避難民達との夕食
俺はトルエスさんと別れて、家に向かう。
トルエスさんはルクラとの話が終わった後に、積み荷を整理するといって商家の方に行った。意外と仕事熱心である。
夜も寒くなってきたので毛布などの雑貨品はなるべく早く渡したい。配る品の整理を今日中にしておくのがいいので俺も手伝うと言ったが、トルエスさんは母上達に早く顔を見せてやれと言って、俺を送り出した。
村からリーフェルトの屋敷への道はまだそんなに木が密集していない林の緩やかな丘を上っていく。林の中を踏みならされて、草も生えていない整備された道がぽっかりと空いてる。先日の雨で地面の落ち葉は少し濡れて、落葉樹林は赤く染まっていた。太陽を背にしつつ、光をその燃えるような葉にうけて、キラキラと赤や黄色で揺らめいていた。
植生自体はこの世界独自なので詳しいことはわからないが、カエデやミズナラのような木も見られて、とても鮮やかに色づいている。
そんな中を馬で歩くというのはとても風情を感じる。
なんとなく、江戸時代の侍もこんな風景を見ながら馬で歩いていたのかもしれない。服装は中世から近代西洋だが。
馬が進んでいくと、林が突如切れて、石垣が見えてくる。
大体、2mほどの切石を積み重ねたあまり丈夫そうではない石壁だ。襲撃の際に補修されて、隙間には石や泥を詰め、裏には土嚢を積んでいる。
本当にグラックがここまで来なくて良かった。
いつもここを通る度にそんなことを考える。
今は開けっ放しになっている木の門を通り過ぎて、屋敷の敷地内にはいると、楽しそうな声が聞こえてきた。
俺は彼らが遊んでいるのを馬を止めて眺めていると、その一団は俺に気がついて、口々に囃し立てながら近づく。
それは避難民の子供達だ。
年齢的に言えば俺ぐらい。半年、いや八ヶ月前のゼンならあの一団に混じっていても不思議じゃない。
今の俺は馬上から彼らを見つめてるのが、どことなく皮肉のようなものを感じる。
全部を忘れて、俺も遊ぼうかなと。
それもそれで悪くはない。
けれど、おそらく仲間には入れてもらえない。彼らがいいと言ってもその両親達は首を横に振るだろう。
俺に怪我をさせたら取り返しがつかないと。
「ゼン様!おかえりなさい」
その集団は10人ぐらいで多くはトスカ村の避難民だ。その中で一番元気がいい赤毛の女の子が俺に声をかけてきた。
彼女はトスカ村の鍛冶屋の娘。
名前は・・・。リストにあったけどそこまでは記憶していなかった。彼女の父親と母親なら覚えているんだけど。彼女の父親は魔物の襲撃で亡くなっている。彼女とその母親テレサをその命と引き替えに、避難させた。
それでもこんな風に笑って過ごしていることを俺は心から嬉しく思う。
彼女達は逞しい。父親や両親の死を受け入れて、仕事を率先して引き受けてくれる。
俺は彼女に笑顔を向けて答える。
「ああ、ただいま。屋敷の皆は元気?」
「はい!夜は寒いですけど、皆は元気です。今は畑に行っています」
「そうか、寒いのは辛いな。温かくなるお土産持ってきたから後で配るよ」
「本当ですか!やった!」
彼女は満面の笑みで元気よく答えた。他の子達も口々に喜び合っている。
「俺は先に屋敷に戻ってるよ」
俺は馬を進ませながらそう言った。
「じゃあ私も戻ります!」
その彼女を皮切りに他の子達も口々にそう言って俺の馬の後を追っかけてくる。
屋敷に着くとすぐに人に囲まれた。
一人一人が笑顔で俺を出迎えてくれた。その笑顔は俺の心を溶かして、温かく迎えてくれる。
「ゼン様!」
俺が屋敷の人たちに囲まれているとその人垣の向こうからエンリエッタの懐かしい声がする。
彼女は鋭い瞳を大きく開いて俺をみた。薪を運んでいた途中だが、そのエプロンは木くずで汚れることもなく、いつものように綺麗なままだ。
そのエンリエッタの声で迎えてくれた人々が左右に分かれる。
俺が手荷物と一緒に馬から降りると、避難民の女性達がその馬の手綱を代わりに握る。
