表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
第三章 復興の火と故郷の歌
58/218

愛馬と愛犬

走る、走る、走る。

ただ、心臓が張り裂けて、口が血の匂いで満ちるようなほど走り込みを続ける。

全力で走る間は息を止める。息をする力があればそれをすべて脚に向ける。血流の流れを脚に感じ、脚が体全体と感じるほどに感覚を研ぎ澄ませて、足の裏で山の地面の凹凸を正確に記憶する。

走り方も、想定した敵に気づかれないように常に考え続ける。

無我夢中で走るのは速いが、それだけだ。

戦場では役に立たない。

役に立つのは如何に気づかれずに走り続けられるか、だ。

姿が全方位から見える場所は全力で走る。方向は想定した敵から見つけにくい場所。敵の視野を考えて、視界にうつらない場所を全力で考える。

草の生い茂った場所に入る場合は注意が必要だ。音で気づかれる。

入る際には草が少ない場所を選び、体に当たらないように工夫して、静かに入る。

動静の中間を極限まで小さくして、草の中に入り、様子を素早く確認してゆっくりと這うように姿勢を低くする。

草木が体をこする音がするときにはその音の音量でなるべく息を吸い込む。

そして、また外に出たら全力で走る。


ただこれの繰り返し。

訓練の多くは走り込みだ。戦いの基礎が体力と機動力。如何に剣技に秀でていても、体力と機動力がなければ即座に囲まれて、持久戦に持ち込まれて死ぬ。

走り込みの種類は様々にある。


山岳、平地、市街、河川。

晴れ、曇り、雨、雪、雷、日中、夜間。

想定する敵の動き、装備、規模、練度。

自分の装備、怪我の有無、味方の動き。

作戦の突撃、撤退、迂回、反撃、遅滞。


それぞれを組み合わせて、戦場をシミュレートして走り込む。

今は、日中の晴れた山岳でレンジャー部隊に包囲されて、右腕を負傷、自軍の陣地まで撤退行動中を想定している。


ダメだ。

足が遅い、体力がない。

敵の索敵網にかかり、敵が速力をあげて完全に包囲されかかっている。

地形を利用して、草の茂みに入り込むが、見つかるのは時間の問題。

すぐさま、重い剣を捨てて、草の中を進んでいく。

茂った草むらに入り込んだとき、血が付着した。想定では二分以内に発見される。

その時間内に出来るだけ味方の陣地に近い場所に進み、その時間が経ち、敵が発見の合図を出した瞬間に全力で走る。

合図の音に紛れて抜けだし、敵が包囲の陣形を崩す。

敵が俺の剣を発見。さらに合図を出す。

敵の走る音が辺りに響くので俺は、音を気にせずに走る。

だが、敵の二名に見つかる。

突破しようとするが、すでに体力が尽きかけているために、たやすく包囲されて、殺された。


そこでシミュレーションは終了。

俺は体を大の字にして地面に倒れ込んだ。

森の匂いが、荒い呼吸を通して俺の肺を満たして、やっと生きた心地がする。空気が旨い。

息が整うまでしばらく俺は天を覆い尽さんとする紅葉の木々を眺めた。火照った体に、森を抜ける冷たいそよ風が心地よい。動きやすいようにチェニックに革鎧を着込んでいる。そのチェニックは俺の汗を吸い尽くして、肌にへばりつく。この世界の手に入りやすい衣服は毛糸で出来ているのでびっくりすっるぐらい水を吸い込む。そして、その汗を吸い込んだ革鎧は剣道の防具のように臭う。

止まったのままでいるとその臭いが鼻についてしかたがない。替えはないので我慢するしかないが、うんざりする。


そして、このシミュレーションも厳しすぎる。

米軍のレンジャー部隊を想定して、包囲されている中をどうやってかいくぐれというのだろうか?銃撃がないだけまだ可能性はあるが、今は不可能といっていいだろう。

常に最悪を想定して備えろ、なんて格好いい言葉だが、実際に最悪を想定すればほぼ不可能な任務になる。

馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

俺にランボーにでもなれというのか。


だが、意味はある。

最悪の状況になったときに心構えができる。不可能の中に1パーセントの可能性が見つけることができる。

その1パーセントあるいはそれ未満をつかみ取るために必要なことだ。

想定していなかった事態を常に塗りつぶして、常に想定している状態にする。

それがこの訓練だ。


敵の動きもさらに精度が必要になる。この世界の軍事を知る必要がある。

指揮官の能力、命令系統、主要な武器、典型的な戦術。

注視するべきは祝福持ち。彼らは想定を覆す可能性が大きい。ゼルのような弓兵が数人いればお手上げだ。彼はスナイパースコープを装着したM4A1を持つレンジャー隊員と変わらない。こちらは剣一本。脅威の戦力差だ。

