領主と村長
オークザラムを出て、馬に揺られながら早八日間。
馬車五台にも及ぶ支援物資のおかげで行きよりもだいぶ時間がかかってしまった。行程の途中で雨に降られて一日潰した。泥濘んだ街道を重い荷馬車が通ると轍にはまってしまう。オークザラムの商人組合が無償で貸してくれた荷運び人や御者が手伝ってくれたが、二日間はあまり進まなかった。
そして一週間がたった午前。
待ちに待った我が領地リーンフェルトに俺たちは入った。一応、領地の境界線には街道の端に看板を立てて区切っている。その簡素な看板にはリーンフェルト家の紋章が書き込まれていた。まだ父上が領主となって十年も経っていないが、雨ざらし日ざらしで看板の紋章は薄くなっている。何故かその看板を見て俺は少し物悲しくなってしまう。
我が商隊はトック川沿いの街道を南から北に進んで一路、トックハイ村を目指す。
刈り終わった麦畑が麦の切り株を残して、川を隔てて広がっていた。冬麦のための畑はすでに鍬が入って、黒々とした豊かな土をひっくり返して、なんとも言えない土の匂いがする。時期的にはすでに冬麦の種を蒔き終わってもいい頃なのだが、村までは距離があるためにまだ手がつけられていなかった。
もしかしたらまだ他の村の麦の収穫のために奔走しているのだろうか?
それか鍬入れがまだ終わっていないのかも知れない。
霜が来る前に早いところ種まきだけでも終わらせないと来年が悲惨になってしまう。
ここはリーンフェルト家の農地だから最悪、順番を最後にしてもいいとは伝えてあるが、やはり心配だ。
リーンフェルト家は父上が軍属の上にいるために納税のための金銭には困らない。麦がとれなくとも父上の稼ぎだけで賄える。だから心配はしていなが、領民のことを考えると安心していられない。
王都には税を軽くするように打診をトルエスさんが申請してくれている。ヴァルゲンさんの力もあるので税は軽くなるだろうが、食べる分の麦までは面倒を見てくれない。最低でも領民が食べれる収穫を維持しなければ。
「心配そうな顔をしてどうした?ゼン」
俺が考え込んでいると馬を操って、トルエスさんが側まで来て声を掛けてくる。
「冬麦の種が蒔かれてないのが気になりまして」
俺は素直に彼にそう言った。
トルエスさんは俺の言葉を聞いて、冬麦の畑を見渡して、口を開いた。
「確かにまだ終わってないな。戻り次第状況を聞いてみよう。もしかしたら春麦の収穫を止めて、冬麦の種まきを進めることも考えないとな」
なんとなくリーンフェルトに帰れば気が楽になると思っていたが、現実はまだ襲撃の傷が癒えていない領地だ。
考えることは山ほどある。
頭をオークザラムからリーンフェルトに切り換えないと。
「そうですね。冬麦が一番重要ですからね」
「まっ、そんなに心配するな。お前が考えているよりもずっと領民達は強いぞ。それぐらいは考えてる」
俺はトルエスさんの言葉に気づかされる。
彼らは何年も何年も麦と一緒に生きてきた人たちだ。
俺が考え込むまでもなく分かっている。
俺は自分の驕りに恥ずかしくなった。俺は自分が何でもできると思っている節がある。
でも、そんなことはない。麦を作ること、畑を管理すること。それは彼らが一番上手い。
それは間違いないことだ。
俺ができるのは彼らがしたいことを、上手く円滑にできるように手配することだ。
だから、俺が今一番しなければならないことは、率いている荷馬車の荷物をきっちり届けること。
そう考えると、心が軽くなる。
「トルエスさんの言うとおりです。その辺は戻ってから彼らに聞いてみましょう」
俺は思わず口元を緩ませながらトルエスさんに感謝しつつ言う。
「おう。そうだぞ・・・でも一つ、気まずいことがるんだよなぁ」
トルエスさんは肩を少し落としながら暗い顔でそう言った。
俺は頭に疑問符を浮かべながら聞き返す。
「何かありましたっけ?」
俺が呑気にたずねた様子をトルエスさんは見ると、恨みがましく俺を見た。
「お前、忘れてるだろ・・・アルガスのことをルクラに伝えなきゃならん」
「あ・・・」
思わず口を開けて、言葉が煙のように出た。
そう言えばそうだった。
すっかりそのことを忘れていた。
どうしよう?何も考えずにここまで来てしまった。
後1時間もかからずに村まで着くのに。
「すっかり忘れてました。どうしよう・・・。何も考えてないや」
「おいおい、それは酷いんじゃないか?」
「ここに来るまでトルエスさん何も言ってなかったじゃないですか」
「俺に責任をなすりつけようとするな!まぁ・・・俺もさっき畑見て思い出したんだがな」
「俺と同じじゃないですか・・・」
俺とトルエスさんは互いに気まずい顔で見つめ合う。
すると先にトルエスさんはため息を付いて口を開いた。
「まあ、考えても仕方ない。ありのままを言うか」
「そうですね。それぐらいしかないですよね」
俺はトルエスさんの消極的な提案を採用した。
言葉を取り繕っても、事態がややこしくなるかも知れない。
それなら誠意をもって話すべきだ。
「よーし、決めた。家に帰ったら一番良い蜂蜜酒を開けるぞ」
隣のトルエスさんは自分へのご褒美を作って、やる気を奮い立たせようとしていた。
まあ、オークザラムの旅で色々あって二週間以上ゆっくりできていないんだ。それぐらいのご褒美がないとやってられないかも知れない。
俺のご褒美は・・・。
母上達との食事かな?
