなかった。

「座長~!ダメですよぉ!」

フェスティナが珍しく真面目な顔つきで声を上げた。その顔は他の団員達も見たことがないほど焦っていた。

リアはフェスティナの様子にも揺るがずにすました顔でフェスティナに言う。

「あら、いいじゃない。別に減るもんでもないし」

「いやいやいや~!拙いです~!」

リアとフェスティナのやりとりを不思議そうに見ていたグレイガノフはハタと気がついた。

「ん?なんだ?我が敵国の男なのか・・・近いといえばもしや血塗れ伯爵か?それとも剛剣か?」


ヘルムート卿やトルイのことはトランザニアの軍人ならば誰でも知っている。度重なる戦でもトランザニア軍の悉くを撃退した敵国の武将。例え、敵国であってもトランザニア人は彼らを尊敬している。

グレイガノフが隣国でリアの抱擁を受けるに値する人物はその二人ぐらいしか思いつかなかった。


そのグレイガノフの問いにリアが答える。

「んー。剛剣の息子よ」

グレイガノフは納得したように嬉しそうに頷き、劇場を震わせるような大声を上げる。その全身からは闘志が漲り、白い煙を上げているようだった。

「なんと!そいつはいいぞ!剛剣の息子が女神の抱擁を受けたとは!戦が楽しみだ!・・だが待てよ。剛剣と言えばまだ二十代だったはずだが?」

しかし、途中でトルイの年齢に気がついたグレイガノフは怪訝な顔をして聞く。

「ゼンは六歳になったばかりですもの」

リアの答えにグレイガノフは驚くと言うよりも、そんな馬鹿なことはあるのかといった表情をして、疑わしそうな目つきをリアに向ける。もしや、我を馬鹿にしているのかと少し視線を厳しくして。

「・・・リア・アフロ―ディア・・・。お主は我をからかっておるのか?」

「どうとでも思って頂戴。別に貴方の意見なんて聞いてないし」

リアは肩をすくめてグレイガノフに言った。

「よく分からぬな。まあよいか。女神の抱擁を受けたとあらばその内に頭角を現すであろう。戦場で相まみえたときに我が見定めてやろう。もし、一角の武人であれば我が家臣にするのも良い」


グレイガノフはリアが虚言や人を愚弄するようなことを言わないと知っているが故にさらに不思議そうな顔をするが、考えても分からぬことは自分の目で確かめるのが良いと思い直した。

そして、想像してみる。

もしそれが事実で、そのような年齢から抱擁を受けたとなればこれは面白いと。


「勝手に進めないで。もしかしたら貴方が家臣になるかもよ?」

リアはグレイガノフの発言に冗談めかして言う。

「フハハハ!面白い!我より強く、王としての器が大きければ考えてやろう!そのようなことはないがな」

グレイガノフはその冗談を楽しそうに笑う。

そのグレイガノフが笑っているのをリアは眺めながら思ったことを口にする。

「そう言えば王子。貴方は戦をするの?」

その問いかけににまた劇場の誰もが唖然とした。

そんな唖然とした人々を無視して、グレイガノフとリアだけが言葉を交わす。

「ん?するぞ。世界征服をな」

当たり前のことだとでも言うようにグレイガノフが答える。


トランザニア人の職員や職人は噂でしかなかった大遠征のことを王子から直々に教えられて茫然とし、アフロ―ディアの団員達は、ゼンの領地が戦場になるかも知れないことに恐怖を感じた。

リアはグレイガノフの言葉に落ち着いている。まるでゼンがそんな戦火に巻き込まれても生き残ると思っているかのように。


人々の心情を気にせず二人はさらに話す。

「そう。大変ね。世界を巡るのも大変なのよ?」

「そう言えば、お主達は世界中を旅していたな。ちょうど良い、ミッドバル国の話を教えてくれ」

リアの言葉にグレイガノフはこれは良いことを聞いたと言わんばかりに手を叩いて、楽しそうに笑顔を向けてリアに教えを請うた。

そんなことを話せばいつまで経っても仕事が進まないリアにとっては彼にミッドバルのことを教えようなどとは思わなかった。彼女はグレイガノフを諭そうと口を開く。

「・・・王子。貴方は私たちの状況が分かってないみたいね。ちょっと!こんなところで座り込まないでよ!」

リアが説教じみた話をし始めようとするが、グレイガノフは彼女の言葉の途中でドカリとその場にあぐらをかいて座った。それを見てリアは慌てて叫んだのだ。

そのリアの叫びにグレイガノフは不思議そうにする。

「長話になるのだから座らぬと疲れるぞ?そうだ。酒を持ってこよう。いいカルヴァストが手に入ったのだ。王宮に取りに行かせるからしばし待て。おーい、誰か酒を持ってきてくれ」

これは楽しくなるとグレイガノフは、はしゃいでいる子供のような輝く顔で自分の騎士達に使いの命令を出した

リアはそのグレイガノフに呆れて一瞬何も言えなくなるが、口を開いた。

「話を聞いてる!?あーもう!わかったわ。サクッと潰すから、フェスティナ!荷物から適当にお酒持ってきて!ありったけ!」


リアは諦めた表情をした後で、この事態を最も早く収拾する手段を選んだ。どんなに追い出そうとしてもグレイガノフは巌のように微動だにしないと思ったのだ。この分からず屋を退かすのには酒で潰したほうが手っ取り早い。そう思い、フェスティナに指示を出した。


二人の様子について行けなくなったフェスティナは早々に諦めて、舞台の上で足を前に出して座っていた。リアの指示で立ち上がり、腰を伸ばして言う。もう彼女はリア達についていけないと諦めていた。

「あ~了解しました~。私たちもしばらく休憩でいいですか~?」

フェスティナの言葉にリアは憤然と目を向けて、怒鳴った。

「何言ってるのよ!貴女たちは引き続き作業!こっちも遊びじゃないのよ!」

「え~、座長だけお酒ずるいですよ~」

「うるさい!早くとってきて!」

そう言われてフェスティナは渋々、酒を取りに舞台を後にする。


そのリアとフェスティナの様子を興味深げに見ていたグレイガノフが笑いながら提案する。

「グハハハハ!お主達の一座はいつ見ても愉快だな!そうだ、我が軍に入らぬか?前々から思っておったがお主達は強いな」

グレイガノフの提案をため息交じりに、額に手を当てたリアが言う。

「頭痛がしてきたわ・・・。冗談はいいから、早く聞きたいことを聞いて頂戴。とっとと終わらせたいの!私は!」

リアに促されて、グレイガノフは顎に手を当てて考える仕草をしつつ、口を開いた。

「うーむ。まずはそうだな・・・ミッドバルの―――」


そうして、酒が配られて忙しく働く人たちを尻目にリアとグレイガノフの宴が始まってゆく。

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