まだまだ勉強が必要なる。


俺はぐだぐだと考えを巡らしながら、息が整うのを待って、立ち上がる。

かれこれ4時間ばかり屋敷の森に籠もって訓練をしていた。そろそろ帰らないと心配されていそうだ。

俺は剣を拾うために一旦戻った後、味方の陣地、つまり荷物と馬を置いてある場所に向かった。

そこは大きな岩があるところで、森の中で木々がぽっかりと開けていて休憩場所にちょうど良かった。前から少しづつ荷物を持ってきては秘密基地のようにしている。岩の下に荷物が濡れないように簡易のテントのようなものを作って、木箱を設置して保存食などをいれいている。ボロい弓とナイフが屋敷の武器庫にあったので拝借して、矢と一緒に隠して一時的な隠れ家になっている。こういった場所を森の中には何カ所か作っている。

まあ、これは俺の趣味や癖のようなもので深い意味はない。

これが役に立つ日がくるようなことがないように願うばかりだ。


俺は小さな岩の上に置いてあった革袋の水を飲みながら、愛馬の腹を撫でてやる。

そういえば、こいつの名前がなかった。

グラックの襲撃のときにも怯えずに立ち向かってくれた戦友だ。

かわいそうなことをした。

愛馬は綺麗な牡の黒馬だ。たて髪も綺麗で、しなやかで逞しい筋肉をしている。気性は特段荒くもなく、どちらかというと素直で従順。

俺はその腹を撫でながら声をかける。

「そうだな・・・お前の名前はブーケファロスだ。アレキサンダー大王の愛馬だぞ。一緒に最果ての海を見に行こうな」

俺が笑いながらそう声をかけると、意味が分かったのかブーケファロスは嘶いた。

嬉しくなって、ブーケファロスの首に抱きつきながら考える。


よく考えたらこの世界の馬は禅の世界と全く一緒だ。

マルック、猪のような動物は見た目は似ているがその額の部分には堅い角があって、さらに凶悪化している。イスス、熊のような動物も穏やかだけど巨大な犬歯があり、一度怒らせると手がつけられない。

強いて言うなら禅の世界の馬との違いと言うと、非常に能力が高いことか。こんな田舎の村にいる馬にしては、軍馬並の度胸と体力、速力がある。

総じて、この世界は動物が強い。


待てよ、そんな凶暴な獣が生息する森に一人でいては拙いのでは?

全部が全部、命の危険を感じるほどの動物ではないが、マルックの集団やイススに囲まれたら最悪なのでは?

俺はその想像に青ざめた。

エンリエッタやドルグさんの注意も聞かずにほいほいと狩りに出てはいるが、彼らの言うことももっともだ。


これは本格的に犬を飼わないといけない。

ドルグさんは狩猟用に二頭の犬を飼っている。確か、訓練中の犬が何頭かいたとか言っていた。

愛着が沸いていたら無理だろうが、分けてもらおう。言ってみるのはタダだ。

そうしよう。


俺は決心して、岩を利用してブーケファロスにまたがった。

よし、戻ってご飯を食べてから、トックハイ村にいこう。

トルエスさんとの話もあるし。

そう心に決めて馬を走らせる。



俺は、腹八分目で馬に乗ってトックハイ村に向かっていた。

着替えて、さっぱりして、臭い革鎧も着ずに平服だ。平服と言っても領民達のとは違う。黒い長いジャケットに白い胴着、黒いズボンに革半長靴。装飾は嫌いなので、地味だがジャケットには毛糸がたくさん使われて温かい。