「ゼン様、アイリ様とエンリエッタ様がお待ちですよ。馬は私たちが面倒見ますから」
その女性は、あの恰幅の良い女集をまとめる人だった。
「ありがとう。メリスンさん」
俺はメリスンさんにお礼を言って、彼女に馬を預けた。
帰ってくる途中にトルエスさんから名前を聞いていてよかった。ちゃんと名前を呼んでお礼を言えることができた。
「いえいえ」
メリスンさんが人の良さそうな穏やかな笑みを浮かべる。
俺は歩いて玄関の側にいたエンリエッタの方に向かう。
エンリエッタは持っていた薪をすぐ側に置いてこちらをまっていた。
彼女は綺麗な礼をして、
「お帰りなさいませ。少し遅かったので心配しておりました。アイリ様が中で待っております。荷物は私が預かりますので居間のほうへ」
「ただいま、エンリ。途中で雨に降られて遅くなってしまった」
俺は言い訳を言いながら荷物を彼女に渡す。
「ご無事なら何よりです」
手早く荷物を受け取ると彼女は屋敷の扉を開く。
扉を開けると懐かしいリーンフェルト家の匂いがする。蜂蜜酒と木の匂い。あと少しほこりっぽい感じ。
何よりも帰ってきたという匂いだ。
もう俺の一部のように馴染んでいる。
だから俺はその匂いを感じて、それを肺に満たして言葉をかける。
「ただいま」
その一言であらゆる重荷がすっかり消えていく。
きっと任務から戻ってきた父上もこんな風に感じていたに違いない。
家族の待つ家、それがこんなにも心地良いなんて知らなかった。
俺が感無量で玄関で突っ立っていてもエンリエッタは何も言わずに後ろに控えている。
ちょっと恥ずかしくなって頬をかくと居間の方から音が聞こえてきた。
「ゼン!遅いわよ!」
母上が笑顔で出迎えてくれると思っていたのに、そこには少し怖い顔をした母上が出迎えてくれた。
「すみません・・・母上。雨で道が泥濘んで―――」
俺が言い訳をしようとすると母上がそれを遮った。
「そうじゃないわ!ゼンが帰ってきていたのは知らせで知っていたの。村から戻るのが遅いのよ!」
母上がご立腹なのはすぐさま帰ってこなかったからか。
ルクラとの話し合いのことを詳しく説明しないといけないけど、ちょっとそんな気分でもない。
それに詳しく説明したところで母上は感情的に納得しないだろう。
つまり、俺にはどうすることも出来ないわけだ。
「ルクラと話があったので遅くなりました」
「はぁ・・・なんだか・・・私の子供なのに、全然可愛くない。まあいいわ、色々とお話が聞きたいのよ。居間に行きましょう」
俺は母上に引っ張られるように居間に連れて行かれる。
その様子を尻目にエンリエッタは荷物を直すために俺の部屋へと上がっていく。
きっと根掘り葉堀り聞かれるのだろうな。
実際にとても長い時間話した。
昼過ぎからもう夕方を越えて、夜に差し掛かっている。
荷物を仕舞い終えたエンリエッタがいれてくれた香木茶を飲みつつ、母上とオークザラムで起きたことを話した。ハスクブル公爵家との婚姻の話は流石に言えなかったが、ヴァルゲンさんと友誼を交わしたことやアルガスの話、そしてアフロ―ディア一座のこと。
母上とエンリエッタはアフロ―ディア一座の話にとても関心を示した。
父上がリアさんから『女神の抱擁』をうけたことももちろん知っていた。
『不思議ね。私の旦那様と子供が女神の抱擁をうけるなんて』と母上は呑気にそう言う。彼女達が今度、リーンフェルト領をたずねてくると言うと母上はとても喜んでいた。小さい頃から見たかったのだという。王都にいたときは見る機会がなかったらしくて残念だったらしい。
なんとなく想像して、母上とエンリエッタがリアさん達とあったら何が起こるのだろう?ちょっと想像つかない。
屋敷の使われていない客間にリアさんを泊めようという話にもなったが、俺はそれが怖い。あの人が何をするなんか想像できないし、したくもない。だけどこの客間でリアさん達とおしゃべりするのは楽しみでもある。
