二章エピローグ 懐剣・・・その銘は
二話連続投稿のラストです
俺の名前はゾルガ。
しがない武器屋をやっている。
これでも一応は祝福持ちの王国所属の武器職人だ。
俺は王都から少し離れた小さな村で生まれた。
小さな村なので働き手としてよりも、王都で職人になるために成人する前に王都の鍛冶匠のもとで徒弟として修行した。
寝る所と食うものはあるが全く足りない。
寝床は窮屈な思いをして五人が小さな部屋で雑魚寝、食い物は足りなくて何時も腹を空かせていた。服だって、昔いた先輩連中のお下がりだ。
来る日も来る日も、熱い炉の前で木炭を汗水垂らしながら入れていく。
厳しい親方に鞭で打たれたこともあった。先輩のしごきもある。
でも俺は炉の中の火を見ることが好きだった。
武器を直しに来る王都の騎士様達の煌びやかな鎧や武器を見るのが好きだった。
ホンモノの武器を見ることが好きだった。
だから、殴られてもどつかれても文句言わずに働いた。
いつか、ホンモノの武器を作ってやる。
騎士様が俺の武器を持つのが誇りだと言ってくれるようなホンモノの武器を。
炉の火を見ていると親方がいつも言った。
「炉の中にはな。神様がいるんだよ。じっとみつめてりゃ、いつかその声が聞こえるかもなぁ」
彼から笑いながら同じ台詞を何度も聞いている。
そんなことは炉をしっかり見守らせるための法螺話だ。
親方の徒弟に祝福された奴なんていない。
だが、俺はその話を真剣に聞いた。
他の徒弟達が心の中で文句を言っているのも尻目に、俺は火を見つめ続けた。
別に祝福されようなんて大それたことを考えたんじゃない。
ただ、火を見ることが好きだったんだ。
その中に神様がいるってんなら見てみたかった。
それだけだ。
だけど、あるとき俺は炉の中から声を聞いた。
『我が名、火炎の炉を司る鍛冶神ムルギスにおいて、汝を祝福する』
その瞬間俺の体を熱い炎が駆け巡る感覚が走った。
そして、俺は感じる。身の回りにある物すべての熱を、寸分の狂いもなく正確に感じることができた。
手をかざすだけで炉の中の熱を感じ、その温度が調整できる。
俺は祝福を授かった。
すぐさま親方にそのことを伝えると、彼は喜んで王国に俺を売った。
報償が出るのだ。徒弟として親方は俺の権利を持っている。鍛冶組合が王国からその権利を守っているのだ。
その権利を金で売る。
当たり前のことだ。
それから俺は王国専属の武器職人見習いとしてラライラ学校に入学して、様々なことを学ぶ。
読み書きができない俺にとっては親方の元で働くよりも苦労したが、ホンモノの武器を打てる。
そう思えば、辛くはない。
それに鍛冶神ムルギス様の名を汚さぬよう、俺は必死になって知識を求めた。
卒業してから俺は王国所属の武器職人として工房をもらう。
親方の工房よりもでかい。
俺は嬉しくて一日中、炉で金属を溶かし、武器を打ち続ける。
金槌の音がうるさいと何度も隣の奴から文句を言われた。
だが知るか。
てめぇも一端の職人なら俺に負けないぐらいに鳴らせばいいだろうが。
十年経つと次第に仕事が増えていき俺は武器を打つことも多くなり、徒弟を雇う。
数十人の徒弟が俺の指示で昼夜問わず働く。
俺はそいつらに負けないぐらいに働いた。
ただ黙って打ち続ける。
それがホンモノへと辿りつく唯一の道だ。
しかし、俺は納得できない。
ホンモノの武器を作るために打っているのに、注文されるのはほとんどが飾り用の武器だ。
こんな装飾ばかりで重くなる武器なんて俺が求めていた物じゃない。
俺は荒れた。
仕事が終わると飲みに行き、浴びるほど飲んで喧嘩をする。
喧嘩しても俺は王国から守られる。おとがめはほとんどない。
調子に乗って、俺は祝福職人達をまとめる役人にも当たった。
何故こんなもんを作らせる?
俺は戦うための武器が打ちてぇんだ!