のんびりと昼間のトックハイ村への道を下っていく。


昼食は、パンと豆のスープだった。

我が食卓も戦火の爪痕が残り、非常に質素なものとなった。肉は体力をつけてもらうために怪我人に回される。そのあおりで、俺の皿の上には肉がない。領地に戻った翌日ということもあって、狩りよりも訓練を優先した。オークザラムの旅ではろくに走り込みもできていなかったからだ。

危険と分かっても俺の肉への欲求のために狩りは続ける方針である。

狩りは弓や追跡術の訓練にもなるので止める気にはならない。


剣術に関しては走り込みの前に2時間ばかりしている。ゾルガさんに頼んだ剣が来るまでは武器庫に眠っていたナイフを使っている。

型の稽古と打ち込み、体捌き。

実戦形式の試合をしたいところだが、頼む人がいない。自衛団の人たちは他の村の警備で手が一杯だし、警備隊もそれに加わっている。

誰か師事してくれる人がいればいいのだけど。それが悩みの種である。

道場でも建てれば、誰か来てくれるのかな?

むしろ、この世界の剣術の道場ってどうなっているのだろう?


流派は結構あったりする。

王都で一番有名なのは剣候ザークバルム伯爵の古メルトロス神流。ザークバルム伯爵は剣神メルトロス様の祝福を授かり、継承が途絶えたメルトロスト流を復興させた。古が付くのはメルトロスト流の流れを汲んだ派生流派があるからだ。古メルトロスト神流は初撃必殺を旨とした薩摩の示現流のような流派だ。

他にも警備隊や国王軍が訓練の中で使うのはルーン王国宮廷剣術マシラテス流。これは防御主体で、常に安全を確保する堅実な流派だ。考察の多くを防御に使っている。あと、宮廷剣術だけあって優雅さも忘れてはいない。

ちなみに父上はマシラテス流を自己アレンジしている。それは父上が権能を考慮に入れたからで、安全よりも一撃必殺、多数の集団を如何に多く討ち取るかといった攻撃に偏る。敵の体を盾にしたりするのはマシラテス流では敵の名誉を汚すことになるため御法度になってしまう。父上の場合は元々が貴族ではないのでそう言ったことを気にかけない。

まあ、俺も父上の考えには賛同する。死体など盾に使えばいいのだ。それで生き残れるのなら。


その内に王国軍が派遣されてくるのだからそのときに色々な流派を教えてもらうのがいいかもしれない。

そろそろその軍が来ても良い頃だけど、どうなっているのだろうか?

それも確認だな。


そんなことを考えているとトックハイ村への北門に到着して、村の中心部に出る。

忙しく働いている人や外で遊ぶ子供、民家の庭先で寝ている家畜、麦を積んだ荷車、井戸から水を運ぶ女性達などがたくさんいた。その人達が手や話す口を止めて、挨拶してくれる。それに笑顔で答えつつ、ドルグの家に行く。

ドルグの家は広場のすぐ近くにある。彼の家には厩舎がないので、まずは西門近くの厩舎に馬を預けて広場の方へと向かう。

村の南側は民家がたくさんある。この辺りはどちらかというと村でも農地を持たない者が多く住んでいる。長屋や小さな民家がひしめき合い、一番騒がしい場所でもある。


彼ら、農地を持たない者は農奴と呼ばれて、我がリーンフェルト家や他の地主の農地を手伝い、その働きに応じた収入を得る。

農奴といっても、虐げられることはなく、比較的権利が守られる。地主の農地を分配して、管理を任せられて、ちゃんとした規則通りの麦を渡すのだが、その代わりその規則を守らなければ罰金が科せられる。遅刻やサボりといったことに非常に厳しく、少しでも遅れると銅貨二枚、彼らの一日の働きの三分の二がその罰金となる。


時間に関しては、教会の鐘がすべてを決める。時間の概念は農村で12時間を一日とし、二時間を一刻と呼ぶ。鐘は日の出を基準として、日の出の時間を一時課およそ午前六時、四時課の午前十時、六時課の正午、十時課の午後四時、晩課の午後六時、終課の午後八時、朝課の午前二時、讃課の午前四時で鳴らされる。教会の水時計はだいぶ古くて、精度も怪しいがそれを信じるしかない。

