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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
二章 辺境都市オークザラム 人それぞれの物語
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オークザラム⑮ 再会の約束

客間のベッドの上で上半身を起こしながら俺は目を瞑っていた。


目を瞑るだけで聞こえる。


木剣が打ち付けられる鋭くて堅い音。

乱れる呼吸の音。

五月蠅くて苦しい鼓動。

激しく地面を抉る足音。


目を瞑るだけで見える。


木剣が作り出す美しくて、研ぎ澄まされた軌道。

大きな熊のような体が激しく躍動する様。

嬉しそうな顔、驚く顔、鋭い武人の顔。


戦いの残滓。

それを思い出すだけで疲れた俺の体が温かくなって、癒やされる。

宝物を見つけた子供のように俺はその残滓を胸に抱いている。


そして、あの蒼天の誓約。

胸が熱くなる。

何よりも気高い彼に認めてもらったという誇り。

彼が友になって、一緒に生きていける喜び。


ヘルムート伯・・・いや、ヴァルゲンさん。

貴方と会えて良かった。貴方を知れて良かった。


俺は治療が終わってからもこの熱病にうなされていた。

いつまでも感じたいこの喜びの病に。




コンコン―――。

そんな温かい夢のような思い出に浸っていると、それを妨げるようにノックが聞こえた。

俺は現実に意識を引っ張り出して、それに返事をして外にいた者を中に招く。

「寝てるところ、悪いな」

トルエスさんはちょっと心配そうな顔つきでそう言った。


俺はあの後、すぐさま館に連れ戻されて治療を受けた。

治療と言っても魔法薬を飲むだけだ。一時間ぐらいしたら大体の怪我は治った。

いつみても魔法薬は不思議だ。流通も厳しく制限され、製法等は秘匿されている。ここまでの効き目があるのだからそれも分からなくはない。祝福持ちが関わっているのだから秘匿して、彼らの身の安全を確保するのも王国の仕事だと思う。

怪我は治るが、体力はまだ完全に戻っていない。薬を飲んで一日ぐらいは安静にしてくださいというのが、医師?の話だった。


「いえ、呆っとしてただけですよ。すみません、商人の取引には結局いけないかもしれません」

俺は今日の予定を思い出して、彼に謝った。

「いや、そんなことは俺に任せてくれ。ヘルムート伯の後ろ盾をちらつかせれば、有利に交渉するなんて誰でもできる。ゼンがヘルムート伯と友誼を交わした話はもうオークザラム中に広まっているからな・・・」

彼は話の途中で言いよどむ。

俺はそれに疑問に思ってたずねる。

「どうかしたんですか?」

そうたずねた俺に彼は少し悩んでいる顔を見せた。

「いいのか?ゼン。あんなことをしたらハスクブル公爵家との婚姻をお前が認めたことになるじゃないのか?」

彼は気遣わしげに聞く。


彼の心配も納得だ。

昨晩にはこんな風になるとは思っていなかったんだ。俺も彼も。

ただ、鬱憤が溜まっていたし、トルエスさんも酔っていた。勢いで俺の背中を押してくれたに違いない。

ある程度は対立しつつも、ヴァルゲンさんの気性を考えて上手く立ち回れるようにする、ぐらいを考えていた。


でも俺はこの状況に満足していた。

だってあんな楽しい打ち合いの時間を過ごした人と対立するなんて考えられない。


「いいんですよ。これで満足です。ほら、考えてみてもください」

俺が言葉を止めて彼に笑顔を向けると、彼は不思議そうに見ている。

俺はなんの心配事もないような顔をして続ける。

ちょっと、からかうような言葉にして。

「俺、トルエスさんとヴァルゲンさん。生き残るには信頼できる仲間が多い方がいいじゃないですか。二人よりも三人、三人よりも四人ってね」

彼は息で鼻を鳴らし、肩をすくめる。

「付き合わされる身にもなってくれ。こっちも命がけだ」

「いえいえ、我が領地の優秀な代官様なら大変頼りになりますし、楽勝でしょう」

「俺はそこまで優秀じゃないし、仕事もしたくない。けどな・・・そういうのは嫌いじゃないぞ」

彼は口元を緩ませて、そう言ってくれた。

俺は嬉しく思いながら彼のその笑顔を受け止める。


でもその通りだ。

彼がここまで俺のためにしてくれる・・・。

何故なんだろうか?