そう考えると少しやる気が出た。
目指すはルクラ邸。
のんびりと進む馬にまたがって、俺たちは帰路を急ぐ。
気が重い俺たちを乗せて馬はあっという間に村へ到着した。
村の東門までくると警備隊の面々が笑顔で駆けつけてきて俺たちを労ってくれる。俺とトルエスさんは商隊を商館まで見送ってからすぐ近くのルクラの家に馬を向けた。
ルクラの家までの道すがら畑のことをきくと、春麦の収穫が難航しており、あと一週間ほどつづけてダメなら領民全員で冬麦をまくそうだ。霜はあと三週間ほどで下りてくるのでギリギリになる。
畑を耕して、種をまく作業は重労働で二週間後は覚悟しないといけない。
そんな話をしてルクラ邸まで近づく。
馬の嘶き声を聞いて、ベルグが家から飛び出してきた。時間は昼を過ぎたばかりで昼食の途中だったのか、ベルグは口にものを入れたままこちらを見渡すとアルガスがいなことを確認して、残念そうにした。
「ベルグ、ルクラを呼んできてくれないか?話がある」
トルエスさんはベルグに声をかけて、馬から降りた。ベルグが家に戻っていく。
ルクラの家の脇には小さな厩舎がある。そこに二人で馬を入れて、ルクラの家に戻るとルクラがやはり誰かを探すような仕草でこちらを見ていた。
「ゼン様、トルエス様。無事にお戻りになって私たちも安心です・・・アルガスの姿が見えませんが・・・」
ルクラは俺たちの無事を喜ぶ言葉を言うが、その心はアルガスで一杯になっていた。気ぜわしそうに俺たちに息子の居場所をたずねる。
「ルクラ、そのことで話がある。静かな場所で話がしたい」
そのトルエスさんの言葉にルクラは心配事が的中したのに気がついて、諦めたようにため息を付く。
「・・・そうですか・・・。わかりました。どうぞ、中に入ってください」
俺たちはルクラに招かれてルクラ邸に入っていく。
俺がちが荷物を下ろして、ルクラ邸の食堂に通される。
お互いに黙ったまま、ルクラの奥さんがいれてくれる香木茶が目の前に置かれるまで誰も話し始めない。
俺とトルエスさんはルクラに向かい合い座っている。
奥さんが出て行った食堂の気まずい雰囲気のまま、トルエスさんが切り出した。
「ルクラ、アルガスはオークザラムの軍に入隊した。それを俺は許可した」
トルエスさんは真面目な顔をしてルクラの顔を見ながら告げた。その言葉を予期していたのかルクラは目を瞑って聞いていた。
俺もトルエスさんばかりに任せられない。大きく背中を押したのは俺だし、最後には俺の家名を背負わせるようになってしまったのだ。ヴァルゲンさんとは結局俺が直接友誼を結んだことにはなるが、アルガスの最高の訓練を取り付けた約束はそのままだ。彼の働きは俺の評価につながる。
故に雇用主と同じことだ。
「ルクラ、トルエスさんが許可したのではない。俺がヘルムート卿に直接頼んで彼を任せた。責めるならアルガスではなく俺を責めてくれ」
俺の言葉でもルクラは黙ったまま聞いていた。
彼はしばし、考える。揺らめく香木茶の香りだけが食堂を包んでいた。
「あれは・・・。馬鹿者です。このような村の危機のときに出て行くなどと」
ルクラは目を開いて俺たちを見ながら静かに話し始めた。
どれだけ俺たちが擁護しようとも事実は変わらない。彼は確かにこの状況下の村を捨てて、軍に入ったのだ。
村社会は非常に閉鎖的だ。
彼らは余所者を信じない。例え信じたとしても、村の一人になるためには時間がかかる。子をなし、その血が村人達の血に混じり、時間をかけてゆっくりと村の一部になっていく。
それだけ強固なつながりを持つのが村であり、彼らの生き方だ。
俺たちリーンフェルト家ですら、村の中心部に屋敷をおかず、多くの権限を預けて村の自治を任せている。それは俺たちが新参者だからだ。領主という名があるからこそ村の人たちは信じてくれている。それは俺たちが村を守っているからだ。父上がエーロックでトランザニアからルーン王国を、リーンフェルト領を、その村々を守っているからこそ信じてもらえる。その実績があるからこそ俺たちは村の人たちに迎え入れてもらっている。