オークザラムや王都といった大都市では機械式の時計もある。しかしそれはとんでもなく高価で手が届くわけがない。

我が家にも小さな水時計があるが目盛りは四時間ごと、エンリエッタも毎朝せっせと水を入れてくれているが、あまり我が家族は気にしていない。水時計は水を入れる人の気分次第で忽ち時間が狂うので、やっぱり教会の鐘を頼りにする。そして、我が家では鐘の音が聞こえないことをいいことに待ち合わせの時間は午前、正午、午後、夕方、夜といったかなり大雑把な待ち合わせの仕方をしているし。

教会の近くに住んでいる人たちは逆に時間を気にしているので鐘の音を基準として待ち合わせをする。裕福な人だと日時計を庭先においてあってそれも指針としているみたいだ。曇りや雨の日には使えないけど。


今は、六時課の鐘が鳴り終わったぐらいだ。村に来る途中に鐘の音を聞いた。

昼食を食べ終わっている頃だが、民家にはあまり人影がない。おそらく畑に出ているのだ。特にこの南側に住んでいる人たちは一番遠くてトスカ村まで麦の収穫や冬麦の種まきの準備、荷運びなどに出ている。他の村の畑に出ている人たちは焼けた村で畑仕事が終わるまでしばらく住む。三日に一度は収穫した麦を運び、一日トックハイ村で休んでからまた出て行く。


正直、他の村の畑は捨ててトックハイ村周辺だけで仕事をしてもらいたい所だが、これは土地についての諸事情があって難しい。

開墾された農耕地は厳密に保有者が決まっている。焼かれたエポック村やナートス村の農耕地は被害が少なくて、村さえ再建できれば十分再開ができる。農耕地を持つ領民達は、他人の土地よりも自分たちの土地が気になるのは仕方がない。彼らが努力して育ててきた土地だ。

グラックの再襲撃の可能性も言ってはみたものの、彼らはできるだけ早く自分の土地の麦を収穫して、冬麦の種まきをしたいと、父上含めて俺たちに強固に主張した。

そこで父上とトルエスさんは、自衛団の護衛をつけることでそれを許した。その自衛団達にも自分の土地がある。代わりにリーンフェルト家の農地の世話をしてくれる農奴達に自衛団の土地の世話と各村への支援として向かってもらっている。この非常時に領主が自分達だけのことを考えるわけにはいかない。別に領主だから自分たちのことだけを考えることもできたのだが、父上は良しとしなかった。

流石は我が父上だ。格好いい。


そんなこんなで、南側の人口は今非常に少ない。男手や若い女性は皆、村を出て忙しく働いている。

そんな中で俺は呑気に狩りのことを考えているのか。

明日はナートス村に遠出に出ようか。トルエスさんも引っ張り出して。


ドルグの家の前まで来ると犬に吠えられた。

ドルグの家は村の中でもそこそこ大きい方で、茅葺きの屋根と広い間取りの一階建てだ。家の左には木の檻に入れられたドルグの愛犬が二頭いる。よく見ると、その奥で四頭犬が寝ていた。俺に吠えた犬よりか小さいが、もっと成長すると飛びっ切りの狩猟犬になる。

