オークザラム⑯ オークザラムを後にする前に
今日は2話連続投稿です
昨日はとても楽しい一日だった。
リアさん達との別れは寂しかったけど、再会しようという約束をしたんだ。寂しくはあれ、悲しくはない。
次会うときを心待ちにして、もっと大きくなった俺を見てもらおう。
うん、リアさんが驚くぐらいに大きくなってやろう。
リアさんを見送った後、広場から戻ってヴァルゲンさんの館でリザベラ夫人とお茶をした。
もう俺は彼女が怖くない。
俺は彼女を知ろうと色々な質問をした。最初は彼女もいきなり態度が変わって戸惑っていたようだが途中から優しげに微笑んでくれていたと思う。
彼女にも複雑な事情がありそうなので質問は趣味とか、リアさんの公演のこととかが中心になった。彼女は花と音楽が好きなようだ。館の前の花壇や中庭は全部彼女が世話をしている。
ハスクブル公爵家の城は『花の城』と呼ばれ、何百人の庭師達が世話をして、庭園や城内も花が咲き誇り、それはもう美しいらしい。彼女は懐かしそうにその光景を語ってくれた。
もしかしたら、彼女は帰りたいのかもしれない。自分が生まれた街へ。
その表情を見て、俺はちょっと切なくなった。
堅牢な守りがあるとは言え、東部最前線の都市オークザラム。家柄も良く、花よ蝶よと大事に育てられてきた彼女がここで結婚生活をする。それは俺が想像できない恐怖や寂しさがあったのかもしれない。貴族の令嬢として彼女はそれに文句も、怒りもぶつけられず耐えてきたんだ。そして、ヴァルゲンさんが戦場にいっている間はこの都市をその細い肩で守らないといけない。
なんて気高くて強い女性だ。
貴族というのは黒くてドロドロとした人間関係がある。その中で謀略もする、暗殺だってあるだろう。
でもその泥の中で子孫に遺産を受け継がせようと必死に守り続けることが普通の人にできるのだろうか?
俺はもう、昔のゼンではない。禅として日本人の価値観がある。だから本当に貴族を理解することはできないかもしれない。
だけど、大切な物のために命をかけて守り戦うことはグラックの戦いで少しは分かったような気がする。
そんな共通点を見つけて、俺は心の底から彼女に微笑んでいた。
もっと二人だけで話ができる時間があればな、と惜しいと思った。
その後は和やかな夕食をとって、トルエスさんの商談のことを客間で話した。
商談は上手くいった。交渉ごとではトルエスさんが一番だ。生活雑貨を取引している商人から当初予定していたよりも安くしてもらい、なおかつ建築職人組合ではかなり優遇されるように手配してくれたので村の再建も俺がそこまで入らなくても上手く回るはずだ。
金額が随分と浮いたので、浮いた分は村の再建に、そして再建するときの職人達が飲み食いしてくれるので領地の経済もちょっとは上向くかもしれない。
リーンフェルト領主管理の森を一部開放して、資材調達や狩りをするのもありだ。再建の際に村を少し拡大して、移民を募るのもいい。
まっ、その辺はトルエスさんだな。また仕事が増えるけど。
トルエスさんと領地の話をしていると、ヴァルゲンさんが酒樽をもって訪ねてきた。
「明日出立であろう?今宵は飲み明かすぞ。それが友との別れの儀式だ」とかなんとか大仰に言っているが、ただ飲みたいだけだろう。トルエスさんもそのヴァルゲンさんが嬉しそうに笑う顔を見て、ため息を付き皮肉をいいながらも一緒に車座になって飲んでいた。トルエスさんももう彼に対しての態度を変えて、楽しそうに今日の稽古や昔話をする。俺は聞き役になって楽しい時間を過ごした。
そんな一日だった。
今はオークザラムの最終日の朝。
俺はとある場所に来ていた。
ヴァルゲンさんにも許可を取っているので俺のしたいようにしよう。
無茶な注文を言って、彼を困らせるかも知れないが、それはそれで面白くなるかも知れない。
俺は目の前の朽ちそうな扉をノックする。
返事はなかったので、勝手に入って大声を上げる。
「ゾルガさん!おはようございます!」
俺の声で店の奥からゆっくりと大柄の男が出てくる。
榛色の瞳が俺を不機嫌そうに睨んで、鼻息荒く返事をする。
「あの時のガキか、なんの用だ?ツケで武器は作らんぞ」
俺はヴァルゲンさんと顔を合わせていたからだろうか?なんだかそんな表情をするゾルガさんが可愛く見えてしまった。
大きな体に短髪、彫りが深くて、火を見ているからか浅黒い。荒いシャツとゆったりとしたズボン。
この人にはどんな物語があるのだろうか?
聞いてみたら楽しいかな?悲しいかな?