役人はビビって青くなるばかりだった。
いい様だ。こんな下らない仕事ばかり寄越しやがって。
俺がそんな調子だったからか。
トランザニアと戦いが始まると俺はオークザラムの街に派遣された。
俺は嬉しかった。
これでホンモノの武器が打てる。
俺の武器で敵を倒せる。
意気揚々とオークザラムで俺は武器屋をする。
戦時下だから商売じゃねぇ。
軍の命令で武器を打ち、修理する。
俺は渾身の力で俺が理想とするホンモノの武器を打ち、騎士や兵士がそれを持った。
誇らしかった。
オークザラムの広場で、綺麗に整列した兵士達が俺の武器をもってやがる。
鍛冶神ムルギス様も喜ぶ。
俺は戦いに出る兵達を激励して、見送った。
戦いに出たら武器は痛む。
彼らがそれを修理するときに俺の武器のすごさに喜んでいるに違いない。
そんな思いで俺は戦場から帰ってくる彼らを待った。
だが、現実はそんな甘いもんじゃなかった。
俺の武器屋に戻ってきた兵は半分もいなかった。
彼らは死んだ。
戦いに出て死ぬなんて当たり前だ。
でも俺は愕然とした。
俺はホンモノの武器を作った。
俺の理想、敵を倒すための武器を。
しかし、それは彼らを守らなかった。
俺はホンモノなんてもんに拘って、彼らを守ることができなかった。
膝を折りそうになりながらも俺は鍛冶神ムルギス様が宿る炉の火を見つめる。
俺の中の火はまだ燃えている。
なら、俺がすべきことは彼らを守るための武器をつくることだ。
彼奴ら一人一人の癖を見て、彼奴らを守れる武器を作ってやる。
それが彼らにできる唯一の俺の祈りだ。
俺はその日からもっと真剣に武器を打った。
広場に行って兵士一人一人の訓練を飽きるほど見て、俺の武器を持つ奴の癖を知った。
そんな俺の様子に兵士達は歓迎してくれる。
訓練終わりに飲み行くことも多くなった。
奴らはみんな気持ちのいい奴らだった。
スケベで、馬鹿だが国を守ることに誇りを持っている。
俺はそんな奴らが好きだ。
こんないい奴らを死なしちゃいけねぇ。
俺はもっともっと真剣に、魂を込めて武器を打つ。
奴らの顔を一人一人思い浮かべながら彼らの体と剣術と癖を見抜いて、彼らのためだけの武器を打つ。
充実した日々だった。
そして、彼らはまた戦場に行く。
俺の武器を持って。
俺はまた知ることになった。
俺がいくらしたところで、守る武器を作ったからと言って、戦えば死ぬことを。
馬鹿話をしてた奴らは死んだ。
俺は打ちひしがれて、炉の中の火を見ることもできなくなった。
武器を打てなくなった。
そんなとき彼奴が来た。
悲しそうな顔をしたゼルが俺の武器屋を初めてたずねたんだ。
「息子の・・・この剣を打ったのは貴方ですか?」
ゼルはやせ細っていた。死人のような顔をして、たずねてくる。
その差し出された剣は確かに俺が打ったものだった。
「ああ」
と答えると。
「息子はこれを抱いたまま戦場で死にました。ありがとうございます。彼奴は戦地から離れて戻る途中で力尽きましたが、この剣のお陰か、ちゃんと戻ってこれました。どこも欠けることもなく戻ってきてくれました」
その剣は傷つき、何度も打ち合ったのかボロボロだった。刃先も欠けていた。
俺は泣いた。
なにも守れてない。
俺はこの剣をもった兵を何も守れちゃいない。
なのになんでコイツはこんなこと言うんだ?
何故俺を責めてくれない。
どうしてだ?
頼む、責めてくれ。
そうじゃないと俺は・・・。
俺が泣いているとゼルが力なく笑った。
「だから。この剣を直してもらえたら、綺麗な剣と鎧になれば・・・。彼奴が笑ってくれるような気がするんです」
もうダメだった。
何も言えなかった。
ただ、俺には謝るしかできなかった。
すまねぇ、すまねぇと俺が声を上げてもゼルは俺を一切責めない。
ただ、またこの剣を綺麗にしてほしいと何度も俺に頼んだ。
俺はゼルの息子ゼラークスの剣を受け取り、魂を込めて打ち直した。
一心不乱に打ち直した。
それしか俺にはできない。
そんな取り柄しか俺にはない。
打ち直した剣をゼルに渡すと、彼は何度も何度も感謝を言う。
俺には彼と一緒にゼラークスの冥福を祈るために、飲みに行くぐらいしかできなかった。
それから俺とゼルは友となった。
オークザラムにゼルがいるときはよく飲みに行った。
別に話すことはお互い上手くねぇ。
ただ、ゆっくりゼルと一緒に飲む時間が俺の慰めになる。
ゼルもそんなことを感じていたのかも知れない。
俺は剣をあまり打たなくなった。
簡単な話だ。
どうしたところで俺には何もできない。
だから、生き残る奴、自分をしっかり守れる奴にだけ剣を打つことにした。
そのときには戦も終わりかけていたしな。
そうすると今度はある噂が立った。
俺の剣を持つと生きて戻れる、っていうくだらない噂が。
そんな噂が立つと俺の武器屋には商人やら貴族やらがこぞって注文にきた。
見ただけですぐに死にそうな奴らだ。
どんなに金を積まれても俺は首を縦には振らなかった。