父上の息子だからってここまでしてくれるものなのだろうか?

だけど、今聞くのは野暮だ。折角のこの雰囲気を味わいたいじゃないか。

彼とはこれから一緒に生きていく。

その理由はいつか教えてもらえるだろう。

ただ今は・・・感謝します。トルエスさん。


「そうだ、ゼン。リア嬢達が会いたがっていたぞ。そろそろ巡業に出るんだとさ。もし動けるなら見送りに行ってやれ」

彼は本題を忘れてたとばかりに、思い出したように言った。


それはとても大事なことだ。

リアさん達には本当にお世話になった。彼女達はお世話したとは思っていないだろうが、俺がそう思っているんだ。

彼女達の笑顔がなければ俺は折れていたかもしれない。

だから挨拶は絶対にいかなくちゃ。


「それは大変です。今すぐ行きますよ」

俺は慌て気味に立ち上がり、体の状態を確認しながら、身なりを整える。

「広場だ。ユルゲン卿もいるから気をつけろよ。俺は商人との取引があるから行けないが、ゼンなら大丈夫だろう」

トルエスさんは俺の様子を見ながら、説明してくれる。

彼のその心地よい重さの信頼を背負い、俺はヴァルゲンさんの館から広場に向かう。




客室から出ると騎士ローディウスが俺の護衛としてついた。

主の友に何かあったら騎士の名折れです、と生真面目な表情でそう言いながら俺を案内してくれる。

精悍な顔立ち、俺にも最高の礼儀を尽くしてくれる様子から彼の性格がわかるようだ。忠義に厚い騎士、アルガスと気が合いそうだし、彼ならアルガスをしっかりと訓練して、素晴らしい騎士にしてくれると思う。


あまり付きまとわれても自由に動き回れないので、歓迎はできないが今日はありがたく好意に甘えよう。

明日なら体力も回復して、ヴァルゲンさんに言って自由に行動するんだ。最終日だし。


呑気に考えながら騎士ローディウスと一緒に歩くと、人が避けていく。

内庭にいた兵達が動きを止めて、敬礼するんだ。

実はこの人、この辺でも結構名のある騎士なのかもしれない。


そうして、広場に着いた。

そこには八台の幌の屋根が付いた荷馬車が一列に並んでいる。真新しい白い曲線を描いた幌が美しい。その最後尾では人だかりに囲まれたアフロ―ディア一座がいた。

一座を囲む人々は彼女達に餞別の品々を渡そうとしているが、フェスティナさんや団員達が忙しくそれに答えて、持って行ける物と持っていけない物を選別している。リアさんは昨日の踊り子のような服に毛糸のショールを肩に掛けて、その様子を御者台の椅子から楽しそうに見ていた。リーシャは町娘の格好で、リアさんの横にちょっと緊張した様子で座っている。

その光景にまるでリアさんが女王様のように見えて笑ってしまう。


俺は騎士ローディウスがその人だかりを左右に分けて、開けてくれた道に続く。

歩いている俺の姿を見つけたリアさんが太陽のような笑みを浮かべて、御者台から飛び降りて早足でこちらに近づいた。その様子に周りの人たちは驚きの声を上げながらその目線だけを彼女が通り過ぎる背中に向けている。