クッションをもっと用意しておこうか。羽毛なら狩りで鳥を射止めたら良いし、足りなければ村人の任せて飼っている羊の毛でも使ったらいいのができそうだ。三年あるし、ゆっくりと用意すればいい。
俺がそんな風に計画を立てていると母上がたずねてくる。
「ゼン、アフロ―ディア一座の座長を奥さんにするの?」
俺の思考が止まる。
いや確かに、リアさんはとても魅力的な女性で好ましく思うが、奥さんなんかは考えられない。
俺が成人するまでに十年はかかるんだ。彼女が俺だけを考えるとは考えにくい。
惜しいことは惜しいとおもうが、その時の状況がどうなるかわからない今に答えなんか出せるはずもない。
「わかりません。母上はどう思いますか?」
「そうね。貴方はリーンフェルトの家名を背負うんだから正妻にはできないでしょうね。例えそれが大陸一の有名人でも」
「俺は婚姻がまだ実感できません。リアさんは大事な友人です。正妻だとか妾だとか言われてもピンと来ません」
「まあ、私も元は平民だから結構自由にしたらいいとは思うんだけどね。よく考えたら巡業で家にいない人を奥さんにするのはどうかと思うわ」
「そういう考えもありますか・・・正直、俺には早すぎて考えたくないです」
俺の言葉に母上は小さく笑った。
「ならアンちゃんでいいじゃない。あの子とてもいい子だわ。私はゼンがアンちゃんと結婚してこの家を守ってくれさえすれば安心できるんだけど」
俺はため息をつく。
何故こんなにも母上はアンを推すのだろうか?器量もよくて、優しいアンはとてもいい子なのは知っている。それでも彼女の意志を曲げて婚約なんてしたくない。
彼女は村長の娘だ。つまりトックハイ村の大地主の娘ということは、領主と婚姻すればリーンフェルト家は本当の意味でこの地に根を張ることになる。新しい領主はこの地に暮らす者と結婚して、子をなして、今後リーンフェルトの家名を紡いでいく。それは理屈で分かる。母上はアンがいい子である前に、大地主の娘ということを見ていないだろうか?
まあ、母上がそんな打算で動くはずもないので俺が深読みすぎるとは思うけど。
「母上・・・。婚姻は成人してからなので今は何も考えたくありません。この話題は止めましょう。俺の気が重くなります」
「はいはい。わかったわよ。でもとても重要なことだから今後とも話すわ」
「聞き流しますので好きにしてください」
俺の嫌そうな顔を見ながら母上は楽しそうに笑った。
「奥様、そろそろご夕食の時間ですがどうしますか?」
そこに助け船のようなエンリエッタの声がかかる。
彼女は母上の横で静かに俺の話を聞いていたが、時間が時間なだけに夕食の心配をしていたようだ。
「そうね。いつものように外で食べましょう」
母上がエンリエッタにそう答えているのを聞いて俺は聞き返す。
「外ですか?」
「そうよ。ゼンがいないから二人でご飯食べても寂しいから村の人たちと一緒に食べていたの」
母上が俺のいない間のことを話した。
確かに、皆でご飯を食べる方がたのしいだろう。
俺はその楽しそうな食事風景を想像して嬉しくなる。
「それはいいですね。是非皆で食べましょう」
そういって俺は母上達と一緒に屋敷の玄関に向かう。エンリエッタが先に出て、そのあとを遅れて俺と母上が外に出た。
外は日が西に落ちて、藍色から山間の峰が赤く染まっていた。俺の頭上では気の早い星が輝いている。薄暗くなっている中でテントの間にはたくさんのたき火が明るく庭を照らしている。人々はそのたき火を数人ぐらいで囲み、毛布を肩にかけて大人達は酒の入った質素な土器のグラスを握り、子供達はその間を忙しく食事の入った木の器を配っていた。誰もが笑顔で和気藹々と話し合っていた。
どうやら毛布はちゃんと皆に配られたようだ。それに俺は安心した。
俺たちが屋敷から出てくると近くにいた人たちが皆、顔をこちらに向けた。