でも時間はあまりないので次ぎオークザラムに来たときかな。
俺は彼の物語のことをちょっと想像しながら彼に聞く。
「お金はヘルムート卿が出してくれるので今日は注文に来たんです。でも作る武器を変えようかと思って。間に合いますか?」
彼は俺の言葉を聞き終えても、こちらをじっと見ながらちょっと間を開けて答える。
「作ってもいない物はいくらでも変えられる。当たり前だろ」
彼はなんだかよく分からない表情をして、ぶっきらぼうに言う。
その言葉を聞き、俺は店にあった小さめのロングソードとダガーを構える。
彼が作ったその素晴らしい剣を握り、高揚感を感じながら振り向いて、
その榛色の瞳に向き合う。
「では、見てください。俺の技を」
そして、俺は彼にラインフォルト神斬流を見せた。
禅の世界では卑怯と呼ばれた剣技。
祖父リオ・ラインフォルトが生涯を掛けて作り上げた遺産。
全部を見せなくてもゾルガさんなら分かってくれるだろう。
これがどういったものかなんて。
俺はその技を披露し終わって、一息つくと彼がたずねる。
「何故、今それを見せた?」
彼が真剣な表情で俺を見つめる。
彼が子供の俺に真剣に向き合ってくれることを感謝しながら答える。
「一番の理由は生き残りたいからです。隠して生き残るなんて都合良く生きられないと思ったからです。あとにこれはなんとなくなんですが、ゼルの話を真剣に聞いてくれたゾルガさんになら、ゼルを友だと言った貴方になら見せたいと思ったんです。それに―――」
俺は次の言葉を切る。
それは後悔だ。命をかけて、俺を守るといったゼルを信じなかった俺の後悔。
俺は目線を外して一度、腰に佩刀していたゼルの剣を撫でて、再び彼の瞳を見つめる。
「―――俺はゼルにこの技を隠してました。だからせめてゼルの友であるゾルガさんに見てもらいたかったのかも知れません」
彼は俺の言葉を聞いて目を閉じた。
何を考えているのだろうか?
俺はそれに不安になる。
ゼルにこの技を隠していた俺に腹を立てたのか?
そして彼は、すっとその鋭い目を開ける。
「わかった。もうどんな形がいいか、分かってるんだろう?それを聞かせろ」
彼は初めて来たときのように顎で俺に椅子を勧める。
俺は安堵と感謝をしながら椅子に座り、俺たちは武器について話し合う。
この話し合いに関しては、俺は父上と約束を破ることになる。
禅の世界の武器だからだ。
命を守る剣だ。父上も許してくれるだろう。
祖父リオ・ラインフォルトが持っていた武器を真似て、ゾルガさんに注文をした。
その話し合いの途中で、俺はその剣の種類の名を口に出すと彼が眉を少し上げて聞いてくる。
「懐剣?どういった意味があるんだ?」
彼は珍しい形の剣であっても、何も聞かず。ただ俺が剣の種類を言うと反応した。
「懐剣は、懐に入れて持ち主を守る護身用のナイフのことです。でも俺のは使うとき腰に装備しますが」
「ほぅ。いい銘だ」
彼は短く答える。分かりにくい表情だが、なんだかとても嬉しそうに見えた。
仏頂面以外の表情を初めて見た。
その表情に心苦しくなってしまうが俺は返す。
「銘じゃないですよ。種類です」
「ふん。そんなことはどうでもいい」
彼はすぐさま表情を変えて、俺を睨むと憮然として黙る。
まあいいかと思い、俺は話を続ける。
彼はそれから黙って俺の話を真剣に聞き、時折質問をして話し合いは終わった。
「納期はどうする?」
話し合いが終わったので俺が立ち上がると、彼は座りながら俺を見てたずねた。
「早いほうがいいですけど、任せます。装飾はいりません。金額と時間はかかってもいいので最高の物をお願いします」
「一端なことを言うじゃねぇか。ふん。まあいい、わかった。お前のために最高の一本を打ってやる」
俺は彼の顔をマジマジと見てしまった。
俺のため?
ゼルのために打ってくれるんじゃなかったのか?
俺は思わず聞き返した。
「俺のためですか?」
「ガキは黙ってろ。俺がそう打つと決めた。さっさと帰れ」
彼はもう何も言わないという表情をして、手を払って俺を追い出す。
納得してはいないが、打ってくれるというなら喜ぶべきかな?
俺は頭を傾げつつもゾルガさんにお願いしますと言って、店から出て行く。
扉を開けて出るところで、一度振り向いてゾルガさんを見る。
そこには少し口の端を緩ませて嬉しそうな彼がいた。
彼が俺が見ていることに気づくと、俺を睨んで声を荒らげる。
「早く出て行け!」
椅子から立ち上がり、すごい形相で叫けばれて俺は慌てて、彼の店から出て行った。
店の外は晴れ渡った蒼穹が見える。
穏やかな武器屋通り、広場には訓練をしている兵達、まばらだが街の人々は色々な表情で歩いている。
急いでいたり、店先の武器を物欲しそうに見ていたり、親子で歩いていたり。
俺はそんな平和な街に嬉しくなって、軽い足取りで歩き出す。
トルエスさんやリーンフェルトの商人達はもう先に大手門前に行っている。
ヴァルゲンさん達やアルガスにも挨拶は済ませた。
色々あったけど結果よければすべて良し、というやつだろう。
またオークザラムにも来る。そのときはもっと楽しめる。
結局ユルゲン卿とは何の進展もないけど、まあいいだろう。
それはまたの機会があるはずだ。
さあ、もうこの街ですることは済ませた。
後はもう―――。
俺の家、リーンフェルト領に帰ろう。
母上達や領地の人たちともっと話をするんだ。
楽しみだ。
俺は鼻歌を歌いながら歩いて行く。
この辺境都市オークザラムを後にして。