「ゼン!会いたかったわ!もう、やっぱり私の言った通りね。さっきは本当に格好良く目立ってたわ!」

彼女は少し屈みながら俺の首に手を回して抱きついた。薔薇のいい匂いが俺の鼻腔を満たして、目眩がする。

俺は彼女の勢いを両手で止める。ちょっと、後ろに押されたが。

「いえ、ボロボロでした。実戦なら俺は数十回は死んでました」

「そんなこと、どうでもいいわ!貴方を格好いいと思った。それが私にとってはすべてよ。あ・・・ごめんなさい、怪我に響いてない?」

彼女は情熱がこもった甘い声で、俺の後ろ髪を愛しく撫で、気づいたように小さな声を上げて身を引く。

俺はその温かさが遠のくのに寂しさを感じつつも彼女の気遣いに嬉しくなる。

彼女も気遣って身を引くこともあるんだなと失礼なことを思いつつ、彼女に安心してもらうように穏やかに声を掛ける。

「ちょっと疲れていますが、怪我はもう大丈夫ですよ。それより行ってしまうんですね」

俺は言葉の端に寂しさを含ませつつ彼女に聞いた。


なんだか彼女達とはずっと一緒にいたみたいな気がする。

たった三日だけどもう彼女達の存在は俺の中で、リーンフェルト領の人たちと同じだ。

だから、寂しく思う。


「ええ。行くわ。それが私たちですから。我ら愛と美で人々を溺れさせるアフロ―ディア一座。でも、リア・アフロ―ディアとして、貴方はずっと私の心中にいる。だから私は寂しくない、また会いに行けばいいだけ。さ、これを受け取って」

そう言って彼女は誇らしそうに笑い、俺の手を取って、掌に一つの贈り物を握らせる。

それは封蝋印、小さな判子にはアフロ―ディア一座の踊り子が舞う紋章の周りに円を描き古代語のような文字が彫ってある。

「これは?」

俺は何か動物の牙を素材にしたその高級そうな封蝋印を眺めて、彼女の方を向いて聞く。

「これは私たちに手紙を届けるために必要なの。時間はかかるけど、近くの吟遊詩人組合にいって渡せば大陸中のどこに私たちがいてもその手紙は届く。何回も使える物じゃないから年二回ぐらいを目安に手紙を頂戴。私も手紙を出すから」


貿易商人達ならわかるが、吟遊詩人組合がどうやって大陸中にいる彼女達に手紙をとどけるのだろう?

まだ俺の知らないことはたくさんあるな、と思いつつありがたく受け取る。

リアさん達に手紙が届ければそれだけで嬉しい。


「ありがとうございます。必ず手紙出します」

「ええ待ってるわ。それとリーシャが願いしたことがあるみたいよ?」

リアさんは笑顔で俺のお礼を受け取り、側まで来ていたリーシャに目を向ける。

リーシャはそのリアさんの顔をみて頷き、俺に目を向ける。

俺と同じ目線、吸い込まれるような青い瞳。

綺麗な少女が胸に手を当てて、少し困惑している。

言っていいのだろうか?という思いが伝わってくる。

俺はその様子に温かい思いをしながら、笑顔で

「できる限りのことはするから、言ってみて」

その俺の言葉にリーシャは意を決して歌うように口を開く。

「聞いてください」

小さく、でも誰よりもハッキリと涼やかな声が広場に広がる。


そして―――彼女は歌い出した。


「少年よ 貴方は何を思い 何を願う?

別かたれた魂の苦しみが 何をささやく?


穏やかな少年の背には 人々の願い

穏やかな少年の前には 灰色の恐怖


風が吹き 灰色の恐怖が 訪れる

少年は剣を取り 人々の願いを聞く

戦場の業火を目に焼き付け 

雄叫びと叫びが黄金を襲う


少年よ 貴方は何を思い どこに行く?

別かたれた誰かの想いが 何をささやく?


穏やかな少年の背には 世界の願い

穏やかな少年の前には 白い恐怖


軍鼓が鳴り 白の恐怖が 広がる

少年は手を取り 世界の願いを聞く

戦場の業火を目に焼き付け

絶叫と助けを呼ぶ声が響く


ああ、少年よ 貴方のために 私は歌う

友と手をとる悲しみに暮れた微笑みを

私は歌い続ける

ああ、少年よ 貴方のために 私は歌い続ける」

―――歌が終わる。


静まりかえった広場、誰も何も言えなかった。

その歌の意味、歌詞の意味は分からない。

美しくて物悲しい誰かの物語。

それに心を打たれて、誰もが静かに、目の端に涙を灯す。

俺はその歌に魂の奥底を激しく揺さぶられる。言いようのない悲しみが魂から溢れる。そして、最後に彼女の優しさが、そっと俺の魂を撫でて温かみをくれる。

「これは貴方の話を聞いて思いついた歌です。だから貴方に歌う許可をいただきたくて」

彼女の美し声に惹かれて、茫然としていた俺は彼女を見る。


これは俺の歌なのか?