きっと村を守れなかったときには、リーンフェルト家は村を守る領主からただの余所者の貴族になってしまうだろう。
俺たちはルクラにかける言葉を持ち合わせてはいなかった。否定できない、どのような言葉を取り繕ったとしても無駄だと分かっていた。
それでもアルガスは決心して、村を出たのだ。
「アルガスはその覚悟をしておりました。家名を汚しても、騎士としての名を上げて戻ると」
俺は自分が聞いたアルガスの言葉をルクラに伝えた。
俺の言葉にルクラは眉を上げて、怒りを滲ませる。
その怒りは俺に向けてではない。アルガスに向けられているが、その感情は俺をしたたかに打つ。
「騎士が・・・なんというのですか?我々はこの地に根をはり、豊穣の麦を実らせるのが宿命です。命を散らせることが役目ではありません。そのような世迷い言をゼン様とトルエス様はお聞きになったというのですか?」
ルクラの言葉は俺たちに突き刺さる。
彼らにとって騎士や兵、貴族は麦を奪い取る簒奪者と変わらない。どんな理由があろうとも彼らが汗を流して、気が遠くなるような時間をかけて収穫した麦を俺たちは奪っている。
それがこの世界の俺たちだ。
本来なら俺はルクラに対して怒ってもいい。それは隔絶たる立場の違い。俺たちは彼らの麦を糧として、この国と領地を守る立場からだ。
だが、俺は言い返すほどに自分の立場をなんとも思っていない。ルクラの言葉を聞いて逆に身が縮まる思いをしているだけだ。
俺は封建社会というものに外敵が存在する場合には有効だと思っている。
命令系統が明確になっており、敵が現れた場合には即座に対処できるように作られた社会だ。
だが一方で、禅としていた日本も理想的で夢のような国だと思ってしまっている。平和で誰もが人権を認められた素晴らしい世界。
俺はルクラ達の麦を略取することをあまりいいとは思っていない。
だからこそ、俺はルクラに自分の立場からものを言う気にはなれない。
俺は自分の思ったままを言うしかなかった。
「すまない、ルクラ。俺はアルガスの意志を尊重した。代理領主として、貴族の嫡男としてではなく。ゼン・リーンフェルトとしてアルガスの意志を尊重したかったんだ。彼は俺やこの領地を守りたいと願った。そのために力を欲した。だから俺は俺個人として彼を軍にいれた」
俺の言葉にルクラは少し驚きの顔をした。
ルクラは非常に機転が利く。それこそ村長という役目がなければ王都で役人になってもおかしくないほどに。
彼は俺と初めて言葉を交わしたときに俺のことを見抜いたように思えた。なんの力も立場もない子供を、ひとりの人間として認めたくれた。だから俺は少し裏がありそうなルクラを信頼している。その瞳は子供や立場といったものを越えて、人間を見定めようとしてる。
ルクラは俺を見つめている。
きっと彼の中で葛藤があるのだろう。この席に着いたときから彼は何かを決めているようだった。
俺はその決定を覚悟して聞かなければならない。
ルクラは重い口を開く。真剣な顔を俺に向けて。
「ゼン様にそこまで思われているアルガスは幸せ者ですな。ですが、アイツが戻ってこなかったときに決めたことがあります。アルガスをこの村から追放します。このような時に村から出て行く者など、そしてそれが村長である私の息子であればなおさらです。示しが付きません」
俺とトルエスさんは沈痛な面持ちで彼の言葉を聞いた。
正直、村の追放など領主を飛び越えて決めて良いことではない。そんなことが横行すれば村の秩序は領主の手から完全に離れてしまう。
だけど彼の決定は納得できるものである。
俺とトルエスさんが許可を出したものを彼が握りつぶして、処遇を決めるなど許せない。だが、村の人たちの心情を鑑みればなんとも言えなくなってしまう。もし仮にルクラの決定を退けてしまえば、俺たちも領の治安を守る者として疑念を抱かれてもしかたがない。