彼らに向けて、母上が素晴らしい笑顔と労いの声をかけて、その人々の間を抜けて炊事場の方へと向かう。俺は母上と同じように挨拶をしてその後ろをついて行く。炊事場にはメリスンさん達が忙しく、列を作る避難民達に大鍋からスープを配っていた。
俺たちが到着する前にエンリエッタがメリスンさんに声をかけると、彼女は列の間から顔を覗かせてこちらを見ると少し驚いた顔をする。
「あら!アイリ様、今日もこちらでお食事されるんですか?」
メリスンさんはよく通る声で俺たちに声をかけてくる。距離が離れているが、声が大きいので周りの人を巻き込んだ。列を成していた人たちが振り返ってこちらを見ると、すぐさま順番を母上に譲ろうとした。
「ゼンと一緒に皆さんと食べようかと思いまして。私たちも並びますのでお気になさらずに」
メリスンさんの問いかけに答えつつ、母上は順番待ちをしている人たちに向けて声をかける。
「そうですか。それは嬉しいですね。そうだ、折角ゼン様がお戻りになった日なんだ。塩漬け肉があるからそれを出しましょう」
そのメリスンさんの言葉に列にいた人たちがすこし羨ましそうにこちらを見てきた。
その様子を知ってか知らずか母上が答える。
「お気になさらずに、ゼンも私も皆さんと同じもので大丈夫ですよ」
その母上の言葉に少し惜しい思いをする。
正直、肉が食べたい。お腹が減っていることもあるが、塩漬け肉は別である。
オークザラムがトローレスとの交易が盛んなため、少し値が張るが内陸部にしては塩は比較的手に入りやすい。だが、それでも値が張る塩漬け肉は高級食材だ。豚の塩漬け肉は焼いて塩っ気の少ないスープの中に入れるとそれだけでご馳走になる。肉を残しておいて、おかわりしても塩の味がでるので長く楽しめるのだ。
オークザラムからの帰り道、途中の村の宿以外は味気のない保存食を食べていたから恋しくなってしまう。
「アイリ様はよくても、ゼン様が食べたそうにしてますよ!」
その言葉に周りにいた人たちが笑う。
俺はその笑いの中で呆気にとられてしまった。
そんな顔をしていたのか?塩漬け肉のことは考えていたけど・・・。意外と俺は自分が思っているよりも感情が表情に出ているのかも知れない。
それに恥ずかしくなってしまった。
「フフフ・・そうね。ではゼンにだけお願いします」
母上も俺の顔を見て笑う。
「あいよ!」
気持ちのいいメリスンさんの声がかかり、炊事場の女性達が俺のために動き始めた。
出された肉はゴツかった。
木の器に入りきらないほどの肉が切り分けられており、その上から豆のスープを流し込んで食べる。そのままでも十分美味しいが、塩気がキツいのでスープに浸せばスープも旨くなる。豆のスープはキャベツのような葉菜類を細かく切って、豆と雑穀で煮込み、最後に小麦の粉を入れるとできあがる。スープと言うよりも粥に近い。塩漬け肉が入った豆のスープは、塩味がきいており、肉のうまみがでて、何度もおかわりがしたくなる。欲を言えば、胡椒などの香辛料があればもっと美味しくなるが、それは高いので無理だ。
パンはない。スープに小麦粉などの穀物の粉をいれているのでその代わりだ。パンのように練ったり、焼いたりしない分、食事の用意が早く済むので領民の多くがこのような夕食をとる。
俺は心ゆくまでその食事を楽しみ、もう動けない。
今は用意してもらったベンチに母上と一緒に座って、たき火を避難民達と囲んで音楽を聴いている。
この世界は音楽が盛んだ。
今も避難民の人たちが見よう見まねで作った楽器を奏でながら歌を歌っていた。
それは陽気に村の人の生活を讃える歌だ。
音程は微妙に合っていないが、楽しい一時を過ごせる。
その音楽をもたらすのは旅をする吟遊詩人。
たくさんの吟遊詩人が村々を渡り歩いて生計を立てている。
彼らは娯楽と文化、そして文字を伝える。
言い伝えや王都の宮廷物語、都市を騒がせる大怪盗の逸話などを音楽に乗せて物語を歌い。そして、彼らはその物語を自分たちで本にしてそれを生計の一部にしたりする。残念なことにリーンフェルトのような貧困の領地には彼らが訪れる機会が少ない。そのためにリーンフェルト領は他領よりも識字率が格段に低いのだとトルエスさんから教えてもらった。