どんな・・・意味が・・・いや今は考えるのを止めよう。

決然とした彼女の表情、そこには何も言わないといっているかのようだ。

だから、ここはまた会えることを願い、笑顔を向けるべきだ。


「もちろん。また聞かせてくれ」

俺は心の底に沈殿する何かを打ち払い、彼女に笑顔を向けてそう言った。

「ありがとうございます」

彼女はお礼を言って、もう何も口にはしない。

類い希なる歌い手、青薔薇の歌姫リーシャ、彼女は歌うことを祝福されたのに言葉を出せない。

俺はその運命に悲しみを感じる。

俺は気分を変える為にリアさんに話しかけた。

「リアさん、次はどこに行かれるのですか?」

「次はトランザニアね。ドゥナ湖からトローレスの商船に乗って行くわ」

リアさんはリーシャと俺の様子を気にした風はなく、軽やかに言った。

「すごいですね。国境を軽く越え―――」


「ゼン・リーンフェルト卿。お話の途中申し訳ありませんが、そろそろお話はそこまでにしていただきたい。我々の任務に差し支えます」

俺の台詞を切って、横から憮然とした声がかかる。

ユルゲン・ヘルムート卿。

彼は人だかりを押しのけて、俺の前に出るとそう言った。


そうか。

彼は第二部隊隊長。彼がここに戻ってきたのはリアさん達を護衛するためだったのか。


「あら、少しぐらいいいじゃない別に」

リアさんは睨み付けながら彼に文句を言う。

「リア・アフロ―ディア嬢。我々も哨戒任務の人員を割いて来ております。早く準備を済ませてください。終わり次第即座に出立します」

彼はピシャリとリアさんに言葉を返すと、その場に直立不動になってこちらを威圧してくる。

「リアさん、大丈夫ですよ。贈り物もいただけましたし、リーシャからは無料で歌も聞けたんですから。また会えますよね?」

「ええ!リーンフェルト領にいくわ」

嬉しそうに彼女が笑う。

でもその顔を見つつ俺は不安になって聞く。

「でも、リーンフェルト領に来ても売り上げは芳しくないと思いますよ?」


そう。彼女達は旅芸人だ。

来るということは公演をして稼がないといけない。

人が少なく、貧困といってもいいリーンフェルト領だとその売り上げもいいものではない。

もしかしたら、赤字になることだってある。

呼びたいけど、来てくれて嬉しいけど、

来てくださいと言えない。


その言葉に彼女は可愛く少し怒る。

「無粋ね!人が少なければ舞台を小さくすればいい。そんなこと貴方が気にすることじゃないわ。それに―――」

彼女は頬を膨らませて言う。そして言葉を切り、美しい顔立ちを一際輝かせて俺に妖艶な流し目を送る。

「踊るだけなら貴方のベッドの上でもできるのよ?」


ああ、もうこの人は・・・。

一生、俺はこの人に勝てないと思った。

こんな風に言われたら、俺の悩みなんて綺麗に吹っ飛んでいく。

ハッキリと言える。


「待ってます。だから来てください」

俺の笑顔で彼女は満足げに笑う。

「楽しみね!今度はゆっくり過ごしましょう」





俺は一座の皆と最後の言葉を交わし、ゆっくりと離れていく彼女達の馬車をいつまでも眺める。

彼女達の姿が見えなくなるまで、俺は手を振る。

彼女達も振ってくれる。


リアさん、待ってます。

だからまた会いましょう。

それまで貴方に誇れるように生きますから。


俺は再会の約束を胸にいつまでも広場に残って、その彼女達の姿を思い出していた。


リア様!

私はこれから貴女がいないこの小説をどう書いていけばいいのですか!?

本気で悩みます。


ちょっと切りがいいので二章はこの後の二話で終わりにします。

オークザラム編が後二話ってことですね。

次は2話連続投稿を考えてます。たぶん。

意外な人物がエピローグです!


リーシャの歌の質問は受け付けませんw

ご了承くださるようお願い致します!

ちなみにオリジナルですので修正はしないと思います。

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