俺に吠えた犬はウィペットにとてもよく似ている。全体的に鋭くて細い流線型、鹿のような俊敏な体つきに大きく垂れ下がった耳と鋭い目をしている。

頭もいいのですっかり俺を覚えていて、俺が手を出して撫でると嬉しそうに尻尾を振る。

こいつには世話になっている。狩りに出ると一番に獲物を見つけて、その場所まで俺を導いてくれた。小さな動物ならコイツ一匹で獲物を捕らえてくる。優秀な狩犬だ。


俺が撫でていると、ドルグの家から扉のない玄関から顔を出してこちらを見てくる男の子がいた。彼は俺の顔を見るなり嬉しそうに笑って声をかけてくる。

「ゼン様!こんにちは!どうかしたんですか?」

彼はドルグの孫のドスカルだ。歳は俺よりも二歳ぐらい上だったはず。

「ドスカル、こんにちは。ドルグさんはいる?」

「お爺ちゃんなら家にいますよ。呼んできますね」

「お願いするよ」

ドスカルは家の中に戻り大声でドルグの名前を呼んだ。少しすると、家の中から五月蠅いという怒鳴り声がして、待っていると慌てた様子のドルグが出てきた。

「ゼン様、ウチの孫が五月蠅くてすまねぇ。何かあったでぇ?」

ドルグでも孫には甘いのか、心配そうにこちらを見ていた。俺はその様子に少し笑いながら話す。

「全然五月蠅くないですよ。ドルグさんにお願いがあって来たんです。訓練中の犬を分けてほしいなと。代金は今までに狩った毛皮があるからそれで」

ドルグは俺とその横にいたドルグの愛犬をみて、聞き返す。

「そらぁゼン様に頼まれちゃ断れねぇが・・・どうすんでぇすか?」

「狩りのときに犬がほしくて。ほら、一人だと危ないじゃないですか」

俺の答えにドルグはため息をつく。

「ゼン様、あれほど一人で森にはいるなと、いったじゃねぇですか。普通、一人で狩りをするのが間違ってぇますよ」

「ほら、ドルグの犬がいれば今度から一人じゃないですよ」

俺の屁理屈にドルグは黙り込んで考える。考えてみたものの、諦めたのか頭をかいてまたため息をつく。

「おらがなんといったところでぇ、ゼン様はちっとも聞いちゃくれねぇ。それだったら仕方ねぇな。選んで行ってくだせぇ」

ドルグのその諦めた顔を見ながら俺は申し訳ない気持ちが募ってきた。


だが、一切改めようと思わないところが俺の悪いところだ。

肉が食べたいし、訓練もできるし、避難民達にも喜ばれるし、肉が食べられる。注意をしておけば良いことずくめの狩りを止めるわけにはいかないのだ。

ここはドルグに諦めてもらおう。


「ありがとう、ドルグ」

俺はドルグにせめてもの償いで、精一杯の笑顔と感謝を述べる。

毛皮は少しもったいないが、全部ドルグにあげよう。




ドルグの犬は訓練中だと名前がないらしい。

四頭いる内のリーダーぽい奴を選んでドルグからもらった。革製の首輪と麻で編まれた細い縄を持って貰った犬と一緒に歩く。

俺はその逞しい体つきを眺めながら声をかける。

「よし、お前の名前はカヴァスだ。かの有名なアーサー王のお気に入りの狩猟犬だったんだぞ」

カヴァスはその名前が気に入ったのか、一声吠えた。


アレキサンダー大王の愛馬ブーケファロスとアーサー王の愛犬カヴァスか。一気に俺の周りが豪華に感じる。

禅の世界だとその名前をつけた言っただけで笑われそうだが、この世界では誰も知らないのでしたい放題だ。気持ちが良い。


俺はカヴァスを引き連れて、トルエスさんの屋敷に向かう。

意外とカヴァスは利口だった。俺の前に出たりもせず、ちゃんと主と認めてくれたように思える。犬を飼ったことがなかったのでもっとこう手こずるのかと思った。主の座をかけて、本気の近接格闘技も考えていたのだが、肩すかしをくらった気分だ。

カヴァスを連れていると、村の人たちからもよく、その犬はどうしたのかと聞かれた。素直に狩りのためだと言うと誰もが納得して、狩りの獲物を楽しみにしていると言う。もしかして、俺は狩り好きだと思われているのか?まあ間違ってはいないが。


トルエスさんの屋敷に着いたのでノックをして彼を呼ぶ。

トルエスさんはだらしなく代官服を着崩して、あくびをしながら玄関から出てきて、カヴァスを少し驚いた顔をして見て聞く。

「どうしたんだ?その犬」

俺はカヴァスを一度みて、トルエスさんに向かって得意げな顔をして答える。

「ドルグから貰ってきました。カヴァスっていいます」

トルエスさんはカヴァスに向かって、嫌そうな顔をした。

なんて顔だ、俺のカヴァスに向かって失礼だな。

「名前なんてどうでも良いが、俺の家には入れてくれるなよ。俺は見習い兵時代に馬の世話をしていて誓ったんだ。今後一生動物を飼わないって。数十頭の馬の糞を延々と毎日運んでみろ、きっとお前もそう思う」

「それこそどうでもいいです。カヴァスはその辺に繋いでおきますから顔を洗ってきてください」

「はいはい」

そんな気の抜けたやりとりをして、俺はカヴァスに待つように命令して、トルエスさんの屋敷に入った。


さて、午後はお仕事の時間だ。

我が愛する領地のために働きますか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