嫌気が差して、俺は店を丸々倅のラトックに譲った。
こんな俺の倅だが、商売の才能があるらしくラトックは俺の店をすぐに大きくした。
俺はその横でボロボロの倉庫を少し改装して小さな朽ちた武器屋をすることにした。
炉は好きなときにラトックの所に行けば使えるしな。
小さな武器屋でも噂を聞きつけて色々な奴がくる。
その中でも生き残れそうな奴には安くても武器をつくってやった。
彼らは武術の才能があり、軍にいてもすぐさま上に行きやがる。
それに目をつけたヘルムート伯様が俺に、武器を作るときはその人物を報告しに来いという。
雇用するらしい。
どうでもいいが、オークザラムにいるならヘルムート伯様の言うことは聞かないといけない。
渋々頷いた。
そうしている内にゼルがリーンフェルト領で死んだことを聞いた。領主の息子を守って死んだと。
俺は信じたくなかった。一度死んだと噂されても、ひょっこり戻ってきた奴もいる。
ゼルがいつか戻ってくるだろうと待っていた。
そうしたらあのガキが来たんだ。
何でも分かってますよ、というムカつく顔をしたガキが。
ソイツは俺の言葉を聞いても取り澄ました顔で勝手に商品を持ちやがる。
構えは堂々としたもので感心したが、それ以上に驚いた。
ソイツが腰にぶら下げているのはゼルの剣だ。
そして俺はゼルが死んだことを知る。
彼は目の前にいるムカつくガキを守るために死んだ。
なら俺ができる冥福の祈りはせめてゼルが守り通したこのガキを守ることなのかもしれない。
ゼルに感謝しろよ。
俺はお前の為じゃない。ゼルのために打つんだ。
それを自覚しろ。
そうして、ゼン・リーンフェルトとかいうムカつく奴とついでに一緒にいた坊主の盾を作ることになった。
あのガキは隠していることがあるが、俺の知ったことではない。
見た剣術を元に注文通りにつくるだけだ。
盾の坊主は作るのにはまだまだだ。だが、才はある。
俺はその日の夕方にそのことをヘルムート伯様に伝えに行った。
俺が閣下を訪ねて、その話をすると真剣な目をして彼はそのガキについて色々なことを聞かれた。
いつもなら「どんな奴だ?強いか?」と嬉しそうにするのに、今日はえらく真剣だ。
見た目、人柄、武術の才、将来有望そうか?
そんな話をしたと思う。色々聞かれたが忘れた。
話が終わってもヘルムート伯様はじっと考え込んでいる。
何やらぶつぶつと独り言をいいながらだ。
そんなヘルムート伯様は見たことがない。彼はいつだって即断即決。
普通なら今話したら、夜にならないうちに雇用の話をもっていくのに。
俺は意外な思いで彼の館を後にする。
よく分からないが、俺が考えることじゃない。
そうしてあのガキはまた俺の店に来た。
だが、会話している内に俺はそのガキの顔つきを見て言葉を失う。
四日前に見たソイツの顔つきと全然違うんだ。
取り澄ました顔ではない。
よくわからないが、何故かコイツは俺を見ていた。
俺は思い出していた。
兵達一人一人を見て、彼ら守る武器をつくろうとした俺みたいな顔をしてやがるんだ。
俺はなんとかいつも通りに言葉を出せることができた。
それからソイツは商品を手に持って、初めて店に来た時みたいにいきなり構えた。
俺は見る。ソイツが隠していた本当の剣技を。
美しくも実戦的な剣技。
生き残るための、自分を守るための剣技。
俺は見終わった後たずねた、何故今見せたのかと。
俺はソイツの答えに何を思ったのだろう?
わからない。
ただ、俺は時間を掛けて考えながら
ひとつの答えが胸に溢れた。
ソイツを・・・ゼンを守ろうと。
そうして、俺はゼンからある銘を聞く。
『懐剣』
懐に入れて持ち主を守る剣。
俺が打ちたかった剣だ。
大きくなくても、立派でなくても、ホンモノじゃなくてもいい。
ただ、持ち主を守るための剣。
もっとも持ち主に近い懐に入れて、守るためだけの剣。
なんて素晴らしい銘だ。
俺の炉が熱くなる。
ただ銘を聞いただけなのに、その剣を打ちたいと心の底から思った。
俺の魂をかけて最高の一本を打ちたいと。
だから、俺は柄にもなくゼンに言っていた。
「お前のために最高の一本を打ってやる」
そんな言葉が俺から出るなんて驚きだ。
でも、悪い気はしなかった。
そう思ったんだ。何が悪い。
ゼンが話を終えて立ち去る。
俺はそのときには決めていたことがある。
今から打つ俺の最高の一本。
その銘についてだ。
それは―――。
『懐剣ゼラークス』
死んじまったもんの名前なんて不吉だろう、とか言う奴がいたら俺が殴ってやる。
だってな、やっぱり親子は一緒じゃねぇとダメだ。
当たり前だろうが。
ゼルとゼラークス。
今度は二人でお前らの主を守ってやれ。
さあ、俺は打つぞ。
人生で最高の一本、『懐剣ゼラークス』を。
我が神、火炎の炉を司る鍛冶神ムルギスに誓い、我が最高の一本を打とう。
ってゼンの野郎まだ出て行ってなかったのか!
早く出て行けってんだ!
二章 「幼年期 オークザラム編 人それぞれの物語」 完結