折角、アフロ―ディア一座と仲良くなったし、俺も楽器でも練習しようかなという気になる。領地に来る貿易商人たちも持ってくる本がそういった大衆向けの物語が中心だし、一度吟遊詩人の歌を聴いて、領地の人たちに教えるのもありだ。一度、ウクレレを遊びで作ったことがある。
あ、でも工作機械がないので厳しいな。
いや待てよ、木の箱のようなものに指板を取り付けて、糸巻きを拵えればいけるか?調律に自信がないがそこは適当でいいだろう。オークザラムにはヴァイオリンのような楽器もあったし、楽しくなったらそれを買えばいい。
「ゼン様考え事ですか?」
俺が楽器のことを考えていると近くにいた女性に声をかけられる。その女性は昼に声をかけてくれた女の子の母親テレサだった。女の子の方は彼女の横で歌を夢中で聴いていた。
テレサさんはまだ二十代後半の赤毛で落ち着いた穏やかな女性だ。
「こんな風に曲を聴いていると俺も弾きたくなってね。楽器でも作ろうかと思っていたんだよ」
俺はたき火に照らされたテレサさんの顔を見ながら答える。
「それなら私が作れますよ。今度作って差し上げます。主人は歌が好きで、よく楽器を作って歌っていました。私も一緒に楽器を作って歌っていたので作れるんです」
テレサさんは少し悲しげに笑って、懐かしそうに話す。
俺はその表情に居たたまれなくなる。
「ごめん・・・」
「いえ、お気になさらず。ゼン様達がいなければ私たちも生きていなかったかも知れません。こうしてまた歌を娘と一緒に聞けるのですから」
「そうか・・・。ところで楽器を教えてほしい。触ったことがなくて」
俺の言葉に彼女は少し不思議そうに見て言った。
「触ったことがないのに作れるんですか?」
迂闊なことを言ってしまった。
それもそうだ。触ったことないのに作れるのはおかしい。この世界の楽器を知らないという意味だったのだが。
「あ・・・いや、形を見たら大体わかるかなと」
「ゼン様はすごいですね。娘のグレンダなんて手芸も最近始めたと言うのに」
「あー、前に本で読んだんだ」
「そうですか」
苦し紛れで取り繕ってみると意外とテレサさんはすんなり疑問を引っ込めて、微笑む。
「では、まずはリューベルンからですね。今、ボルソさんが弾いている楽器です」
彼女はたき火の向こうで座りながらリュートのような楽器を弾いているトスカ村の農奴のボルソさんを指していった。
リュートをこの世界ではリューベルンというのか。
リュートのような洋梨を半分に切った形で、少し小ぶりだ。
リューベルンなら持ち運びに便利そうだし、ウクレレに近いからなんとか弾けるかも知れない
今演奏している人たちはリューベルンを弾いているボルソさんの横でもっと大きなリューベルンでベースラインを担当している。他には胴長の木の細い樽のようなものに革を張った太鼓を打ち鳴らす人がいて、演奏者は三人と歌手一人という編成だ。こんな田舎なのにちゃんとバンドのようなものを組んでいるらしい。演奏自体は食後の1時間ばかりをお酒と音楽で楽しんで、お開きとなって就寝。この世界というか農村の夜はどこでも早い。
しばらく俺は歌を聴きながらテレサさんやグレンダと楽器のことを色々話して、終わりの時間を迎えて、皆に感謝と挨拶をして屋敷に戻った。
屋敷に戻る途中の庭では就寝前の祈りを呟く声が聞こえてきた。
その呟きは日々の糧の感謝と、村の再建、生活の安全を祈る声だ。
祈りは星々の下で主神トールデンに向けられて捧げられる。
だけど、その祈りのために動くのは彼らや俺たちだ。
俺は彼らが安心して暮らせるように自分自身に向けて、祈りに似た想いを捧げる。
必ず、彼らが安心して暮らせる場所を作ろうと。
こうしてリーンフェルト領に戻ってきた一日が終わりを告げた。