甘く見ていた。
この問題は思っていた以上に深い。
この状況は非常に難しい。処罰など俺の手にあまる行為だ。
それでも俺はアルガスの居場所を確保しなければならない。それは彼が俺を守ってくれると言ってくれたからだ。心の底からそう思ってくれている。ならばその奉公にたいして、恩賞として居場所を与えなれば、領主として失格だ。
だから俺は後先考えずに言葉を出す。
「わかった。ならばアルガスは俺がひきとる。彼が戻ってきた際には俺の従者として雇おう」
俺の言葉に横でトルエスさんが聞こえないぐらいのため息をついた。従者の雇用など俺の一存で決めて良いものではない。
分かってはいるが、アルガスのためにできることと言えばそれぐらいしか思いつかなかった。
トルエスさんもため息をつくだけで何も言わないと言うことは了承として受け取っても良いだろう。
勝手にそう解釈しよう。
ルクラは俺の言葉を聞いて、少し肩を落とす。それは緊張の糸が切れて、やっと息をつくことができたように見えた。
「ゼン様、ありがとうございます。村長としてはアイツが戻ってくることを許すことはできませんが、父親としてゼン様には感謝致します。そう言っていただければ私も安心できます」
ルクラは憑きものが落ちたように、儚げに笑って感謝を俺に言う。
それで気がついた。
俺はルクラの筋書きに載せられていたのだ。
彼は俺の人柄と行動を見て、この筋書きを立てたに違いない。
やっぱりこの世界の人間は誰も侮れない。こんなすぐ側にいる人間がすっかりこっちを丸め込んでしまう。
ある見方をすれば、この解答がルクラも認める一番最適だったのだろうとも思えるが・・・。
掌で踊らされていた俺としては素直に喜べない。
もし俺がたった一人だけで生きていたらオークザラムのことと言い、人間不信になってもおかしくはない。
俺はため息を付いて、ルクラを見ながらちょっと笑い、若干の威圧を込めて口を開く。
「ルクラ・・・。最初から俺がそう言うと思っていたね?」
俺の言葉にルクラはしばし口を閉じたままでいた。
そうしてルクラは申し訳なさそうに口を開く。
「申し訳ありません。ゼン様ならそう仰っていただけると信じておりました。ゼン様はいつも正しい選択をなさいます。アルガスのこともそうすることはわかっておりました」
「やられたよ。まあ、この村を安心して任せられると再確認したけど」
「一言、苦言を呈してもよろしいですか?ゼン様」
ルクラは少し姿勢を崩した俺を見つめて真剣に聞いてきた。
俺は少しやさぐれて、横柄に手を差し出して続きを促す。
「どうぞ」
「いつも正しい選択をするのが最良とは限りません。それは高貴さ故に深い闇に墜ちてしまう。時には正しさに反することも必要です」
俺はルクラの言うことがわからなかった。
最適解を常に選択すれば、それは必ず正しい方向へと進めると信じているからだ。
でも彼が言うことは裏切りも時には必要ということなのだろうか?
俺にはまだその時が訪れていない。なるべくそうならないように心がけているからだ。
だから俺にはこう答えるしかなかった。
「その苦言、心に留めておくよ、ルクラ」
「はい。私はゼン様にそのようなときが訪れないことを祈っております」
ルクラはそう言いながら聖印を切って、祈りの仕草をする。
俺はその仕草になんとも後味の悪い思いをしながら眺めた。
「話は終わりましたね。俺たちも帰ってきたばかりなのでこれでお暇します。ゼン、行こう」
トルエスさんが口を開いて、言った。
俺はそれに頷いてルクラ邸を後にする。
去り際に見たルクラは少し小さく見えた。
その背中には村や家族。いろんなものが背負い込まれているんだ。
俺には彼がそれに押しつぶされないように祈ることしかできなかった。




